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002 オーバー風呂ー

というわけで、予告通り連載開始してみました。


こちらは23時台に更新しようかと考えてます。

ボロアパートで、上も隣も空き部屋だから良かったものの、下手したら案件ですよ、案件。裏の住人に通報されていないことを祈ろう。


現在彼女は、ベッドから引っぺがした掛け布団(羽毛)にくるまって、こちらをにらんでいる。

向こうに残されてた彼女の服は、窓際の雨が吹き込むところに落ちてどろどろになっていたので、洗濯中。うちには乾燥機がないんだけどさ……


「落ち着いた?」

「落ち着くも落ち着かないもないです! 何てことするんですか!」

「え、俺のせい?」


うんまあ、そうなのかもしれないけどさ。こちらの世界に通過させるものを考えるとき、アイリスのことは考えていたけれど、彼女の着ている服がその対象じゃないなんて意識もしなかった。

どこまでがその対象にあたるのかは、ちょっと真剣に考察する必要がある問題かもな。


ぷうっと頬を膨らませて怒っているぞとアピールしているアイリスをなだめるために、


「まあまあ、これでも食べて機嫌なおしてよ」


と、お菓子のロングセラー、ブルボンのルマンドと、趣味の紅茶を提供してみた。

ルマンドを驚くように見つめていた彼女は、おもむろにそれを取り上げて口に入れようとした。()()()()()


「いやいや、待って待って。外のビニールは食べられないから、こうやって、中身を取り出して食べて」

「ビニール?」


不思議なものを見るように包装紙を見ていたが、突然居住まいを正してこう言った。


「包み紙に、見たこともない透明な袋が使われ、しかも複雑な模様が描かれているなんて。ユーダイ様は王族か何かでしょうか?」

「は?」


「しかもなんと美味な。また、茶葉も素晴らしいものです。いったい何処のものなのか。味わったこともありません」

「これは確か、インドのタルボ農園のものだよ」

「タルボ……聞いたことがありませんね」


その後、農園談義をきっかけに始まったお互いの世界の話を総合すると、スクリーンの向こう側は地球じゃなさそうでしたっ。てへっ♪。……って、どうすんだよ、これ。


 ◇ -------- ◇


「……それでね、祖父が貧乏男爵家の三男で爵位も継げるはずがないからって商店を立ち上げたの。その後徐々に大きくなっていった商店を、父の代で、デュコテル商会にしたわけ」


アイリスに王族じゃなくて庶民なんだということを、納得させるのが地味に大変だったが、とりあえず普通の言葉遣いで話し合うところまではこぎ着けたぞ。


「まて。デュコテル商会だと?」

「ん? うん」

「まさか、まさかとは思うけど、お前の父親、フェリックスって言うんじゃないだろうな」

「え、何で知ってるの? そんなに有名?」


アイリスは目を見開いて驚いている。

フェリックス=デュコテルは1955版に登場するお人好しの商店主だ。お人好しすぎて店を自分の店をつぶしてしまい、今は遠く離れた場所で雑貨屋を任されてるって設定だ。

じゃあ、アイリスはイザベル()ポジションか。


「一応聞くけどな。お前の父親、人が良すぎてお店の経営が傾いたりしてないか?」

「ううん。お父様は優秀で堅実な商人よ」

「あ、そうなんだ」


なんだか肩すかしにあった気分だ。


「でもお店が危ないのは、その通りね……」

「?」


デュコテル商会は、ダガン王国で第3の規模を持つ都市グリッグスに本拠を置いている、小商いが多いが堅い商売をする商会で、3代にわたってじわじわと力をつけ、ついに念願の王都に店を出せるところまでこぎつけたのだそうだ。

しかし、王都の商業権を得るために、担当の侯爵に法外な支払いを要求され、なんとか支払った所まではいいけれど、商業証書を持って帰る途中で賊に襲われ、父親は死亡、商業証書は奪われてしまったというわけ。


「ドラマだったら、デュコテル商会を没落させようと、商売敵と侯爵がつるんでるパターンだな」

「もともと悪い噂の絶えない侯爵様だけど、うちはそんなに規模も大きくないし、わざわざ排斥したいと思うような商売敵はいないんじゃないかな」


王都の売り上げを見込んでの出資だったため、商会の経営は一気に火の車。支払いを滞らせるわけにも行かず、私財の持ち出しも増えているところに、機を見るに敏なる副商会長がいきなり独立。

