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ボロアパートの壁が彼女の部屋と繋がってしまったので商会を営んでみた。  作者: 之 貫紀
地方商会

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11/34

010 開店前日

準備をしてから、また参りますわーと言って帰って行った、嵐のようなヴィオラールの来襲から数日。

支払の目処は立ったし、新館(サリナおばさんのお店を改装したところだ)の装飾品が届くのを待ちながら、本館(元からあるほうだ)で、なんか人気が出てきたらしいミカンを売ったり、新館で売るものを考えたりしてのんびりしていた。



今日はアイリスが選んだシャンプーとコンディショナーを、俺の部屋でこたつに入りながら、硝子瓶に小分けをする作業中だ。アイリスにどうしてもこれだけは売って欲しいとお願いされたのだ。

風呂が普及してないのに? とも思ったが、魔法できれいにする以外にも、桶で髪は手入れしたりするそうで、汚れ落としと言うよりも美容の一貫なんだそうだ。


「それに、香りも素敵だしね」


こちらの香水と言えば、きついパルファン(*1)が主体だから、髪からさりげなく香る香りはなかなかないのだとか。

地球の中世と違って、綺麗にする魔法があるから鼻が曲がるほどの香水が必要になることはないにしても、皮革が主体だったり、もとから臭うものがあるから、ある程度は仕方ないらしい。



1本の量だが、とりあえず35mlと100ml、それから180mlの瓶を3種類用意してみた。現代の使い切り用シャンプーは、大体袋ものが10-12ml、瓶ものが30-35mlくらいなので、そこから逆算したのだ。


シャンプーとコンディショナーを分けたものは、裕福な人たち向けに180mlの瓶のセットで売り出すことにした。使い方の説明が必要なコンディショナーを、一般向けの小売りで用意するのが難しかったのだ。現代なら使い方を書いた説明書やラベルを作っておけばいいんだろうけれど、そんな技術はここにはないのだ。

これに、お友達にプレゼントしてあげられる35mlの小瓶をつけることにした。

シャンプーが白(というより透明)の、コンディショナーがグリーンの、いずれもフロスト加工瓶を使用して、ちょっとだけ高級感を出してみた。


シャンプー、コンディショナーともフローラル系で3種類、フレッシュフローラル・スイートフローラル・アーバンフローラルの香りを用意した。こういう風に選択肢があるところも、余裕のある高所得者向けだ。


一般の人向けには、リンスインシャンプー(*2)を売り出すつもりだ。

お試し用の35ml(2~3回分)と気に入ったら買って貰う100ml用(7~10回分)だ。こちらはフロスト加工なしのグリーン瓶にした。


値段は、一般向け35mlが銀貨1枚、一般向け100mlが銀貨2枚、貴族向け180mlセットが小金貨3枚にしておいた。

一般向けの35mlはもっと安い方がいいんじゃないの?って聞いたら、銀貨1枚くらいなら普通の人のお小遣いで買えるから大丈夫だとのこと。まあ、贅沢品の扱いになるだろうしなぁ。



「まあ、向こうで売れそうな物は沢山あるから良いんだけど、問題は、こっちでお金を作るための商品なんだよ」


いや、まあ俺が就職すればいいだけのような気もするんだけどね orz


「アダマンは?」

「あれは、目立つからなぁ……あと1回くらいなら大丈夫だと思うけれど。でも一応あるだけ買っておいてくれる? 将来的にはカットで貴族向け商品になるかもだから、今のうちに買い占めておこう」

「うん。侯爵のおかげで、資金なら世界中のアダマンが買えるくらいあるしね」


と、アイリスが笑う。ああ、余裕があるっていいな。


しかし、こっちで売る物か。中世、と言えばアンティーク。なにかこう、そういうアイテムっぽいものを仕入れてきて、ネットショップでも開くかなぁ。


「ゲオルの親方って、家具とか作るかな?」

「うん。結構繊細なのも作るみたいだよ」


ふーん。チッペンデール(*3)やヘップルホワイト様式(*4)を見せて、いくらくらいかかるか聞いてみるか。

うまくいきそうなら、ゲオル親方のところのブランドで売るのもいいな。問題は何の木か調べられたらヤバイくらいだが……まあ、アンティーク調の家具の木のDNAをいちいち調べるやつはいないだろう。


