007 VIP部門は怠れない
翌日、4の刻になるころ、アイリスは異世界の恰好でやってきた。
「昨日の服は、どうしたの?」
「仕立屋の友達に自慢しにいったら、凄い勢いで脱がされました。酷いよね」
と笑いながら答えた。どうやら、縫製とデザインが衝撃的だったらしく、さっき寄ったらまだチェックしてたそうだ。
階段を降りるとマーサが挨拶をしてきた。これだと、上に俺がずっと泊まっていると思ってるかもな。ああ、だから上がってこないのかも。
持ってきたミカンを彼女に渡して、2個銅貨1枚で売って下さいと伝えておいた。
◇ -------- ◇
その後、アイリスと二人で、サリナおばさんの家に向かう。おみやげにさっきデュコテル商店で売りに出されたばかりのミカンをいくつか持ってきていた。
「おばさーん、アイリスだけど、いるー?」
ノックしてしばらくすると、おばあさんがドアから顔を出した。
「あらまあ、アイリスちゃん。まあ、お入りなさい」
「ありがとう、おばさん。あ、この人は、ユーダイ。いまちょっとお店を手伝って貰ってるの」
「初めまして、ユーダイです」
「これはまあ、ご丁寧に。私はサリナよ。よろしくね、ユーダイさん」
俺たちは居心地の良さそうな居間に通され、椅子を勧められた。
「それで、今日はどうしたの?」
「おばさんのお店、ずっと閉まってたから、どうしたのかなと思って。はい、お見舞い」
「おや、ありがとう。変わった果物?だね」
「今日からちょっとだけ売り出した、ミカンっていう果物なの。皮を剥いて中の小袋を食べるんだけど、甘酸っぱくてさっぱりしてるから」
と、アイリスが皮を剥いて、食べ方をレクチャーしてた。
「それで、おばさんは大丈夫なの?」
「そうね。普通にしている分には、それほどでもないんだけれど、もうお店を開け続けるのはなかなか大変だから、この辺で隠居しようかとも思うのよね」
「そうなんだ。じゃ、おばさん。私にお店を貸してくれない?」
「おやまあ、突然だね」
「もちろん売ってくれても構わないんだけど、少し改装させて貰ってもいいなら、貸してもらってもいいわ。お家賃は月にこれくらいでどうかしら」
アイリスは俺の部屋で、ボールペンで書き付けておいたメモ用紙を、そっとサリナさんに渡していた。
「おやまあ。そうだね。私としてはとても助かるんだけど。いいのかい? 貸すだけで、こんなに貰って」
「おばさんは私のおばあちゃんみたいなものじゃない。遠慮なんかしないで」
「嬉しいことを言ってくれるね。じゃあ2つだけお願いしてもいいかい?」
「どんな?」
「ひとつは、私にもまだ少しは待っていてくれる人がいるみたいだからね、作った小物を置かせて貰いたいんだよ」
「願ってもないわ。サリナおばさんの小物は可愛いもの」
「ありがとう。そしてもうひとつなんだけどね」
「ん?」
「私が死んだら、あの店はアイリスちゃんが引き取ってくれるかい?」
「……おばさん。もう、そんなこと言わないでよ。いつまでも元気でいてくれなきゃ。何か困ったことがあったら、すぐ言ってよね!」
「ありがたいねぇ。じゃ、これを渡しておこうかね」
と言って、サリナおばさんは、鍵をひとつアイリスに渡してくれた。
「お店の中には大した荷物もないから、いまある荷物は自由にしていいからね」
「ありがとう、おばさん」
アイリスはサリナおばさんに近づいて、頬にキスをした。
◇ -------- ◇
「いい人だなぁ……」
サリナさんの家から戻りながら、俺はしみじみとそう言った。
「サリナおばさん?」
「ああ」
「そうだね。凄くいい人」
「じゃあ、ちょっとお店に行ってみようか」
「うん」
サリナおばさんの店は、1Fの間口が4mくらい、奥行きが5mくらいの小スペースのお店で、奧に4mくらいの奥行きの休憩所があった。
店舗には、サリナおばさんが作ったらしい小物が置かれていて、小袋なんかは凄くキュートでとても素敵だ。
「でしょ? サリナおばさんの小物って、凄く可愛いんだよね」
「そうだな。なにか特別なセットの外袋に使わせて貰いたいくらいだよ」
そんなに数が作れるとは思えないから、シャンプーとボディソープの詰め合わせみたいなのをつくって、それの入れものにしたりするとよさそうだよな。
「ああ、それいいね! でもおばさんもお歳だし、そんなたくさんは作れないんじゃないかな」
「限定品っぽくて、そのほうがいいよ。後で、いくつくらい作って貰えるか聞いておいてくれる? 素材はもちろん全部こちらで持つから」
「うん。ユーダイの国の布なんかも、ちょっとあるといいかもね」
布か。化学繊維じゃなければ大丈夫かな……綿や絹や麻の100%ってなると、ユザワヤか?
