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Strain   作者: Ak!La
54/56

第54話 冥界の果実

 逃げ回るハル、それを追うローエン。どんどん奥へ入って行く。ハルの投擲の攻撃によってローエンは徐々に傷を負い、体力を削られていた。

「ンのやろ……」

「あはははっ」

 ハルの手が、不自然に動く。と、ローエンは反射的に手にしたナイフで空を切る。プツンという微かな手応え。こうして身を守るのも集中力が持たない。

「正々堂々と来い!」

「嫌だよ、それは僕の戦い方じゃないしー」

 ハルはぴょんと並んだ木箱の上へ跳ぶと、手をつき逆さまになって、空いた手でナイフを投げた。ローエンが目で捉えたそれは嫌に滑っていた。

(……毒)

 それを躱し、彼は木箱の上へ続く。

「待ちやがれっ!」

「嫌だって言ってるじゃん!」

 通路のようになった木箱の上を逃げるハル。自身の素早さに、ローエンが付いて来れないのを見て彼は笑う。体力には自信がある。このまま逃げ回り、ローエンが疲弊した所を仕留めるつもりだった。

 だが、彼は忘れていた。ここが、長い間放置されている場所だという事を。

「おーにさんこちら!」

 と、彼がくるりとローエンの方を振り向いた時だった。

 バキ、とハルの足元が突然抜けた。木箱の板が、朽ちていたのだ。

「わ」

 当然その隙をローエンが逃すはずもなく、追いついた彼はハルの鼻面を右拳で思い切り殴った。

 小柄な体は簡単に吹き飛ぶ。並んだ木箱の列を通り過ぎて、ドラム缶の群れの中へ突っ込んだ。ガラガラと、廃倉庫中に響くような音がした。

「うぅ……痛い……」

 ローエンは木箱の横を歩いて彼の元へ行った。ハルは鼻血を出し、脚から血が出ていた。破片が刺さったようだ。

 見下ろすローエンに、ハルは鼻を押さえて笑う。

「あははは、ざまぁないねこれは……」

「さっきまでの威勢はどうした」

「……痛みで裏人格が引っ込んじゃった」

 ハルはそう言って笑う。

「お兄さん、僕を殺すの?」

「まぁ、そうなるな」

 ローエンはため息を吐き、しゃがむ。

「…………その“お兄さん”て呼ぶのやめろ」

「何で?……僕相手の男の人はそうやって呼ぶんだ」

「……そりゃまた何で」

 ローエンがそう訊いた時、不意にハルが手を突き出して来た。それをローエンは掴んで止める。ハルの手の甲の陰から刃が伸び、鼻先で止まっている。

「…………年下ぶった方が油断してくれるから」

「なーるほどね、確かにそうだ」

「小さい体に生まれて良かったよ。このお陰で色々得した。たくさん殺した。……あの人に拾われて良かった」

「……皆んなその、グランの親父の事が好きなんだな」

「好きなんてものじゃないよ、大好き。恩人だもの。行き場の無かった僕達に、居場所を与えてくれたんだ」

 ハルは笑う。まだ、腕は掴まれたままだ。

「君の恩人は、アクバールさん?」

 訊かれ、ローエンは考える。

「……さぁ。そうかもしれないし、違うかもしれない」

「よく分からないんだ」

「そうだな」

「僕らも彼についてはよく分からない。……悪い人じゃ無いけど、いい人でも無い」

「完全に善である聖人なんてどこにもいない」

「言えてるね」

 ハルは、力なく笑う。

「君は、いい人でありながら、悪い人だね」

「……そうかもな」

 ローエンは、手に力を込めた。ミシリ、とハルの腕が軋み、やがて嫌な音がした。

「………っ‼︎」

「叫びを上げないたぁ大したモンだな。こういうのにはもしかして慣れっこか?」

 ローエンは折れた手を離して笑う。ハルは荒い息の中、言う。

「……やめてよお兄ちゃん……どうして、こんな酷い事をするの……」

「!」

「ごめんなさい、殺さないで。痛いよ、怖いよ……」

 ハルは震えていた。演技では無いように見えた。だが、ローエンは、静かにその首に手を伸ばした。

「やめて、ごめんなさい、やめてよ、嫌だ、死にたくない」

 呪詛の様に繰り返すハル。だが、ローエンは冷徹な目をして手に力を込める。緩やかに、細い首に力がかかる。

「か……は……」

 苦しそうなハル。しかし、抵抗する力は残っていない様だった。

「……っ」

 一気に力を入れる。首がゴキリと音を立てる。途端に、小さな体はビクリと震えて、それきり動かなくなった。

「悪いな」

 ローエンは、開いたままになったハルの瞼を閉じる。

「……ガキは嫌いなんだよ、俺は」

 彼はそう吐き捨てて立ち上がると、いつの間にか入り込んでしまった迷路の出口を探して歩いた。




 休みなく動き続ける間、ルチアーノの脳裏に記憶が過ぎる。自分が憧れたあの人の面影が、今目の前で戦う男と重なる。手にしていた得物は違えどその姿はまるで、生前の彼のようだと思えた。