初代が手続きしていたグリッグス以外の商業権は、勝手に副商会長の名前で登録されていて、彼が辞めた今、デュコテル商会には何の権利も残っていなかったらしい。あわててそれぞれの領主に訴えたが、書類上の問題はなく、訴えてもどうにもならないだろうと言われたそうだ。


「すべてを持って行った副商会長ね。まさかアンドレっていうんじゃ……」

「? ううん、ベイジルよ」

「そうきたか」

「なんのこと?」

「いや、なんでもない」


1955版でアンドレを演じた俳優がベイジルなのだ。偶然?って怖い。


「ドラマだったら、ベイジルが実権を奪おうとして、侯爵か盗賊とつるんで商業証書を奪い、横領して資金を得たってパターンだな」

「……さっきから聞いてると、そのドラマって酷いことばっかりしているのね」


こいつ、人の悪意に無防備すぎないか? こんなんじゃ、悪いやつにかかったとたんに、ケツの毛までむしられちゃうぜ。いや、すでにむしられちゃったんだっけ。


まあここは1955版の縁?だし、なんとか力になってやりたいよな。もちろんアイリスが可愛いからって理由もないことはないけれど。

幸い?クビになったばっかでやることもないし。なんだかゲームや小説みたいで面白そうだ。


「アイリス」

「え?」


「俺がお前の力になってやるよ」

「え? え?」

「だから、一緒に商会を立て直そうぜ」

「ええ~?!」


彼女は真っ赤になって下を向きながら、なんだかぶつぶつ言っている。


「そ、そりゃ、私、今は婚約も破棄されちゃったし。ユーダイも会ったばっかりだけれど、わりといい人っぽいし……」


まて。こいつ何を言っている。


「あ、あの、私」


そういって顔を上げたとたん、彼女のお腹から、ぐぅうううという可愛らしい音が聞こえてきて、彼女はあわてて下を向いた。


「もう10時か。そういや、腹減ったな。とりあえずシャワーでも浴びて温まってきなよ。その間に何か食べるものを準備しておくからさ」

「……シャワー?」

「んと、お風呂? 体を洗うところ」


分かったんだか、分かってないんだか、ちょっとキョドってる彼女を浴室へ連れて行った。


さっき準備したおかげでお湯は溜まっている。一杯になったら自動的に切れるお湯センサー付きだ。ボロアパートなのに。


アイリスは浴室で目を丸くしていた。


「ほらこれが石鹸。石鹸ってわかる?」


こっくりとうなずく。


「こっちが体用で、こっちが髪を洗う用だよ。上を押すと、ここから液体が出てくるから、それで洗うんだ。それに、この蛇口をひねるとお湯が出るからね。ほら、これがシャワー」


シャワーがお湯を雨のようにふらせるのをみて、更に目を見張っている。一応温度は調整してある。


「ユーダイ……様って、王族じゃなくて、大魔導師様だったの?……ですか?」


は? 大魔導師様?


「いや、なんだかよく分からないけれど、とりあえずゆっくり温まってきて。着替えはここに置いておくからさ。あと、分からないことや困ったことがあったら呼んでね」


そう言って、タオルと、最後に体を拭くためのバスタオルを押しつけ、Tシャツとジャージの下をおいて、浴室から出た。


◇ -------- ◇


買ってきたコンビニ弁当があるけれど、それじゃなんだか寂しいので、一応炊飯器のスイッチを入れた。

冷蔵庫の中には挽肉と卵と葱と豆腐かぁ‥‥じゃ、麻婆豆腐でも作りますかね。すぐできるし。


ざっと下ごしらえをして、ちょっと古そうな胡瓜とトマトと緑豆春雨で簡単なサラダを作り、コンビニ弁当のおかず(ハンバーグ)を取り出して皿に盛り、レンチンするだけにしたら、スクリーンに向かっていった。


