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Strain   作者: Ak!La
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第55話 偉大なる夜明けの魔王

「ワタシは、ごく普通の家庭に生まれた。一人息子でね。両親はワタシに良くしてくれた。幸せだったと、そう思うよ」

 アクバールは語り出す。ローエンはじっと聞いていた。西側の高窓から、日差しが入ってくる。丁度アクバールの赤いメッシュに当たり、鮮やかな朱色が影の中に映えていた。

「その日々が続けば良かったと、昔はよく思ったものだね。今はそう思わない。そういう運命だったのだと諦められる。……ワタシが6歳の時、両親が死んだ」

「!」

「たまたま、ワタシを置いて出掛けた先で、爆弾テロに巻き込まれた。幼かったワタシは世を呪ったよ。あまりにも残酷じゃないか、突然、両親を奪われるなんて。……その後すぐ、ワタシは叔父に引き取られた」

 初めて聞く、彼の家族の話。それは、どこか遠い夢のようだった。

「名をロビン・アンダーソン……あの教会の、先代の神父だ」

「!」

「ワタシは神父である彼の元で育った。彼も良い人だったよ。顔は少々怖く見えたが、まぁ、良い人だった」

 サングラスの奥の、左右で色の異なる瞳をアクバールはよく覚えていた。最初はそれが恐ろしかったものだ。両親の生前に、彼とは何度か顔を合わせただけだった。

「当時はまだ、こっち側が市街でね。今の市街は森だった。開拓が始まったのはそう、ワタシが14か、15の頃だったね。……新市街が出来始めると、次第に旧市街は廃れ始めた」

 彼は、悲しそうに目を細める。

「ほとんどの人々は新市街へ移って行った。……だが、ワタシ達は残った。時折新市街へ稼ぎに出つつ、スラムと化した街の人々を助ける為に」

「……人助け」

「そう。……叔父の遺志を継いだものだ。少々形は異なるがね。彼は反対するだろう、今のワタシのやり方には」

「それが分かってて……」

「…………綺麗事だけでは、やって行けんのだよ」

 やはりアクバールは少し悲しそうに、続けた。

「ワタシが18の時だ。叔父が死んだ」

「!」

「正確には、殺された。……心無い、新市街の少年達にね。とんだとばっちりだ。理不尽極まりない。……時として人は理不尽に、唐突に死ぬのだとワタシは痛感した」

「……その、少年達は」

 ローエンがふとそう訊くと、アクバールは淡々として答えた。

「ワタシが殺したよ。彼らの持っていた銃を奪って」

「!」

 アクバールが、手にしていた銃。あれは、もしかして。

「怒りで頭がいっぱいになってね、何がどうなったかはよく覚えていない。気付けば叔父を痛めつけていた少年達は皆倒れ、ワタシは銃を手にしていた。……手が、痺れていたね。それまで銃など触れたことも無かったのだが……不思議と一発たりとも外してはいなかった。その後警察がやって来たが、ワタシの事は正当防衛と処理されたよ」

「……でも、その記録は警察には残ってない」

「ハルに消してもらったからだ。ワタシの記録を」

「!」

「…………忌々しい、君は君で警察内部に関係を作ってしまったか」

やれやれ、とアクバールは首を振った。

「叔父の葬儀の後、ワタシは決意した。彼の遺志を継ぐと。スラムの人々をこの手で守ると」

「だが、このやり方は違うはずだ」

「そうだとも。……遺志は継ぐが、やり方はワタシのやり方でやる」

「……!」

「ワタシは人脈を築き、ルチアーノ達や君達と出会い、使い、このスラムを守って来た。ワタシが子供の頃よりは、随分とマシになったのだよ。今の方が、タチの悪いのがたくさんいるがね。……この調子で続ければ、もっと良くなるはずだった。“あのスラムで悪い事をすると殺される”、とそう周りに刷り込ませられればね」

