023 誰よりも狙われた女
しかし、ヴィオラールが治療院の方に行ってしまうと、ちょっとIRISが手薄になっちゃうよな。
なんて、考え事をしながら中央広場を歩いていると、向こうの方にしょんぼりした感じの女の子が立っていた。あれは、こないだの……
「こんにちは、コロネ」
「あ、ユーダイ様!」
コロネは驚いたようにこちらを見ると、ぺこりと頭を下げて、
「こないだはどうもありがとうございました。頂いたお菓子もとても美味しかったです」
と言った。
確かこの子、孤児院の子だったよな。
定番なら、ここで店員として雇って、という展開なんだろうけれど、ちょっと所作をたたき込まないとIRISの店員は難しいよなぁ。なにしろ無礼打ちがある世界らしいし。
「どうしたの、なんだかしょんぼりしちゃって」
「あ、それは……」
なにかをこらえているように、しばらくうつむいた後、急に顔を上げてこう言った。
「ユーダイ様、どうか助けてください!」
「助けてって、いったいどうしたの?」
コロネの話はとびとびでよく分からなかったけれど、勝手に補完して要約すると、今教会にはお金が無くって、色々やりくりしていたけれど、それも限界に達してしまったそうだ。
そんなとき、一番上のお姉さんのマリアが、なんとかお金をつくってきてくれて、それでなんとかやってこれたのだけれど、どうやらそれが良くないところからの借金だったらしくて、先日、金貨50枚をすぐに返せと言ってきたそうだ。
全部で金貨5枚も借りていないのに、いきなり50枚と言われて呆然としたけれど、借用書はちゃんと存在していて、返せないなら代わりにと、マリアを夜の街に立たせようとしたらしい。
そこで、院長先生が身代わりを申し出て、ついに明日から街へ出なければならなくなったということらしかった。
「マリアお姉ちゃんはずっと泣いてるし、私がなんとかしなくっちゃって思ってたんだけど……」
金貨50枚なんて、どうにもならなかったんです、と涙を溜めた。
職業に貴賎なしっていうし、別に夜の街の女性を差別するつもりはないけれど、自分の意志っていうのは大切だよな。
あまっちょろい現代日本の社会倫理で生きてきた俺だから、こういうときに情に流されても仕方がないと思うんだ。
うっす、理論武装終了。
「よし、コロネ。院長先生のところに案内してくれる?」
「はい!」
◇ ---------------- ◇
「院長先生!」
孤児院は、中央広場から見て、デュコテル商会の反対側に少し行ったところに建っていた。
コロネが勢いよくドアを開けると、
「あら、コロネ、どうしたんです?」
と言いながら――え、若いんですけど。院長先生って言うから清楚なお婆ちゃんを想像してたんだけど、どう見ても20代半ばのゴージャスな美人だ。最初からこの人が目的だったんじゃないの?――な人が現れた。
「院長先生、この人がユーダイ様。この間私を助けてくれて、おみやげを持たせてくれた人です」
院長先生は、こちらを確かめるように見たあと、
「その節はどうもありがとうございました、それで今日はどういったご用件ですか?」
と聞いてきた。
二人だけで院長室に入った後、俺はコロネから助けて欲しいと言われた話を、かいつまんで説明した。
しばらくそれを聞いていた院長先生は、説明が終わると静かに話し始めた。
「ユーダイさん、でしたか? 我々にとって、手助けはとても必要ですが、施しは不要なのです。おこころざしは感謝いたしますが、どうかお引き取り下さい」
うん、立派だ。
立派なんだけど、どっかずれてるんだよな。コロネは助けてと言ったんだ。
「ところで、院長先生、お仕事は?」
「現在は何も。ですが、明日の夜からは街娼です」
と、卑下するわけでも、情に訴えかけるわけでもなく、淡々とそう言った。
「わかりました。ではその前に、うちのお店で雇用させていただきたいのですが」
「は?」
「貴族相手のお店なので、ある程度マナーや所作が重要で、なかなかいい人が見つからなかったのです。その点は問題ないでしょう?」
「いえ、あの……」
「これは施しではありませんよ? 契約です」
と言って俺は白金貨を1枚取り出して、机の上に置いた。
「契約金はこれくらいで」
「え……」
院長先生は絶句していた。
「明日から別の仕事がある人を、無理矢理引き抜こうというのですから、その仕事を清算する程度の金額は契約金のうちだと思いますよ」
「身支度もあるでしょうし、後顧の憂いも払っておいていただかないとね。何しろお客様は貴族の方ですから」
とたたみかけるように話をした後、
「それで、何時頃からいらしていただけますか?」
と聞くと、ふう、とため息をついた後、
「3の刻には伺わせていただきます」
とはっきりそう言った。
「どうもありがとうございました。それでは、また明日」
気が変わらないうちに退散しようと、立ち上がった俺に、「待ってください」と言って、そっと寄り添ってきた院長先生が、
「ありがとうございます。本当は、本当はいやだったんです」
と少し涙声で告白した。
そりゃそうだろう。それでも子供の身代わりになろうとしたあなたは立派ですよ。と優しく肩を抱きしめてささやいた。
すると、そのまま彼女は、これまでのことを懺悔するように語りはじめた。
孤児院はもともと教会の関連施設だったそうで、最初は単なるボランティアとしての孤児院運営だったのが、そのうち、教会の教えで更正をはかる施設と化していったのだとか。
どうやら彼女はそれに反対だったらしい。親がいないだけで不良でもなんでもないんだから、もっと自由に育てるべきだと主張し、実践したようだ。
その結果、教会の支援がうち切られて苦境に陥ったのだとか。うーん、そこから先は領主様の仕事じゃないの? 今度あったら意見しておこう。
あなたは間違ってないですよと言うと、誰かにそう言って欲しかったんですと小さな声でこたえていた。
「そういえば、私、名前も名乗っていませんでしたね」
と、潤んだ目で微笑みながら、サラだと言った。
◇ ---------------- ◇
「それで、従業員ゲットしちゃったわけ?」
俺の部屋でコタツに潜りながら話を聞いていたアイリスが、あきれたようにそう言った。
「うん」
「ユーダイってさ」
「うん?」
「格好つけすぎでしょ」
はい、私もそう思います。




