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ボロアパートの壁が彼女の部屋と繋がってしまったので商会を営んでみた。  作者: 之 貫紀
地方商会

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012 テップ伯爵の憂鬱

翌日からも、お店はまあまあ順調だ。


フロドロウの紹介で、何人かの貴族の方がいらっしゃって、アシュトン侯爵程ではないにしろ、少数のセットをお買い上げ頂いた。とはいえ、10セットでも金貨160枚だ。1600万円ですよ。貴族の懐ってやつはどうなってんのかね。


商談中に入れたお茶も、大変好評を得た。


こちらは残念ながら販売する気はないのだが、オールドカントリーローズをことのほかお気に入りいただき、カップ&ソーサーを12脚にした35ピースでお買い上げいただいた、ラムレイ子爵のお嬢様には、どうしてもとお願いされてマリアージュフレール(*1)のアールグレイフレンチブルー(*2)を差し上げた。

ラムレイ子爵家のファミリーカラーが深い青だったのと、たまたま入れたアールグレイの柑橘感にとても驚かれていたからだ。こちらにはセンティッド(*3)がわずかに存在しているだけで、フレーバードティー(*4)という文化はないみたい。


もちろん彼女が美人だったからということも否定はできないが、紅茶ラバーどうし、その意気に感じたからというのが大きい。同病相憐れむというやつだ。

アイリスはあきれていたけれど。


「そういえば、ユーダイ」

「なに?」

「前に行ってたアダマンの件だけど」

「ああ」

「鉱山の権利丸ごと白金貨2枚で譲ってくれるって言ってたから、買っておいたよ」

「……は?」


王国のアダマンは、唯一サンドレ・ハイネマン鉱山という宝石鉱山からとれるらしいが、この鉱山、掘っても掘ってもアダマンしか出てこず、掘らせる人件費の方が高くつく、有名なクズ鉱山として名をはせているということだ。

しかし、宝石を磨くのに多少のアダマンは必要であり、簡単に廃鉱にするわけにもいかず、マッケン商会は頭を抱えていたのだとか。


そんなおりに、アイリスがあちこちからアダマンを買い付けているという話を聞いたマッケン商会が、そういうことでしたら、と、購入話を持ちかけてきたそうだ。


どうやら、世間の人々には、商会を立て直そうと焦っていた世間知らずのお嬢ちゃんが、マッケン商会にスカを掴まされたと思われているらしいが、それもちょっと悔しいな。


「人員を整理しながら細々と何か出てこないか調査をかねて掘ってたらしくって、帳簿を見ると、コストは大体年に白金貨2枚ってところだった」

「売り上げは?」

「今のところ、白金貨1枚もいかないくらいね」


なるほど。赤字鉱山なのか。しかし、アダマンを買えるだけ買ってとお願いしたら、鉱山を丸ごと買ってくるなんて、アイリスってもしかして大物なの?


「とりあえず送られてくるアダマンは倉庫に入れておいて、小さくて汚れたようなものは出荷しちゃっていいから。あと大きなものは割らないように言っておいてね」

「わかった。そんなに数も多くないから大丈夫だと思う」


しかし、これ、どうしたものかな。

あちらで販売できれば、一夜にして大富豪の道も見えてくるけれど、某13番目のGさんの世界ならデビアス(*5)が刺客を送ってきそうなレベルだしなぁ。


 ◇ ---------------- ◇


「むー」


広い執務室のような部屋で、年代物の大きな机を前にして、手を頭の後ろで組みながら、ナイアルラート=テップ伯爵はうめいていた。


ヴォルプリまですでに40日ちょっとか。このままではマズいな。


ノーデンスのバカは、どうせ地場の宝石鉱山から凄い石を持ってくるに違いない。悔しいが、昨年の「深緑の森」と名付けられた石は凄かった。あれほど濃いカラーは滅多にないだろう。

うちの領地には宝石なんかないしな。どうしたものかなぁ……


ヴォルプリというのは、白の80日、終わりの日に行われるイベントだ。


本来は、翌日の緑の1日に、春の訪れと世界の再生を祝うベルティナの日が王国の祝日なのだが、この日が二日酔いの日と呼ばれていることからも分かるように、前日の夜に、年の終わりを締めくくる一大イベントがあるのだ。