さっきと同様、そこに右手を差し込んで見る。俺の手は、何の抵抗も見せず壁をすり抜けて、スクリーンの向こうに突き出された。

さらにスクリーンに頭を突っ込んで、窓から乗り出すように向こう側を確認してみた。


その部屋は、アイリスの部屋と言うより、商会の事務室って感じだ。外はかなり強い雨が降っているようで、窓から雨漏りが起こっている。


この世界の窓はいわゆる木窓。木枠の窓じゃなくて、木の板をつっかえ棒で支えて開けるタイプの窓のようだ。板ガラスがないか、または高価なんだろう。

電気はなさそうだし、文明の程度は中世くらいってやつかな。


おそるおそる向こう側にいこうとして、はたと気がついた。裸足だ。

玄関からサンダルを取ってきて、室内で履いて向こう側へ――


「よいしょっと」


――降りた。スクリーン枠を乗り越えて、異世界?に立つ。


「うーむ。これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩と言えるだろう」


なんて独りごちてみる。だってここは月よりも遠いはずだ。たぶん。

しかし、この切り取られた窓みたいな空間、もっと目立たなくならないかな、と考えたとたん、ひゅっとスクリーンが小さくなっていった。


「うわっ、ちょ、待って! 戻れなくなる?!」


と叫んだ瞬間、その大きさで停止した。

おそるおそる実験してみると、どうやらこのスクリーン、割と自由に大きさも方向も変更できるようだ。

いつまで繋がっていられるのか、わからないところが怖いところだけれど。


彼女が作業していたらしい机まで移動すると、なんとスクリーンがついてきた。驚いたことに、こっちの世界での入り口は、俺を中心とした相対座標で配置され、ある程度自由に移動させられるようだ。

これはつまり、世界を繋いでいる入り口が、俺側のプロパティであることを意味していそうだ。なんだかホロレンズで空けた穴みたいで、ちょっと親近感がわくな。


机の上にあった帳簿をパラパラめくってみると、ちゃんとアラビア数字に見えている。実際にその数字が書いてあるのか、それとも何かの作用でそう見えているだけなのかは分からないけれど、とにかく読めるってことだけは確実だ。

部屋の隅にあったついたてを少し出して、その向こう側の壁にスクリーンを配置する。これでいきなり人が入ってきても、直接すぐには見られないだろう。

さて、そろそろ向こうへ戻っておくか。彼女もお風呂から出る時間だろう。


その前に、最初に気になった、「どこまでがその対象にあたるのか」実験をしておこう。

蜜柑をひとつ取り出して、そっと向こうへ差し出す。ミカン全体を意識しているので当然そのまま移動する。

次に、ミカンの皮の内側を意識して移動させようとすると、ミカンの皮がスクリーンに当たってとまる。


「はぁ……ちょっと安心した。もし中身だけが通過できたりしたら、移動したとたんに内蔵だけとか皮だけとかになった人間を見ることになりかねないってことだもんな。それは勘弁だ」


しかし、服は通過せず中身だけが通過した。これはもしかして……と、ミカンの皮に大きめの穴を開けて、同じことをやると――

見事に中身だけが通過した。


「うーむ。ある程度の認識できる穴があって、トポロジー的な変形で分離させることができる領域は分離させることができる、とかか?」


下手に考えて、口腔から胃の内容物が分離するとか、肛門から排泄物がとか、考えただけで気が滅入りそうな未来を引き寄せたりするのもいやなので、そういうことは考えないことにしようと心に誓うのだった。


◇ -------- ◇


ひねればお湯が出るなんて、何て不思議な魔法なんだろう。

教えていただいた石鹸で体を洗うと、なんだかお肌がつるつるのぴかぴかになっちゃうし、髪を洗う用だと言われた石鹸を使って髪を洗うと、指通りにがさらさらになっちゃった。


