001 ボーイミーツガール
ハイファンタジーに引き続き、ローファンタジーも始めてみました。
2月から配信予定なのですが、1話のみ一週間の先行配信を行ってみます。
ハイファンタジーは http://ncode.syosetu.com/n0405ds/ です。
「今日でクビ、か……」
20代もそろそろ終わりが近づいた、201x年末。俺は、粉雪吹きすさぶ、駅から15分の道のりをとぼとぼと歩きながらつぶやいていた。
終業間際に社の上司に呼び出されて、
「三好君、悪いんだけどさ、来月一杯ってことで了承してくれるかな」
「は?」
「いやね、うちの社も不況だし、バイトの数も減らそうってことになってさ」
「……はい。わかりました」
「そう? 分かってくれる? 悪いね。じゃあちょっと今晩メシでもいっとく?」
そういって連れて行かれた安い居酒屋で、大丈夫、キミは優秀だから、すぐ就職できるよとかなんとか、へらへら笑いながら小一時間話をして別れたのが、丁度一月前のことだった。
優秀なのにクビになるんかいと、突っ込む力も出なかったっけ。
もう何もする気が起きなかったし、途中のコンビニで弁当と飲み物と菓子を少し買い込んで、そのまま自宅へと向かう。
「ただいま……」
と誰もいない、寒くて暗い部屋に声をかけながら、ドアを開けた。
リフォームで一応フローリングになっているダイニングを通り抜け、奧の古い畳張りの部屋に入る。
築45年、バストイレ付き1DK、駅徒歩15分、家賃は月2万8千円。右側の壁にベッドと机があり、中央にこたつが置かれている。ただそれだけの殺風景なボロアパートの1F奧の角部屋が俺の城だ。
荷物をベッドに放り出しながら、机の前の椅子にどすんと腰掛ける。
「あー、明日からどうすっかなぁ」
給料は出たし、時節柄ボーナスも雀の涙ほどとはいえ振り込まれたらしい。だから今までの貯金と合わせれば、30万くらいはあるはずだ。
だけど、そんな金、どう頑張っても3ヶ月くらいしか持たないよな……。ああ、新年早々また面接か。パトラッシュ……ボクはもう疲れたよ。
このまま、どっかに行っちゃいたいな。
「ま、ここでうじうじしてても始まらないか。何か元気が出る映画でも見よう」
入って左側の壁にはなにも置かれていない。白い壁があるだけだ。これは俺の3つの贅沢のひとつ、ビデオプロジェクター(中古)のスクリーンにするためだ。
古い土壁のなめらかで白い仕上げ塗りは、スクリーンがなくても充分な品質で映像を映し出す。
後の2つは紅茶とお酒なんだが、後者は近年ものすごい勢いで価格が上がってしまったため、以前に購入したコレクションをちびちびやるのが関の山なんだけどな。
お風呂を溜める準備をしてから、We're No Angels の録画データを呼び出す。もちろん1955版だ。ハンフリー・ボガートが主演した、脱獄囚がお人好しの雑貨屋家族を助ける話で、俺は、この映画がとても好きなのだ。
画面ではボガートが七面鳥をローストする仕上げをしている。ムショに入ったのは運が悪かったから。やり直せたらもう一度同じことをやるなんて言ってる。
こんな信念は、俺にはないな。こんなクリスマスもないけどさ。なんてくだらないことを考えながらぼーっと見てたら……
◇ -------- ◇
……れっ、いつの間にか眠っていたのか。
ふと顔を上げると、カーテンに覆われたような画面が映し出されている。なんだこれ? ヒッチコックのシャワーシーン?
カーテンの向こうで何かが動いている。あれは……人かな。なんだこの斬新な演出は。こんなの録ってたっけ?
