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ボロアパートの壁が彼女の部屋と繋がってしまったので商会を営んでみた。  作者: 之 貫紀
地方商会

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011 IRIS オープン

とうとうデュコテル商会新店舗の「IRIS」がオープンする日が来た。


今日のアイリスは、向こうで買ったブラックサテンのレースドッキングのワンピースドレスにストッキング&55mmのルブタン(*1)だ。

この店にいるときは、向こうのシンプルで素敵な恰好をしようと思って、なんていってる。ものすごく可愛いし似合ってるけど、あまりにこっちと違いすぎるんじゃ……


まあ、なにか企んでいそうだから、それはそれでいいか。



……が、誰も来ない。


考えてみたら、広告を出しているわけでもなし、単にドア横に open の札を下げて、スポットをあてただけだからなぁ。何屋かもわかんないよな。


道行く人たちや、隣に買い物に来た人たちが、インパクトのあるドアをちらちら見てるけれど、誰も入ってこようとはしない。

うーむ。デザインに凝りすぎて、敷居が高くなりすぎたか。


3の刻になるころ、ドアベルを鳴らして、最初のお客様?が現れた。


「うっわー、何それ? 何それ? 今日も凄いのを着てるね。ねぇねぇ、脱がしていい?」

「ダメに決まってるでしょ! ようこそヴィー。デュコテル商会『IRIS』へ」


ああ、彼女がヴィーなのか。


「あ、ユーダイ、紹介するね。こちら、ヴァネッサ。服飾をやってる私の友達。ヴィー、彼がユーダイだよ」

「こんにちは、ヴァネッサさん」

「やだなぁ、ヴァネッサさんだなんて。ヴィーって呼んでくださいよ。あなたのことは――」

「ユーダイでいいですよ」


「んじゃ、ユーダイ。初めまして、ヴィーです。最近のアイリスって、あなたのことばっか話してたから、なんだか初めてあった感じがしないな」

「それはどうも。どうです? IRISは」


ヴィーは店の中をきょろきょろ見回して、


「すっごい素敵です。特にこのドア。こんなの見たこと無いよ。それに照明もとても明るいのにまぶしくないし。あと、なんだろう、お店にはいると、なんだか暖かいような……」


エアコンが動いているからだな。夏はもっと驚くよ?


「ありがとうございます。奧でお茶でもいかがですか?」

「はい! あ、でもその前に」

「?」

「この間の生地、凄かったです! 欲しいのをリストアップしましたから、是非お願いします!」


ああ、はいとリストを受け取りながら、奧へ行って紅茶を入れた。本日の茶葉は、キャッスルトン(*2)のオータムナル(*3)ですよ。

お茶請けは、ナッツ入りのクッキー。この紅茶にとても良く合うのだ。


「なんかもう、別世界なんですけど」


パーティションの内側に入って、数段階段を下りると、ヴィーは天井のシャンデリアを見ながらそう言った。

いや、本当に別世界なんですよとは……言えないけどね。


「でしょ。私も最初見たときそう思った」

「いや、あんたのお店でしょ」

「それも言われた」


と二人で笑い合っている。


「はい。お茶をどうぞ」

「あ、ありがとうございます。うわー、これも凄く良い香り!」


クッキーを口にすると、なにこれなにこれ、甘くて凄く美味しい! なんてはしゃいでいたが、それが一段落すると、


「それでですね」


と急に居住(いず)まいを正してきた。なんだろう?


「私、アイリスが最近着ていたような服が作りたいんです」


今の服と違いすぎるから、普通のお店ではおいて貰えないだろうけれど、ここならアイリスがファッションアイコンになるから、よかったら置いてみて貰えないかという話だった。