お湯に浸かるなんて初めての経験だったけど、温かいお湯に肩まで浸かると、なんだか変な声がでちゃいそうになる。


「ふにゃー、気持ちいい……」


お父様が亡くなってからの緊張や疲れがみんなお湯の中に流れていってしまうようだ。


「ユーダイ……か」


不思議な世界の不思議な人。

王族みたいなものを食べて、物語に出てくる大魔導師みたいに不思議なものに囲まれているのに、全然そんなんじゃなくって、普通だっていうし。


しかも……急に力になってやるよ、なんて言い出すし。


急にのぼせるたように顔が赤く染まるのがわかる。

それをごまかすようにお湯の中に鼻まで浸かった。ぶくぶくぶくぶく。


妙に優しい男には気をつけるのよってヴィーが言ってたけど、なんだかユーダイはそういうのと違う気がする。なんだか、本当に神様が私のために遣わしてくれた人みたいな……


よし、体もきれいになったし、覚悟を決めて彼を頼ってみよう。


勢いよく立ち上がると、ザバーっと音を立ててお湯が体を滑り落ちる。

その後用意されていたタオルも、信じられないくらいふかふかで気持ちよかった。ああ、クセになりそう……


◇ -------- ◇


「あの……ありがとうございました」


しばらくすると、ジャージとTシャツ姿の彼女が浴室から出てきた。ドライヤーは使ってないのか、髪はしっとりと濡れていた。


「家の中にお風呂があるってのも凄いですけど、ひねるだけでお湯が出る管とか、あのシャワー?とか、一体どんな魔法なんですか」

「魔法? サイガ王国には魔法があるんだ?」

「はい。闘いに使えるほど凄い魔法を使える人は少ないですけど。ちょっと火がつけられるとかちょっと水が出せるとか、そんな感じです」


一度に数リットルが精一杯でも、水を持ち歩かなくて済むのは商人としてはものすごく有利なんだそうだ。

そりゃそうだな。旅に必須のアイテムのうち、水はものすごく重いもんな。


「なんでまた敬語に戻ってるのさ」

「だって、大魔導師様と普通にしゃべるなんて」

「大魔導師じゃないから。ちゃんと普通に話してよ。緊張しちゃうよ」

「ううう……わかりました。じゃない。わかった。できるだけ頑張ります」

「うん。じゃあ、ご飯にしよう」


俺は準備してあった材料で手早く麻婆豆腐を作った。アイリスの嗜好が分からないが、どうも調味料の乏しい世界みたいだから、豆板醤は極僅かにしておいた。ハンバーグをレンチンして、冷蔵庫からサラダを取り出し、ご飯をよそって――


「そういえばアイリスは箸って使えるの?」

「箸ってなんですか?」


箸はないのか。


「じゃあ食事って、フォークやスプーンで食べるの?」

「はい」


じゃ、フォークとナイフとスプーンをつけて勝手に使って貰おう。


「はいどうぞ」


「これは……」

「それはお米だね。そっちにもある?」

「ええ。南の方にあると聞いたことは」

「ここではそれが主食なんだよ。もちろんパンも麺もあるけれど。こっちの麻婆豆腐を載せて、フォークかスプーンで掬って食べると良いよ」

「はい」


ぎこちなさそうに麻婆豆腐をスプーンでご飯に載せて、そのまま掬って口に入れた瞬間、固まった。

あれ、口に合わなかったかな?


「……大丈夫? 美味しくなかった?」


咀嚼して飲み込むと、彼女は言った。


「な、な……なに?! これ!」

「な、なにって、麻婆豆腐とご飯」

「無茶苦茶美味しいよ? こんなの貴族でも食べてないよ? 叔父さんちはビンボー男爵家だけど」

「そ、そう。おかわりはあるから沢山食べてね。こっちのサラダとハンバーグもどうぞ」


アイリスは涙を流しながら、ぱくぱく食べている。

ものすごく、気に入ってくれたのは良かったけど、美少女が台無しです。


◇ -------- ◇


「はー」


食後のお茶を飲みながら、俺たちはゆっくりくつろいでいた。


「このタルボの葉っぱって美味しいね」

「それはよかった」


「向こうは事務所だったんだね」

「うん。さっき言ってたグリッグスの商店の2階」

「ああ、最後に残った」

「うん。お父様はもういないし、どうしよう、ユーダイ」


問題を思い出したのか、アイリスはまた涙ぐみそうになる。


「アイリス」


アイリスは涙目で俺を見上げてくる。


「つまり、デュコテル商会は、グリッグスにある1件の雑貨屋になったってことだよね」

「……うん」


「資金は?」

「白の月の間は、なんとかなる、と思う」

「白の月?」


サイガ王国の1年は320日で、月は緑・黄・茶・白の4つの月から出来ていて、それぞれの月が80日あるそうだ。

今は、白21(白の月の21日目)。つまり後58日間くらいはなんとかなるってことか。まるで俺の貯金だな。


「でもその後は……」


緑の月になれば、仕入れの支払いが発生する。帳簿はそのままに、資産だけラズボーン商会に持って行かれたデュコテル商会は、商品のないままその代金の支払いを行わなければならない。