そのとき外から消防車のサイレンが聞こえてきた。年末は火事も多いな。近くなきゃ良いけどなんて考えながらぼんやり画面を眺めていると、突然動いていたキャラの影らしいものが止まり、その影がだんだん大きく、つまりは近づいてきた。
しばらくためらうように、そこにとどまった後、カーテンが勢いよく音を立てて引かれた。
そこには見たことのない、17、8だろうか、可愛いから美しいに移行しかけている、とても魅力的な女優が立っていた。
ダークブロンドというか濃いめの栗色といった、ちょっとクセのある長めの髪に、紫のアレキサンドライトみたいな瞳が輝いている。
その子がこっちを見つめながら固まっていた。何という間。変わった演出だなと思いながら、右手にあるミカンを取ろうと腰を浮かせると、画面の彼女がびくっとした。
ん? こっちを見てる? いや、まさかね、と思いながらミカンの方へ移動すると、彼女の視線もそれを追いかける。ミカンを取ってこたつに戻ると、やはり彼女の視線がそれを追いかける。
え、何これ。インタラクティブな実験映像か何かなの?
彼女はフレームの縁を確認するような動きを見せた後、スクリーンに窓ガラスがあるかのようにぺたぺたと触っている。
ここまで徹底されるとなんだか面白いな。どこまでインタラクティブなんだろう。なんて悪戯心を起こして、手元のミカンを軽く放ってみた。
驚いたことに彼女はそれに反応し、壁をすり抜けたミカンを受け止めた。
「はぁあああ?」
と思わず腰を浮かせると、彼女はびくっとおびえるようにそれに反応した。
まさか……いや、まさか……
「もしかして、俺の声が聞こえるの?」
と問いかけると、こくりと彼女はうなずいた。
まて、落ち着け。いくら2次元嫁なんて言葉がある現代でもこれは異常だ。
反応自体はAIとプレイヤー検出技術の結晶だとしても、ミカンは……、飛んでくるミカンをリアルタイムにレンダリングして壁にぶつかったところでCGに置き換えてそのまま物理演算を適用した?
しかし、それなら手前に本物のミカンが転がるはずだが……ミカンに背景を投影して隠してしまうとか? 音は短時間に位相反転させて出力? いやいやいやいや、無理があるだろ。
もしかして、これは、もしかして。俺は、ぎょくんとつばを飲み込んだ。
俺の部屋の壁が、どっか別の場所と繋がったってことなのか?
どうやら向こうも夜のようだ。ろうそくの炎が揺れている。……ろうそく? 今時?
もうやけくそだ。ちょっとばかばかしいかもなんて思いながら、自己紹介してみた。
「あー、初めまして。私は三好雄大。君の名前は?」
あ、固まった。
「……アイリス」
「アイリスか、いい名前だね」
アイリスは、またぺたぺたとスクリーンを触っている。
「もしかして、こっちへ来たいの?」
そう言うと一瞬固まったが、こちらを見て、ゆっくりとうなずいた。
ミカンは通過した。なのに何故向こうからは入れない?
俺は彼女を脅かさないようにゆっくりとスクリーンに近づくと、静かに右手を入れてみた。右手はなんの抵抗もなく壁があるはずの場所をすり抜けた。
目の前にあるカーテンを掴むと、掴んだ部分をこちらの空間に引っ張ってみた。これも何の問題もなくこちらへと招き入れることができた。
どうやら、俺が触っている、または通過させようと考えたものだけが、このスクリーンを通過できるようだ。なにそれ便利。
俺は彼女に向かって手をさしのべた。
彼女はおそるおそるその手に触れ、そうしてスクリーンを越えてこちらの世界に入ってきた。彼女だけが。
スクリーンを越える際につまずいてよろけたアイリスを抱き留めると、彼女はごめんなさいといいながらうつむき、自分の体を見て固まった。
そう、彼女は彼女自身以外の全てを向こうの世界に残したままこちらに来たんだ。つまり彼女は――
「きゃああああああ!!!!」
すっぽんぽんだった。
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