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ボロアパートの壁が彼女の部屋と繋がってしまったので商会を営んでみた。  作者: 之 貫紀
地方商会

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010 ヴィオラール=ファーレンホーフ

まいった。本当にまいった。


もうすぐ晦日の18:00になろうかという頃、いつもの駅前のドトールで、俺は、プリプリのソーセージが挟まった、ジャーマンドックをかじりながらため息をついた。


ドトールのジャーマンドックは、パンとソーセージとマスタードしか使ってないのに、これがまた何ともいえず珈琲にあうんだ。紅茶には全然あわないけど。


ところで、いつも思うんだけれど、German hot dog なのに、なんで、ジャーマンドックなんだろう。ジャーマンドッグだよね?

ああ、そんなことを考えている場合じゃないんだった。


「なになーに? 三好さん。あと6時間で新年だってのに、なんでそんな渋い顔してるの? 初詣デートをキャンセルされたとか?」


テーブルを拭きながら佐野さんが話しかけてくる。


「いや、そんな約束自体がないから」

「なんだ、寂しいわね。あ、わかった。新しいミラノサンドのすき焼きにあきれてたんでしょ?」

「いや、まあ確かにどうかと思ったけど、違うから」

「あ、サニーレタスがいつの間にかグリーンカールになってて驚いたとか」

「いや、それ、話がマニアック過ぎるから」

「わ、チーフがにらんでるから、またね。元気出して」


軽く俺の背中をポンと叩いてカウンターに向かっていった。いつも元気だな。うん、なんかちょっと元気出た。


しかし、ヴィオラールだっけ? 人の話全然聞かないんだもんなぁ……


  ◇ ---------------- ◇


「あなたが、デュコテル商会に雇われた魔法使いですわね?」


ナチュラルマッシュのハニーブロンドを揺らしながら、ビシッっと杖で俺を指す。子供?


「キー! 今、子供だって思いましたわね? わね?」


む、心を読む切れやすい子供?。


「も、もしかして、ヴィオラール=ファーレンホーフ様?です?」

「誰それ?」


アイリスの説明によると、ヴィオラール=ファーレンホーフは、9歳当時、最年少で王立魔法学院に入学し、2年で飛び級して首席卒業した後、そこで研究を続け導師号を取得、13歳で史上最年少の王宮魔導師になるだろうという大方の予想を覆して、アシュトン公爵家に雇われた才媛で、王国最強の呼び声も高い魔導師らしい。


「へー、そんな凄い人が、俺に何の用かな?」


「あ、あなたの、あなたのせいで、エドワード様に、エドワード様にぃー」


目にウルウルと涙を溜めて訴えているけど、何が何だか全然わからない。


「いや、あの、落ち着いて」


そこからの話を要約すると、アシュトン侯爵がフロドロウの晩餐でうちのグラスを見て、いたく感じ入られたそうで、早速ご注文いただいたのは先ほどの通りだったのだが、そのとき、ご子息のエドワード様が、ヴィオラールにも作れるよね?と水を向けてきたのだそうだ。


そこからは、エドワード様がどんなに可愛いお子様であるかを延々聞かされ、1歳の時にお会いしてすぐ、この方に仕えようと心に決め、以来6年間ずっとお仕えしてきたのですーと締めくくられた。


まて。


つまり、彼女がアシュトン公爵家に雇われたのは6年前? つつつ、つまり彼女は。


「御年19のはずですが……」


とアイリス。


なにー? この目の前でエドワード様が可愛いことを延々主張している、どうみても小学生にしか見えない女の子が、じゅうきゅう?


