004 ノースリーブは振られない
「それで、グリッグスはどうだった?」
アイリスが俺の部屋でコタツに籠もりながらそう聞いてきた。
あれから、商会に帰ってきた俺たちは、お店でどんな物が売れているのかをマーサに聞いた後、俺の部屋に戻ってきたのだった。
「思ったよりも大きな街で、思ったよりもきれいだった」
俺は地球が同じ程度の文化水準だったときの街の様子をかいつまんで話した。トイレのこととか。
「ああ、でもそんな感じの街もあるよ。やはり領主様の政策が違うと、生活も大きく変わるみたい」
なるほどね。ニャル様はなかなかやる領主のようだね。
「それでさ、まず確認しておきたいんだけど、緑の月に支払わなければならないお金ってどのくらいなの?」
「……うちの個人資産で穴埋めしても、金貨200枚くらい、かな」
しょんぼりしながら彼女がそう言った。金貨200枚って2000万円かよ! ベイジルのやつどんだけ持って行ったんだよ!!
彼女の家の資産も確保して、その後の運転資金もどうにかしようとするなら、倍の400枚くらいだろうか。
あまりのしょんぼり具合だったので、ぽこっとはずしたミカンの一房を、彼女の口元に運んでやると、ぱくっとそれをくわえて、んー、甘酸っぱいと頬をゆるめた。ちょっと元気になったかな。
「普通に考えて、利益を増やそうと思ったら、利益率を上げるか、売り上げを増やすしかないわけだけど……今のお店ってどのくらい売り上げてるの?」
「んと……一日に、金貨1枚前後かな」
10万円か。月商300万円だから、個人商店としてはまあ普通のレベルか。
「で、利益は?」
「小金貨3枚前後かな」
利益率は30%程度か。しかし……
「それだと52日で、純粋な売り上げだけでも金貨52枚しか作れないよ?」
「うん……」
最低ラインで200枚だろ。よ、4倍かよ……
手っ取り早いのは、屋台で荒稼ぎ、と思ったんだが、所詮は屋台だ。
購買力を上回る商品を提供しても意味はないし、銅貨商売じゃ、どんなに頑張っても1日に小金貨数枚が関の山だろう。
「というわけで、今の商売のままでは、緑の月までに借金分を稼ぐのは難しいと思うんだ」
「うん。でも、どうしたら……」
「アイリス。お金はね、あるところから取ればいいんだよ」
「え?」
「サイガ王国で、お金を持ってるのは誰なの?」
「それは……貴族様かな。後は大商人?」
「そうだね。だから、商会内にVIP部門を作るんだ」
「う゛いあいぴー部門?」
「とても重要な人たち部門ってことだよ。セレ部門でも、貴族部門でもいいけどさ。要はお金を持っている人たちにものを売る部門のこと」
そう、イメージはデパートの外商だ。信頼できる優良顧客に寄り添って御用聞きをやる部門だ。
大体たった2ヶ月で、ほとんどゼロから4000万円をひねり出そうっていうんだ。お金持ちからむしり取るしかないだろう。問題は対象の選定と宣伝だな。売り物は――
「そう。売り物は――異世界輸出の定番といえば、この辺かな」
俺は台所からワイングラスや、厚手のカットグラス、それにレディカーライルを1客もってきた。ちょいロココな感じが貴族ウケしそうなロイヤルアルバート伝統のカップ&ソーサーだ。
「うわ。確かにこれは貴族向けだね。うまくお披露目すれば高値で売れると思う。でも、どこでどうやって作られたものかとか、間違いなく詮索されるよ」
「そこは商売上の秘密です、じゃだめかな?」
「王様相手だったりすると、それは厳しいかな」
「まあ、いざとなったら俺が魔法で作りました! 的な方向で」
「そんなこと言ったら、あっというまに囲い込まれちゃうよ」
「そのときはアイリスの親戚の男爵家で囲ってもらえばいいんじゃないか?」
「デュコテル男爵家にそんな力はないんじゃないかなー」
アイリスはちょっと寂しそうに笑った。
なんだかんだ言っても親戚なんだし、今度のことでもきっと力になって貰いたかったに違いない。でもこの惨状ってことはまあ、推して知るべしだな。
「それでさ、領主様とか近隣の金満そうな貴族様とか、商会としてどっかにコネがないかな?」
「残念ながら、そういうところにはちゃんと御用商人がいるからね、いきなり晩餐会の什器を納品とか無理だって……あ、でも商人なら。例えば、アイロッサ・フロドロウとか」
「アイロッサ・フロドロウ?」
グリッグスは王国第3位の都市だけど、王都と違って、地方の領主が自分の館を持つほどの重要性はないから、この都市を通過したり利用する貴族は、館を持った知り合いがいない限り、必然的に宿を利用することになるんだそうだ。
そのため、貴族向けの高級な宿がいくつかあって、その中でも『アイロッサ・フロドロウ』は最高の宿らしい。そこの支配人と少し取引があるので、話を聞いて貰えるように連絡してみるとのことだ。
「そこで、貴族に使って貰って、フロドロウに問い合わせがあるようなら、それをこっちに回して貰うって寸法か」
「うん。すぐに効果が出るかどうかはわからないけれど、やれるだけやって見なきゃね」
「そうだな。ところで、値段っていくらくらいが妥当なんだ?」
「普通に貴族様が使うような食器だと、大体金貨1枚くらいかなぁ。銀製のゴブレットも金貨1枚くらいからのはず」
「じゃあ金貨1枚くらいか? それだ400個くらい売らないと目標に届かないな」
「うーん、このグラスを金貨1枚はちょっと安すぎるんじゃないかな」
「あんまり高く設定して売れないってのも困るしなぁ。仕方ない、値段は買い手にそれとなく聞いてみるか」
「そうだね」
「それじゃ、前祝いと行くか」
なんとなく、以前買っておいたデイリークラスの白ワインを開けて、持ってきたワイングラスに注いでみた。
「なにこれ?」
「このグラスで飲むためのワイン――葡萄で作った果実酒かな。そっちにはないのか?」
「果実酒はあるよ。匂いなんかは、ちょっとグライプで作ったものに似てるかな」
「その名前はきっと葡萄だ。あ、お酒って飲んで大丈夫なの?」
「あんまり飲んだこと無いけれど、大丈夫。でも、このワインとかいうのを飲むために、このグラスは作られたってわけ?」
「そうだよ。だからワイングラスって言うんだ」
「ふーん、なんだか凄いね」
「じゃ、デュコテル商会の復活を祈って」
「まだ死んでないんだけど……でも、ありがとう」
「乾杯」
アイリスがワインの美味しさに驚いて、これは売れる!と酔っぱらってたのは、また別の話。
今日取った映像の整理はまた後日にしよう。