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Strain   作者: Ak!La
52/56

第52話 消滅と再誕

「あっ」

 ジークリンデの手から、グラスが滑って落ちた。グラスは床に当たって砕けた。

「……やっちゃった」

 ため息をいて、彼女はしゃがむ。ガラスを拾おうと手を伸ばし、チクリとした痛みを感じて反射的に手を引っ込めた。

「痛っ……」

 指先から血が出ていた。うっかり欠片で刺したらしい。

「……ついてないなぁ……もう」

 ここの所体調が悪い。そのせいだろうか、とジークリンデは思う。

 ふと、グラナートの事を思った。……今頃何をしているのだろう。もう一週間もしないうちにクリスマスだ。その日が待ち遠しい。彼に言いたい事がある。きっと、彼も喜んでくれるだろうと。

 もう手を切らないように気を付けて欠片を拾い集めるうちに、何かざわっとしたものが胸を過ぎった。思わず手が止まる。

「…………熱でもあるのかしら」

 額に手を当て、ジークリンデはため息をいた。キッチンの窓から空を見上げる。雲行きが怪しくなってきた。雪か、雨でも降りそうだ。

「……洗濯物」

 あっ、と思い出してジークリンデは立ち上がる。欠片の片付けはまだ途中だが、洗濯物の回収の方が先だ。雨が降り出しては敵わない。

 ジークリンデはベランダへと向かう。

 それはただの日常の一片。そう、ただの一片だった。




 そこにはピリリとした緊張が張り詰めていた。高い所にいるグラナート、否、ウィリアムはアクバールを見下ろす。アクバールはいつもの様に笑みを湛えていた。

「酷い姿だね。ワタシが指示した以外にも殺したのかい?」

「知らないよ」

「おやおや、懐かしい反応だ」

「君は何しに来たんだ、僕を止めに来たのか?」

「まぁ、ルチアーノに呼ばれたからかね」

「…………ハァ」

「何、一大事だろう」

 アクバールはニコニコと笑う。それに対して、ウィリアムは苦虫を噛み潰した様な顔になる。

「……嫌な事を思い出した。思い出すのは初めてではないけれど、こんなに嫌な気持ちになったのは初めてだよ」

「ふふ、何しろここはあの場所だからねえ」

「あぁそうだよ」

「偶然というものだね。実に懐かしい」

「懐かしいもんか」

 二人にしか分からない会話。ルチアーノもラファエルもリアンも、何の事か分からない。

「……ローエンはどうした」

「おや、彼の事が気になるのかい?」

「記憶を失くした訳じゃないんだよ」

「君ならそんな事は気にしないと思っていたんだが」

「……特に深い意味は無いよ。知らないならいい」

 ウィリアムは鉄材の上から降りた。血の匂いを纏って、アクバールへと歩み寄って行く。

「…………あぁ、君の姿を見ていると心底胸糞が悪い」

「おやおや、ワタシを先に殺すかね?」

「出来る事ならそうしたいね」

 と、アクバールの前にルチアーノが立ちはだかった。ウィリアムは立ち止まる。

「……させる訳無いって顔」

「ったりめェだろ……」

「君には僕を殺す動機がある。……けど、アクバールを庇う理由は?」

「俺達のボスだからだ」

「……ボス」

「そうだ」

「リーダーは君では?」

「…………今は違う」

「あぁ、そう」

 ルチアーノの傍らに、ラファエルが立った。グラナートは彼の方はチラと見ただけで、再びルチアーノへ目を向けると、以前の様な笑みを浮かべた。

「一つ聞いていいかな」

「……何だ」

 その笑みに、寒気がした。だが、ルチアーノは普通に答えた。

「僕、実はあまり父さんの事を知らないんだ。素性をね。僕が知ってるのはただ優しい、時々ドジな父さんだった。……本当はどんな人だったんだい?」

「……“白の冥王”」

「え?」

「当時裏社会で恐れられてた名だ」

「…………」

「誰もその本名を知らない。知ってたのは俺達だけ。……恐ろしく強い人だった。俺達なんか到底敵わねェくらい……。俺は、俺達は、皆んなあの人の強さに魅入られてついて行った。……恐ろしく強いが、お前が言う様に優しい人だった」

