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003 異世界ダイヤは報われない

朝になって、アイリスが俺の隣にいることに気がついたとき、ものすごく驚いて、ベッドから落ちるという失態を晒してしまったが、それ以外は特に問題なく、彼女は2の刻の前に乾いた服を身につけて、事務所に戻っていった。


スクリーンの通過許可については、アイリスと身につけているものは通過できるようにしておいたが、事務所には他の人も来るので、見つからない程度には小さくしておいた。ちょっとした壁の隙間しか見えないだろう。


そうそう。通過許可に2.4GHz帯の電波を指定したら、事務所でwi-fiが利用できることを発見した。許可しないと電波も通さないとはすごいな。可視領域の光や、可聴領域の音は通過させてたのに、実に不思議だ。見たいと思ったり、聞きたいと思ったからなのかな。

SIMの入ってないスマホを渡しておいて、チャットアプリや通話アプリで呼び出せるようにしておけば……充電できないからだめか。



「はぁ~」


午前中の予定を一通り終わらせた俺は、現在駅前の良く来るドトールで、コーヒーを飲みながら深くため息をついている。


良く紅茶マニアなのに何故珈琲を飲むのかと聞かれるが、マニアだからなんですよ。

日本の外食産業で、まともな紅茶を出すところはほとんど無い。それだけ入れるのに手間がかかったり茶葉のコストがかかるからというのもあるだろうが、本当のところは、それを求めている消費者が、それほどいないからだろう。


翻って珈琲は、どこでもそれなりにまともなものが出てくることが多い。所詮無粋な泥水など何を飲んでも同じだぜ、などとはいいませんよ。


ミラノサンドのAは相変わらず美味しいが、店舗によって半分にカットして包装してくれるお店とカットせず包装するお店があって、ずっと前者のお店で食べていたため、後者のお店に初めて行ったときは提供ミスかと思って驚いた。聞くとカットしない店舗の方が圧倒的に多くて、カットする店舗はほとんどないというじゃないか。なんというカルチャーショック。


つまりここはカットしてくれるお店なのだ。


閑話休題。


午前中に、ハローワークへ行って来たのだが、適当な仕事が見つからない。

仕事につけても、収入はさらに1ヶ月先になることを考えれば、貯金の猶予は2ヶ月くらいしかないわけで……現実は厳しい。


「なになに、ため息なんかついちゃって、幸せが逃げていくよー?」


2年くらい前からここでバイトしてる女の子が軽口を叩いてくる。まあ、週4~5回は利用してるから、そういう知り合いもできるわけだ。

ショートカットで活動的な感じの可愛いタイプだ。


「まあ、不景気でね」

「そういえば、うちのじいちゃんも、何かというと、不景気だー不景気だーって言ってたっけ」

「へぇ、何かご商売を?」

「うん。古物商。駅の裏手であくどく儲けてるよ」

「あくどくって、酷いな。アンティークショップなんだ」

「そんな格好いいもんじゃないよ。ルースから貴金属、ブランドものに美術品まで何でも扱う、街の質屋さんに毛が生えたようなものかな」

「ルース?」

「裸の宝石のこと。あ、ヤバ。チーフがにらんでるから、またね!」


なんとも忙しい子だな。そういや、最初に話をしてから1年以上たってるってのに名前も知らないや。


◇ -------- ◇


お昼過ぎに家に戻ると、すでにアイリスは事務所で待っていた。


俺が急いでスクリーンを広げてやると、凄い勢いで抱きついてくる。

どうしたのか尋ねてみると、なんだか全部が夢だったんじゃないかって不安になってたらしい。ああ、うん。わかるよ。

何かいつでもアイリスがこちらにこられる方法を考えておかなきゃ。


俺は、アイリスに買ってきて貰ったサイガ王国の庶民の服――肌着に長い靴下にズボン。上着は低い立ち襟が付いている、ちょい地味目の……プールポワンっていってたっけ。前のボタンはちょっと大きめのものにしてもらっている――を身につけていた。


こっち(サイガ王国)の靴は、いわゆるプーレーヌスタイルが流行っているそうで、なんだか先っぽが妙に長い。サイズのこともあるし、そんな目立たないだろうから、いつもはいてる合皮のバルモラルで間に合わせておいた。


