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ボロアパートの壁が彼女の部屋と繋がってしまったので商会を営んでみた。  作者: 之 貫紀
地方商会

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015 ナイアルラート=テップ伯爵驚く

天使の扉をくぐると、そこは、とても明るく、快適な暖かさの空間だった。暖炉も見あたらないのに、どうなっているのだろう。


使用人に外套を渡し……って、ヴィオラール=ファーレンホーフ?! 間違いない、アシュトン侯爵の側で何度も見たあの顔だ。なぜ、こんなところにアシュトン侯爵の切り札が……


驚きを顔に出さないようにしながら、店の奥に案内されていく。素晴らしい板ガラスの仕切りをくぐると、きらびやかなシャンデリアが目に飛び込んできた。これはなんだ?水晶よりも煌めいているように見える。


不思議な四角い椅子を勧められ、それに腰掛けたが、それもまた素晴らしい座り心地だった。


「ようこそいらっしゃいました、ご領主様」


美しい女主人が頭を下げてくる。とても変わっているが、実にエレガントで洗練された服だ。きっと、イホウンデ()にも似合うだろう。


「本日はどういったものをお求めでしょうか」


  ◇ ---------------- ◇


これがテップ伯爵か。


彼が来たからといって、電灯がちかちかしたりはしないし、雪が緑に光ったりも……してないな。なんとなく残念だ。

俺は心の中で苦笑しながらそう思った。


「うちの妻に、何か贈り物をしようと思ってね。こちらでなにやら新しいものを売りに出していると聞いて寄らせて貰ったんだ」

「それはそれは、ありがとうございます。おそらくこちらの品物でしょう」


とシャンプーとコンディショナーのセットをお持ちした。


「お茶をどうぞ」


ヴィオラールがお茶を運んでくる。長く貴族に使えているだけあって、ヴィオラールの入れるお茶はなかなかいける。

茶器は、安定のオールドカントリーローズだ。


「ほう。素晴らしい香りだ。これはどちらの?」

「こちらの、ユーダイが独自にブレンドしたものです」


おい、アイリス! まあ、嘘じゃないよな。タルボのオータムナルに、マーガレットホープ(*1)の飲み残しのセカンドフラッシュを数枚入れたものだかられっきとしたブレンドだ。うん。

現実世界にだって、フィディックにバルヴェニーを1tsp(*2)入れたり、モーレンジにマレイを1tsp入れたりしてブレンデッド(*3)だと言い張るウィスキーもあるしな。


「カップも素晴らしい。見たことのないデザインと白さだ」

「ご興味がおありでしたら、余所(よそ)では見られないティーセットもいくつかご覧いただけますが」

「それは是非拝見させていただこう」


  ◇ ---------------- ◇


その後、このユーダイとかいう男に、2Fへと案内された。

2Fはより特別な方達のために用意された商品をお見せするためのスペースとなっております、などと言っている。しかし何者だ、この男。


そうして上がった2Fは、明るく大きな窓に四季の花が咲いていた。こんなガラスは、王城にすらないぞ。

この部屋も明るく、それでいて落ち着いた光に満ちている。1Fと違って、より装飾の多い家具が貴族的で、もちろん座り心地も素晴らしい。


いくつか見せて貰ったティーセットは、どれもこれも異常な高品質で、まったくお目に掛かったことのないクラスだ。


ううむ。何とも驚きの連続だ。

こういっては何だが、デュコテル程度の商会が、一体どこからこれだけのものを仕入れているのか。


「そういえば、フロドロウへ泊まられた方々がワイングラスというものを見て驚かれていたと聞いたが、あれももしかしたら」

「はい、当商会が納めさせていただいております。ご覧になりますか?」


と言って出されたグラスは、これもまた見たことのない薄さと形だ。


「ご利用になってみますか?」


酒か? まあ少しなら構わないか。果実酒は単体で飲むには少しつまらない気もするが……


ユーダイという男が、見たこともないガラスのボトルに入った果実酒を裏から持ってくる。あの蓋はなにかの木か?


