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Strain   作者: Ak!La
53/56

第53話 楽園の使者

『ワタシに提案がある』

 ルチアーノは、アクバールのその言葉を思い出していた。過去の話。そう、ルチアーノ達がウィリアムを探してアザリアにやって来て、アクバールの下で活動を始めてから一年が経った頃の事だった。

『彼をワタシの下へ引き入れる』

『えっ』

『復讐は少し待ちたまえ。何、有能な人材を有効活用してやろうというだけだ。殺すのは、それからでも良いだろう』……

(……今が、その時だってな)

 長らく待ち望んでいた。復讐を果たす。自分達の光を奪った相手に。自分達の光だった人の、面影を持つ彼へ。

「……お前を初めて見た時は、拍子抜けしたんだ。こんな奴にアルヴァーロさんはやられたのかって」

「……そうかい」

「戦うのを見ても、お前はまだあの人には届かない。きっと一生届かない。それなのに、何故やれた?分かるか、ウィリアム、いや、グラナート」

「さぁ」

「アルヴァーロさんは、よく自慢気に息子の事を話してた」

「!」

「写真をいつも持ち歩いて。そうだよ、お前の小さい頃の姿なら知ってる。よく見せられた。今も持ってる」

 ルチアーノは彼の形見の様に、いつもそれを肌身離さず持っていた。今は、スーツの内ポケットに入れてある。

「……あの人は、何よりも家族を大切に想ってた。だからだ。お前の凶行を、止められなかったのは」

「…………父さんは僕達を愛してた?」

「そうだ」

「そんなの、今更言われたって。何も……響かないよ」

 グラナートは悲しそうに笑う。

「僕がそれに気付いていても、きっと何も変わらない。理由なんて、無かったんだから」

「あぁ」

 ルチアーノはそして、怒りの篭った目を彼へ向けた。

「行くぞ」

「いつでもいいよ」

 グラナートが刃を構えると、ルチアーノは銃を片手に、駆け出した。接近戦へ。飛び道具など、ほとんど役に立たないのは分かっていた。あの人も、同じだったから。




 ハルとローエンは奥へと入り込んでいた。置かれた廃材達が壁となって、入り口付近の様子は見えない。

「お兄さん、おっそいよー」

「……っ!」

 ぴょこぴょこと、廃材の間を逃げ回るハル。それを追うローエン。まだ何も、お互いダメージは入らない。

「あははははっ!」

「てめェ……ムカつく!」

「んじゃあお詫びにこれプレゼントッ‼︎」

「!」

 片手に三本ずつ、合わせて六本、ナイフが飛んで来た。そのうちの一本を、ローエンは指で挟んで取った。残りは全部木箱に刺さった。

「嘘っ」

「武器あんがとよ」

 ニ、とローエンは笑う。笑って、ハルが乗った木箱の山を蹴飛ばした。

「あわぁ‼︎」

 慌てて、ハルはワイヤーを天井へ飛ばした。ぶらんと左手でぶら下がるハルに、ローエンは叫ぶ。

「お前もかよ!」

「元祖は僕なのー‼︎」

 チッ、とローエンは舌打ちする。と、僅かな風切り音を聞いて、彼は咄嗟にナイフを振った。細いものが切れる手応え。

「あっ」

「……そう簡単に捕まるかよ」

「いやー見破るとは思わなくて」

 と、ハルはまた、空いた右手でナイフ三本放った。今度はローエンは避ける。と、ハルが蜘蛛の様に素早く降りて来て、大型のナイフを片手に突っ込んで来た。

「おっ‼︎」

 ターンして避ける。危ない。もう少しで刺さっていた。

「……折角近付いてあげたのに避けるのー?」

「……それ何か塗ってるだろ」

 ナイフの刃は嫌な感じにぬめっていた。ハルは無邪気な笑みを浮かべる。

「うん。神経毒。掠ったら死ぬよ?」

「さらっと怖い事言うなお前……」