「……恐怖で抑えつける……ってか」

「そうだとも。スラムの住民達も、日々恐怖に怯えている。良く言うだろう、目には目を、歯には歯を、と」

 当たり前だろう、と言う顔をしてアクバールは言う。しかし、ローエンはどこか納得が行かない。

「……それで、スラムの住民の生活が改善されるとでも?」

「あぁ」

「馬鹿言え、お前はちっとも街の様子を見ていやしない」

「…………何?」

「確かに、恐怖は減っただろうな。……だが、それで何になる?恐怖が無いだけで幸せか?お前は何かを忘れてる」

「……」

「…………前は、お前も活動をしていたんだろ、食糧を配り歩き、グラナートと共に怪我や病気を見たり」

「!」

「それが何だ、今はただ、悪人退治をして満足してるだけか」

 ローエンはそう言い放つ。納得行かない。それだけで、それだけでいいものか。

「お前はただ……!叔父を殺した奴らが憎いだけだろ!」

「……」

「お前はとっくに、聖職者としては堕ちてんだよ」

「……あぁ」

 アクバールは、静かに笑う。

「とっくの昔に堕ちているさ」

「!」

「言われずとも。……分かっている」

 アクバールは目を伏せた。自身を思い返すように、己が道を振り返るように。

「“私怨”だとも。確かにね。ワタシはあの事件をきっかけにこうなった。叔父と共にスラムを周り、人々と触れ合う日々は良いものであったが、同時に辛いものでもあった。ワタシ達はただの人間で、救える人間はほんの一握り、目の前で死ぬ者もいる。知らぬ所では苦しみ、世を恨み死んで行く者がいる。世は常にそういうものだ。それがたまらなく悔しかったのだ。ワタシ達は人々を救えない。不可能なのだ、そんな事は」

「アクバール……」

「……そんな事は分かっている。とうの昔に分かっている。見える範囲の者だけを救っても、何も変わらないと。一人の人間の出来る事は小さい。池に小石を投げ込んでも、その波紋は小さく、すぐ消える。……人は余りに小さ過ぎる。……一人一人は、確かに救えるのかもしれない。手を差し伸べるのは簡単だ。だが、根本的な事は何も解決しない。……彼らだってとうに分かっているだろうさ。国が見放しているのだ、自力で頑張り、抜け出す以外道が無い事など」

 アクバールの声の調子は上がってくる。いつも物静かな彼が、激昂している。

「そんな彼らを、馬鹿にし、見下し、傷付ける輩が赦せなかった。あぁ、そうだ、それだけだったんだろう。己の非力さと、世の理不尽さにボクはただ腹が立っていただけだ!」

「!」

 初めて聞く彼の大きな声と、一人称。それは、彼の決意前のものだろうか。

「……世の中への復讐とでも言った方が良いだろうか。苦しむ人々がどうでも良かった訳じゃない、彼らがいるからこそボクは怒っていたのだから。…………だから、ボクはこの世が楽園になる事が夢だ。……夢なのだよ」

「…………夢は叶わない」

「そうだ。……だから苦しい」

 アクバールは、胸に手を当て、そして首回りの飾りを取って地面へ投げ捨てた。

「……この際目的など、どうでも良い。ワタシはワタシの進むべき道を進むのみ。……それを阻む者を排除する、それだけの事だ」

 彼は羽織をも脱ぎ捨てた。血溜まりに落ちたそれは、みるみる紅に染まって行く。

 カソックの肩にはショルダーホルスターがあった。覚悟の決まった目を、彼はローエンへと向ける。

「……話は終わりだ。生きたくば構えたまえ、ローエン。容赦はしない」

 銃を抜き、アクバールはローエンへと向けた。対してローエンは構えないまま、その目を見返した。

「お前、戦えるのか?」

「さて」

 アクバールは首を傾げる。

「やってみない事には分からんな」

 銃声と同時に、ローエンは左に動いた。弾は外れた。

「…………こっちへ来い」

 ここでは戦えない。グラナート達がいる。ローエンは回れ右して廃材の迷路へと飛び込んだ。

「……おやおや、懐かしい事をしてくれる」

 アクバールは微笑み、それを追った。

 ローエンはさっき、ハルと戦っていた時に出た広めの場所を目指す。確かあの辺だったと、方向に目星をつけて進んだ。

 目的の場所に出た。西側の奥の角。積まれた木箱と鉄材やセメント袋が壁となり、小さな部屋を作っている。入り口は二つ。ローエンは耳を澄ませ、アクバールの位置を探る。

 コツコツと、ローファーの音がする。足音が大きい。そういえば、いつも彼は足音がしていたなとローエンは思った。

「君が息を潜めてしまうと、何処にいるか分からないな」

 アクバールの声がした。まだ少し離れている。あっちへ行ったりこっちへ行ったり。

(……今のうちにどうするか考えておこう)

