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Strain   作者: Ak!La
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第9話 繋がり

 ぼんやりと、闇が開けた。何度か瞬いてやっと、はっきりと白い天井が映った。

 しばらく何も思い出せずにいた。………しかし、徐々に断片的に記憶が浮かび上がってくる。

「目が覚めたかね」

「!」

 聞き覚えのある声に、顔をそちらへ向けた。

「………アクバール」

 いつものカソック姿のアクバールが、壁際に立っていた。

「全く、駄目じゃないか、女の子を泣かせては」

 やれやれと首を振る彼に、ローエンは、ふ、と笑う。

「…………悪いな」

「謝るのならばソニアちゃんに謝りたまえよ」

「いや、お前にも世話かけただろ」

 体を起こし、「いてて」と呻く。気付けば、上半身は何も着ておらず、包帯が巻かれていた。頭に痛みを感じて手を当てると、そこにも包帯が巻かれていた。

「………グランは?いるんだろ」

「まぁ、ここは彼の病院だからね」

「……病院ってか、家だけどな」

 ローエンがそうツッコむと、アクバールはくすりと笑って続ける。

「ソニアちゃんと共にいるよ。ワタシと違ってすっかり打ち解けてしまっているようだよ」

 と、少し落ち込んだ様子でアクバールはため息を吐く。

「そうか。…………あいつに怪我は?」

「ソニアちゃんかい?……まぁ、打ち身が少しあるくらいで大した傷は無いよ。彼女についていた血も、彼女のものでは無かったようだからね」

 と、意味ありげにアクバールが見てくるので、ローエンは苦笑する。

「…………あー……俺のせいか」

「彼女はまだ幼いのだよ、あまり酷なものを見せてやるな。トラウマもあるかもしれん」

「……………そうだな」

「まぁ…………今は大丈夫そうではあるがね」

 アクバールはベッドのすぐそこまで歩いて来て、ローエンを見下ろす。

「……グラナートの奴が早く君の携帯に自分の番号を登録しておけと言っていたぞ」

「…………いつもはお前経由で十分だっただろ」

「今回のような事がまた無いとも言い切れんだろう。その度にワタシまで呼ばれては困る。ワタシも暇では無い」

 そう言われて、ローエンはまた苦笑する。

「……俺も冷たい友を持ったモンだな…………」

「…………ワタシと君は友では無いよ」

「!」

 唐突な言葉に、ローエンはハッとしてアクバールの顔を見た。

「信頼していない訳ではないが、こういう事も勿論想定内だ」

「…………」

「真に友ならば、わざわざ死を近付けるような仕事を君に頼むと思うかね」

 アクバールは真顔で、そんな事を言った。

「…………いいのかなァ、聖職者がそんなので」

 皮肉を込めてローエンが言うと、アクバールは鼻で笑う。

「ワタシは弱者の味方だよ。彼らの為なら君の様な、強者はとことん利用するさ」

「…………!」

「ま、心配せずとも君が死んだら、うちで葬儀くらいはしてやろう」

 アクバールが笑ってそう言うので、ローエンは苦笑いを浮かべる。

「…………縁起でもねェ事言うなよ」

「………君はいつも一言多いな。そこは『ありがとう』で良いのだよ、ローエン」

「……今朝も同じ様な事言われたな」

「なに、君が学習しないだけさ」

 そう言って二人が笑っていると、部屋のドアが開いた。

「………あ、起きてたね。やぁローエン、気分はどうだい」

 顔を出したグラナートがそう言った。

「あー………コイツのせいで最悪だ」

 ローエンが笑ってそう答えると、グラナートも笑う。

「そうかい。そりゃ良かった」

 いまいち噛み合っていないような会話を交わし、グラナートは部屋に入って来る。その後を、ソニアがついて来た。

「おとーさん!」

「…………よ。心配かけたな」

 ローエンがそう答えると、ほう、とアクバールが顎に手を当てる。

「……なかなか板について来たな」

「…………何がだよ」

「いや何、随分と父親らしくなったなと思ってね」

 そう言われて、ローエンは目を見開き、そして顔をフイと逸らす。

「…………うっせ」

「おやおや、否定しないのかい」

 ニヤニヤと、アクバールが面白そうに笑う。

「……別に。………ただ…」

「ただ?」

 訊き返されて、ローエンはもごもごと口ごもる。

「…………ただ………父親も悪く……ねェかなって……思っただけだ!」

 最後の方で投げやりになって、赤面してアクバールにそう言った。アクバールは一瞬きょとんとし、そして次の瞬間には笑い出した。

「…………なっ、笑うな!」

「アッハッハハハハ!……はぁぁ………何だ、ローエン、変わったよ君は」

「………っ」