「あっ、そうだ!……オルグレンさんは生きてたの?」

「あ?」

「だーかーら、あの人には別の毒使ったんだけど、生きてたのかなぁって。でも情報が伝わってるってことは……やっぱり?それとも部下ちゃん達が?」

「……生きてたよ、普通に」

「ふーん、まぁいいや。もう関係ないし」

「何なんだよ」

「別に。知りたかっただけ」

「……お前、よく喋るな」

「喋ってると気が散るでしょー?」

「…………全くだ」

 ハルが再び突っ込んで来た。ナイフでの攻撃をしながら、ただ避けるローエンに彼は言う。

「お兄さん、ナイフは使わないんだね」

「……使って戦うのは苦手なんだ」

「へえ!なんかアサシンぽい!」

 不意に、ハルが体勢を変える。と、ローエンが反応する間もなく蹴りが彼の腹に入った。

「っ‼︎」

 見た目にそぐわず重い。よろめいたローエン、その隙を突いてハルがナイフで攻撃を仕掛けるが、辛うじてその手でハルの腕を逸らした。ほとんど叩いただけなので、攻撃には転じれなかった。

「…………器用」

「……よく言われる」

 気合いで痛みを吹き飛ばし、体勢を立て直したローエン。ハルは笑みを消してナイフを手の上で弄ぶ。

「……うーん、オルグレンさんより強くはないっぽいけど、苦手だなあ……」

「相性だろ」

「そっかぁ」

 ハルはもう、笑わなかった。代わりに空気が重くなる。

「……表の僕じゃあ相性が悪いか」

「!」

 ナイフを逆手に持ち変えたハル。殺気が増した。ローエンは思わず身構える。注意を、ハルの全身へと向けた。少しの挙動も見逃さない。……でなければ、とられる。

「……何だお前……」

「……うーん、何だろ」

 ハルは首を傾げて言う。

「ま、二重人格ってやつ?」

「は?」

「うん、まぁ、気にしないでいいよ」

 ハルが動く。ほんの一瞬の事だ。反射的にローエンは後ろへ反った。眼前を、ナイフが掠めて行く。

「あはっ、すっごいね!」

「……ちっ」

 そのまま後ろに手をつき、ローエンはバク転して後ろで着地し、身構える。ハルも退がり、距離を取った。と、どこからかまた小型のナイフを取り出し、投げた。

 それらを潜り抜け、ローエンは攻撃を仕掛ける。鋭く繰り出した拳。ハルが、ワイヤーを駆使して上へ逃げた。と、再びナイフが三本、飛んで来る。

 ローエンはまた避けようと、上を見上げる。だが、その時ナイフの陰にキラリと光るものを見つけ、彼は咄嗟に腕で体を守った。

「っ‼︎」

 ドスドスドス、と三本のナイフの替え刃が腕に刺さった。ローエンは腕を解き、躊躇わずそれを抜いて捨てる。

「痛ってェな……」

「……毒塗っとくんだったなぁ」

 残念そうに、ハルは木箱の上からそう言った。ローエンは下から、彼を睨む。

「……小賢しい」

「褒め言葉として受け取っておくよ。こういう小細工しないと敵わなさそうだし」

 ふん、とハルはため息を吐いた。そして、また彼は笑う。

「さ、続けようか」

 その言葉を合図に、ローエンはハルを追って地を蹴り、跳んだ。




 あれは、今日のような晴れた冬の日だったと思う。

 そう、その頃自分は下らない毎日を過ごしていた。町でナンパし、女と遊び、まともに働いてもいなかった。金は女頼り。自分の女ウケの良さを武器に、貢がせて暮らしていた。たまに、自分が女から聞いた情報を、人に売ったりしていた。

 そんなある日……眼帯の青年と出会った。無愛想な彼は、自分について来るように言った。きっと、彼は人との付き合い方を知らなかったのだろう、それを断ると、喧嘩になった。それなりに腕っ節は強いつもりでいたが、彼もなかなかだった。互いにフラフラになった頃に、あの人が現れて二人を拳骨で殴った。それだけでもう動けなくなった。

