018 デュコテルの悪魔
金髪ツインテールだよ。リアルには初めて見たよ。
「人を悪魔扱いする、キミは誰かな?」
「私は、クロエよ。あなたのせいでうちのお酒の評判が大暴落したんだから!」
ええ? 何の話だ?
「ええっと、心当たりがないんだけど」
「なんですってぇ!?」
店の前で騒がれても困るので、旧店舗の2Fの事務所で話を聞いてみると、彼女のうちは、アラワヌークでもトップ生産者のひとつで、いままでは名声をほしいままにしていたらしい。
ところが、今期フロドロウに納品に行くと、支配人に「やはりいまひとつですね」とつぶやかれたのだとか。
「今年は最高の出来だったんですからね!」
それで、何か問題があったのかと支配人につめよると、先日頂いたグライプ酒があまりに素晴らしく、それと比べると、まるで大人と子供くらい違うと言われてしまったのだそうだ。
何てことを言うんだバーニー(正しくはウォルフです)。あれは確か、ルロワとシャルロパンだろ? 比べるなよ……
「そのグライプ酒は、あなたが持ってきたものだそうじゃない」
「いや、まあ、そうと言えば、そうなんだけど……」
「しかもよ、『いえ、今までのものと比べれば、このグライプ酒も良くできていると思いますよ』なんて、慰められたのよ! この私が!」
「はあ」
「そんなものを持ち込んだあなたを、悪魔以外のなんと呼べばいいと言うのよ!」
いや、そんなんで悪魔呼ばわりされても。
「で、それをいいに来たんですか?」
「ちがうわよ! そんなに違うというのなら、私にも飲ませてよ!」
おう。
ヴィオラールといい、この国はこういうのが普通なんだろうか? 向上心があっていいという言い方もできるかもしれないが……
「わかりました。では少々お待ち下さい」
◇ ---------------- ◇
「どうぞ」
グラスの中には金色の液体が輝いている。本日のワインは、マーガレットリバー(*1)はアッシュブルックのシャルドネだ。
いきなり来られて、ほいほい開けられるワインなんてこのクラスだよね。でもこのワインは、凄く濃厚で、少し時間をおくとまさにネクターというにふさわしい蜜感を感じさせる。とてもCPが高いワインなのだ。
クロエは、俺の真似をして、おそるおそるワイングラスのステムを掴んで、グラスを口に運ぶと、ぴたりとその動きを止めた。
こっちのワインとは少し香りが違うよね。
「こ、これは……」
「いかがです?」
「うるさいわね」
と強気の視線をこちらに向けてから、一口飲み込んだ。
背景に、ガーンという書き文字が見えるような顔をして固まったクロエ。おーい。大丈夫かー。
フルフル震えだしたと思ったら、いきなり大粒の涙をぼろぼろとこぼし始める。
「う、うぇ。私の、私の人生はいったい何だったのよ……」
え、ええー?! そんな大げさな話?!
「あんなに、あんなに頑張ったのに……うぇええええええん」
ちょっとまって、何その大泣き。あ、こら、アイリス、そこで引かないで、助けて。
「うえええええんん、うえええええん」
「アイリス様、大丈夫ですか?」
鳴き声を聞きつけたのか、マーサさんが上がってきた。
いや、そんな目で見ないでくださいよ。俺が悪いんじゃないんですから!
その場はマーサさんにまかせて、俺とアイリスはなすすべもなく逃げ出した。
◇ ---------------- ◇
「どうもすみませんでした」
泣きはらした顔で、すっかり意気消沈しているクロエを見てて、つい可哀想になってしまった。
「グライプの香りはさ、皮のところに多くあるから、除梗して破砕した後、すぐ搾汁しないでしばらく静かに置いておいてから絞るといいよ」
「え?」
「それに一度発酵させた後、最後にマロラクティック発酵(*2)させることで、味がまろやかになるんだ」
あのワインはちょっと酸が強かったもんな。
「マロラクティック発酵?」
「そう、それにね、毎年すぐに出荷せずに、半分くらいは……」
「半分くらいは!?」
ぐわっと乗り出して食いついてきたときに、しまったと思ったが、すでに後の祭りだった。
「し、師匠! 私を弟子に!!」
「いや、間に合ってます!」
「そんなこといわないで!」
こうして、もしかしたら、また面倒な弟子を一人抱えることになるかも知れない今日この頃なのであった……
*1 マーガレットリバー
オーストラリアのバースの近所(と言っても車で4時間くらいかかる。オーストラリアは広いね)にあるサーフィンのメッカ。
カレンのダイアナ・マデリンやルーウィンのアートシリーズのカベルネなど、タバコ系で非常に素晴らしいプレミアムな赤ワインを作っているし、全体的にお値段もそこそこで、なかなかCPの高いワインも多い地域。
ところで、オーストラリアの裕福なお医者さんは、なぜワイナリーを作ってしまうのか。誰か研究してください。
アッシュブルックのシャルドネは、2500円前後で買えたワインで、リッチ、というより、ハチミツ系ねっとり肉厚タイプのシャルドネで、なかなかこゆいが、酸もそこそこあるのでバランスはとれている。
オーストラリアは2000年前半くらいからスクリューキャップが増えています。合理的で、歓迎すべき動きなのでしょうが、ソムリエナイフの使い道がないのはちょっと寂しいです。
*2 マロラクティック発酵
アルコール発酵の後、リンゴ酸を乳酸菌で分解する発酵。
これをやると、酸が柔らかくなり複雑さが増す代わりに独自のフレーバーが付いたりして、ちょっとテロワールの反映が薄れるという欠点もあります。
もっともそれを欠点と見なすかどうかは、作り手の意識の問題なのですが。