「そうだ。手触りを確認して貰おうと思って頼んでおいた、布、届いているよ」

「わ、どんなの、どんなの?」


俺はユザワヤ(*5)から取り寄せた端切れを取り出した。50cmから10cm単位で買えるのは、こういうとき便利だよな。


「こっちがコットンで、この辺がニット。麻混にウールに、一応合繊も用意したけど、これはなぁ……」

「何かマズいの?」


「いや、そっちの世界では作れない生地なんだ。おおざっぱに言うと油から作られてるんだよ」

「ええ? 油から布を作るの?!」

「まあ、石油っていう油なので、食事に使うものとは違うんだけどね」


「ふーん、すべすべしてて気持ちいいのに」

「だから、この合繊たちはできれば使わないで欲しいんだ。どうしてもっていうなら仕方ないけど」

「まあまあ、もう今更だよ」

「ううっ……確かにそうなんだけど」


割り切った方が良いのかな。普及した後、もし接続が切れたら、それを使っていた人たちが困るんじゃないかと思ったんだけど……まあ、そんなことを言い始めたらシャンプーだって同じだしな。


「ま、いいや。それでね、それは手触りの見本だから。色や柄はそれぞれ、こんな感じであるから」


といって、色見本をカラープリンタで印刷したものをあわせて渡しておいた。


「それをサリナおばさんと、えーっと、服飾やってるお友達? に見せて、欲しいものを選んでおいて貰えるかな。大体25m単位だから。幅は1.4mくらいかな」

「わかった。でもこんなの見ちゃったら、ヴィーのことだから、全部~とか言い出しそう」

「まあまあ、それ1つで、こっちで言うと、100エルク位するから。高価なものは300エルクくらいかな」

「25mで小金貨1~3枚かー、個人が趣味で買うなら高価だけど……」

「サリナおばさんの分は素材だからうちで持つよ」

「うん」


まあ、そんな感じの緩い日々を過ごしているうちに、ドアと窓ができたから送ったと連絡が来た。


◇ -------- ◇


「うっわー、凄いね? こんなドア見たこと無いよ?」


うむ。さすがルネ・ラリック(*6)。滅茶苦茶格好いいな。


「これって、女神様?」

「確か天使がモチーフだったと思う」

「へー、中もなんだか明るいし」


そう! ついに持ち込みましたよ発電機!

ソーラパネルの面積が思っていたより大きくて、この上だけじゃなくて、隣のデュコテル商会の屋根も全部使っちゃったけど、設置が無茶苦茶大変だったけど、一応上下の部屋のエアコンと、冷蔵庫と、照明とノートPCくらいはまかなえて、あとたまに井戸から水を屋上に設置したタンクまであげるくらいなら行けるかな。


1F手前の簡単な商品を売る場所では、普通にLEDの間接照明+LEDスポットだけれど、1F奧の商談スペースには、なんとシャンデリアが付いている。天井が低くてとゲオル親方に言うと、半地下に床を掘り下げて天井の高さを作り出したのだ。

それでも、外から見下ろされるのは、貴族様がいい印象を抱かないのでは言うと、なあに直接見えなければ大丈夫だろと、ゲオル親方が笑ってたから、仕切りとして下から磨りガラスがグラデーションになっているパーティションを入れておいた。


それが届いたときに、こんな巨大な1枚板のガラスをどうやって作ったのかと、親方が目を丸くしていて、しまったと思ったが後の祭りだったので、俺が魔法でとごまかしながらフロート法の原理を説明しておいた。

親方は酷く驚いたように、なるほどとうなずいていた。これは大きな板ガラスが生まれる日も近いかな……


2Fは一応プライベートスペースとダミーの倉庫だが、商談以上にもてなしを重視した居間の作りになっている。

1Fの商談スペースはLC2とLC3を利用して、この世界では物珍しいだろうモダン寄りに仕上げたが、上はこの世界のもっとくつろげる空間を目指して、家具はロココ風というか、クイーンアン様式でまとめてある。もちろん現代の製品なので座り心地はかなりいい。


