014 アダマンカッター大地に立つ!!
「違う違う。クラウンの角度は34.5度だよ。これだと大きすぎる」
「ううう、お師匠様。これは複雑すぎますわ」
ダイヤモンドといえばアイデアルカット。横から見ると菱形の上をカットしたような形のよく見るあれだ。
横から見たとき、一番広くなっている部分をガードル。それより上をクラウン、下をパビリオンという。
アイデアルカットは、ガードルの直径を100%として各部の長さや角度が決められていて、クラウンとガードルの角度は34.5度、ガードルとパビリオンの角度は40.75度だ。
クラウンは、てっぺんの8角形にくっついている8つの三角形とガードルにくっついている16個の三角形と、それに囲まれた8つの四角形から構成されていて、全部で33個のファセットからなっている。
ガードルは、16角形。
パビリオンは、ガードルにくっついている16個の三角形とそれに囲まれが2辺と頂点を結んでできる8つの四角形からできている。
一番下の頂点部分は、キューレットと言って、欠けを防ぐために、小さな面が作られている。大きすぎても小さすぎてもいけない。
空間把握系の魔法を併用しても、この世界で1/100度の精度を維持するのは大変のようだった。
ただ、切断面は凄かった。現代最高のポリッシュもかくやと言わんばかりの美しさで、まあ、空間ごと切り離してるんだもんな。石側に原因がないなら綺麗なのも当然か。
ヴィオラールが初めてカットした石は、左右対称って何?って出来だったが、本人はぐったりと疲れていた。
これはイメージを固めさせるためにも、一度本物を見せた方が良いかな。
しかしダイヤって高いんだよな……以前源三郎さんが、D~EのVVSクラスなら、2カラットでも200~300万って言ってたけど、売値を見たら、E-VVS2で600万とかするんだよ。
見学だけならタダだけど、ヴィオラールを向こうに連れて行くのはなぁ……買って見せてから、もう一度売れば、ちょっと損だけどなんとかなるかな。お金、まだあったかな。
◇ ---------------- ◇
「というわけで、カットの手本に見てみたいんですが、アイデアルカットのダイヤのルース、手頃なものはありませんかね?」
その日の夕方、俺はマルゲンにやってきていた。
「何が、というわけで、だ。全然説明しちゃいないだろ」
「ははは」
源三郎さんは、カウンターの向こうでなにかを考えている感じだったが、ぽんと膝を叩いて乗り出してきた。
「こないだのアレな」
「ダイヤですか?」
「そうだ。あれ、FLとIF(*1)だったぞ」
源三郎さんの話によると、大きい方は、10.2ctのIFと、9.86ctのFLだったらしい。VVS以上だろうとは思っていたが……とのこと。
なんでもVVS1とFLでは、値段が倍どころではきかない場合があるのだとか。
「でな、ひとつは売れたんだが、ちと儲けすぎてな」
「はあ」
「ぼるとは言ったが、限度があるからな」
と、2ctくらいのルースをひとつ取り出してきて、目の前においた。
「これは?」
「こないだの石は、まだカットから戻ってきてないから、それを貸してやる。E-VVS1だがカットの見本ならそれでいいだろ」
え?貸す?持ち逃げしたらどーすんですか?
「心配するな。それを10個持ち逃げされても、全然困らんくらい利益が出てるから」
おうふ。
「あとな、今回は運が良かったが、やはりあんまりでかいのは足が遅いぞ。すぐに捌けるのは2ctまでだな。ただカットさせるとなると余り小さいのはCPが悪いからな……」
「わかりました。それじゃ、これ、ありがたくお借りします」
「おお。しばらくは構わんぞ。ああ、それからな」
「はい?」
「みなみが、全然お誘いの電話が来ないんだよとか言ってたぞ」
「はいぃ?」
マルゲンを出ると、吐く息が白い。
ふー、こっちも寒いな。雪でも降り出しそうだ。さてもうひと頑張りするか。
俺は部屋に帰ると、各種カットの3Dデータを、キンコーズ(*2)にオンラインで入稿した。
◇ ---------------- ◇
翌日、朝からヴィオラールは、IRISの2階奧のパーティションで仕切られた簡易倉庫スペースに置かれたふたつの机の前に座って、真剣にカットされたダイヤを見ていた。
机にはルーペと明るい作業用のLEDライトが置かれていて、いつもは時間のあるときにアイリスと出荷してもいいアダマンを選別するために使っていたのだ。
とはいえ、カラーとかクラリティとか微妙なところはわからないので、とりあえず大きさで分類していた。
なにしろこちらでは、砕く手間が少なくてすむ、小さい方が高価なのだ。
しばらくそれを眺めていた後、深い息をつきながら目を閉じたヴィオラールは、ラフを手に取ると、真剣に集中し始めた。いや、そのラフ、なんか結構大きいんですけど……
部屋の中が静電気で満たされていくような、ぴりぴりした感じがする。これが魔力が集まっていく過程なのだろうか? ていうか、これ大丈夫なのか?
