008 異世界貿易、始めます!
「で、これが図面なんですが」
親方こと、ゲオルさんが、出力した図面を見ている。ごつくて背の低いひげ面の、いわゆるドワーフさんだな。
「ふーむ。大まかなところはわかったが、とくに注意することはあるか?」
「1F表のドアは、この大きさの普通のドアを入れておいて下さい。後で入れ替えます。2Fの窓も同様ですので、その周辺のサイズは正確にお願いします」
「わかった。なかなか分かり易い図面だし、面白そうだ。まかせておけ」
「お支払いは」
「そうだな……箱も沢山ご注文いただいたことだし、金貨30枚も貰えりゃいいか」
300万ってことか。まあ妥当なところだが、ちゃんと緑の月までに新しい注文が来るかな……不安だ。
「その箱なんですが、中身はこれなんですよ」
とワイングラスのセットを取り出した。
「おい、こりゃ……」
「どうしました?」
「こりゃ凄いな。一体誰が作ったんだ? うちじゃ絶対に作れんな」
「まあ、一応私が……」
「なんだと? お前さん、是非うちの工房で」
「はいはーい。引き抜きはやめて下さーい」
とアイリスが割り込んだ。サンキュー。
「まあそういうわけで、輸送中に割れちゃうのが一番怖いんですよ。何か割れないような仕組みは作れませんかね?」
「ふーむ。前回はどうしたんだ?」
「急ぎでしたので、全体を細く削った木材の削りクズで埋めました」
「なるほど、そいつは悪くないな」
「しかし、出しづらいのと、あと木の油が残ってたりすると、グラスが汚れてぴかぴかじゃなくなっちゃうんですよ。で、何かこう、柔らかくこれを支えるような素材とか構造が簡単できればお願いします」
「わかった。考えてみよう。しかし余り複雑になると箱代があがることになるが……」
「銀貨レベルで押さえていただければ、ありがたいですね」
「承知した」
「あとですね」
「まだあるのか」
「すみません。えっと、ガラスの容器ってありますかね」
「あるぞ。ただ、お前の持ってきたような透明で薄いものは無理だな。もっと分厚くて、色も付いている」
「値段は」
「ピンキリだな。安いものは銀貨1枚で2つくらいは買えるだろうよ」
「なるほど、ありがとうございました」
それなら地球の安物ガラス瓶で小分けしても大丈夫そうだな。
◇ -------- ◇
「あ、帰っていらっしゃいました」
マーサがこっちを向いて手を振っている。隣には、やたら仕立ての良い執事服に身を包んだ細身の男が立っていた。
「どうしたの?」
「こちらの旦那様が、アイリス様にご用があるそうです」
「初めまして。私は、シンカウルと申します。主人であるアシュトン侯爵様の命をうけて参りました」
「アシュトン侯爵様?! こ、こちらではなんですので、狭いところですが奧へどうぞ」
「ありがとうございます」
2Fの事務所の奧にある、簡単な応接セットが置かれた小部屋の椅子に腰掛けて、話の続きを促した。事務所はグラスまみれなので入れないのだ。
「それで、どういったご用件でしょう」
「昨日、侯爵様はアイロッサ・フロドロウに宿泊されたのですが、その際見たこともないガラスの器――ワイングラスというのでしたか――に驚かれ、支配人に問い合わせたところ、こちらで販売していらっしゃるとか」
「はい。確かにうちで販売させていただいたものです」
「それで、あのグラスを販売して頂くことはできますでしょうか」
「もちろんです。ただし現時点では、グリッグス渡しで、そこから先の輸送はそちらにお願いしたいのです」
「ふむ。ラスボーン商会との確執の影響と言うところでしょうか」
「ご慧眼恐れ入ります」
もう調べがついてるんだ。侯爵、こえーな。
「いいでしょう」
「それで、何脚くらいご所望でしょうか。一応今のところ、形の違う4脚で1セットとさせていただいております」
「当面100程欲しいと仰っておられます」
「100セットですか……うーん、わかりました。他ならぬ侯爵様のご要望。謹んでお受けさせていただきます」
「結構。それで、価格ですが」
「まだまだ稀少なものですので、金貨4枚程度を考えています」
「かなり上等なゴブレットっと同程度とは、なかなかのお値段ですな」
「それだけの価値はあると自負しております」
「ふむ、確かに。侯爵様は、明晩テップ伯爵様の晩餐会に出席なさり、明後日の3の刻に自領に戻られます。それまでに用意できますかな?」