静かに薄いグラスに注がれた、その淡い黄金色に輝く液体からは、今まで果実酒だと思っていたものとは別次元の香りが漂ってきた。


「どうぞ。ソーヴィニヨン(*4)というグライプから作られた果実酒です」


グライプとは思えない、花の香りが立ち上ってくる。少し口に含むと、若草が香り、花や果物の風味が幾層にも渡って押し寄せてくる。


「こんなグライプ酒は初めて飲む。これは本当にグライプ酒なのか?」

「はい」

「しかしこんな味と香りは……」

「先日フロドロウで、アラワヌーク産の最上のものをいただきましたが、少し作り方が違うようです」


作り方が違う? ではどのようにすればこのような味に?


「グライプ酒は、素焼きの壺に入っておりました。こちらでは、樽熟成を行わないようですね」

「樽熟成とはなんだね?」


アラワヌーク程ではないが、うちの領地でもグライプ酒の生産は行われている。この酒の作り方が分かれば……


「それはまた今度にいたしましょう」


にこやかに笑いながら、さらっと(かわ)されてしまった。

そして、突然まじめな顔をして、こちらに切り込んできた。


「ご領主様」

「なんだね?」


「いくら城下で、多少話題になったとはいえ、我々は小さな商会です。奥様へのプレゼントでしたら、大手の御用商人の方が何人もいらっしゃるはず」


「雪の日にわざわざ足をお運びいただけるとは、当店でしかご用意できない何かをお探しですか?」


  ◇ ---------------- ◇


ふむ。得体は知れないが、なかなか面白い男のようだ。少し相談してみるのもいいかもしれんな。


「実はな」


と、ヴォルプリに、王に献上するものを探していることについて話をしてみた。

ユーダイとやらはしばらく考えていたが、しばらくお待ち下さいと言って、奧へ引っ込んでいった。

私は一人、グライプ酒を傾けながら、美しい窓を眺めていた。


どのくらい時間が経ったろう、ユーダイという男が再び現れた。


「おまたせしました。新しい価値の創出ということでしたら、こちらではいかがでしょう」


といって、深く暗い赤紫色のヴェルヴェットにつつまれたケースを開けた。

中には見事な大きさの、虹色に煌めく宝石が入っていた。が、これは一体なんだ?


「これは美しい。光に煌めき虹色に輝く石とは……これは一体なんだ?」


「ペアシェイプブリリアントカットを施した、……アダマンです」

「なんだと?!」


私は思わず立ち上がった。

アダマンと言えば、無価値の象徴。クズ宝石と言われ、宝石を磨くためだけに産出される、そんな石ではなかったのか?

しかしこの石は、美しい。濃い色ばかりが好まれる我が国においても、これほど輝き虹色に煌めく石などまずお目にかかれん。


「た、確かにこの石は美しい。素晴らしいものだと思うが……」

「やはり、無価値のアダマンを国王に贈るのは(はばか)られると?」

「どのような反応が返ってくるのか、まるでわからん」


「この石がアダマンに見えますか?」

「いや、色はないようだが、最初に見せられたときにアダマンだとは思えなかったな」

「では、この石をダイヤモンドと呼びましょう」

「なんだと?」


何を言い出すんだこの男。国王を騙せと言うのか?!


