表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2016年/短編まとめ

狂気的に芸術的に恐ろしい

作者: 文崎 美生

ふわりと意識が浮上して、見慣れた天井を見つめながら、またか、と思う。

自分自身のことながら、どうにも上手くいかない。

パイプの軋む音を聞きながら、体を起こす。


「あ、オミくん!大丈夫?」


シャッと勢い良く開けられた白いカーテン。

本来ならば本人の意思を確認してから開けるものだと思うし、声を掛けるならば返答があってから開けるものだろう。

しかし、寝起きなので何かを言う気分にもなれず、溜息だけ吐き出しておいた。


赤い髪を揺らして話し掛けてくるのは、見間違うこともない同い年のイトコで、ごめんね、なんて謝罪まで聞こえてくる。

二度目の溜息を吐きながら、ベッドサイドの椅子に置かれた、自分のブレザーを手に取った。


「まぁ、ぶっ倒れたのは俺が悪いわけだから。いちいち謝んなくて良い」


手に取ったブレザーに袖を通し、そう言えば、イトコはぴたりと言葉を止めて俺の顔を覗き出す。

猫のように大きく、色素の薄い瞳の中に、疲労困憊という言葉の似合う顔をした俺がいた。


今日の幻覚は駄目だな。

その代わりに、幻覚を見るよりも前に見せられた、目の前のイトコが撮った写真は良かった。

だが、気絶するのはやはり良くない。

実に面倒な思考をしていると思うが、これ以上見つめられても居心地が悪いので、イトコの額を押して距離を取る。


「この調子だと、有名な寺院にも行けなさそうだな」


溜息混じりに吐いた言葉は、半分冗談で、半分本気だった。

押し退けたはずのイトコは、首の後ろを撫でながら、困ったような笑顔で俺を見ている。

写真を見ただけで、脂汗が出たり動悸が激しくなり、妙な幻覚を見て意識を飛ばす。

そんな状態で、芸術物とも言える有名な寺院に行けるはずもなく、美術館や個展なんて以ての外だ。


「何だっけ。すた、すた?」


「スタンダール症候群」


すたすた、と効果音のような呟きを繰り返すイトコに対して、聞き慣れない病名を口にする俺。

スタンダール症候群、先日病院で初めて耳にした病名だった。

芸術作品を見ている時に、先程言った脂汗や動悸に始まり、幻覚を見て、終いには意識を飛ばすだけの奇病だ。


「別に長く見上げてるような感じでもないんだけどな」


溜息混じりに首の後ろを撫でれば、不思議そうな顔をしたイトコと目が合った。

この奇病の原因は未だに解明されておらず、その作品に吸い込まれるような経験をするのだという、非科学的な説もある。

しかし、この奇病は見上げるような美術品や建物を見続けた結果によるもの、という説もあった。

血流が悪くなるとか、そういうことだろうが、どちらにせよ、推測でしかない。


目の前に差し出された写真を見た時には、顔を正面に向けていたので、見上げるような感覚はなく、もっと言えば、目の前のイトコだって頭一つ以上背が低く、見上げることは少ない。

しかし、それでも具合は悪くなるので、極力芸術と名のつくものは遠ざけていた。

それなりに足を運んでいた美術展へも行かなくなり、有名な建物にだって近寄らなくなったのだ。


目を閉じれば、見せられて写真を思い出す。

それに続けて、その時に見た幻覚もしっかりと刻み込まれており、勝手に映像として流れるのだ。

雲一つない青空の下、沢山の花の中で、イトコは俺の首に手を掛けていた。

燃えるような赤い髪と青空が、やけに目に刺さる配色だと、幻覚なのに思ってしまったのだ。


「あの写真、今度の写真展に出すのか?」


「うん!皆褒めてくれたから、そうしようと思ってるよ!」


へらりと締りのない笑顔を向けられ、俺は緩く頷いて見せた。

風景の写真をメインに撮っているイトコは、それなりに写真展やらコンテストやらに、その写真を出品応募している。

良いんじゃねぇの、と言いながらベッドを降りれば、うへへ、なんて変な笑い声が聞こえてきた。


保健医はいないらしく、保健室にいるのは俺と俺の後を付いて来るイトコの二人だ。

ぺたぺた、ぱたぱた、二つの足音をたてながら保健室を出て、思い出したように振り返る俺。

驚いたように足を止めたイトコは、その動きが間に合うことなく俺にぶつかった。


「どうしたの?」


ぶつかった際に潰れ掛けた鼻を撫でながら、俺を見上げるイトコに目を細めた。

日本人らしくない燃える赤の髪色は、わざわざ定期的に染めているのを知っている。


「お前さ、俺のこと殺したいとか思ったことある?」


「え、何それ。ヤンデレ?」


メンヘラ?なんて分かって使っているのか疑問に思う言葉を並べるイトコに、そんなことはなさそうだと結論付けてしまう。

青空と赤い髪が混ざり、キツく首を締め上げられる俺の姿を思い出しながらも、その丸い頭を撫で回した。

長い髪がボサボサになったのを見届け、俺はまた歩き出す。


「ね、芸術的でしょう」


地を這って絡み付くような、あの幻覚の中で聞こえた声が、未だに鼓膜を震わせている。

今後写真も見れないのでは、と思うと大した不便も感じないのに、妙な焦りが生まれてしまった。

だからこそ、後ろで鼻を撫でながら首を捻るイトコが「変なの」と呟いているのは聞こえない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