国の貴族が王都に集まり、国王に感謝を込めて贈り物をする日でもあるのだが、その品物によって、覚えがめでたくなったり、ならなかったりするわけだ。


「なあ、ホーラハント」

「はっ」


初老の執事がかしこまる。


「何かこう、目新しい話はないかな」

「目新しい話でございますか。……そういえばシャンタクが、しゃんぷーなるものが城下で売りに出されたとか言っておりましたが」

「しゃんぷー? なんだそれは?」

「そうでございますな……説明するのは難しいのですが、まずは一目見ていただければおわかりになるかと。シャンタクを呼べ」


ホーラハントがフットマンにそう命じると、しばらくして、メイドのシャンタクが現れた。


「お呼びでしょうか、ホーラハント様」


ほう、これは。

綺麗にまとめ上げててはいるものの、輝くような波打つ美しい髪であることは想像に難くない。シャンタクはこれほど美しかったか?


「いかがでございましょう」

「ふむ、なかなか凄いな。これがしゃんぷーとやらの効果なのか?」


その後シャンタクによって語られた話によると、城下のデュコテル商会が、最近新店舗を元の店の隣にオープンさせ、そこでいろいろと変わったものが売られているとのこと。

その中に、しゃんぷーとこんでぃしょなーなるものがあり、どうやら髪を手入れするためのものらしい。


女主人のアイリスが突然美しくなったのが話題になって、グリッグスの流行に敏感な女性達は、こぞってそれを買い求めているという。


「IRISはまるで別世界のようでございました」


といって、シャンタクは下がっていった。

これは、もしかしてなにか掘り出しものがあるかもしれんな……(わら)に比べれば、多少なりともすがりがいがありそうではないか。


「ホーラハント」

「はっ」

「デュコテル商会へ出向く。予定を調整しておいてくれ」

「ははっ」


 ◇ ---------------- ◇


「な、なんですの? これは!?」


その日、最後にドアベルを鳴らして訪れたお客様?は、ついに戻ってきたヴィオラールだった。


*1 マリアージュフレール

非常に有名な紅茶専門店。1600年代後半からあるそうです。

フレーバー付きのものが、ものすごい数あって、とても全部は試せません。試している間に新しいのが作られたり、古いのが亡くなったりします。限定ものも多いし。

これがフランスのエスプリというやつでしょうか orz


*2 アールグレイ フレンチブルー

マリアージュフレールのお茶のひとつで、アールグレイに、綺麗な青い花びらが混じってます。

花びらはヤグルマギク(フランス語だと bleuet)で、すぐれたサファイアの色はこの花に例えられたりします。

beautifying + flavored なお茶ですね。フレーヴァーはやや控えめ。


*3 センティッド

Scented Tea。直訳すれば、良い香りのするお茶、とか香水入りのお茶とかだけれど、実際は乾燥した花を入れることで香りをつけたお茶です。

なお、花がそのまま見えているものは、beautifying tea と言って、別扱いにするのが普通です。


*4 フレーバードティー

flavored tea。直訳すれば、風味のついたお茶。対象となる花や果物の精油などで香りをつけたお茶です。

アールグレイ(ベルガモットの風味が付いたお茶)などはこれにあたります。

香りをつけたお茶は、飲み手の好みがモロにでますし、ブランドによって同じなまでもまるっきり違うお茶ですので、好みのものを探しましょう。無視しても良いけど。


*5 デビアス

ダイヤモンド界のガリバー。

その実体は単なるダイヤモンド販売業者。なのだが、一時は世界に流通するダイヤモンドの90%を牛耳っていた凄い会社。

今ではそのシェアは40%程度まで落ちたが、DPAだのDTCだのCSOだのを作ってダイヤモンドの価値を維持し続けている、やっぱり凄い会社。


G13では、1971/11 発表の「国際ダイヤモンド保安機構」と 1983/7発表の「死闘ダイヤ・カット・ダイヤ」に登場するが、前者ではブリリアントカットが57面体に、後者では58面体になっていて、時代の流れを感じさせる。


ところで、銀座6丁目の日本ダイヤモンド貿易の前を通る度に、結婚をイメージさせる音楽と、店頭に張られた「赤札特価」の大きな文字のミスマッチに吹き出しちゃうのですが、あれ悪影響無いんだろうかと見当違いな心配をしちゃうわけですよ。


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