「ふーん。結構似合ってるよ。ちょっと裕福な商人って感じ」

「なんだかごわごわしたり、ちくちくしたりする」

「あっちの服は着心地が良すぎです。私、お家では貰ったシャツをつい着ちゃうもん」


あー、夕べ渡したTシャツのことか。よれよれだけど、肌触りだけはいいよな。それに胸のポッチが……げふんげふん。


スクリーンは、プールポワンの胸あたりのボタンの表面に貼り付けておいた。

俺の部屋では、その穴にカメラが突っ込んであって、フルHDでずっと録画を行っている。手元のwi-fiで接続したスマホ端末から操作もできるけど、接続先はPCだし24時間くらいはまったく問題ないだろう。

まじまじと見られても、見えているのはレンズ表面だから、光沢のある黒いボタンにしか見えないと思う。この世界にレンズがないことは確認済みだ。


「じゃ、行こうか」


アイリスに手を引かれて、事務所の階段を下りた。階段は、どうやら店舗の裏手の倉庫に繋がっているらしい。


店舗へのドアをくぐると、いきなり声をかけられた。


「お出かけですか。お嬢様」


声のした方をみると、30くらいのトップがふんわりしたショートボブで、優しい顔立ちの人が立っていた。


「あら、マーサ。お昼は?」

「お嬢様……もう5の刻(14:00)が近うございますよ。そちらの方は?」

「あ、紹介しておくね。こちらはユーダイ様。異国にあるミヨシ家のご当主です」


異国のミヨシ家のご当主って、ものすごくコッパズカシイが嘘ではない。

この世界には、嘘を判定する魔眼だの魔法だのがあるそうで、なるべくデタラメは避けようという話になっているのだ。


「初めましてマーサ様。三好雄大と申します。以後お見知りおきを」


付け焼き刃で教えてもらった、この世界の挨拶ポーズに従って、礼をとる。


「不調法者故に、多少ぎこちない点はご容赦下さい」

「これはご丁寧にありがとうございます。私は、デュコテル商会のマーサと申します。使用人ですから丁寧な言葉遣いは不要でございます」

「ではマーサさんで」

「はい」


「じゃ、マーサ。私、彼にグリッグスを案内する約束なの。ちょっと行ってくるから、あとよろしくね」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ。あまりハメをはずされては、嫌われますよ」


ニコニコ笑いながらマーサさんが釘を刺している。アイリスそんなにお転婆なのか……


「そんなんじゃありませんっ! もう。行こう、ユーダイ」

「あ、ああ」


◇ -------- ◇


街並みを見る限り、文化は中世レベルに見えるが、それにしては思ったより清潔だ。昔のフランスなんかは、街路の真ん中に溝があって、そこに排泄物がぽいぽい捨てられて、すごい臭かったとか聞いたことがあるけど。


「なあ、アイリス」

「え?」

「トイレってあるのか?」

「うん。個人の家にあることは珍しいけれど、街区にはいくつかそういう場所があって、お家で出た排泄物はそこに捨てる決まりになってるの。守らないと結構重い罰があるんだよ」


「へー。ちゃんとしてるな。ここの領主って何ていうんだ?」

「テップ伯爵家。今のご当主はナイアルラート様ね。」


何処かで聞いたような……って、それって、千の異なる顕現のひとつじゃないだろうな。混乱と死をもたらす前触れとかは、勘弁してくれよ。公衆衛生に関する政策は、結構ちゃんとしてるみたいだが。


「その先が中央広場よ」


そう指さされた先には、長方形のというより六角形の一部を引き延ばしたような、水晶の単結晶を横から見たような、そんな形の広場があった。結構広いな。長辺は250mくらいありそうだ。

そこの一角には、食料品を中心に、様々なものを扱っているマルシェが形成されていた。店舗を持たない商人は、商業ギルドと1期(80日)単位で契約した区画で店を出すのだそうだ。

流石商会の娘、詳しいな。


マルシェのまわりには、軽食を売る屋台が点在している。


「ちょっと何か食べてみようか」

「今人気があるのは、あそこの串にさしたお肉ね。食べやすいし、味もまあまあらしいよ」

「へー、じゃあそれにしてみよう」


串には3つの肉塊が刺さっている。真ん中だけ色が白っぽいから2種類か3種類のお肉が使われているようだ。肉の大きさは直系7cm、厚さも1~2cmくらいある。巨大な焼き鳥って感じだな。