 “白の冥王”の子、“白の死神”。名はウィリアム・ビアンキ、否、今はグラナート・カテドラルだ。

(……冥王の子に“柘榴グラナート”とはまた笑えない洒落を……)

 正真正銘、彼はアルヴァーロの後釜になり得た存在だ。アルヴァーロがそれを望んでいたかどうかは分からない。だが、教えられてはおらずとも、この戦闘センスは間違いなく彼のものだ。長い間、彼を見ていたルチアーノが思うのだから間違いない。

 ……だからこそ、ルチアーノは自身の死を予期していた。アルヴァーロにはまだ及ばない、だが、勝てる確証も無かった。

 グラナートが双刃を振り下ろした。ルチアーノは下がって避け、銃を構えて撃つ。跳ね上がってきた刃がそれを容易く弾く。……しかし、その集中力は摩耗して来ている。それはルチアーノも同じだった。

 刃が首を狙って飛んで来る。彼はそれを掻い潜る、が、反った勢いを支え切れずに後ろへバランスを崩した。それを機と見てグラナートは足を払った。

「!」

 転んだルチアーノ。その胸にグラナートが刃を突き立てようとする。間一髪のところで、ルチアーノは転がって躱し、立ち上がった。

「……ハァ……くそ……」

 回った勢いでクラクラとする。グラナートも、コンクリートに突き立てた刃を杖にして、ゆっくりと体を立てていた。

「……そろそろ……終わりにしようか」

 グラナートが荒々しい息の中言った。ルチアーノは額から噴き出る汗を腕で拭いて、答える。

「……そうだな」

 銃を構える。この様子なら、いくらか撃てば当たるだろうか。いや、もうそれ程弾数も残っていない。

 グラナートは支えを解いて、しっかりと二つの足で立った。

「立ってるのがやっとだろ、お前」

「君もね」

「……馬鹿言うな」

 先に踏み込んだのはルチアーノだった。まっすぐ、グラナートへと突っ込む。それをグラナートは双刃で迎え撃つ。左右交互の二連撃を躱したルチアーノは、姿勢を低くし、地面に手をついて上へと蹴り上げた。勢いのついた蹴りがグラナートの顎を打つ。

「っ!」

 意識が揺らぐ。だが、まだ倒れるわけには行かない。グラナートは持ち堪えたが、直後地面へ激突した。

「……ハァッ……ハァ……。……っ‼︎」

 ルチアーノが撃った弾を無造作に刃を振り、防いだ。ルチアーノが舌打ちする。グラナートはなんとか起き上がる。だがしかし、構え直す前にルチアーノがその腹に拳を叩き込んだ。

「ガハッ…!」

 重い。痛みが体中に響いた。それでもまだ倒れない。力を振り絞る。

「……っああああああ‼︎」

挿絵(By みてみん)

「!」

 気迫。一瞬、ほんの一瞬だけルチアーノは動きが止まった。止められた。時がゆっくりと過ぎた。鈍い光を刃が放つ。脳裏に浮かぶのは走馬灯か。……ほんの一瞬先の、己が運命を予知したように。

「……!」

 気付けば、刃はルチアーノの心臓を貫いている。それを認識し、彼は死を実感した。……だが、まだ、このままでは終われない。

「…………テオドラ‼︎」

 グラナートの腕を捉え、最後の力で血と共にそう叫んだ。一瞬の出来事だった。それを唯一、客観視していた神父は困ったような笑みを浮かべた。

「……おやおや」

 グラナートは、突如背後から襲った痛みに振り向いた。体と共に振り切られた刃が、背後にいた何かを捉える。舞い散るのは紅、斬り裂いたのは女の柔肌だった。彼女が握っていたのは大ぶりのナイフ、その先端は自身の胸から飛び出ていた。

「…………くそ……」

 グラナートは血を吐き、どっと倒れた。刺さっていた刃は、テオドラを斬った勢いで抜けた。手にした刃につられ、ルチアーノも倒れる。

 ルチアーノとテオドラは既に息はなかった。血溜まりの中で唯一、グラナートは浅い呼吸を繰り返し、虚ろに天井を見上げていた。

「……グラン‼︎」

 丁度その時、迷路から抜け出したローエンが戻って来た。彼はグラナートの様子を見て蒼白になる。あぁ、そんな、嘘だ、と無意識に弱々しい声が漏れた。

「…………やれやれ、いざ死ぬとなれば呆気ないものだな」

「……!」

 アクバールが、グラナートの頭上へと歩いて来て、彼の顔を覗き込んだ。グラナートの視界には逆さまになったアクバールが、ぼんやりと映っている。その顔に、彼は文句を言う。

