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Strain   作者: Ak!La
47/56

第47話 浮浪の蛇

 夜のアザリアの街。外の空気は冷え切っていて、コートを着ていてもそれは肌へと染み込んで来る。

 白い息を吐きながら、ローエンはいつもの娼館の前に立つ。今夜から、ヴェローナが復帰しているのだ。ローエンも傷はほとんど治った。復帰祝い、と言ってはなんだが、しばらく来ていなかったこともあり、ローエンは今夜、ここを訪れた。

 ドアを開けると、外の寒さが嘘の様な暖気が肌に触れる。素早くドアを閉め、ローエンはエントランスに立った。

「あっ!ローエンだ!」

「本当だ!久し振りじゃない!」

 ラナとナターシャが彼に気付き、寄って来る。顔を見るのも随分と久しく思える。ローエンは笑って、答える。

「どーも。悪いね、しばらく来れなくて」

「本当よもう、寂しかったんだからね!」

「やっぱりローエンが一番よ、ほら早く早く」

 本音なのか建前なのかよく分からない事を言って、二人は個室へローエンを連れて行く。いつもの事なので、ローエンは楽な気持ちで引かれるがままについて行った。

「……ヴェローナは?」

「他の人の接客してるよ?」

「…………そっか」

 そういう日もあるか、とローエンが思ったその時。

「やっぱりすっごい人気者なんだねェ、ローエンや」

「!」

 後方から聞き覚えのある声がして、ローエンは立ち止まった。振り向いて、思わず顔が険しくなった。

「やぁやぁ、忘れちゃあいないよね?その反応」

「………リアン」

 情報屋。そして、蛇の……一員であろう男。そんな彼が、開いたドアの隣に、廊下を塞ぐ形で立っていた。

「………悪いね、お前の彼女取っちゃって」

 そう言うリアンの横、ドアの陰からヴェローナが顔を出す。少しばかりバツが悪そうだ。

「…………別に構わねェけど」

 良くない。本当は良くない。彼にだけは何だかヴェローナを取られたくない。何故だか分からないが、そう思っていた。

「ちょっとさ、話したい事があったんだ。……遊びに来たのを邪魔する様で悪いけど、ちょっち時間くれる?」

 と、リアンは笑って玄関の方を指差した。

「二人でサ」

「……………」

 嫌な予感だ。……だが、このままヴェローナとイチャコラ続けられるのも胸糞悪い。

「……分かった。…ゴメン、ラナちゃん、ナターシャちゃん、またね」

「えー」

「むぅー」

 ふくれっ面になる二人を宥め、ローエンはリアンの方へと歩いて行く。ヴェローナの横を通り過ぎ際、彼女に囁く。

「……何もされてないな」

「え?あ、うん」

 ローエンはそれには頷くだけで、そしてリアンと二人、寒い闇夜へ出て行った。




「……お前…前から思ってたけど寒くねェの」

「うんー?別に。年中これで平気よ」

「………」

「俺ちゃんあんまコートとか似合わんのよね」

 外に出て、ドアのすぐ横。二人はまずそんな会話を交わす。

「ヴェローナちゃんって本当に良いコだね、おじさん羨ましい」

「お前みたいなのには渡さねェよ」

「言ってくれるね、これでも俺、女のコには人気な方なんだけど」

「俺の方が上だから」

「………お前本当にムカつくなぁー…」

 って、そんな事話しに来たんじゃないよ、とリアンは手を振る。

「実は俺、今日はお前を待ってたんだ」

「……何でここで待ってんだよ」

「確実だから?」

「………」

「本題に入らせてくれよ」

「早く言えよ」

「……っ…」

 高圧的な言い方にリアンは返す言葉を無くし、一つ咳払いをして言う。

「………あんさ、お前、俺達の事探ったな?」

「!」

「いやいや、だからってすぐに取って食ったりゃしねェよ」

 警戒するローエンに、リアンは慌ててそう言う。

「その……何てェの?うーんと、どこまで分かってんのかなーって」

「………“お前ら”がアクバールの手下だって事」

「……“ら”って、あぁそう、やっぱ分かってんだ」

 ふーん、と軽い様子で言うリアン。ローエンは少しばかり拍子抜けする。

「いやね?ハルっちが探られてたって言うからさ。……誰かに頼まれたっぽい……って言ってたから、もしかしたらお前かなーって」

 首を傾げ、リアンは笑う。

「違う?」

 ここは正直に答えるべきか。……嘘は、簡単に見破られてしまいそうだと、ローエンは彼の目を見てそう思った。

「………そうだ」

「お、ビンゴー!そうかそうか、やっぱそうなんだ」

 嬉しそうなリアン。対して、ローエンは冷めている。

「で?ハルがやったって言う警官は死んだのかな」

「……さぁな」

「おっと、教えてくれないの?」

「知らねェよ」

 実際会っているのだから本当に知らない訳ではないが、どうでも良いという意味でそう言った。だから、リアンもあまり深くは追求して来なかった。

