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005 預金口座は干からびない

朝になって、アイリスが俺の隣にいることに気がついたとき、再度ベッドから落っこちるという失態を晒しそうになったが、2回目なのでなんとか踏みとどまった。


「おはよー。シャワーかりていい?」


寝ぼけ眼で上半身を起こしながら、そう尋ねてくる。


「い、いいけど、着替えは?」

「持ってきた」


なんとも準備の良ろしいことで。そんなにシャワーが気に入ったのかな。でも男の部屋で無防備にシャワーなんか浴びてたら、パックンされちゃいますよ。パックン。


「そういえば、あれも売れると思うな。私欲しい、あのシャンプーとかいうやつ」


ああ、それも定番のひとつか。女性の美へのこだわりはどんな世界でも同じってやつだね。


「こないだシャンプー?を借りたじゃない」

「うん」

「そしたら翌日友達が、どうやったら、髪がそんなに綺麗になるの?って」


なんだか嬉しそうにアイリスが話している。

ああ、そういえば面倒だからリンスインシャンプーにしてたっけ。リンス効果かな。それでシャワーを使いたいって言ってたのかな。


「アイリスは最初から綺麗だったと思うけど」

「もう、そういうのはいいってば」


アイリスはテレ隠しに怒りながら、浴室に駆け込んでいった。


今日はアイリスがフロドロウへのアポを取ってくれるはずだから、参考商品を用意しておかないとな。

彼女がシャワーを浴びている間に、ネットにアクセスして商品を探す。


向こうで真似のできない品質で、一定以上の規模があって、安定的に購入できるワイングラスか。あと、お手頃価格。それも大事。お金あんまないし……

とりあえず、リーデルのマシンメイドでいいか。いろいろ形があったほうがハッタリがきくしな。んじゃ、ヴェリタスのテイスティングセット(4)を……うっ、17,000円ちょっとか。

どのくらいサンプルが必要か分からないから、とりあえず4セットポチるか。ああ、口座の寿命が1ヶ月分短くなった orz。


あのダイヤ? なんとかして売らないと……これでホワイトほにゃららとか価値のない石だったりしたら、干からびるな。


◇ -------- ◇


「じゃ、行ってくるね」


と異世界服に着替えたアイリスは、フロドロウへのアポを取りに向こうへ戻っていった。俺は――


「金策だな」


とりあえず、ネットで調べてルースの買い取りやオークションへの代理出品をやってるところに、ラフ(原石をこう言うんだそうだ)の大きさが分かる写真を添えて問い合わせメールを出してみた。

あと、つてと言えば……


◇ -------- ◇


「いらっしゃいませ!」

「店内で食べます。ミラノサンドのAとカフェラテのSを。それと……あとでちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「え? いいですよ。私今日は17:00までですから、その後でもいいですか?」

「うん、ありがとう」


ヤダ気持ち悪いとか言われたらどうしようかと思ったけど、なんとか通ったか。



一旦家に戻って、洗濯だの掃除だの買い物だのの家事をして、再び17:00前に駅前に。

店から出てきた彼女に、昔じいちゃんに貰った壺の中から原石っぽい石がでてきたんだけど、ルースどころかラフなので、一度ちゃんとした人に見て貰いたいからお爺さんを紹介して欲しいとお願いしてみた。


「なーんだ。デートのお誘いかと思ってワクワクして損しちゃった」

「あ、いや、その、ごめん」

「うそうそ。冗談です。じゃ行きますか――誰さん?」

「そういや俺たち、お互いの名前も知らなかったんだな」


とお互い顔を見合わせて、吹き出した。


「三好雄大です。よろしく」

「私は、佐野みなみ。よろしくお願いします。……って、なんだかお見合いみたい」

「ははは」


駅構内を通過して、駅裏に出るとすぐに、重厚で大きな一枚板に○の中に源の文字が焼き印で押されたような看板があった。


「マルゲンっていうの。おじいちゃんの名前が、源三郎だからかな」


源三郎爺さんとはすぐに会えた。

挨拶をすませると早速ビッグ12(と俺が勝手に呼んでいる最後に出てきた12個)のうち、適当なものを1個と、砕けたもののうち大きいものと中くらいのもの、それぞれ2個をトレイに乗せて、さっき佐野さんにした話を繰り返した。