そのぴりぴりしたものが、急激に薄れ、手元の石の輝きが膨らんでいく。一瞬の後、そこには完璧にカットされた10ctはありそうなダイヤが摘まれていた。
「ふー。お師匠様、こんな感じでいかがでしょう?」
これはすごい。シンチレーション(*3)もディスパーション(*4)もとても華やかだ。
「うわー、色のないアダマンが、こんなになっちゃうんだ」
とアイリスも驚いている。どうして急に?
「お師匠様が仰ったのですわ。理を知ってイメージを強化しろと」
この場合の理とは、光の屈折についての知識だったそうだ。石の内部で曲がり反射するその光の通り道を理で考え、それがなるべく美しく輝くイメージを、見せて貰った形から想像したのだとか。
それだけで、いきなりできるようになるのか。やはりこいつは天才なんだな。
「アダマンが動いたり、光が動いたりすると、キラキラしていろんな色が輝いて、ものすごく綺麗ですわ」
いや、キミがカットしたんでしょ。
「しばらくはこのカット?でよろしいのですか?」
「うん。お願いします。今カットしたものより大きいのは触らないで、そのくらいまでの大きさで」
「わかりました」
「その最初のひとつは、初めてカットした記念にヴィオラールが持ってると良いよ」
「本当ですか?」
「もちろん」
ありがとうございますと、ニコニコしながら、石を光にかざしていつまでも眺めていた。
その後、ヴィオラールはカットに集中し始めたが、慣れないうちはものすごい集中力と魔力を使用するみたいで、4個目でダウンしていた。
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数日前から時折舞っていた粉雪が落ち着いた隙を縫って、一台の豪奢な馬車が、IRISの前で駐まった。
「旦那様、こちらでございます」
御者のブレイクが馬車のドアをノックする。道にはうっすらと雪がつもり、轍の跡が後ろに続いている。
前には、敬虔な気分を誘いながらも鮮烈な印象を与える天使の出迎えとは。ここの店主はよほどの趣味人か。
ブレイクが店の扉を開けて来訪を継げると、変わった服を着た女主人が顔を出した。
馬車のドアを開け、ドアまで3段の階段を登る。どうやらこの扉の向こうには、面白い世界が拡がっていそうじゃないか。実に楽しみだ。
*1 FLとIF
共にダイヤのクラリティグレード。
ダイヤモンドのクラリティ(透明度。透明であるほどグレードが高い)は6カテゴリに分解されていて次のようになっています。
FL Flawless
IF Internally Flawless
VVS Very Very Slightly Included
VS Very Slightly Included
SI Slightly Included
I Included
VVS以下の各カテゴリはいくつかのグレードに別れていて、全部で11のグレードがあります。
なお、VS以上は目を皿のようにしてみても、瑕疵を発見するのはちょっと難しいです。x10のルーペを使っても言われるまでよくわかりませんw
ダイヤが大きくなればなるほど、インクルージョンが含まれる可能性も上がるので、大きなダイヤのFLやIFはめっちゃ高価です。いや、小さくても高価ですけどね。
*2 キンコーズ
Kinko's。少部数の印刷物を簡単に作れる、同人即売会の最後の砦。ただし即売会当日の朝、現地近くの店舗はベラボーに混むことがあるので注意が必要です。
3Dのオンライン入稿で、3Dプリントを行ってくれるサービスがあります。
精度が必要な場合はエポキシが良いでしょう。今回はそうでもないので上がりの早いアクリルで注文しました。
*3 シンチレーション
scintillation.
キラキラ
*4ディスパーション
dispersion.
虹々。
ファイヤとも。光が分光して虹色に輝くこと。