「……くそったれ……君になんか、看取られたくないよ……」

「悪態を吐く元気は残っているようだね」

 アクバールはそう言って苦笑する。

「グラン!」

 ローエンが駆け寄って来て、グラナートの体を抱き起こした。彼の顔を見て、グラナートは微笑む。

「……君は……無事に勝ったのか。良かった……」

「良くねェよ、良い訳あるかよ……」

「……心残りは無いよ……ふふ、これは天罰なんだ。……仕方ないんだよ」

 皮肉げにグラナートは笑う。力なく、弱々しいその笑みに、ローエンは必死に訴える。

「無いってお前!……ジークの事は、どうするつもりだよ!」

「……あぁ……そうだ……彼女に、渡しておいてくれるかい、あのプレゼント……僕から渡せなくてゴメンって」

「おい!」

「悔しいな……あはは。死んでもいいって思ってたのに。悔しいよ……」

 ポロリと、グラナートの目から涙が零れ落ちた。

「……ありがとう、ローエン。君と友達になれて良かった。本当に……色々君から貰った」

「…………グラン」

「さよなら、ローエン。……またきっと……来世で、会おう…………」

 グラナートの体から力が抜けた。しばらく、ローエンは何も言えずにそのまま座り込んでいた。手が支える重みは、覚えのあるものよりもずっと軽い。

 声もなく、彼は泣いた。心がズキズキと痛み、ぽっかりと穴が開いたようだった。その穴から、何かどす黒い感情が湧き出て来た。

「……嫉妬するじゃないか」

「!」

 アクバールの声が、沈みかけていたローエンの意識を呼び覚ます。見上げた先でぶち当たった目は、これまでに見た事のないくらい、冷たく、尖ったものだった。

「ワタシには別れの挨拶の一つも無しかね」

「……アクバール」

「さて、君はどうする。ここにはワタシと君しかいない」

「……」

 ローエンは、グラナートをそっと床に下ろして立ち上がり、後ろへ三歩退がった。

「…………お前はどうする気だ」

「質問に質問で返さないでくれたまえよ。……まぁ、そうだね。ワタシの使え得る駒は、君しかいなくなった訳だが」

 アクバールは顎を撫で、変わらず冷たい目をして首を傾げる。

「君は最早、ワタシに従う気など毛頭ないだろう」

「……当たり前だ」

「やれやれ、どこで計算が狂ったのやら。お陰で全てが滅茶苦茶だ」

 その声には、怒りが篭っていた。彼が今までに一度も見せた事のないような、静かな、純粋な怒気がそこにはあった。

「君のせい、とは言わんよ。いや、やはり君のせいかね。君がせきを切った。ワタシが築いておいた壁を、君はワタシを裏切り、壊した。…………腹立たしい事この上ない。こうなると知っていれば、君が“ウィリアム”の事を聞きに来た時点で消しておくべきだった」

「!」

「……過ぎた事は過ぎた事だ。ワタシがとやかく言えど、神がどうにかしてくれる訳でもない。その事は忘れよう。だが、ケジメはつけなければならない」

「…………ケジメ……だと?」

「そう。……即ち、これまでの縁を断つ。だが、人の縁とは奇妙なもので、一度繋がると中々切れない。腐れ縁という奴だね。……君とワタシの間には、それがあると見た」

「……だから?」

 ローエンは、薄々答えが分かっていながらも訊いた。何故なら、信じられなかったからだ。アクバールから発せられるこの気配。間違いない。殺気だった。

 そして、アクバールは予想通りの答えを返して来る。

「君が死ぬか、ワタシが死ぬかだローエン。勿論、君がグラナートを追いかけて自ら死んでくれるのも構わない。それならば、手間は省けるからな」

 さらりと、聖職者らしからぬ言葉を吐くアクバール。いや、彼は元より聖職者などでは無かった。悪が成った仮初めの正義を振りかざした偽善者だ。そして、自分もその同類。

「…………お前は、もし一人になったらどうする」

「自分が死んだ後の心配かね?無駄なことを」

「また一からやり直すのか」

「……そういう事になるかね、いや、まだ残る人脈があるだけマシというものさ」

 フッ、とアクバールは笑う。不敵な笑み。

「……少し、昔話をしようか。冥土の土産とでも思ってくれたまえ」

「?」

「ワタシの話だ」

 アクバールは腰の後ろで手を組み、いつものような笑みを湛えて言う。

「君は、知りたがっていたんじゃないかね」

「!」

「折角だ。邪魔者もいない。最後に残った者への褒美として特別に話してやろう」

 誰にも話して来なかった話。アクバールが、この20年近くずっと、自身の心の中にしまい込んでいた話。

 彼は、少しだけ懐かしそうな、そして悲しそうな顔をして、その閉ざしていた口を開いた。


#54 END

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