「今何か不埒なことをお考えになりましたわね」


「あ、いえ、そのようなことは。それでエドワード様がお話ししてきてどうなったのですか?」


「そうですわ!」


それで、その場で仕方なくヴィオラールもクリエイト系の魔法を使って、似たようなグラスを生みだそうとしたのだが、出来たものは、もっと分厚くて、不格好な、なんとも微妙なグラスだったそうで、エドワード様ががっかりされたようなのだった。


「齢12の時からフィリップ様に見いだされ、13で王国最高の魔法使いと呼ばれた、このわたくしが! エドワード様の前で失策などぉおおおお」


どわーっと溢れる涙にあきれながら、しらんがなそんなことと言うしかないわけだが。

まあ、この世界のガラスなら、まだ金属がちゃんと取り除かれていないので色が付きそうだし、カリでも鉛でもいいけれど透明なクリスタルガラスの製法はないはずだからイメージするのも難しいだろう。


「それで結局、どういうご用件なのです?」


すると、短い杖をこちらに突き出し、反対側の手を腰に当てて大の字に立つ最初のポーズを取り直し、


「ワイングラスの作成を、わたくしに見せていただきたいのです!」

「は?」


「嫌だと申されるのでしたら、注文はなしですわよ。そんな権限はありませんけど」

「はあ?」


いや、正直なのはいいことだけどさ。


「いいですわね! 明日の2の刻、必ず見せていただきますから!」


いやちょっと待って……などという人の話は全く聞かずに、フロドロウの方へ走っていった。


「はぁ。なんていうか嵐のような人だったね」


俺はため息をつきながらそういった。


「あれはつまり、エドワード様の前でワイングラスを作って汚名をそそぎたいから、その作り方を一度見せて欲しい、ってこと?」

「まあ、そうなんじゃないかな」


「ど、どうするのよ?」

「注文を取り消されても困るから、見せるくらいはいいんだけど」

「え、だって、あれは作ったものじゃないんでしょう?」

「まあそこは、なんとかごまかす方法を考えてみるよ」

「大丈夫?」


と心配するアイリスの頭をポンポンと叩いて、まあ、何とかなるんじゃないかなと強気だか弱気だかわかんない発言をしておいた。


  ◇ ---------------- ◇


と、安請け合いしたは良いけれど、実際どうするかなぁ……


ドトールを出て、駅ビルの中をあてもなく、なにかこう、うまいことごまかせないかな、なんて考えながらブラブラしてると、突然、「龍戦煉獄!」なんて聞こえてきて、シュババババーと音がする。

どうやら、オモチャやパーティグッズを売っているお店のようだ。


今はモニターに、今期の戦隊ものの映像が流れていた。

天龍戦隊ドラグンジャーね。このシリーズはホント毎年よくネタがあるよな。そのうちに御米戦隊スイハンジャーとかでてきても驚かないぞ。


どうやら、リーダーのレッドドラグーンが使っている籠手のオモチャのCMみたいだ。へー登録したキーワードを叫ぶと、ぴかぴか光って、シュババババーと効果音が鳴るのか。ハイテクだな。

何て感心しながら、ふと隣のショーケースを覗くと……こ、これだ!


俺は速攻で、そこにあったグラスを消す手品グッズと、ついでにレッドドラグーンの籠手を購入。地下におりて新宿高野でフルーツデリをゲットしてドライアイスを沢山貰い、帰途についた。


家に帰ったら早速断熱ボックスにドライアイスを入れてそのまま冷凍庫へ。明日の朝までもってくれよー。


そして手品グッズで実験してんだけど……だめじゃん orz



俺が思いついたのは、グラスを見えない状態、つまり、グラスと同じような屈折率を持った液体の中にグラスを入れておいて、そこからクリエイトグラスって叫びながらグラスを引き出すと、ただそれだけのことなんだけど、これが意外と難しかった。


なにしろクリスタルガラスの屈折率は高い。最低でも1.52以上。場合によっては1.56とかあるし。同じような屈折率を持つ液体となると、良くコップを消す実験に使われるようなグリセリンやサラダ油では、0.05-0.1くらい違うのだ。0.1違ったら見える。