「では、明後日の2の刻までに。どちらにお届けすればよろしいですか?」
「フロドロウに届けていただきましょう。支払いは白金貨でよろしいですかな?」
白金貨だって? アイリスを見ると微かにうなずいていた。
「それで結構です。今日はわざわざ有り難うございました」
俺たちは立ち上がって握手し、彼を馬車まで見送った後、馬車が見えなくなるまでそこに立っていた。
「白金貨、ですって」
「白金貨って?」
「金貨100枚にあたる金貨ね。噂では白金貨100枚で1枚になる星金貨というものもあるそうよ。見たこと無いけど」
10億円札みたいなものか。まあ普通見ないよね。
そういうのをぽんと払っていくアシュトン侯爵って、一体。
アイリスによると、王国中に名前が轟いている趣味人で、流行なんかはこの侯爵から生まれることも多いという。ウィンザー公みたいなものか。
しかし、たった3日で160セットが捌けるとは。サンプルやサービスで数セット使ってるから、大体あと130セットくらいか。
「これは夢かしら」
「しっかりしろよ、アイリス。これで緑の月が迎えられるじゃないか」
「だって160万エルクよ? 去年の売り上げより多いかもよ? もうだめだって思ってから、たった6日しかたってないのに」
「禍福はあざなえる縄のごとしってね。不幸があったら良いこともあるさ。お金はないよりあったほうがいいし、ここは素直に喜んでおけば?」
「そうね。うん、そうね」
「そうだ、紋章はあれでよかった?」
「貴族部門の? うん、大丈夫。素敵だった」
「そうか。じゃあ焼きごても用意しなきゃな」
「しかし、明日中に箱、間に合うのかね? 0.5x0.5x0.5 が34個だよ?」
「そうだ! ゲオルさんに伝えて来なきゃ」
「割増料金払ってあげなよー」
「そうね。そうする」
◇ -------- ◇
次の日はもう朝からずっと箱詰め地獄だった。
割らないための工夫は箱の内側にフェルト上のものが貼り付けてあるだけで、ステム部分の保護はどうにもならなかったので、朝から都心でウッドパッキンを大量に購入して間に合わせた。
スクリーンを通してコンセントにさし、半田付きの焼きごてで箱に紋章を刻んでいく。
たった34箱とはいえ(2セットは予備としてサービスしておいた)一箱10分で詰めても、全部で6時間くらいかかるわけで、ちょっとげんなりしてる。
夕方、フロドロウまで2往復して完納すると、ウォルフさんがこれをお預かりしておりますと、白金貨が16枚入った袋を渡してくれた。これでひと安心だ。
借りてきた荷車を返した帰りに、アイリスに尋ねた。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
「どうって?」
「これでもう、ベイジルに押しつけられた問題は解決したようなものだろ?」
「うん」
「じゃあ、この後は、のんびりデュコテル商店を経営して暮らすことだってできるわけだ」
「うん……そうだね」
俺もいいかげん就職先をさがさないとなぁ。ひょんなことでお金ができたとはいえ、まさか異世界からダイヤモンドを拾ってきて売ってますじゃ、どこで問題がおこるか分からないしなぁ。
「ユーダイは」
「ん?」
「ユーダイはもう帰っちゃうの?」
「んー、あんまりちゃんと考えてないんだ。アイリスの力になろうとは思ったけれど、その先のことまでは」
「じゃあ!」
「ん?」
「じゃあ、私とお店をやろうよ!」
アイリスが顔を上げて、突然そう言った。
アイリスと商売か。それも楽しそうだな。
今回俺のやったことは、こっちのものを向こうで売って得た利益で、向こうのものを、こっちへもってきただけだ。
なにかこう、いまいち実感のないゲームみたいな、そんな感じで仕事って感じがしないけど、考えてみればこれって立派な貿易だよな。
「そうだな。それもいいかな」
「でしょ? めざせ世界一の大商会、だよ!」
「世界一~?」
そうだな。いつまで繋がっていられるかわからないけれど、奇しくも今日は大晦日だし、来年は心機一転、異世界一の商会を目指すってのもいいかもな。
「やっと見つけたましたの!」
「は?」
心機一転、異世界一の商会を目指そうと思った矢先に、いきなりそう言われて後ろを振り返ると、白いローブ姿のお嬢さんが、腰に手を当てて、短い杖でこちらを差しながら立っていた。
ここまでで1章です。