「じゃあ、今度案内するから、良さそうなのを選んでくれよ」
「わかった」
店舗の右奧にある階段を上がると、2Fはワンフロアで、4mx6mくらいのスペースになっていた。
1Fは壁をなくして、全面店舗にして、2Fはプライベートスペースやダミー倉庫にすれば丁度良いか。
「アイリス。リフォームってどこに頼めば良いんだ?」
「んー、建築ギルドに頼むか、ギルド会員の親方に直接頼むかかな?」
「親方?」
「うん。木箱を作ってくれた木工職人がいる工房で、職人を仕切ってる人。もの作りにはいろんな技術がいるから、各ギルドに縦割りにされちゃうと面白くねぇんだって言って、いろんな人を集めて工房を開いてるの」
「そりゃまったくそのとおりだな」
「会いに行ってみる?」
「設計図が出来たらな」
「設計図?」
「そうリフォームの設計図」
「そんなの作れちゃうんだ?」
まあ、俺はいろんな角度で映像を録画してるだけなんだけどね。これから自動的に正確な3Dデータをおこしちゃう凄いソフトがあるんですよ。
裏には庭があって、井戸も掘られていた。丁度隣のデュコテル商会の裏口もそこに繋がってる。もともと同じ敷地に2軒の家を建てたのかな。
ここにトイレとか用意しちゃえば良いんじゃね?
「そういえば個人宅のトイレって、珍しいけどあるんだっけ? 下水道ってないよね?」
「個人の家のトイレは基本的になにかに溜めておいて、後でまとめて領主様が指定する場所に捨てる感じ。後深い穴にしてスライムを買うっていうのも聞いたことある」
「スライム?! いるんだ!!」
「? いるよ」
キター。今までどこが異世界ものやねんと思っていたけれど、なんかいきなり実感がわいてきたぞ。
「それで、その浄化用のスライムって、どこで手に入れるんだ?」
「冒険者ギルドで捕獲を頼むんじゃないかな」
よし、簡易水洗トイレの設置が可能そうだったらスライムを入れたタンクを埋めてみよう。
◇ -------- ◇
その日のうちに、サリナさんのお店の3Dデータを作成して、寸法を算出した。
貴族趣味の風雅なデザインなんて考えたって無駄なので、ドアを初めとしたパーツは旧朝香宮邸(*1)っぽいレプリカを、バーの内装とかを作成している工務店に発注してみた。
2Fのイメージも旧朝香宮邸のダイニングだ。円形に窓を設計して、大きさを決めたら、厚めの硝子窓の底部にはレーザー加工で各種花の柄を閉じこめて貰う。
見積もりがドア4枚+2Fの窓硝子で800万って、もはや高いのか安いのか分からないがここはお願いしてしまおう。できあがるのが楽しみだ。
天井がそれほど高くないので、シャンデリアは無理だがいくつかの照明器具を持ち込んで……やっぱ電気がネックだよなぁ。
俺の部屋からコンセントを持ち込んで、こちらで利用することは出来るかも知れないけれど、俺がこっちで移動すると、スクリーンも移動しちゃうわけで……
普通の発電機じゃガソリンやLPガスがいるしな。
色々さがしてみたら、ソーラ発電+燃料電池で独立した無電源地域に給電するシステムが売られていた。5000Wのシステムならエアコンだって1個ならいけちゃうんじゃ。いいじゃんこれで。屋根の面積がちょっとたりなさそうだから、隣も借りて。お値段――1200万だぁ?! 高っ! ぽちっ!
家具は少しモダンに振って、白のコルビュジエ(*2)、LC2とLC3でまとめてみた。
部屋の奧の壁際に並べたテーブルの上には、ティーセットの23ピースシリーズを、アストバリーブラックを中心に配置した。ショールームだね。
お客様にお茶を出すときは、オールドカントリーローズを使おう。派手でエレガントだから、きっと貴族の若い女性が好むだろう。
屋根の面積や方向、内装の配置を行ったら、片っ端からぽちりまくってみた。しめて2350万円なり。
しかし本当にネットで何でも買える時代なんだな。
リフォーム用の建築図面を出力したら、もう2時だよ……寝よう。ばたり。
*1 旧朝香宮邸
現東京都庭園美術館。
アール・デコ様式が随所に散りばめられた素敵設計な建物。正面玄関にある型押ガラス製法で作られてたルネ・ラリックの一点物のレリーフはつとに有名。今回頼んだのはこれ。
フォトジェニックだし感動するので一度は見に行こう。撮影は平日のみでストロボや三脚はNGなので気をつけよう。
*2 ル・コルビュジエ
近代建築の三大巨匠の一人の偉大な建築家。
家具のデザインも手がけていて、LC2は代表作にあたる(LC2 Grand Confort)。ウレタンのレプリカも沢山作られているが、座り心地や耐久性はお察し下さい。