 彼にはどう対処するのがベストか。彼の戦闘力は無いにも等しい。だが、彼には銃がある。いくら戦闘力0とは言え、銃があれば誰でも人を殺せる。……当たれば、だが。

(…………そこそこ精度はあるよな)

 天賦の才能か何かか……それとも本当に神がついているのか。何にしろ、ナメてかかるのはよく無い。下手をすれば自分が死ぬ。それだけは避けたい。……まだ、死ぬ訳には行かないのだから。

 コツコツという足音が近づいて来る。その方向を聞いて、ローエンはそちら側の入り口の、木箱にピタリと背中で張り付いた。出て来た瞬間に、不意を打つ。

 来た。そう思い、ローエンは身構えた。と、木箱の陰から現れたのは、真っ黒な銃口だった。

「!」

 咄嗟にしゃがむ。銃弾は頭上を掠めて飛んで行った。

(……ンのやろっ)

 出て来たアクバールは、また撃ってきた。慌てて横へ飛び退くが、左足のくるぶしの上辺りに当たった。

「……いっ……て」

 痛みに耐え、なんとか立ち上がる。筋が傷付いたようだ。足に力が入り辛い。

「…………ビックリさせんじゃねェよ」

「おや、君の息遣いが聞こえたから、撃ってみただけなのだがね……」

「お前、耳良いんだな……」

「君は驚く程反射神経が良いね」

「……どーも」

 どうする。思ったよりこなれている。迷うローエンに、アクバールは笑って言う。

「追いかけっこは終わりかね」

「逃げ回るのは性に合わねェんだ」

「そうかい」

 ローエンは間合いを詰めた。アクバールが銃を構える。だが、それより先に、懐へ潜り込んだ。

「!」

「お前、殴られた事ある?」

 腹へ右拳の一撃を。筋肉の無い、薄い腹だとその瞬間にローエンは感じた。

「はっ…!がはっ……ふっ……はっ…」

 膝をついたアクバールは、思わず吐いた。その様子を見て、ローエンは大きく息を吐き出した。

「……ゲロった奴久し振りに見た」

「…………君は……手加減ってものを……知らないのかね……」

「あぁ」

 ローエンは冷たい目をして、アクバールを見下ろす。

「……ってか殺す相手に手加減する必要もねェし……」

「優しく無いね、君は……は、はっ……殴られた経験は皆無では無いが、今までで一番キツかったよ……」

 よろよろと、アクバールは立ち上がる。

「…………か弱い神父ってのは本当だったんだな」

「勿論だとも」

「んじゃあ前言ってた通り、頸椎ポッキリコースで行く?」

「……それは勘弁しておくれ」

 と、言っている側からローエンは首を狙いに行った。伸びて来た手から、アクバールは逃げる。が、その顎を前腕で殴られた。

「がっ!」

「そら」

 すかさずローエンは、前回し蹴りでアクバールの体を地面に叩きつけた。その衝撃に彼は呻き、仰向けになる。

「……ハァ……ハァ」

「弱い者虐めみたいで、嫌じゃねェか」

 彼の体を跨ぎ、ローエンはしゃがみ込んで顔を覗き込んだ。アクバールは悔しそうな顔をした。ローエンは笑う。

「……お前のそういう顔、初めて見たよ」

「…………想像していたより痛いものだね……」

 そう呟き、アクバールは呻く。どこか折れたのだろうか。

「……痛ェだろ、そういうモンだ」

「そこいらの不良とは訳が違うな……」

「……俺もあんたに拾われなきゃそこいらの不良だったんだよ」

「ははっ、何かね」

「一応、感謝はしてんだ」

「…………こんな時に何を言うのか」

 と、アクバールは銃を持ち上げ、ローエンの顎に突きつけた。しかしローエンは、動かない。

「……やるなら早くやりたまえ。さもなくば銃弾が君の頭を貫くぞ」

「…………俺は、お前の事が大嫌いだ」

「……そうかい」

「だが、楽しかったよ」

 ローエンは、アクバールの銃を持つ手を掴み、自分の顎から離し、その手から銃を取りあげた。手に力はあまり入っていなかったようで、簡単に奪えた。

「……ソニアと会わせてくれて、ありがとう」