ラズボーン商会が持って行ったので知らないとそれを突っぱねることもできるかもしれないが、帳簿上はデュコテル商会の売り掛けだから今まで築き上げてきた信用が地に落ちることになる。


もちろん支払えなくても同じことなのだが……


「従業員は?」

「今はマーサだけ」

「マーサ?」


「うん。マーサはね、みんながラスボーン商会に引き抜かれる中、『最後までお嬢様と一緒にいますとも』って行って残ってくれた使用人なの」

「へー。すごい忠誠心だ。長いの?」

「最初はお父様が、私が生まれたときに、私の世話をさせるために雇った侍女だったみたい」


当時マーサは13歳。なにか実家のトラブルで路頭に迷うところを、若きフェリックスが引き取って仕事を与え、ちゃんと学校にも行かせたらしい。

そして、アイリスが大きくなってからは商会のお手伝いなどもするようになったとか。ちょっと歳の離れたお姉さんポジだな。


「それに、マーサは優秀な魔法使いなのよ!」


自分のことのようにドヤ顔で自慢しているアイリス可愛い。


「魔法使い?」

「そう。属性は水。優秀な氷魔法の使い手よ」


おおー、本当にあるんだ魔法。今度見せて貰いたいな。


「それに優秀なハウスキーパーで、生活魔法を使って家のこともやってくれているの。私、彼女がいなくなったら明日からどうしたらいいのか、きっとわからなくなるわ」

「残ってくれて良かったな」

「ええ、彼女にならきっと、とても高額の報酬が呈示されたはず……私、そんな彼女にどうしたら報えるのかしら」

「一緒にいて、ちゃんと感謝して、そうして幸せに暮らしているだけで、彼女は報われていると感じるはずだよ」

「そんなの」

「家族って、そういうものだろ」

「うん……」


つまりは、いくらか知らないが借金を押しつけられ、残ったものは自分とマーサと一つの店舗だけってことか。支払い猶予は約2ヶ月。


「アイリス。明日の午後、ちょっとグリッグスを案内してくれないか?」

「午後?」

「えーっと、お日様が頭の真上に来た後?」

「ああ、4の刻ね」


サイガ王国の時間は1の刻~7の刻まであって、1と4と7の刻に鐘がなるんだそうだ。4が正午だっていうから、1と7が大体日の出日の入りだとして、均等割すると朝の6時から夜の6時までで、1刻は2時間ってところか。夜の方は刻みがないということなので、ベースが日時計時間なんだろう。


「ほら、商売の基本は、街や社会の様子をよく知ることだろ? だからさ。売れそうなものや必要そうなものを見つけてお店をどうするのかを決めよう」

「うん……ありがとう」


「そういや、家は近いの?」

「ううん。ちょっとある」

「凄い雨だったよ」

「うん、だからもう事務所に泊まろうと思って、帳簿を確認してたの」


「じゃあ、今日はもう遅いから、泊まってく?」

「え?」


アイリスはちょっと驚いたように目を見張ったが、すぐに赤くなって小さな声で、


「う、うん」


と言った。


「じゃあ、ベッドを使って」

「ありがとう。……ユーダイは?」

「まあ適当に片付けたら、こたつで寝るよ」

「こたつ?って床?」

「あー、まあそうかな」

「そんなのダメだよ。私がそっちで寝るから、ユーダイはベッドで……」

「女の子を床になんて寝かせられないな」


「……じゃ、じゃあ、あの。一緒に……寝る?」


ずきゅーん。なんですかこの可愛い生き物は。破壊力ありすぎですよ。スクリーンを通して聞こえてくる、向こうの雨の音が妙に大きく聞こえたりして、なんつー甘酸っぱい空間。


「あ、じゃあ、そんな感じで」


何がそんな感じなんだよ、俺! 一緒のベッドを使うだけだってのに、28にもなって免疫がなさ過ぎだっての!


しばらく1話がやや長いシリーズになりそうなヨカン。頑張る。


ブクマや評価をいただけると励みになります m(__)m


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