無色透明って言う意味ではアニリンあたりなら屈折率といいフレネル値といい完璧そうだけれど、いかんせん危なすぎる。

安全なのは砂糖水だろうけれど、屈折率1.49をたたき出すのに、濃度が80%は必要なわけで。それってつまり、水100gにしょ糖400gを溶かさないといけないって事だよ? 理科年表によると、400gを溶かすためには90度くらいのお湯が必要だし、無理。


悩みに悩んだあげく、高屈折率の液体を使うのはあきらめて、グラスの方を屈折率の低いものにしようと考えたわけだが、比較的低屈折率のパイレックス製のワイングラスなんて見たことがない。

ツヴィーゼルのイエナ(*1)がこのホウケイ酸ガラスを使っているが、当然ワイングラスのラインナップなどあるはずがない。


樹脂製品は見た目がチープだし、ぎりぎり、ソーダガラスを使ったグラスを……そうだ、リーデルのオバチュア(*2)がソーダガラスだったような。


ダッシュでオバチュアのレッドワインを買ってきて試したら、まあ、なんとか紅花油やグリセリンでもOKでした。

まあ、後はドライアイスで味付けすれば……


  ◇ ---------------- ◇


そして、翌2の刻、ヴィオラールが見つめる前で、俺は恥ずかしさで死にそうになりながら、呪文を叫ぼうとしていた。


いや、やっぱ呪文を叫ぶとか、恥ずかしいっすよ。これ……


「クリエイトグラス!」


と叫ぶと、水面からスモークが吹き出し、腕輪が光りと共に唸る。


「おおー」


そう。龍魔の籠手(そういう名前らしい)には、「クリエイトグラス」というメッセージを登録したのだ。


透明な外側の器は、昨日実験してちょうどよかった紅花油主体のサラダ油で満たされていて、その中に件のグラスが入れられている。

外側の液体の屈折率と、グラスの屈折率が近いとき、グラスが透明なら光りが直進して、グラス自体が見えなくなるのだ。


油の表面には少量の水の膜が作られていて、呪文開始と同時にそこにドライアイスを落としてやると、当然表面にスモークがもくもく発生する。つまみ出すところを、このハッタリでごまかすわけだ。

最初はグリセリンを使っていたのだが、何しろ吸水性が高すぎて、表面に薄い水の膜を作るのが難しかったのだ。


そして、もくもくが落ち着いて漂い始めた頃、油の中でグラスのフットをつかんだら、後はそれを持って引き上げるだけだ。滑るから気をつけよう。


目を皿のようにして見ていたヴィオラールは、液体の中から取り出されたように見えるグラスを見つめながら、


「そんな、今のは魔法ですの? 魔力の流れがまるで感じられませんの」


と、驚いている。


しまった。そんなことまで分かるのか、えーっと、えーっと……


「ふ。魔力の流れを悟られるような魔導師など、所詮は3流だ」

「はっ。た、確かに。どんな魔法を使おうとしているのかばれますし、注意も引いてしまいます……し、師匠様!」

「は?」


「ワタクシ感動しましたわ。弟子にして下さいませ!」


ええー?!


*1 イエナ

The First という素敵なワイングラスシリーズを擁する、ツヴィーゼルの耐熱ガラスブランド。

ところで、Air Sense って拭くのが凄いめんどくさそうで、試しに購入してみる勇気が出ません。


*2 オバチュア

割れてもソムリエシリーズみたいに涙目にならなくてすむ、リーデルのビギナー向けカジュアルシリーズ。

ouverture とつづる。最初、overtureかと思って、オーバーチュアーって読んだら、フランス語だったでござる。ウバチュアかな。

ところで、正規代理店でソムリエシリーズを購入すると、保証がついてて、1回は割れても交換して貰えるので、ちょっとだけ涙目を回避できます。


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水と油比重が重いのは… あっ、マーサが氷魔法の使い手だから…
[気になる点] >アシュトン「公爵」家に雇われた才媛で、 >彼女がアシュトン「公爵」家に雇われたのは6年前? →「侯爵」
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