 ローエンは彼に顔を近付け、そう囁き、立ち上がった。

「おや……そんな所で感謝されるとは思わなんだ」

 向けられた真っ黒な銃口に向かって、アクバールは答えた。

「………………あばよ、魔王さん」

 ドン、と一つ銃声がした。

 ローエンはそのまましばらく立っていた。やがて、彼は無造作に銃を投げ捨て、フラフラと歩き出す。突然、忘れていた左足の痛みや腕の痛みが襲って来る。額に手を当て、前髪を掻き上げた。

 ぽっかりと心に空いていた穴が、広がって行く様だった。どうして。何も、彼に未練など無かったはずなのに。

 脳裏を、ありし日々が巡る。……ずっと、彼に好意を抱いた事など無かった。どちらかと言えば嫌い。……だが、確かに自分の中に彼がいた、という事を思い知らされた。グラナートと、アクバールと、自分。それは何と歪な事か。その歪なバランスを、今まで器用に保っていたのだ。……それが、全部崩れて。

 フラフラと、ローエンは出口へと向かった。その途中、西日の中で彼は足を止めた。

「…………おい」

 それは、リアンの前だった。彼は俯き、ぐったりとしている。随分な血が流れている様に見えた。

「……おい」

しかし、ローエンは彼へと呼び掛ける。

「狸寝入りしてんな。……まだくたばっちゃねェだろ」

「……放っておいてくれよ、もう戦う気力なんかねェし」

 リアンが、ゆっくりと顔を上げた。随分と顔は蒼白だった。そんな彼に、ローエンは語気を強めて言う。

「……殺し屋として死ぬか、情報屋として生きるか。どっちがいいか選べ」

「…………あン?」

「いいから選べ」

「……何でだよ」

「助けてやるってんだ」

「いらねェよ、独りで生きろってか……?……仲間も皆んな死んだってのに」

 ハハ、とリアンは笑う。と、突然ローエンが彼の胸倉を掴み、引っ張った。その衝撃で、リアンのぼうっとしていた頭はクリアになった。

「お」

「なら生きろ」

「……はっ?」

「これは情けじゃねェ、罰だ。俺はお前を一生掛けて許さない」

 ローエンの中で、何かが変わった。リアンはそう感じた。彼の深い闇のような瞳の中に、何か……嫌な、どす黒いものを見た。

「……俺っちゃんそんな役に立ちませんが」

「関係ねェ。……勝手に死なせもしねェ、独りで生きさせてやる。そんな簡単に逃すかよ、この地獄から」

「!」

「…………立て。来い」

 ローエンはリアンを無理矢理立たせた。リアンはフラフラとしながら、何とか立つ。そして、腹の傷口に手を当てる。

「……あンさ、弾入ったままなんだけどここ……」

「手当てはしてやる」

「不安しかねェな……」

 歩くのがしんどそうなリアンに、ローエンは右肩を貸した。

「……あれ」

「勘違いすんな、俺はお前を利用したいだけだ。その前に死なれちゃ困る」

「はっはぁ……情報屋がご入用ですか」

「こき使ってやる」

「そりゃあ……地獄っすなぁ……」

 ここが地獄なら、彼らの行った所はどこなのだろう。逃げた先も地獄なのだろうか、あるいは、向こうの方が。

 ふと、リアンはローエンの顔を見た。彼はまっすぐ前を向いていた。

「……お前、泣いてる?」

「は?」

 こっちを向いたローエンの顔には、涙の一雫もない。しかし。

「泣いてるよな」

「……泣いてねェよ」

「…………俺も泣きたい」

 寂しい。寂しい。もう、彼らはどこにもいない。

 涙は出ずとも、心が痛いくらい泣いていた。生き残る事の辛さ。……それを、彼は知っていて自分を助けた。

「……噂通りの“悪魔”だな、お前」

 リアンはポツリとそう言った。

「…………何とでも言え」

 夕日が二人を照らす。……茜色の中に伸びた影は、とても寂しく見えた。


#55 END

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