「君がまさかそんな事を言う日が来るとはねェ……子供嫌いの君が」

「……子供は嫌いだ」

「おや、そうかい?」

「…………ただソニアは別だ、多分」

 ローエンは仏頂面で、ソニアの頭に手を伸ばした。

「何なんだろうな、考えるより先に、体が動いてた」

 それは初めての感覚だった。思いとは裏腹に、体は勝手にソニアを助ける為に動いていた。

「………多分…………護らなきゃって思ったんだ」

「………そうかい」

 ふむ、と興味深そうにアクバールは頷いた。そして、ふっと笑い、呟く。

「…………子供の力とは偉大なものだな」

「?」

 ソニアが首を傾げてアクバールを見上げる。「なんでもないよ」、とそう言ってグラナートの方を向いた。

「さて、ワタシは教会へ戻るが、ローエンの事はよろしく頼むよ」

「ん。任された」

「ちょっと待て、俺も帰る」

 ローエンがそう言うと、グラナートは腕を組んで言う。

「駄目だよ、僕に一度頼ったんだから最後まで付き合ってもらう」

「…………もう大丈夫だって」

「大丈夫な訳ないだろ、何針縫ったと思ってる。しばらく安静」

「……大袈裟おおげさだな、また来るから帰らせろ。……行くぞソニア…………っ⁈」

 ベッドから降りてグラナートの横を通り過ぎようとした瞬間、首筋にメスが突きつけられた。

「………………っ」

「それ以上進んだら首切っちゃうけど大丈夫?」

 にこ、とグラナートは笑って言うが、その笑顔には何とも言えぬ迫力があった。ローエンは両手を挙げて、ゆっくりとベッドまで下がって、座った。

「良い子だね」

 グラナートはやはり笑っているが、さっきの様な脅迫感はもう無かった。ローエンは顔に手を当て、項垂うなだれる。

「………コイツに頼むんじゃ無かったっ…………」

「君の知り合いの闇医者は僕ぐらいしかいなくなかったっけ?それとも普通の病院に行くつもり?」

 「そしたら即行捕まるけど」、と肩を竦めるグラナートに、ローエンは舌打ちした。

「正直言って、放置してたら死んでたね、アレは」

「………怪我する予定は無かったんだよっ」

「何、他に何か予定あったの?」

「……………今夜あたり娼館に行こうかと………」

「………君本当になんて言うか、呆れるよ」

 グラナートがため息を吐くと、ソニアが首を傾げる。

「しょうかん?」

「ソニアちゃんは知らなくていいんだよー」

 アクバールがやんわりとそう言って誤魔化した。そして彼は、片手を挙げる。

「さて、では頼むよ」

「ローエンならご心配なく。完治するまで帰さないから」

 アクバールは頷いて、部屋を出て行った。その後ろ姿をローエンは恨めしそうに見送った。

「…………うぅ……フィーリアちゃん……ラナちゃん……」

「………女遊びなんかしばらく禁止だからね」

 グラナートがそう釘を刺すと、ローエンは頭を抱える。

「最悪だ…………」

「てか君、まさかソニアちゃんに変な事してないだろうね」

「誰がするか!」

「………まぁそうだよね、そこまで変態じゃないよね」

「変態ゆーな」

 ふん、とローエンは膝の上で頬杖をついた。

「そんな背中丸めないで、寝て」

「………寝られるか」

 グラナートが伸ばしてきた手を、ローエンは払い除ける。と、その手をガシッと掴まれる。

「寝ろ」

「…………はい」

 凄まれて、小さな声でそう答えた。……この男に無理に逆らってはいけない事を、ローエンは知っている。

「………おじさんナニモノ………?」

「…………こらソニア、グランにそんな事訊くな」

 ローエンがそう言うと、グラナートはハッハッハと笑って、答えた。

「なに、ただのしがない闇医者さ」




 夜。ローエンは傷の痛みに目を覚ました。眠れない。

「………痛っつ…」

「お目覚めかい」

「!」

 声に目を向けると、ベッドのすぐ側でグラナートが椅子に座って、こちらを見ていた。

「…………ずっと看てたのかよ」

「こうやって起きるんじゃないかと思ってね。………ほら、飲みな」

 と、グラナートは錠剤を二粒渡して来た。体を起こしてそれを受け取り、あっという間にローエンは飲み込んだ。そして、彼の顔を見て訊く。

「……お前寝てないだろ」

「徹夜なんてよくあるから平気だよ」

 部屋は真っ暗で、明かりは窓からの月の光くらいしかない。外からは時折、野良猫の鳴き声が聞こえて来た。

「……寝不足の医者程不安なモノはねェんだが…」

「……あれ、今君に渡したのちゃんと痛み止めだったかな」

「んなっ」

「冗談だよ、そんなヘマはしない」

 腕組みをして、ふう、とグラナートはため息を吐いた。

「………ローエン、提案があるのだけれど」

「断る」

「まだ何も言ってないだろ」

 眉をひそめるグランに、ローエンは言う。

「ソニアの事だろ」