「私は遠い国の出身ですが、私の国ではアダマンのことをダイヤモンドと呼ぶのです。そうしてこのような美しいカットを施して最上の宝石のひとつとして取り扱います」


なるほど。騙すわけではないのか。無価値のアダマンに技術をくわえて、特上の価値を作り出す。面白い。

しかもこの石ならば、必ずや王の目を楽しませるだろう。


「献上の会場は、ろうそくや魔法の灯りでしょうか?」

「そうだ」

「ならばこのダイヤモンドはさらに美しく見えると思いますよ」


そういってその石を揺らめく炎にかざしてみると、様々に表情を変える様は、まるで生きているようだった。


「いいだろう。いただこうではないか。それでいくらで売るのだ、その石を」

「私の国の価値ならわかりますが、この国でこれがどのくらいの価値を持つのかは未知数です。いかほどでお買い上げ頂けますか?」


むっ、この男、私を試そうというのか。

しかしこの大きさでこの輝き。同じ大きさの最上級のエメラルドに匹敵すると考えれば、最低でも白金貨10枚といったところか。

いや、希少性と言うことを考えればそれ以上の価値はあるに違いない。


「わかった。白金貨10枚でどうだ」


  ◇ ---------------- ◇


うお、1億円かー。サイズ的には、ムーンオブバローダ(*5)クラスだから、本物なら190万ドルなんて評価もでてたけど、あちらはカナリーイエローだし、マリリンモンローだしな。

まあ妥当なところか。


「結構でございます」

「それでだ」

「は?」


「サービスにさっきのグライプ酒を何本かつけてくれるな?」


テップ伯爵がお茶目な眼差しでそう付け加えてきた。


「何種類か見繕って、グラスと共にお届けしましょう」

「よし、頼んだぞ」


そういって席を立った。

*1 マーガレットホープ

以前紹介した、キャッスルトン農園のもうちょっと北側にある、こちらも人気の出てきた農園。

セカンドフラッシュは、甘くて上品な味と、透き通るようなオレンジ色が特徴です。


*2 1tsp

1 Teaspoon. 料理の計量単位。日本語だと小さじ一杯? 大体5mlの意味だが、ここでは単にスプーン1杯の意味で使われています。

ちなみに、3 Teaspoonで、1 Tablespoon. こっちもTだけれど、略は、tbsp とか tbsです。


*3 ブレンデッド

ブレンデッドウィスキー。

スコットランドで作られるウィスキーには、大麦麦芽のみを原料にしたモルトウィスキーと、それ以外の材料(トウロモコシやライ麦など)を原料にしたグレーンウィスキーがあります。

以前は、ブレンデッドというとモルト+グレーンで作られたものを指し、モルト+モルトはヴァッテッドなどと呼ばれていましたが、最近はどちらもブレンデッドと呼んだ方がいいんじゃないの?的な風潮があります。

なお、グレンフィディック、バルヴェニー、グレンモーレンジ、グレンマレイは全てスコットランドの蒸留所の名前で、そこで作られたウィスキーをこう呼びます。


*4 ソーヴィニヨン

Sauvignon. 単にソーヴィニヨンという場合は、普通ソーヴィニヨン・ブランを意味します。

石灰岩の土壌が大好きなこの葡萄からは、通常白ワインが作られ、白い花(エニシダの花なんていわれますがエニシダは黄色です。なにしろ、金雀枝だし)や若草の香りなんかが特徴的です。

有名な、カベルネ・ソーヴィニヨンはこれと、カベルネ・フランの交配種です。


今回用意されたボトルは、ロンコ・デル・ニエミツのソーヴィニヨン ソルです。ニエミツは以前は業務店のみのおろしだったため一般に流通しなかったイタリア・フリウリの生産者ですが、現在ではインポーターの変更に伴い一般に販売されるようになりました。

とても葡萄やテロワールがはっきり出るワインを作られていて、手頃で美味しいので、手にはいるなら是非お試しを。


*5 ムーンオブバローダ

Moon of Baroda. 24.04カラットペアシェイプのカナリーイエローダイヤ。

どこぞのマハラジャが500年近く所有した後、マリアテレジアに献上されたという由緒あるダイヤです。

1940年代にメイヤー・ローゼンバウムが購入し、マリリンモンローに寄贈して「紳士は金髪がお好き」でも用いられたことで有名になりました。

その後 2012年に日本のTV番組に登場し本物と鑑定されましたが、実際のところ、いくつものレプリカがあるこのダイヤの本物は、現在ではどこにあるのか分からないことになっています。

ユーダイは190万ドルなんて言ってますが、番組では1億円と鑑定されました。当時のレートで190万ドルは大体1億5千万ちょっとなので、希望価格がそのまま海外に伝わったものだと思われます。

ていうか、2012年って79円台だったんですよね。今更ですが。


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