源三郎じいさんは、それを手に取ると、しばらく眺めた後、おもむろにルーペを取り出して真剣な顔つきで確認している。


「おー、じいちゃんが真剣な顔をしてるのって、初めて見たかも」


なんて佐野さんがちゃかしている。

そのまま20分くらいが経過した後、原石をトレイに戻した源三郎爺さんが、静かに口を開いた。


「それで、これをどうしたいのかね?」

「あ、いえ、売れるものなら売りたいなと思いまして。そもそもそれが本物のダイヤかどうかもわからなかったものですから」


ふんと息を吐いて


「3Dスキャンにかけてみなければ、カット後の正確なカラット数はわからんが、視認した限りではカラーはD~E、クラリティはVVSクラス。最高品質のダイヤモンドラフだな」

「え、では……」


「これはうちでは取り扱えん」


と件のビッグ12を指さした。


「大きすぎる。こっちのやつでも危ない」


砕けたもののうち大きいものを指さした。


「もし旨くカットできて10カラット級になったとすると、カット後が10カラットのD-E VVS1-2なら 6000万~7000万くらいだ」

「は?」

「半分の5カラットでも2000万級。こっちの小さいやつでも2カラットくらいは取れそうだから、200万~300万は確実だな」


「すっごーい。三好さん、お金持ち?」


「で、その爺さんはもう亡くなってるのか?」

「あ、はい」

「じゃあ、相続手続きは終わってるな?」

「たぶん」

「あんた大学には行ったか?」

「は? はい」

「その壺とやらをもらったのは、それより前だな?」

「はい」

「ううむ。生前贈与で少しずつ貰ったことにして、ついでに教育資金贈与で1500万……全然足らんな。ま、いいか。人んちのことだしな」


いきなりニカっと笑った爺さんがそう言った。


「で、これを売るんだな? カットされていないから、結構足元を見ちゃうけどいいんだな?」


足元を見ちゃうって、この爺さん。面白い人だな。


「わかりました。それで結構です」

「よし。身分証明書はあるか?」

「運転免許証なら」

「一応控えさせてくれ。お上のお達しなんでな」

「はい」


じゃちょっとまってろ。といって爺さんは表に出て行った。


「なんだか凄いことになっちゃったね?」

「ああ、そんな値段になるとは想像もしてなかったよ」

「おじいちゃんって、目利きらしいんだけど、締めるところは締めるから、結構ぼられるかもよ?」

「いや、ああいう人、俺は好きだな。是非足元を見て儲けて欲しいよ」

「変な人ー」


あきれたように佐野さんが言った。そのとき店の扉があいて、源三郎さんが戻ってきた。


「ほら」


と紙袋がどんと置かれる。


「こっちは戻しておくぞ」


といって、ビッグ12を押し返してきた。


「これは?」

「こっちの4つを買い取る。それは代金だ」


おそるおそる除いてみると、なにか一万円札の束が沢山入っている。なにごと?!