 ルチアーノは少し、悲しそうだった。そして、彼は右耳の後ろの蝶々結びを解いた。はらりと、眼帯が外れる。

「!」

 隠されていた右目には、瞳がなかった。白目だけだ。いや、そもそも本物ではないのだ。義眼だ。

「……醜いだろ、俺のコレは怪我とかそんなじゃねェンだ。生まれつき。初めっから俺には右目が無かった。……お陰で周りからは気味悪がられてた。誰も友達にゃなっちゃくンねェ。親にも見放されて。……そこへだ。あの人は俺を拾ってくれた」

 ルチアーノは眼帯をつけ直す。そして、再び口を開いた。

「分かるか。俺らは皆んな、そうやってあの人に救われたンだ。裏社会じゃ“冥王”だなんて恐れられちゃいたが、俺達にとっては光だった。それをだ、お前は突然俺達から奪った」

 ルチアーノの独白。ここまでの事はラファエルも初めて聞いた。それを聞くリアンも、また己のアルヴァーロという人間との思い出を思い返していた。懐かしい、というより今は悔しさが勝っていた。

「……どうしてだ。お前はアルヴァーロさんの実の息子だろ。一番その光を近くで浴びていた人間だろ。それなのに、どうして」

 悲痛な心の叫びが、静かな声に乗る。しかし、それはウィリアムには届かない。彼は、可笑しそうに笑うと言い放った。

「…………僕は光なんて知らない」

「!」

「言っただろ、僕は父さんの事なんかほとんどよく知らないんだ。だから、殺したって何も思わなかった。他の家族だってね。もう思い出せやしないんだよ、顔も。笑わせるな、父さんは僕らに本当の姿なんかこれっぽっちも見せなかった」

「お前は……‼︎どうして家族を殺したんだ‼︎」

「ただの興味だよ」

「‼︎」

 冷たい言葉に、ルチアーノは言葉を失った。血の気が引いて行く様だった。しかし、それは津波の前の波の引きに似ている。

「身近な人が死ぬってどんなだろうって……アハハ、あぁ、唯一覚えてるよ。僕に刺された時の父さんの顔だけは……鮮明に」

「……‼︎」

「心底驚いてたなぁ、あぁ、あの時僕は何て思ってたんだろう。……落胆かな。案外普通だったなぁって」

「てめェ……!」

「……羨ましいよ。人の為にそんなに怒れるんだ。僕には出来ない。僕は空っぽだ。真っ白なんだ」

 そう。その名は白。赤ではない。白の冥王と同じように、白の名を継ぐ白の死神。それは偶然か運命か。

「…………お前が……“白”を語るな‼︎」

 押し返す感情の波が、ルチアーノを襲う。銃を構えた。引き金を引く寸前、ルチアーノは感じた。それは死の予感。ウィリアムの目が笑う。刃が閃いた。弾がウィリアムを貫くより早く、刃が己の首を刎ねる。そんな予感がした。

 だが、ルチアーノの目の前に突如、黒い影が割って入った。

「…………あ」

 時が一瞬、止まる。死の白を、黒が堰き止めた。それは彼が誰よりも愛していた……。

「……ラファエル」

 ルチアーノは何かにグンと引っ張られた。思わぬ出来事に体が追いつかず、すっ転んだ。すぐに起き上がり、見れば二つの刃がラファエルの腹と、そして胸を刺し貫いていた。血を吐いたラファエルは、ゆっくりとルチアーノを見た。

「…………ルチアーノ……さ…」

「……ラファエル‼︎」

 ウィリアムが刃を引き抜き、退がった。ラファエルががくりと倒れる。リアンは衝撃のあまり声が出ない。いつの間にか、アクバールは離れて遠巻きにそれをただ無表情で見ていた。