「私は、あなたの服を見たことがないので、おけるかどうかわかりませんが、ここはアイリスのお店ですから、アイリスがOKを出すなら構いませんよ」


「ヴィー。あなたの腕が良いのは知ってるけど、このお店は私にとって特別なお店なの」

「うん」

「だから、何着か作りたいものを作ってみてくれる? 生地はうちでもつからさ。それを見て決めましょう」

「うん。ありがとう、アイリス」

「まだお礼を言うのは早いわね。ものを見てからでなきゃ」

「うん! 生地はさっきのをよろしくね!」

「オッケー」


といいながらアイリスはこちらに目線を送ってくる。


「そうですね、2日後には用意できると思いますから、用意ができたらアイリスから連絡させますよ」

「ありがとうございます!」


ヴィーはその後、シャンプーのお試し版を購入して帰って行った。


「まあ、やれる人がいるんなら、IRISの服飾部門があってもいいんだけどね」

「え? ユーダイそんなことを考えてたの?」

「だって、IRISの小売りは主に女性向けだろ? なら、ビューティケアとファッションは基本だからね」

「そっかー」


「まあでも、もともとここは、貴族様との商談用に作った店舗だから。あんまり小売りにシフトしすぎるのはどうかとは思うけどね。店も狭いし」

「だよね。しばらくしたら一般向けは隣に移しちゃうのもありかなとは思うんだけど」

「あまりにお客様が多いようならそれがいいね。例えば特別なときにこの扉を開けて入ってくるのがステイタスになるようなお店にするのが良いと思うよ」

「誕生日とか、結婚記念とか?」

「そうそう。そうなるなら宝飾品なんかも置いてみようかなぁ。特別なときの贈り物に、って感じで」


そのとき、ドアが開きドアベルが鳴る音がした。


出てみると、ちょっと派手目の凄い美人が、3人連れで入ってきた。


「いらっしゃいませ」


「こんにちは。なんだか凄い店構えだけれど、この店はあたしらなんかが入ってもいいお店なのかい?」

「特に他のお客様を不快にさせなければ、どなたでもお入りになれますから、大丈夫ですよ」


そう言うと、リーダー格っぽい美人が笑って、


「じゃあダメじゃないか」


と言った。

どうしてですと聞いたら、私たちは娼館で働いているからと答えた。


「それは違法なのですか?」

「別に違法じゃないさ」

「では、問題ありませんので、ご安心下さい。不快と申し上げたのは不潔であるとか、酷い臭いであるとか、大声でどなるですとか、そういう場合ですね」


「ふーん。いやね、少し前からそこのお嬢ちゃんの髪が、凄く綺麗になったと話題だったのさ」

「え、ええ?! それは知りませんでした。ありがとうございます」


とアイリス。


「まあ、ヴァネッサのやつが、それがうらやましいって、あちこちで話してたのが元なんだがね。なんでもその理由が売りに出るって事で、みんなで見に来たってわけさ」


ヴィーの知り合いなのか。ゴージャスって言葉がよく似合いそうな人だな。


「ああ、それでしたらこちらの商品になります」


とシャンプーおよび、シャンプーとコンディショナーのセットの説明をアイリスにしてもらった。

髪質との相性もございますから、というと、色々試してみるよと、全種類のお試しセットを購入してくれた。


「へー、この袋も素敵だね」

「気に入っていただけて幸いです」


「……あんた、こんな店をやってるくせに、ちっとも偉ぶらないね。気に入った。うちに遊びにきなよ。サービスしてあげる」

「え、ええ? ええ、まあ機会がありましたら」


とつい赤くなって答えたら、キャーとか笑われた。うぐぐ。女の子は何処の世界でも同じだねぇ。


「じゃ、またね」


と手を振って出て行くお姉さん(いや、俺の方が年上だと思うんだけどさ)達を、お見送りして戻ってみると、アイリスがびみょーにふくれてた。おやおや。


*1 ルブタン

クリスチャン・ルブタン。レッドソール(靴底が赤い靴)で有名なブランド。

すんごく細くて高い美しいシルエットのピンヒールの靴で、10cm未満はルブタンじゃねぇと言う人もいるが、アイリスは7cmも無理でした。55mmもエレガントですよ。


*2 キャッスルトン

インドのダージリン地方南部に位置する有名な紅茶農園の名前。

ダージリン地方って言うのは、インドの東部で、バングラディッシュとブータンとネパールに囲まれて、すんごく細くなっているところのちょい北。ちなみに東側にくっついているのは、こちらも紅茶で有名なアッサム地方です。

キャッスルトンのダージリンは、バランスが良くて、セカンドフラッシュはいわゆるマスカットフレーバーを堪能できます。


*3 オータムナル

ダージリンには3回シーズンがあって、若葉が出てきた頃の葉っぱをファーストフラッシュ(3月くらい)、もっと育って良い感じになった頃のものをセカンドフラッシュ(6月くらい)、更に成長してごつい葉っぱになった頃のものをオータムナル(10-11月くらい)といいます。

ダージリンに特有のマスカットフレーバーと呼ばれる香りは、主にセカンドフラッシュのもの。

ファーストフラッシュは、柔らかく優しい感じのお茶で、オータムナルは渋みが強くどっしりした感じのお茶になります。季節に合わせてご注文下さい。


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