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腐乱裁判  作者: 花南
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04

 それから二週間後、週刊学園で奇妙な連載が始まった。

「空乃、あんたまだそんなゴシップ記事読んでるの?」

 陸は昼休み中に週間学園を読んでいる空乃に呆れたようにそう言った。

 空乃はぺらりぺらりとその内容を見ながら、「なかなか面白いんですよぉ」と言った。

「さて……先々週敗訴した井上さんの新しい連載はなんでしょうねぇ~」

「あいつ加藤くんと鈴木くんから手を引いたのに、また違う男に目をつけたの?」

「らしいですよぉ。二週間で鞍替えなんて、なんと尻軽なのでしょ~う」

 無理やり鞍替えさせたのは裁判部だが。空乃は次のページをめくった瞬間、飲んでいたミルクココアを噴出しかけた。

「どうしたの? ゲテモノだった?」

「ある意味ゲテモノですぅ。もえませぇん」

「誰と誰だったの?」

「見てみますかぁ?」

 空乃に雑誌を渡されて、そのページに目を落とす。

「森下と……戸浪ぃ!?」

「ありえませぇん、ありえませぇん。みゅ~は受けつけないカプですぅ」

「ちょっとこの内容、本当どうなってるのよ!? まったく接点ないじゃない、あいつら」

 陸はカンカンになって立ち上がると、すぐさま一年生の教室へと向かった。

「井上さん! ちょっとこの内容何よ」

 陸が雑誌を井上に突きつけてそう言った。

「何って? 森下先輩と戸浪先輩のスキャンダルです」

「あいつら同じ部活ってこと以外まったく接点ないわよ。真実に基づく報道をしない場合は訴えるわよ?」

「陸先輩、私すごく心外でーす。私、ちゃんと真実に基づいて報道しています」

 井上は口を尖らして、続けてこう言った。

「私、この前の月曜日に見ました。戸浪先輩が森下先輩の家の中に入っていくのを。次の週もそうでした。毎週戸浪先輩は森下先輩の家に行ってるんです。あのふたり、できてるんです」

 陸はくらっと世界がゆがんだような眩暈を感じた。井上に何も言い返さず、そのままふらふらと森下と海馬が食事をしているクラスへと向かった。

「森下……私、あんたに質問があるのよ」

 やたらげっそりした陸に、森下は首を傾げて、「何?」と聞いた。

「あんたの家に戸浪って毎週きてるの?」

「うん、そうだよ」

 何を当然のことを聞くのだ、という風に森下は言った。

「戸浪は森下の家に行って、毎週何やってるの?」

「夕飯作ってくれたり、掃除してくれたり?」

 主婦のようだと思いながら続きを聞く。

「その……森下。あんたさ、戸浪と、できてるの?」

「……は?」

 森下の目が点になる。

 陸は黙って、森下に井上の記事の部分を見せた。

 森下はそれを読んだ瞬間、くらっとした眩暈を感じたが、雑誌を陸に返しながら言った。

「これは……」

「ねえ、本当なの? 森下と戸浪ってどういう関係なの?」

「あのねえ陸、なんで僕が戸浪とできているわけだよ? 普通に考えてありえないだろ。僕のことどう思っているわけ?」

「何よ、あんたのことなんてどうでもいいわよ。ただ一言『違う』って言えばいいだけでしょ? なんでその一言が言えないのよ?」

「陸こそなんでそんなに僕に『違う』って言わせたいわけ?」

「まさか……森下、この内容、本当なんじゃあ……」

「いや、そういうわけじゃあないんだけど」

「じゃあどういうことなのよ!?」

 陸にぎりぎりと首を絞めつけられて、森下は苦しそうに言った。

「別に、なんだっていいだろ? 戸浪は好きで僕の世話焼いてくれてるんだから」

「そんな……」

 くらり、と陸は後ろに後ずさり、そして何か傷心したように帰っていった。

 その様子を隣でずっと見ていた海馬が言った。

「あれ、きっと勘違いしたわよ?」

「いいよ。陸に本当のことがバレるともっと面倒だから」

「あんた何股かけて戸浪にラブホの清掃員の代わりやらせてんの?」

「うーん……」

 覚えてなさそうな森下に、海馬は呆れ顔でため息をついた。


 一方空乃のほうは戸浪のところに確かめに行ったらしく、陸と合流したあとに、彼女が元気がないことに気づいて「陸ちゃんどうしたんですかぁ?」と首をかしげた。

「森下……戸浪とできているらしいのよ」

「それ、森下くんがそう言ったんですかあ?」

「『戸浪が好きで世話焼いてるんだから』だってさ」

「まあたしかにそうですけど……戸浪くんに聞いてきましたよぉう。戸浪くん、森下くんの世話するの好きみたいですぅ。なんだか仲よさげだった理由わかりましたねぇ」

「…………」

「ショックでしたかぁ?」

「いや、あ、うん……ショックだった」

 陸は正直に、そう答えた。

「陸ちゃんはー、森下くんのこと気になってたんですかぁ?」

「何言ってるのよ。あいつのことなんてどうでもいいんだから!」

 陸が赤面して否定するのを見て、なんだ気になるんじゃあないかと思いながら、空乃はため息をついた。

「陸ちゃんはぁ、森下くんのことあきらめたほうがいいと思いますよぉ」

「何よ、空乃まで!」

「あんなゴミみたいな男よりもきっといい男はたくさんいますぅ」

 空乃が森下のことをゴミ男扱いするのは今に始まったことではなかったが、陸はまだショックを受けているようだった。



◆◇◆◇

 月曜日の六時くらいになると、戸浪は買い物を済ませて森下家を訪れる。森下の家の電柱の近くに、井上が隠れているのを見つけて、黙認しながら、彼は玄関の扉を鍵で開けて入った。