ぱくっとかみついてみたところ、味付けは塩のみのようだ。微かに臭みを感じるが、ジューシーだし、充分に美味しいな。


これで、銅貨2枚。大体200円くらいの価値だ。


アイリスによると、この国の主な通貨と価値は、大体、


 金貨  100,000円

 小金貨 10,000円

 銀貨  1,000円

 銅貨  100円

 賤貨  10円


くらいらしい。


お金の単位はエルク。銅貨1枚が1エルクで、それ以下は、1エルクと賤貨4枚といった言い方をするそうだ。また、小金貨は100エルク金貨、金貨は1000エルク金貨と呼んだりもするらしい。

いずれにしても、1の位が銅貨、10の位が銀貨、100の位が小金貨で、1000の位が金貨だと思えば、なかなか分かり易い体系だ。対円の価値が知りたければ100倍すれば大体あってる感じだ。


「美味しいね。これはなんの肉だい?」

「そいつは、ボアだ」


ごついオッサンが何本かの串を手早く準備しながらそう言った。

詳しく聞くと、赤いのが巨大なイノシシのような魔物のボアで、白いのが大きな蛇の魔物の、こちらもボアだそうだ。オッサンは冒険者で、どちらもオッサンが狩ってきたらしい。

自給自足だから安くできるのさ、って笑ってた。


最初はイノシシだけ売ってたんだが、なんだかアクセントが欲しくてシャレに走ってみたとか。ただ、大蛇のボアは高価なので、間にひとつ挟むのが精一杯だったとか。面白いオッサンだな。


コンロは一種の炭火のようだ。魔石を利用した魔道具の屋台なんかもあるそうだが、肉を焼くならこっちだな、なんてドヤ顔をしてる。

肉汁が落ちて煙が出ると、その良い香りが客をよぶんだそうだ。鰻屋方式か。ただ、バラ肉みたいな油の多い部位だと煙が出すぎて、まわりの連中に怒られるから気をつけろよ、なんて言っていた。


根掘り葉掘り聞いていると、なんだお前も屋台を出したいのかと聞かれたので、ついでに屋台って誰でも出せるのか聞いてみた。

すると、屋台の出店権利は、商業ギルドで20日単位で購入できるらしい。ギルドメンバーでなくても大丈夫だそうだ。

場所は早い者勝ちで、特に固定されてはいないらしいが、1日目に店を出した屋台があったら、20日間はその場所を奪うようなことはしないのが仁義らしい。


いくつかの屋台をまわってみたが、提供される食品は立って簡単に食べられることが前提で、青空食堂のように座って食べるスペースはなかった。

スープにちぎったパンのようなものをいれてスプーンで食べるとか、サイコロ状の焼き肉をフォークで食べるとか、そんなものが多い。

さっきのオッサンの屋台が受けたのは串に刺して、どこでも歩きながら食べられるようにしたところなんだな。


焼き肉を売ってる店で、何でマネしないのか聞いたら、丁度良い串を手に入れるのはなかなか難しいし、結構なコストがかさむからだそうだ。少しでも安い方を好む客も多いらしい。

なるほど、串代がばかにならないのか。あのオッサンは自給自足だからやれてるのかもな。



マルシェは、食料品が中心だったが、生活用品ぽいものやアクセサリー、そしてなんだか分からないものまで並べてあった。


「あれは何?」

「あれは魔道具ね。火をつけたり、灯りをつけたりする簡単なものから、魔物を攻撃するような強力なものまで色々あるのよ」


地球における電化製品みたいなものか。

この世界は魔法があることが前提の技術体系なので、地球よりもずっと進んでいるように見えるジャンルがある。

魔道具もその一つで、魔石に魔力を溜めてはめ込むと動作するもの(乾電池か!)とか、魔力を込めて動作する器具(生体電流利用か!)とか、様々な種類があるようだ。

実際なんでもできそうに思えるのに、エアコンっぽいものひとつ存在しないのは不思議だよな。


「だって、部屋をちょっと涼しくするためだけに、高価で貴重な魔法を使うとかありえないでしょ? あったかくするなら暖炉のほうが簡単だし」


なんて言われたが、そういうものなのか。部外者からしたら、もっと生活のために活用すればいいのにと思うんだけどなぁ……


アクセサリーは総じて地球産よりも無骨な感じだけど、厨二病を刺激されるデザインも多数あって面白い。

初めてのデート?の記念に、アイリスに何か買ってあげたいけど、こっちのお金、全くないもんな。地球のお金もあんまり無いんだけどさ。……悲しい。


アクセサリー屋の向こうには……なにあれ、石?