「……………僕が引き取ろうか」

「だから断る」

「………僕は疲れてるのかな」

「空耳じゃねェから」

 はぁ、とローエンはため息を吐くと、言う。

「……言っただろ、ソニアは別だ」

「そうかい?……でもそれが、彼女の為になると思ってるのかい」

「……………」

 ローエンは答えられない。そう言われると、どう答えていいのか分からなかった。

「ソニアは」

「君の事をとても慕っているのは分かるよ。………けど、今回みたいに危険な事に巻き込んでしまう事だってある」

「…………それは」

「僕は君の様に恨みを買う事も少ないし、ここを離れる事もそう無い。…………万が一の時でも僕なら護ってやれる」

「………そりゃ…………そうだが」

「分かってるのかい、一つの命を預かる事の重大さが。責任を持って、育てきれるのかい」

 出来る、とは言い切ることが出来なかった。よくよく考えてみれば、ただ突発的に芽生えた感情で…………この先、ソニアとずっと暮らしていけるのだろうか。

………“ずっと”とは、いつまでなのだろう。

「…………ローエン」

 グラナートは、少し苛立ったように言った。ローエンは、ぎゅ、と拳を握り締める。

「………わっかんねェよ」

「…………」

「分からねェけど………俺が護ってやりたいんだ」

 ローエンがそう言うと、「ふうん」とグラナートは腕を組む。

「……………分かったよ。君を信用しよう」

「!」

「まぁ君の方が僕よりは優しいからね」

 そう言って、ふ、と笑う。

「………グラン」

「ただ、またこんな事が起こらないように、君が仕事で開ける時は僕の所かアクバールの所に彼女を預ける様にしてくれ。その方が安心だろ?」

「……いいのか?」

「君みたいな“ろくでなし”に任せっきりには出来ない」

 そう言って肩を竦めるグラナートに、ローエンは苦笑する。

「…………お前さっきから俺の事褒めてんのか貶してんのかどっちなんだよ」

「君は悪い人じゃないけど、善良でもない。常識はあるけどろくでなし」

「……何だよそれ」

「複雑なんだよ、人間は」

 ふふ、と彼は笑うと、話を切り替えた。

「…………ところで、ソニアちゃん、今日怪我したとは思えない怪我がいくつかあったんだけど」

「……あぁ」

「知ってたの?」

「…………何回か見てるから……」

「やっぱり何か変な事してるんじゃないだろうね……!」

「着替えとか風呂だよ‼︎」

 一緒に入ってもいない、とそう付け加え、そして一つ大きなため息を吐いて言う。

「……あいつ人攫いに捕まってたから、その時のだろ」

「…………ふうん、そうなのか。……その人攫いは?」

「俺が殺したよ……。今日のはその時逃した残党」

 すると、グラナートはあぁ、と合点が行ったと頷いた。

「それでソニアちゃんを」

「俺を殺すのが目的だったんだろ。……卑怯な手使いやがる」

「……全くだ」

 彼はため息を吐くと、椅子から立ち上がって言う。

「それじゃ、お邪魔したね。おやすみ」

「…………あぁ」

 ドアの向こうに消えたグラナートを見送り、ローエンは寝転ぶ。随分と痛みは引いた。薬が効いたようだ。と、その時眠気が襲って来た。それに任せて、ローエンは目を閉じる。

(………グランの奴、本当に引き取る気だったのかよ)

 彼は信用出来る。しかし、ローエンと同じく独り身だ。女友達すらいない。……ソニアは彼に懐いているようだが、共に暮らすとなると、彼女は拒否するような気がした。

(………もう、あいつにとっての“お父さん”は俺なんだよなぁ)

 ふと、どうしてこんな事になっているのか思い返した。事の始まりはアクバールだ。あの仕事を受けなければ、ソニアと出会う事も無かった。或いは、ソニアが捕まっていなかったら。そもそも自分が殺し屋ですらなかったら。あるいは…。

 眠気のせいか、そんな無意味な仮定がぐるぐる回る。

 間違いなく自分は、ソニアの様な子供が大嫌いであったはずなのだ。実際、アクバールに“引き取れ”と言われた時には、「嫌だ」という気持ちしか湧いてこなかった。仮に、グラナートが昨日までの自分にさっきの提案をしたならば、迷わず彼にソニアの事を押し付けていたに違いない。

 …………だが、現実、自分はソニアの事を引き受けてしまった。

(…変わるんだなぁ………人間って)

 アクバールがそう言って笑った時はムッとしてしまったが、確かに自分でも笑えてしまう。実に可笑おかしい。

(ったく……ガキにゃあかなわねえな)

 布団を引き上げ、頭まで潜り込んだ。

「…………やっぱ嫌いだ」

 そう呟いて、ふっと笑う。そして彼は、いつしか眠りに就いていた。


#9 END

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