031 出所を探る人たち
天使が見つめるドアを閉じながら、ブラックウッドはこの店について考えていた。
ここに来る前の調査では、乗っ取りにあって、つぶれる寸前だと聞いていたが、最近できたという店の中は常識外れなもので溢れていた。
どうやって加工したのか、その方法すら分からないガラスやグラス、真っ白な磁器の美しさも群を抜いているし、店員が着ている服も、まるで現在のものが時代遅れだと言わんばかりに変わったデザインで、それでいて女性の魅力を引き立てていた。
「いったいどこから、あれだけのものを仕入れてるんだ?」
仕入れのために世界中を歩いたつもりになっていたが、あんなものを仕入れられる先は全く思いつかない。
まるで、突然この世界に涌いて出たかのようだった。
あの男が魔法で作っているという話もあったが、あれだけの数だ、一人で作るのには無理があるだろう。
いずれにしても、ヴォルプリの晩餐会にあれらのものが登場したら、一躍話題の商会になることは間違いない。
それまでになんとしても仕入れ先か製作者を見つけて、押さえておきたいところだな。
「なにしろ、全てを買い占めたのだから、仕入れに動かざるを得ないだろう……ちょっとした悪戯も仕掛けておいたしな。ルーク」
「はっ」
動きやすそうな黒っぽい服を着た男が、影のように現れた。
「しばらく奴らを張って、仕入れ先を突き止めろ。二人ほど連れて行っていい。少なくとも2日以内に動かざるを得ないようにしておいた」
「はっ」
さて、仕入れ先を突き止めるために購入したとはいえ、こいつは間違いなく売れるはずだ。さっそく、金満貴族の皆様に頭を下げに行くとするか。
ダンセイニの禿鷹どもが群がる前に、美味しいところをいただいておかないとな。
◇ ---------------- ◇
「全部売れちゃったよ……」
「売れちゃったな。まあ実際に受け取りに来られるのは3日後だから、別に店はそのまま開けておいてもいいだろ」
「え? でも大口が続いたら?」
「今のだけでも金貨1万枚に近いぜ? そんな大口が続くわけ……」
ちりんちりん
「いらっしゃいませ」
サラが応対に出たようだ。しかしいったい誰だろう。あの恰幅の良い男性は。
サラが一礼した後、こちらに歩いてくる。なんだ?
「ユーダイ様、あちらのお客様が、グラスとやらをあるだけ欲しいと仰られまして」
「え?」
本日二人目の大口かよ。突然、どうなってるんだ?
「名前は聞いた?」
「エドモア=プランケット様と仰るようです」
「プランケット!」
「なんだ、アイリス、知ってるのか?」
俺はとりあえずサラに、彼を奧の応接室にお通しして、サンプルのグラスとお茶をお出しして下さいと指示してから、アイリスの話を聞いた。
プランケット家は、ダンセイニ商会を営んでいる家で、エドモア=プランケットは、その会長らしい。
「ダンセイニ商会? 婚活が中心業務じゃないだろうな」
「なに? コンカツって?」
「いや、なんでもない。それでそのダンセイニ商会って?」
なんと、最初にドラマだったらで話題にした、悪い噂の絶えない侯爵――王都の商業権を握っている、ベルナップ侯爵と言うんだそうだ――御用達の商会らしい。
そりゃ、金もってそうだな。まあ、とりあえず話を聞いてみるか。
「お待たせしました。プランケット様」
「こちらが店主のアイリスで、私が貴族・商会担当のユーダイと申します」
プランケットは、モノクルのルーペをはめて、宝石でも鑑定するようにグラスを眺めているところだった。
「おお。私はエドモア=プランケットだ。早速だがこのグラスが欲しいのだ」
「ありがとうございます。いかほどご入り用でしょうか」
「そうだな、あるだけ欲しいのだが」
「あるだけと申されましても、例えば100万セットとかは必要ございませんでしょう」
「それはむろんそうだが、あるのか? 100万セット」
「残念ですが、ここにはそれほどは置ききれません。それで最低どのくらいご入り用ですか?」
「そうだな。300、いや500は必要だ。できれば1000セットくらいあればありがたいな」
4000脚! どこの巨大ホテルですか。というか、どこに置くんだよ4000脚。
「1000セットと申されますと、最低でも金貨1万6千枚となりますが、残念ながら当商会には、それを商会間取引でお渡しする体力がございません」
「ほう。フロドロウ関係で儲けたと聞いたが」
「とてもとても、ダンセイニ商会様の足元にも及びません」
「つまり、現金取引であれば用意できると言うことか?」
16億円の現金取引かよ!