 ルチアーノは思わずラファエルへと駆け寄った。上体を抱き上げると、彼は虚ろげな目をしていた。

「ラファエル!」

「……あぁ、無事……ですね……良かった……」

「馬鹿野郎……何やってんだ……」

 血が流れ、ラファエルの体が軽くなり、冷たくなって行くのをルチアーノは感じていた。じんと、頭が痺れている様だった。

「……今まで……ありがとうございました…………」

 息も絶え絶えに、ラファエルは言葉を紡ぐ。そして、彼は今まで一度も見せた事のなかった、柔らかな笑みを浮かべた。

「ルチアーノ……さんは……僕の光でしたよ……」

「……っ!」

「僕は……あなたについて行けて……本当に……よかっ…」

 スゥ、とラファエルの目から生気が抜けた。ルチアーノはまだ、その現実を受け入れられずにいた。どこか夢の中にいる様だった。そして、自責の念が胸を締め付ける。

「……どいつもこいつも、人の為に命をかける」

「!」

 不意に、ウィリアムの声がルチアーノの意識を現実に戻した。すぐそこに、冷たい目の死神が立っている。

「馬鹿みたいじゃないか」

「…………お前は……許さない……」

「それは昔からだろう」

 そしてウィリアムは、離れたところの廃材に寄りかかるアクバールへと目を向けた。

「君も冷たいものだね。いつもの偽善者ぶりはどこへ行ったんだい」

「偽善者とは失敬な。これでもきちんとワタシは心を痛めているのだよ」

「……どうだか」

 ハッ、とウィリアムは鼻で笑う。人の命を重んじない死神の心にも、アクバールの態度は気に入らなかった。アレは明確な闇だ。隠しもしない、開けっぴろげになっている闇だ。そういう所が、気に入らなかった。