 困ったような顔でため息を吐いて、その人は眼帯の青年へと説教をしていた。

 そういえば彼は当時も赤いシャツを着ていて、真っ白なあの人と相対してこんな感じの風景だったなと、舞い散る紅を見ながらリアンはぼうっとした頭で考えていた。

「……お前は、変わったよ」

 リアンはポツリとそう呟いた。隣で静かに眠るラファエルに、視線だけを向ける。人と触れ合い、無愛想だった彼は人を想い、想われる人間になった。

「俺はなーんも変わってねェし……」

 相変わらず女と絡んでいる。だが、少しは人の為になれたろうか。どうだろう、分からない。

(…………このまま死んだら、アルヴァーロさんに顔向け出来ねェや)

 眼前で戦うルチアーノと、グラナート。武器を手にしていないルチアーノの方が、傷は目立つ。だが、グラナートも少なからずダメージを受けていた。一進一退。ほぼ互角の戦い。

「……一つ、聞きたいんだけどさ」

「あン?」

 ルチアーノから距離を取ったグラナートが、口元の自分の血を拭き言った。ルチアーノも肩で息をしながら、動きを止めて答える。

「……どうして、“蛇”なんだ」

「それ、今必要な事かよ」

「君が死んだら聞けなくなる」

「…………お前が死んだら必要ない」

「じゃあ、どっちかが死ぬ前に聞いておきたいんだ」

 グラナートの言葉に、ルチアーノは荒い息に紛れてため息を吐いた。

「……蛇は“悪魔の象徴”であり、“生と死の象徴”……殺し屋たる俺達には丁度良いだろ、とあの人は言ってた」

「……そうか」

「だが、“神の使い”でもある」

 そう、口を挟んだのはアクバールだった。グラナートが彼の方を見ると、彼は不敵に笑う。

「原初の人類悪。創世記でアダムとイヴを唆した存在である一方で、神の使いとも言われる。何とも美しく歪な象徴ではないかね。……しかし、それは彼の遺した名であり、ワタシの率いるものの名ではない」