 森下はベッドの上でぐったりと寝ていたが、戸浪が階段をあがってくる音で目を覚まし、起き上がる。

「ごはん、買ってきました」

「ありがとう。冷蔵庫入れておいて」

 ベッド脇に置いてあったペットボトルを飲みながら、森下は戸浪が動かないのを見て、首をかしげる。

「誤解、解かなくていいんですか?」

「何の? 井上のゴシップのことを戸浪が気にするような性格だとは思わなかった」

「自分は特に気にしません」

「じゃあ、言いたい奴に言わせておけばいいじゃないか」

「透くんはそれでいいんですか?」

 戸浪がぼそぼそとした声で聞いてきた。

「何が?」

「陸さんに勘違いされたままでいいんですか?」

「なんで陸が出てくるんだよ?」

 森下が柳眉を神経質に動かしてそう言った。

「陸さん、見ていてわかるじゃあないですか。透くんのこと、気になってるんですよ」

「まあそうかもね。でも僕は、陸は好みじゃあないんだ」

「とかいいつつ、透くんだって陸さんのこと気になってるわけですよね」

 戸浪がぼそぼそとそう言うので、森下は憮然とした顔で、言った。

「まったく好みじゃあないけれども、傍にいると楽しいかも」

「友達としてですか?」

「あいつは僕のこと、友達とか思っていないよ」

 森下は口を尖らせて拗ねたように言った。

「どうせ揶揄って楽しい部活の仲間くらいにしか思っていない」

「付き合えばいいのに」

「無理」

 森下は両腕で大きな×を作ってそう言った。

「いいか、戸浪。僕はお前が知っているとおり、無類の女好きだ。ひとりの女だけを愛するなんてのは無理なんだ。しかも陸だぞ? あいつとえろいことするのとか考えられない」

「高校生なんだから下心抜きで付き合えばいいじゃあないですか」

「お前と千早さんじゃあないんだよ。無理無理。僕は肉欲抜きの女づきあいなんて無理です」

「でもそれが陸さんと、空乃さんの場合はできるんですよね?」

 森下がため息をついた。

「なんかさー、色々付き合うってまどろっこしいよね。セフレOKの女の子を数名とプラトニックな恋人ひとりだけいりゃ僕満足なのに」

「めちゃくちゃ贅沢なこと言いましたね、透くん」

 戸浪が苦笑いして、そして扉に手をかけて言った。

「そうですよ。プラトニックな女性がひとりくらいいても罰はあたりません。本当のことを言っておいたほうが、いいと思いますよ?」

 戸浪は、それだけ言うとまた階下へと降りていった。森下はため息をつく。

 プラトニックな女性がひとりくらいいても罰は当たらない、そうかもしれない。だけど自分は純粋な愛なんて可愛らしい感情では終わらないし、不純なものを混ぜた関係に、陸さやかとはなりたいわけではなかったのだ。

「ああもう……」

 森下は枕の中に自分の顔を填めた。


 戸浪は森下家から帰る途中、電柱の影に隠れている井上に近づいた。

「井上さん、もう外は暗いです。駅まで送っていくのでご一緒しませんか?」

「戸浪先輩……やさしいんですね」

「そう思ったことはありません」

「森下先輩も戸浪先輩のそういうところに惚れたんですね」

「どうでしょう」

 戸浪は笑いもせずにそう言うと、井上の隣を歩きはじめた。

「戸浪先輩、森下先輩のどこが好きなんですか?」

「賢いようで、まったく自分のことをわかっていないところでしょうか」

「森下先輩は戸浪先輩のどこが好きなんでしょうかね?」

「さあ。ただ単に付き合いが長いからじゃあないでしょうか」

「森下先輩の寝顔ってかわいいですか?」

「井上さんも一度見てみるといいですよ。無防備すぎて普段のポーカーフェイスが崩れてます」

「それはどういうふうに?」

「よだれ垂らしてるときあります」

「うわあー」

 戸浪は井上の他愛もないインタビューにてきとうに答えながら歩きつつ、おもむろに井上に聞いた。

「井上さんは、恋をしたりしないんですか?」

「私は今戸浪×森下に恋をしています」

「じゃなくて、普通に男性に恋をしたりはしないんですか?」

「するけれども、でも現実の男性なんて二次元の萌えに比べれば、普通すぎます」

「そうかもしれませんね」

「森下先輩もやっぱり普通の男ですか?」

「透くんは普通の男だと思いますよ。顔はきれいですけれども、中身は雄そのものだし、だけど好きな女の子には告白もできないしょうもない思春期の男の子です。そこが可愛いんですけどね」

「惚気てますね、戸浪先輩」

「井上さんも、恋すればわかりますよ。透くんは、あなたのゴシップ記事のことなんて最初から眼中にありません。好きに書かせてくれるみたいなので、好きに書いてけっこうです。だけどね……透くんの本当に好きな女の子が、透くんの気持ちに気づくのは、きっとずっとずっとあとなんです。そして馬鹿なことに、透くんがその女の子のことを自分が思っているよりも大切にしていることに気づくのは、さらにずっとずっとあとなんですよ」

「戸浪先輩は、誰かに恋をしているんですか?」

「高嶺の花にね」

「それはきっと森下先輩ではないですね?」

「当たり前じゃあないですか。すばらしい女性ですよ、わがままで一途で素直で可愛い方です」

「また惚気ましたね」

 井上は笑った。戸浪は駅につくと、自宅へと向かってまた歩き出した。

「ああ、恋したいなあ」

 井上は柄にもなくそう呟いた。人の恋する姿ってきらきらしていてうつくしい。

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