「できるだけ、ご期待に添わせていただきますが、500を越える部分につきましては確約はいたしかねます」
「結構だ」
と、プランケットは立ち上がった。
「では、受け渡しは白の59日でかまわんか?」
また59日かよ。何かあるのか?
「59日は大がかりな搬送が予定されておりますので、できましたら、60日か61日にしていただけますと助かります」
プランケットは立ち上がったまま考えていたが、
「よかろう、では60日に。支払いもそのときにする」
と言って帰っていった。
「ユーダイ、大丈夫?」
「さてね。まあ、なんとか用意してみるよ」
「違うよ。60日はお休みだよ?」
そこかよ!
しかし、そう言われれば、2回目のお休みにしていきなり休日出勤とは。
「ま、まあ、どっかで代休とかとれるといいんだけどな」
私は大丈夫ですよと、サラが笑っていた。す、すまん。休出手当出すからね。
それにしても、ヴィオラールのやつが治療院に行っていて本当に助かったよ。大量に作るところを見せろとか言われかねないしな。早速注文に行こう。
◇ ---------------- ◇
天使が見つめるドアの前の階段を下りながら、プランケットは今の店について考えていた。
デュコテル商会といえば、王都の商業権を買って帰る際に盗賊に襲われて商業証書を奪われたという、あの不幸な商会だろう。
かなり無理をしてベルナップ様に代金を支払っていたと聞いたが、それを失い、さらには身代を丸ごと副会長に持って行かれたはずが、この店だ。
単に珍しいものがあるだけではない。
どうやって照らしているのかすらわからん、柔らかく、そして充分に明るい光。外とは明らかに違う快適な気温。さらにはこの私が味わったことすらない、豊潤な香りの茶。
なにもかもが不思議な世界だ。商品にしても、言葉通りに規格外。
「いったいどこから、あれだけのものを仕入れてるのだ?」
この世界に、まだ私が見たことのないものが作られる場所があるとは信じられん。
「ゴールド」
「はい」
またもや影のように、男……いや、今度は女か、が現れる。この世界の大手商会はみな間者を手足のように使っているようだ。
「しばらく奴らを張って、仕入れ先か製作者を突き止めろ。何人使ってもいい。500以上についてはこれから手配するはずだ」
「はい」
ショートヘアで黒っぽく動きやすい服装の女は、現れたときのようにまるで消えるようにいなくなった。
さて、現金を用意するか。白金貨160枚か。グリッグスの商業ギルドに現金があればいいが……なければ口座間取引だな。
◇ ---------------- ◇
俺は、早速部屋に戻って、PCを立ち上げていた。
リーデル公式で、ぽちっとな。ええ?! 99個しか買えない! ああ、それ以前に代引き30万未満なら16セットしか買えないんだった。
そこからは地獄だった。16個入力しては、住所だの電話番号だのを入力して……あ、会員になればいいのか。
おお。ダイヤモンド会員になれればポイントが10%も付くぞ?しかもたった25万分でダイヤモンド会員だ!やったね1割引だ!
……そう思っていた頃が私にもありました。
会員ランクが適用されるのは、初回購入日の翌月からだよ! 今日いくつ買っても意味なーし。
ぽちぽちぽちぽち……ああ、仕事してるって感じ。
ぽちぽちぽちぽち……げっ、売り切れ?! そんなのあるんだ!!
急いで、何回ポチれたのか確認する。……48個か。助かった。
しかし、後の分はバラで、116セット(*1)づつ買うのかよ。バラとはいえ、なんとセットでもバラでも合計金額は同じだという凄いセットなんだよな、リーデル。
ぽちぽちぽちぽち……ぐわーああああ、面倒くせぇ……
涙目になりながらぽちり続けた。
そうして、その後、間違いじゃないのかと電話がかかってきたことだけは特筆しておこう。
*1 116セット
ヴェリタスは2脚1セット販売。つまり232脚。