「あぁそう。ま、いーや。で、知ってどうするつもりだったんさ」

「別に」

「敵か味方か、まだ計りかねてるな。まぁ、少なくとも俺は仲良くしてたいんだけど」

 はぁ、とリアンはため息を吐く。

「俺ちゃんねー、実はそんなにあの神父さん事気に入ってないんだよね。ルチアーノは違うみたいだけど。仮にあいつがリーダーだから、俺達はそれについて行ってるって訳だ」

「………仮に?」

「あー、うん。もう知ってるんだろ、俺達には前にリーダーがいた。だが死んだ。俺達の見てないところで。………だから、直々にあいつが次のリーダーだとは言われてない」

「お前達で決めたんだろ」

「うん?まぁそうかな。俺達の中では一番、あいつが向いてたって事かな。自分ではそう思ってねェみたいだけんど」

 こんなに喋って大丈夫なのか、とローエンはなんだか心配になる。第一、彼の真意が読めない。一体何を考えてるんだ。

「……んで、ウィリアムにはよろしく言ってくれたのかい」

 急に声のトーンを下げて、リアンは言う。

「………死んだ男には伝えられない」

「そういう答えが返って来るという事は、お前は真実を知った訳だな?」

 リアンは笑う。そして、頭の後ろで手を組んだ。

「ま、俺はまだ直接会った事は無いんだけどねぇ」

「お前達はずっと、あいつの正体を知ってたのか」

「んー、そうだね。見つけてからずっと。顔は見たよ、けど会わせちゃ貰えなかったね。というか、正確には会わなかった」

「……?」

 ローエンが眉を顰めると、リアルは右の口角を吊り上げて笑う。

「会ったら、殺しちまいそうだったからさ」

「!」

「俺達は、あいつが憎い。分かるか?それこそ“家族を殺された”も同然さ」

「………」

「俺達は皆、アルヴァーロさんに恩がある。救われたんだ。だからその仇を討つ。何か筋の通らない事があるか?」

「無い」

「うん、だろ。だから俺達はウィリアムを殺したい。だがウィリアムはあの神父さんによって消されちまった。どうしたもんか」

「………?」

 何を言ってるのか、よく分からない。理解しようと、ローエンが考えている間にリアンは再び口を開く。

「俺ちゃんね、人から情報を聞き出すのは得意なんよ。特に女のコからなんかはね」

「……!」

「彼も時たまここに通ってんだろ?聞いたよ、グラナート・カテドラルの事は」

「だから……何だ」

「アレはもうウィリアムじゃない。別人だ。直接会った訳じゃねェが断言出来る。じゃなきゃ女なんか作るもんか」

 やれやれ、とリアンは首を振り、そして首を傾げて言う。

「直接見てるお前なら分かるだろ、“ウィリアム・ビアンキ”と“グラナート・カテドラル”は人格が乖離している。一種の二重人格みたいなモンさ。心当たりは?」

「…………」

 無い、と言えば嘘になる。しかし、あれは決してそういう類のものでは………。

 しかし、何か言う前にリアンは勝手に頷く。

「ある、と。オーケー、でも違う気がする。そうだな?」

「お前……心でも読めるのか?」

「人の顔色伺うのは得意でね。気を悪くしたのなら謝る。でも何か言ってくれなきゃ話が進まない。俺もそんなに時間は無いかんね。早くまたヴェローナちゃんと遊びたいし」

「ヴェローナはお前にやらねって言ってんだろ」

「やーだな、嫉妬?それは余裕の無い奴のする事なんじゃ無かったですかー?」

「…………っ」

 勝ち誇ったような顔のリアンに、ローエンは返す言葉を無くす。そう言ったのは自分である。

「娼婦だろ。体売るのが仕事だ。そんなに彼女が大事なら、辞めさせるんだな、この仕事」

「……お前が、気に食わねェだけだ」

「あっそ。嫌われてんだ俺。ていうかライバル宣言?そういや、まだ入籍してないよねぇ君達、もしかしたら奪っちゃうかも…」

 ローエンが右拳を、彼の顔へ鋭く突き出した。リアンは首を軽く曲げて避けると同時に、その首筋へナイフを突きつける。リアンは笑うと、茶化していう。

「怒ったらすぐ手が出る質?怖いね、元不良少年」

「………!」

「言っとくけど、スラムに行けばここなんかよりも、わんさかお前の情報は手に入る。有名人だね、羨ましい。誰もが恐れる悪魔さんや」

「てめェ……」

「喧嘩するなら相手になるけど、ここじゃあ嫌だな。目立つし。引っ込めるなら今だ。話もまだ終わってない」

 静かだが、威圧感のある声。さっきまでのと温度差に、思わず体が震えた。

「……分かった」

「ん。話が分かる奴で助かるよ」

 お互い、拳とナイフを引っ込めた。話を再開させようと、リアンは咳払いする。

「どこまで話したっけ?えーと、そうだ。今、ウィリアムはいなくてグラナートがいるって話。……俺達が殺したいのは別に医者のグラナートじゃない。アルヴァーロさんを殺した、殺人鬼のウィリアムだ。俺達は元々、奴を探してここへ来た。だが、先に神父さんに捕まり、ウィリアムとの間に壁を作られちまった。その隙にウィリアムは消え、グラナートが誕生した」