目玉は半円形に飛び出した窓のガラスだ。そこにはこの世界にある各種の花のモチーフが、季節毎に分けて4枚の大板ガラスの下方内部ににレーザーによる2D加工で刻んである。これはさすがに真似できないだろう。


「この明るい窓も素敵だねー」


とアイリスが窓の側に置かれたソファーにぽすんと腰掛けながらうっとりしてた。あのね、君のお店ですよ。

すると、下から、ちりんちりんとドアベルの音がする。


1Fへ降りてみると、サリナおばさんが顔を出しに来てくれたみたいだ。お店が完成した記念に、招待状を出しておいたのだ。


「おやまあ、なんとも綺麗になったもんだね」

「おばさーん、来てくれてありがとう」


ぽふっとアイリスが抱きついている。

ほらほら、ここにね、おばさんの小物入れに入れたボディケアセットを置くんだよとか説明している。おばさんもいちいちあらまあとかいいながら喜んでいた。


「でもいいのかね。私の小物がこんな凄い場所で売られても」

「もちろんですよ。とても素敵ですし。なあ、アイリス」

「うん! でも、あんまり無理しないで作れるだけでいいからね? だから、特別なセットだけにしたの」


おばさんの小物入れは可愛いが、なにしろ数が作れないから、一般向けのボディケアの特別なセット――シャンプーと良い香りの石鹸フローラルとフルーティのどちらか――のみに限定しておいた。ちょっとお高い銀貨4枚のセットだ。

ちなみに良い香りの石鹸はこのセットでしか買えないプレミアム品だ。


「こちらが、サリナおばさんの袋に入るシャンプーと石鹸です。ひとつお譲りしておきますね」


と、紙袋に入れたそれをお渡しした。


「まあ、素敵な袋ね」


そう、その袋はこの店用に、わざわざデザインして発注したのだ。

ラミネートタイプはいくらなんでも無理があるので、白色のクラフト紙を利用したバッグで、持ち手は淡いピンクの紙のより紐。袋の中央下部に小さく、シンプルなアイリスのイラストとIRISの文字が書かれている。

女性向けの商品に、あのデュコテル商会+カドゥケウスの紋章はごつすぎるので、アイリスブランドを作ったのだ。


「アイリスって、ユーダイの国では花の名前なんだって」


と心なしか赤くなりながら、そのマークを指さして説明していた。


「あらまあ」


とサリナおばさんが笑っている。


穏やかな時間が流れていく。後は軒先に入り口を浮かび上がらせるスポットを設置すれば、明日から営業できそうだ。

*1 パルファン

香水の中で一番きつい分類。

以下、オーデ・パルファン、オーデ・トワレ、オーデコロンと続く。

日本人は体臭がないので、オーデコロンや、アルコールフリーなオーデサントゥールを足首辺りにちょっとつけるくらいが男ウケしますよ。


*2 リンスインシャンプー

シャンプーのついでにリンスしてくれる謎のアイテム。その歴史は古い。

もちろん頑張ってバランスをとった商品なので別々の商品に比べるとどちらの効果も弱めです。


*3 チッペンデール様式

18Cにイギリスで流行した3大様式のひとつ。

漫画等ではクイーン・アン時代の猫足家具の描写が多いが、実際に大きな影響を与えたのは後期のシノワズリ。


*4 ヘップルホワイト様式

18Cにイギリスで流行した3大様式のひとつ。あと一つはシェラトン。お八重さんお旦那のハリアンじゃないよ。

椅子の背もたれにハートのマークがあったら、ヘップルホワイト(暴言)


*5 ユザワヤ

実店舗がどんどんなくなっているとはいえ、まだまだクラフトな人の強い味方。

コスプレ製作者御用達。


*6 ルネ・ラリック

パリ万博で宝飾品が注目を集めた宝飾デザイナー。ガラス工芸家としての印象が強いが、ガラス工場のオーナーになるのは晩年です。

旧朝香宮邸の扉の天使は、遠目に見るととても素敵ですが、アップで見るとあんまり可愛くはありませんw

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