第1話 岩倉夏樹
「始め。」
教師の声が響き、教室にいる40人ほどが一斉に表紙に数学と書かれた冊子の一枚目を開く。数秒の喧騒の後に、教室は静まり、ペンが紙の上から机を叩く音と、消しゴムが紙をこする音が聞こえるだけだった。
ここ桔梗ヶ丘高校では今日模試が行われていた。全国でも有数の進学校である桔梗ヶ丘高校は有名大学への推薦も多く持っており、その推薦を勝ち取ることが人生の勝ち組とさえ言われていた。その推薦を勝ち取るには学校の成績はもちろんだが、このような模試の結果も加味するため、模試といえども学生たちは目の色を変えて試験に挑んでいた。
試験開始から遅れて数分たったころ、岩倉夏樹は今まで眺めていた外の景色から、机に置かれた冊子に目をやり、軽く息を吐き、冊子の表紙を開いた。開いた先には当然のように数学の問題が並んでいる。夏樹はそれを軽く一瞥し、シャープペンシルから芯を軽く2回出し、問題に取り掛かり始めた。
試験の時間が半分を過ぎたころ、教室内では最初から響いているペンが机を叩く音が続いている。夏希はその中でゆっくりとペンを置き、机にうつ伏せになった。やがてゆっくりと目を閉じて眠りにつき、その後、教師の終了の声まで目を覚ますことがなかった。ほかの教科でも夏樹は同様に試験のおよそ半分の時間を眠って過ごした。
~数日後~
桔梗ヶ丘高校の昼休み、学校の掲示板には、先日行った模試の学校内での全員の順位と点数が貼り出されていた。その周りには多くの学生がザワザワと集まって自分の順位を探しては一喜一憂していた。学校の特色上、学内での順位というのがとても重要視されるためその喜び方や悲しみ方は通常よりも大きなものであった。そこに夏樹もやってきた。「岩倉夏樹」の名前は羅列されたものの中の一番上に記されていた。“全教科満点の1位”それが岩倉夏樹の成績だった。
「相変わらずの満点ですなー。」
岩倉夏樹は後ろから声がして振り返る。そこには鈴村岳が立っていた。岳は夏樹と同じクラスの男子である。身長は夏樹より少し低く声も少し高く弟キャラのような扱いをクラスで受けていた。
「俺も今回は成長できたんだけどなー、まだまだだなー。」
岳の順位は30番目に記されていた。この成績でも平均よりもはるかに学力が高いといえるレベルである。それを思った夏樹は
「いやいや、十分な成績だろ?誇っていいくらいだろ。」
とフォローをいれる。
「お?それは成績1位からの上から発言ですか?」
皮肉たっぷりな顔をして岳は言葉を返してきた。
「いや、俺はそんなつもりじゃ…。」
「そんなこといって、今回も試験の半分ぐらいの時間寝てたくせに~。」
「あれは!解き終わってすることなくなって、ちょっと気づいたら寝てしまってただけだ。」
「はぁ~。俺なんて時間いっぱい頑張ってこれだっていうのに、憧れちゃうぜ。見直しとかしたらいいのに。」
「見直しもしたよ。2回くらい。それで同じ答えだったから安心して」
そんな会話をしてると、周囲の視線がこちらに向いていることに岳が気づく。その視線は好意的なものではなく、明らかに嫌悪感を抱いているような視線であった。
「やっべ、夏樹、昼飯行こうぜ。」
岳は足早に堂々とその場を去っていき、夏樹もそれに続いていった。いつもの昼飯を食べる場所である屋上について、パンを口に頬張りながら、岳は口を開いた。
「悪かったな。」
その悪いという言葉には、夏樹に対しての発言への反省ではなく、あの場で発言したことへの反省だということを夏樹は理解していた。
「いや、俺もあの場であんな発言するべきじゃなかった。」
「おっ、よくわかってんじゃん夏樹。お前勉強の話するとき、いつも嫌味っぽくなるもんな。」
「俺は事実を言っただけなんだけどな。」
岳はにやにやとしながら話しているのに対し、夏樹は少しバツが悪そうに話していた。
「まぁ、そうなんだけどな。あいつらの目本当にムカつくよ。羨ましいなら素直に羨ましって言えばいいのによ。」
桔梗ヶ丘高校では、その学校の特色上成績上位者は疎まれるような視線を向けられる。夏樹の成績は入学当初から絶えず首位である。そのため、夏樹は同世代の学生からは嫉妬の目が向けられていた。その中でも唯一仲良くし続けているのが鈴村岳であった。
「それにしても、なんでお前そんなに勉強できるわけ?」
「いや…うーん…。」
夏樹は言葉を濁らせていた。
「なんだよ。大丈夫だよ。俺は別にそんな偏見の目で見たりなんかしないから、むしろ秘策でも聞いてあいつら出し抜いてやろうっていうだけだからさ。」
「うーん。だって学校でのテストなんて学校で学んだことしか出ないだろう?それ覚えるだけじゃん。」
「はぁー、聞いておいてなんだけどマジむかつくわ。俺の兄貴と同じこと言ってる。それができたら苦労しないっての。」
文言とは裏腹に岳の顔はほころんでいた。
そんな話をしていると昼休みの終わりを告げるチャイムの音が鳴る。
「あ、戻るか。」
岳の言葉で二人は教室に戻った。
その後の学校はいつもどおりの時間を過ごし、放課後になり、夏樹は帰路についていた。夏樹は部活動もしておらず、塾にも通っていない。岳はサッカー部に属していることもあって、夏樹の帰り道はいつも一人であった。
家についてドアを開けると「おかえりー」という声が中から聞こえてくる。
夏希には妹がいる。名前は唯。中学1年生である。
「ただいま。」
言葉を返しながらドアを開けると、唯は夏樹を待っていたのか玄関の前で立っていた。
「お兄ちゃん。おかえり。」
「おぅ、ただいま。」
靴を脱ぎながら家に入ろうとすると唯に声をかけられる。
「お兄ちゃん。今日学校で全然わからないことがあったから後で教えて欲しいの!」
「あぁわかった。後で部屋に行くな。」
「うん、わかった。」
唯はそういうと自分の部屋へと続く階段へと小走りで向かっていった。
階段を半分ほど登ったところぐらいで唯が軽く振り返り
「そういえばお兄ちゃん。お兄ちゃん宛の郵便が届いてたの。」
そういうと唯は再び階段を駆け上がり始め、部屋に入っていった。
「あぁ?わかった。」
夏樹にとって、勉強というものは当たり前にできることだった。そのことから、学校での周囲の嫉妬の目に当てられることが多い人生だった。尊敬するよりも疎まれる、そんな人生を送ってきた。しかし、そんな夏樹に対して、岳や唯の気にすることなく勉強について聞いてくれる姿勢は夏樹を救ってくれる部分があった。
夏樹は、リビングに入っていった。机に目をやると先ほど唯が言っていた郵便のようなものが机に置いてあった。封を切って中を見ると紙が数枚入っており、一番上に置かれた紙には
「頭脳神決定戦へのご招待。」
と書かれていた。