「さて、仕切り直しだルチアーノ。……そんな壊れた盾は捨て置いて、己の身一つで戦え」

「……何だと」

 カチンと来た。怒りの篭った目を向けるルチアーノに、ウィリアムは冷ややかな目を向けた。

「君は少し優し過ぎるんじゃないか、殺し屋にしてはね。もっと冷徹になれよ、君は人間臭すぎていけない」

「……お前はアルヴァーロさんとは似ても似つかないな」

「……前は、そっくりだと言ってくれた覚えがあるのだけどね」

「それはお前じゃない」

「…………」

 不意に、ウィリアムはクスッと笑った。

「あぁ、そうだとも。……あれは偽の僕さ。ただの被り物だったとも。そこの神父に作られたね」

 アハハハと、彼は心の底から笑う。滑稽に思えて仕方がなかった。自分は今まで何をしていたんだ、と。下らない、下らない、下らない…………

「グラン‼︎」

「!」

 不意に倉庫の入り口から飛んで来た声が、ウィリアムの笑い声を断ち切った。声の主は入り口の明かりの中に立っている。それは、息を弾ませたローエンだった。

「……やぁ。遅かったじゃないか。もう帰ったのかと」

 普通のトーンで声を掛けるウィリアム。しかし、一方でローエンは怒った声で言った。

「お前……ふざけるなよ」

「ふざける?何を」

「お前の名前は、“グラナート・カテドラル”だからな‼︎」

「!」

「……俺は、そいつしか知んねェよ」

 ローエンは中へと歩いて来る。途中にいるアクバールやリアン、ルチアーノ達には目もくれず、真っ直ぐにウィリアム……いや、彼にとってはグラナートへ、歩いて行く。

「…………酷い格好だな。思ってた以上だ」

「そんな話をしに来たのかい」

「……嫌な予感はしてたんだよ」

「何がだい」

「グラナート」

 ローエンは力強く、言い放った。

「俺はお前の味方はすると言ったが、俺の知らない奴の味方をするとは言ってない」

「僕は僕だよ、ローエン。僕はどうなったって君の味方だって、言っただろう」

「……俺は、言ってない」

「…………僕を裏切るのかい、ローエン」

 その声は、寂しそうだった。ローエンは負けず、強い意志の篭った目で言う。

「ちゃんと答えろ。お前は誰だ」

「……僕は僕だよ」

「グラナート」

「違う」

「じゃあ何だ!」

 グラナートは、困ったような顔をした。

「……それは僕の本当の名前じゃないと、言ったろう?」

「クリスマスは」

「!」

「クリスマスは、どうするんだよ」

 ローエンの言葉に、グラナートはハッとした、その隙を突いて、ローエンは続ける。

「ジークは、お前を待ってる」

「……ジーク」

「ジークが待ってるのは、グラナート、お前なんだよ」

 ポロポロと、死神の中で何かが崩れ落ちて行く。あぁ、そんな、馬鹿な。そんなはずは。

「…………“ウィリアム”は、もうとっくにいない」

 彼は、フードを下ろした。その目から、もう邪悪な光は消えていた。

「な。グラン」

「……あぁ」

 二人は、入り口の方へと目を向けた。姿が増えている。見覚えのない男女が二人。一人は少年らしき姿と、もう一人は女だった。

「でも……僕は自分の過去にケジメをつけなきゃならない」

「分かってる」

「一緒に、戦ってくれるかい?」

 グラナートは、ローエンへと手を伸ばす。対してローエンは、その手を取った。

「勿論。当たり前だろ」

 二人は相対する。敵意を向ける三人の影に。

「……あぁ、何と。君は本当に生まれ変わった訳か」

 その一番奥に、アクバールが立つ。彼は残念そうに、白手袋をした手で顎を撫でた。

「……ありがとうアクバール。僕は君のお陰で変わった」

「君に礼を言われるなんて気持ち悪い。これなら悪態をかれている方が余程マシだね」

「君も大概僕に悪態をく」

「……君とは良い友人だと思っていたのだが、違った様だ」

「僕は昔から君の事が大嫌いだよ」

 にこやかに、グラナートは言う。柔らかな、邪の無い笑みだった。それを見て、ローエンは苦笑する。

「君もそっちにつくのかねローエン」

「ん?あぁ、約束したし」

 アクバールに言われ、ローエンはそう答える。

「そうか、残念だ」

 アクバールはただそう言って、引き止める事もしなかった。

 ルチアーノが立ち上がる。動かなくなったラファエルを抱き上げて、リアンの横に座らせた。

「…………お前はまだ持つな。ラファエルの隣にいろ」

「……あいよ」

 リアンはぼうっとした頭で答えた。動けそうにはなかった。自分も死ぬのか、とラファエルを見てそう思った。

「ウィリアムだろうがグラナートだろうがどうだっていい、俺はお前を許さない」

 ルチアーノは、グラナートを見据えてそう言った。グラナートは頷く。

「いいよ。僕だって許してもらおうだなんて思ってない」

「決着だ。ここで、終わらせる」

 ルチアーノは冷静になっていた。ローエンの乱入により、頭に登っていた血が引いた。カッとなって勝てる様な相手では無い。それは、あの瞬間に分かった。

「テオドラとハルは退がってろ」

「えー、僕もやりたいなぁ」

「…………」

 後ろの男女はそれぞれの反応を見せる。

「……ハル?」

 その名に、ローエンは反応した。どこかで聞いた……そうだ、警察のスパイ。

「君一人で二人相手するつもりかい」

 グラナートがルチアーノに言う。言われて、ルチアーノは「あっ」となった。

「もー、ルチアーノは気負い過ぎなんだよ」

 と、ハルがぴょんと前に出て来る。

「という事でお兄ちゃん、僕の相手してね」

「……そいつお前より歳下だぞ」

「あれっ、そっか」

「歳上⁈」

 ローエンが驚いて言うと、ハルは頷く。

「これでも28歳だよ。大きくなれなかったのはたまたま」

「お前……警察にいた奴だよな」

「ん?…………あぁ、そっかぁ」

 ふふふ、とハルは笑って言う。

「オルグレンさんをそそのかした悪い子は君かぁ」

「!」

 彼は強い、とそう確信した。見た目に惑わされてはいけない。あれは、まさに悪魔だ。

「さぁて、じゃあ遊ぼう‼︎お兄ーさん」

 グラナートはルチアーノと、ローエンはハルと、それぞれ相対する。因縁の戦い、その火蓋が、今こそ切って落とされた。


#52 END

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