「……で?」

「俺達が復讐を果たすには、ウィリアムを取り戻さなきゃあならない」

「………つまり、どうしたい」

「どうもこうも。とりあえずお前との会話で、あいつが別人になってるってのを確かめたかったんだ。……けどなぁ、ここまで喋っちったからにゃあ少しは協力して貰わんと」

「そっちが勝手に喋ったんだろうが」

「そうだけど?」

 悪びれもなくしれっとして言うリアン。ローエンはまたキレそうになるが耐える。

「……質悪いなお前」

「よく言われる。さて、という訳でお前にはウィリアムを呼び戻すのを手伝って欲しい」

「…………は?」

「奴の中に眠る、元の人格だよ。普段の状態だと無理かもな。戦闘中とか、名前を呼んでやるだけでいい」

「……何言って」

「簡単だろ?呼ぶだけだ。『ウィリアム』と」

 リアンは肩を竦める。

「ルチアーノ曰く、戦闘時とその前後は、奴の精神は不安定になってる。神父さんが仕立てた人格が、剥がれかけるんだ。その隙を突く」

「………俺が協力すると思うか」

「どうかな。まぁ自由かな。じゃあここで消えとく?」

「!」

「なんてな。そんな事したら多分、俺が神父さんに消される。大事な駒を壊されんだから」

 後半の言葉を、リアンは挑発気味に言う。手を出させたいのか。もしそれなら、正当防衛という事に出来るからか。

「まー、俺も正直出来るだけ女のコ傷付けるような事はしたくないし…あ、お前じゃねェよ?お前の事が大好きなコ達」

「………」

「あのコ達に非は無いもんね。まぁ、やるべき時には仕方なくやるよ?直接はやらないけど、間接的に傷付けてしまうのは時には仕方ない」

「……じゃあ」

「じゃあ?」

「協力しなくても何とも無いんだな」

「保証はしない」

「………俺は、友達を売るような事はしない」

「ほへぇ、そうか。まぁいいや。んじゃ一つだけ条件付けさせてくんな」

 軽いな、とローエンは思い、そして警戒する。しかし、それは案外簡単なものだった。

「今俺と話した事、誰にも言うな」

「……は?」

「俺も誰にも言わね。内容はね。情報屋は秘密は売らない」

「………本当かよ」

「何でもかんでも売るような質の悪い情報屋じゃねーの、俺は。人格の質は悪くても」

「………」

「お前も分かるだろ、こういう人が関わってくる仕事の事は」

「……依頼人の事はターゲットに話さない」

「そそ。それと似たようなモンさ。良かったね、俺が真面目な情報屋で」

「信用していいのか」

「そこは勿論。情報屋としての俺は中立だ」

 ニ、と笑ってリアンは答える。

「てな訳で。俺結構お前に情報売ったよね?」

「!」

「でもねー、お金で貰うんじゃつまんないかな。だから、ね、今晩だけヴェローナちゃん事貸して」

 ねっ、とリアンはウインクして両手を合わせる。……そうお願いされても困る。

「悪いようにはしないって」

「………今日あいつ復帰したて…」

「知ってるよ、だから来たんだもん」

「………」