「カットして売ればいくらになるかわからんが、まあ、5000万。足元は見させてもらった」


源三郎さんが悪戯っぽく笑った。


「あ、はい。……あの、これって、今後も買い取り可能でしょうか」

「なんだと?」

「いや、実はまだあるんです」


源三郎さんは、眉間にしわを寄せて、税金がーとかぶつぶつ言ってる。


「運転資金の問題があるから、今のが売れて回転資金が充分ある時なら引き受けよう。ただし――」

「足元は見る方向で」


お互いにニヤっとわらって握手した。


「なんだか、悪党二人がアジトで取引してるみたい」


と佐野さんにあきれた目で突っ込まれた。


◇ -------- ◇


マルゲンの前で、佐野さんにお礼を言うと、今度奢ってねーと言われたので連絡先を交換!して別れた。

うちに帰る途中、駅前のギャラリーで、ミュシャの大きなミュージックのポスターが売ってたので思うところあって買ってみた。1220mm x 770mm だ。


部屋に戻って、おそるおそる紙袋を開けると、本当に1000万円の束が5つ出てきた。なんというか、全然カネって実感がわかないな、これ。

このまま向こうの金貨に換金できれば、問題は簡単に解決するのになぁ……


資金が出来たので、とりあえずさっきのヴェリタスのセットを400セット。ぽちっと……あ、ダメだ。6,912,000円って、クレカの限度額どころか代引きもできるかどうか危ないな。大抵30万までは可能だから、念のために10セットずつ40回ポチるか。ああ、めんどくさい。


あとはティーセットか。これは買い手の趣味があるからなぁ。派手なのと高そうなのと渋いのと可愛いのを用意してみるか。とりあえずスタンダードな23ピースセットになるように選ぼう。


派手なのは世界一売れたパターン、オールドカントリーローズ(*2)、しかも安い80,900円。ぽちっ。

可愛いのはウィンナローズ(*3)で、390,000円。ぽぽぽぽぽちっ。

高級なのはアストバリーブラック(*4)で、なんと、3,684,000えーん。ぽぽぽぽぽちっ。

渋いのは、コロンビアセージグリーン(*5)で、468,000円。ぽぽぽぽぽちっ。


もちろんピースをバラしてぽちりましたよ。代引きが危ない金額だしね。


しかし、だんだん金銭感覚がおかしくなってきたな。

もっとこう、どうでもいいような安いプリント柄のシリーズでもよかったかもしれんが、貴族は目が肥えてるだろうからなぁ……


「ユーダイ?」


ん?アイリスかな。

入り口を広げると、履き物を脱いでアイリスが上がってきた。もう慣れたもんだな。


「おなかへったー。シャワー借りていい?」


いきなりそれか。


「ああ、いいぞ。てか、しょっちゅう泊まってくけど大丈夫なのか、お前」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんとユーダイのところに泊まってるって言ってあるし」