「!」

「ワタシが率いる今、彼らの名は最早“蛇”ではない。その名は“エデン”。……我が夢たる楽園の、使者だ」

「……楽園ね。そうか、君はそんな所を目指していたのか」

 グラナートは嗤った。アクバールも笑い返す。

「無論一人では無理だとも。ただいしずえが出来ればそれで良い」

「礎?」

「君達が害虫達に恐怖を植え付ける。それだけでも充分さ。少なくとも、ワタシの幼い頃よりはここはマシになったと思うがね」

「…………」

「壊してくれるなよ、グラナート。まだ足りんのだ。君はもうワタシの駒としては使い物にならない。消えておくれ」

「……後で、僕が直々に君を消してあげるよ」

「おや、怖い怖い」

 言葉とは裏腹に、にこにこと笑うアクバール。

「そろそろ良いですか、アクバールさん」

「ん?あぁ、すまないね」

 ルチアーノがしんどそうに言うので、アクバールは黙った。

「……聞きたい事は終わりか」

「あぁ」

 グラナートは頷く。彼も疲れて来ている。だが、まだ戦えない程ではない。

 フッ、と短く気合いを放ち、再びグラナートはルチアーノの身を斬り刻まんと踏み込んだ。

「楽園なんてどこにも無いのよ」

 アクバールの横にいたテオドラが、不意にそう口を開いた。眼前ではグラナートとルチアーノが戦闘を再開していた。テオドラはただ、グラナートの動きだけを追っていた。

「ここにあるのは地獄だけ」

「おやおや」

「人間がいる世界に、楽園なんて存在出来るはずがないわ」

「そうかね?」

「そうよ」

 テオドラは、アクバールを見た。

「あなただって、地獄に生きているでしょう」

 思わず、アクバールの表情が凍った。……彼女に、心の内を見透かされているようで。

「……そんな事はない。確かに今は酷い所ではあるが」

「そういう話じゃないわ」

「!」

「心の中。……酷く冷めてる」

 そう言う彼女の目も、冷たく冷えていた。アクバールは、その目を何年も見ていた。何かが欠けた目。そして、その奥では復讐の炎が、青白く燃えている。

 アクバールが何も答えないでいると、テオドラはフン、と鼻で笑い、目を瞑る。

「まぁ、あんたって昔から何考えてるか分かんないけど。隠し事だらけっていうか、自分の事もあまり話さないし。深く詮索はしないわ」

「…………」

「……でも、本当に実現なんか無理よ。あなたの夢は。人間を全部、滅ぼしでもしない限りは」

 試すような目が、アクバールの目を捉える。

「……そうかもしれないね」

 すると、テオドラは呆れたように笑う。

「まさか、本当にそうする?あんたならやりそうね。まだそっちの方が実現出来る確率は高いでしょうし」

「…………」

「それじゃあ、まさに“魔王”じゃないの」

 そう言われ、アクバールは苦笑し、戦うグラナート達へと目を向けた。

「…………やれやれ、勝手な事を言う」

 そんな事より、もっと前のテオドラの言葉が心に刺さっていた。

『あなただって、地獄に生きているでしょう』……

(……確かにそうかもしれないな)

 ふん、とアクバールは目を瞑る。未だ蘇る過去のあの光景。それは、ずっとアクバールの心の根底に突き刺さっていた。

(今のワタシを彼が見れば、きっとワタシを殴るだろう)

 そんな事を、アクバールは思った。分かっている。自分は、正しい道は進んでいないのだと。だが、これが自分のやり方だ。そう、あの日に決めたのだ。

「……ワタシは、ただ目の前で苦しむ人々に、幸せになって欲しいだけだよ」

 誰にともなく、アクバールは呟く。それを聞いたテオドラは、ふい、と彼から顔を逸らした。

「…………自己中」

 それも、分かっていた。自分は一人の人間に過ぎない。

「ここは地獄なのだから、仕方ない」

「言えてる」

 テオドラは、胸に手を当てる。

「ねぇ、聞いてよ、私、ラファエルが死んだっていうのに、心が全然痛まないんだ。何でかな。あの人がいなくなった時に、泣き過ぎちゃったからかな」

「……さぁね」

「…………私は、もう他人の死に心を痛められない。それが例え大切な仲間だったとしても。追いかけるのは簡単だもの、自分で死ねばいい」

 彼女は笑う。皮肉の篭った笑みだった。

「復讐したら、私は死ぬつもりなの。あの人がいないこの世は地獄。彼に会いに行けるなら、私は死んだ方がいい」

 テオドラは首を傾げ、アクバールに問う。

「……あなたは私を止める?」

 アクバールは、少し考えて、短く答えた。

「いや」

「駒が無くなったら困るんじゃないの」

「走るのをやめた駒は、使い物にならないからねえ……」

「……あんたって寂しい人よね」

「何?」

 ため息を吐くテオドラに、アクバールは怪訝な顔をする。

「寂しい人だって言ってんの。友達なんか一人もいないでしょ」

「失敬な、ワタシにだってそれくらい……」

 いる、と言いかけて、何故か止めた。思い返せば、どうだろう。心の底から、友と呼べる存在は……。

 フリーズしてしまったアクバールに、テオドラは吹き出した。

「ほーらね。一番孤独で地獄にいるのはあなたなんだわ」

「…………」

「その癖、楽園を作ろうとしてる。目の前で苦しむ人々を幸せにしたい?バッカじゃないの」

 アクバールの手に、無意識に力が入った。

「……あんたは自分の為に楽園を作りたいだけよ」

「君はワタシをよく見ているね」

「同類だから、感じるだけよ」

「!」

「あなたも、大切な人を亡くしたんでしょ」

「………」

「誰?友達?恋人?」

 そう訊いてくるテオドラに、アクバールは首を振る。

「君に話すような事ではない」

「そ」

 テオドラは興味無さげに答えた。

 目の前では未だ、赤と白の二人が戦っている。両者共に疲れが見える。もう、そう掛からず決着は着くだろうと、傍観している二人はそう感じていた。


#53 END

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