「宝石と魔石ね」


魔石はさっき言ってた乾電池か。宝石は……なんか色のないのばかりが転がされているぞ。


「宝石は、綺麗な色のついたものが高価で、色のないものが安いの」

「なんだ、にーちゃん。そんなことも知らんとは、どこの田舎から出てきたんだ?」

「まあ、ちょっと遠いところです」

「最高の宝石は、こういうやつよ」


と、やせたじいさんが取り出した石は、濃い緑の……エメラルドか?


「みなよこの色。森の緑を映し取ったかのようじゃないか」

「凄いですね、おいくら位するのですか?」

「なんだ、にーちゃん、こっちのお嬢さんにプレゼントか?」

「いえいえ、とても買えないでしょうから、価値だけでも勉強させていただこうかと」

「ははは、これは、そうだな、少し小さ目だが、それでも金貨14枚はくだらないな」


140万円かー。結構するな。


「凄いですね。そういえばこっちに沢山転がっている色の付いてない石は?」

「ああ、そりゃアダマンだ」

「アダマン?」

「ああ。またの名を色抜けって言ってな、宝石としての価値はないんだが、ものすごく硬いって特徴があるんだ」

「……硬い?」

「そう。硬いんだがハンマーで叩けば割れたり砕けたりはするから、細かく砕いて宝石を磨いたり、宝石自体の加工に使ったりする石だな」


宝石加工に使われるくらい硬くて、しかも透明?

もしかして、もしかして、これって……ダイヤモンド?


「そ、それで、これはいくらくらいするんです?」

「完全に透明なものばかりだから、宝石としての価値は無いぞ?」

「いえ、ほら、自分で見つけた原石を磨いてプレゼントしてみようかな、とか」

「ははは、まずは原石を探すのが大変だけどな。そうだな、それなら大きなもので銀貨1枚くらいかな」


1000円~?! あれなんか2cm、大体40カラットくらいありそうだけど……

アイリスの手をちょっと離れたところまで引っ張っていって、


「アイリス。お金かしてくれる?」

「え、ええ、いいけど、あの緑の石は無理よ」

「違う。あそこにあるアダマン?を全部買いたいんだ」

「アダマンを?」


どうするのって顔をしていたが、すぐに何かあるのだろうと思い直したのか、宝石商のところに戻って買い取り交渉を始めた。

流石商会の娘。値段交渉もお手のものだ。


「アダマンってここにあるだけですか? できればもっと大きいのがあると嬉しいんですけど」

「どうせ砕いて使うからなあ。何にするのか知らないが、砕く手間がいらないならこちらも助かるよ」


といって、うしろから大きめの石が12個出てきた。


「こんなにまとめて買ってもらったんだから、こっちはまとめて小金貨1枚でいいよ」

「ありがとうございます」


アイリスが小金貨2枚と銀貨を4枚渡していた。しめて240エルク。2万4千円なり。


「じゃいこう、アイリス」


はいって、アイリスが差し出してきたアダマンの入った皮の小袋を受け取ると、足早に来た道を引き返しはじめた。


「アイリス。こっちで宝石のカットってどうしてるの?」

「カット? 宝石職人が、魔法とアダマンでカットしてるはずだけど。うちではあまり宝石単体を扱わなかったから詳しいことは。だけどそんなに沢山のアダマンをどうするの?」

「アダマン、というか、俺たちの世界ではダイヤモンドっていう石だと思うんだけど、これは最高の宝石のひとつなんだ」

「え?」

「この石はね、光の屈折率が大きいために、カットによってその美しさが変わるんだ。だから俺たちの世界でもカットデザインがこの石専用に進歩してから、その価値が跳ね上がったんだ」

「ほんとに?」

「ああ、貴族の夜会で揺らめくろうそくの光に映えると思うよ。もちろん違う石だったらパーだけどね」


とりあえず鑑定してみるよと言っておいた。


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