「いや、それ全然大丈夫じゃないだろ。お前の保護者にあったら、確実に()られそうな案件だろ!」

「保護者ってマーサ? マーサは喜んでたよ? やっとお嬢様が……って、なんのことだかわかんないけど」

「なんか外堀を埋められてる感じがする……」

「ま、いいや。お風呂行きまーす」

「はいはい」


しょうがない、挽肉も海老も買ってきたし、皮もあるし。今日はホットプレートで餃子にするか。

白菜とニラと挽肉と海老と椎茸と……


◇ -------- ◇


「はー、きもちー」


アイリスがTシャツとジャージで浴室から出てくる。下着とかどうしてんのか凄い興味あるけど、聞いたら引かれそうなのでだまってるよ、大人だし。


「え、これなに?」


コタツの上に置かれたホットプレートを見て、アイリスが聞いてくる。


「うーん、何かを焼くための調理器具? 今日はここでこれを焼いて食べます」


と大皿に並べてある大量の餃子を見せる。ご飯をよそって、つけざらに醤油と酢と、


「辛いの平気?」

「うん。大丈夫」


ラー油を落として、準備完了。よし焼くか。


ホットプレートのスイッチを入れて油をちょっと引いて、餃子を並べていく。

びっしり並べてしばらくしたら、水を入れて蓋をする。ジュワーといい音が響いてくる。

アイリスは興味津々でそれを見ている。


「はい。もう食べられるよ。このつけだれをちょっとつけて、食べてね」

「いただきまーす」

「え、そっちでもそう言うんだ」

「ううん。いつもユーダイが言ってたから、なにか食べるときのお祈りなのかなって」

「まあ、大体あってる」

「はふっはふっ。あふいへど、おいひー」


具だくさんの餃子は中々良くできていた。


「この辺は、ちょっと中身が違ってる変わり種だから」

「へー。はぐ。んーなんだかすーっとする」

「それは青じそかな」

「もぐもぐ。んんー?こっちはなんか、にょーんって伸びるよ?」

「それはモツァレラ」


何を食べても大喜びするアイリスを見てると、こっちまで楽しくなってくるな。


「で、何か用事があったんじゃないの?」

「うん。でもメインがお風呂なのはナイショ」

「全然ナイショになってないだろ」


何て、しょーもない軽口をたたき合う。ああ、楽しいな、こういう時間。なんだか最近満たされてるな、俺。


「そういえば、アダマンどうだった?」

「ああ、バッチリだった。というか予想以上だった」

「へー」

「一言で言うと、来月までにデュコテル商会に必要な金貨400枚よりも高く売れた」

「ええ?!」

「驚くよね。俺も驚いたし。こっちのお金がそのまま使えるなら、もう何もしなくていいレベル」

「凄いね。もぐもぐ」


「うん。それでねこっちの世界で軍資金が出来たから、とりあえず件の貴族向けの商品をさっき発注したところ。明日の午前中に届く予定。そっちの様子はどうだった?」

「フロドロウの支配人にアポを申し込んでおいたよ。明日の4の刻以降ならあってくれるって」

「またえらく早いな?」

「うん。凄い商品を見せたいって、これを今見ておかないと損だって、めちゃめちゃ盛っておいた」

「あのね……」


「あ、あとね、カット職人は今つてをたどって貰ってるところ」

「了解。そうだ。明日届く荷物、うちにはたぶん入りきらないから、店舗の倉庫か事務所を貸してくれ。1段積みだと10m四方だ。重ねるのはせいぜい2~3段かな」

「じゃあ、5mx10mのスペースがいるのね。事務所の机を寄せておけばなんとかなるかな」

「よろしく頼む」


餃子を食べ終わって、ミカンで一服していると、ふとさっきの思いつきを思い出した。


「そうだ、アイリス」

「なに?」

「アイリスがいつでもこっちへ入れるようにする方法を考えたんだ」

「え?」

「ほらこれ」


といいつつ、さっきのミュシャのポスターを見せる。


「素敵な絵ね」

「まあね、それでね」


ミュシャのポスターを壁の方向に向けて張り、下部はおもりをつけてすとんと落としておく。

二人で事務所の方へ出て、位置を適当に調整すると、ポスターが壁に掛けた絵のように見えるようにある。


「これで向こうに入れない人は触ったところで、通過できないから単なる絵に見えるし、入れる人はポスターをめくって入れるだろ?」

「ほんとだ。ありがとう」

「それで、シャワーなんかは自由に使ってくれて良いけど、絶対一人で外に出ちゃダメだよ。いろいろ問題になるから」

「うん、わかった」


「これで、大体終わりかな」


室内に戻ってそうつぶやく。明日は荷物も届くし、午前中から忙しそうだ。


「そう? じゃあもう、寝る?」


う。そこで小首をかしげてくるか。俺はもう、


「あ、ああ」


というのが精一杯だった。


*1 ヴェリタス

リーデルのマシンメイドグラスのうち最も軽いシリーズ。ヴィノムより足が長くてエレガント。食洗機も使えてるし、日常使いには最適です。


*2 オールドカントリーローズ

ロイヤルアルバートを代表する派手な花柄のシリーズ。世界一売れたパターンと言われている。


*3 ウィンナローズ

ハプスブルグ家御用達、アウガルテンの可憐なシリーズ。オールドのほうがイラストっぽいデザインでポップ。深い緑がノーブルなマリアテレジアもお気に入り。


*4 アストバリーブラック

8回も焼成するという頭がおかしい手法で造られ、22.8Kをライズドゴールドした、無く子も黙るウェッジウッドのハイエンドシリーズ。


*5 コロンビアセージグリーン

19世紀にデザインされた2匹の向かい合ったグリフォンを金彩で描き出した、エレガントかつノーブルなウェッジウッドの定番素敵商品。


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