 ヴェローナに会う為か、それともローエンに会う為か。何にせよ……ヴェローナが拒否していないようなら、自分が止める権利も無いような。

「……分かった」

「さんきゅー!んじゃまた何か欲しい情報があればどうぞ、今度は金で貰うよ」

「…じゃあ」

「ん?」

「お前……『仲間の情報売れ』って言われたら売るか?」

 ローエンがそう言うと、リアンは一瞬きょとんとして、そして頭を掻くと困った様に笑った。

「……それは、“情報”じゃなくて“秘密”だから、無理かな」

 ローエンは大きなため息を吐く。

「……………そうか」

 真面目な情報屋か、確かにな。と、ローエンは思った。彼は一見して隙だらけだが、そんな事はない。むしろ、わざとそういう風に見せているのだろうか。だとしたら、敵としてはなかなかに厄介な相手である。

「さ。お前も続き楽しんで来たら?邪魔して悪かったね」

「……あぁ、いや、もう今日は帰る」

「ん?そう。……なんか悪いな」

「別に」

 ラナもナターシャも人気の娘だ。もう既に他の客をとっているかもしれない。

「お前も行くなら早く行け。ヴェローナなんか人気No.1だからすぐ他のにとられるぞ」

「おう、さらっと彼女自慢?大丈夫大丈夫、また戻るって約束したし」

「………」

「も、勿論お前がダメって言うならキャンセルはしたよ!」

「………はぁ」

「な」

「いいよもう、張り合うの疲れた」

「……ん?」

 と、くるりと踵を返すローエン。

「ただし、覚悟はしとくんだな」

「え?何」

「まぁ、やってみゃ分かるんじゃね」

 スタスタと帰路についたローエン。リアンは唖然としたまま残される。

「………何を、か、ちゃんと言えよ」

 頭を掻いて、リアンはため息と共に娼館の中へと戻って行った。




「まぁ、悪くはなかったわね」

 翌日昼、ヴェローナの家。ローエンは遊びに来ている。テーブルに向かい合わせに座り、二人の間には二つのコーヒーカップが。

「40代にしては元気だわねあの人。あんたとはまた別の感じでこなれてる風だったわ」

「……あーそ、退屈しなかったんならいいや…」

「何よ、あんたにしては珍しく妬いてんの?」

 机に突っ伏し、顔だけ上げているローエン。別に、と目を閉じる。

「妬いてない」

「………妬いてるでしょ」

「ない」

「あっそ……可愛くない」

「可愛くなくて結構」

 心配して損した、とローエンは内心思う。普通か。普通だろ。普通に客取るのと変わんねェじゃん、と、そう自分に言い聞かせる。しかし何故だかモヤッとする。

「あ、でも」

「ん?」

「あんたに比べるとちょっと物足りなかったかな」

「………」

「帰る時あの人ヘトヘトそうだったし」

「……………」

「まぁ、大抵の人はそうなんだけどね」

(……よっしゃー‼︎)

 机の下でガッツポーズ。顔は真顔である。

「そうだよなー、俺何心配してたんだろ」

「心配?」

「……いや、何でもない」

「やっぱり妬いてたの?」

「違うって」

「…………」

 ヴェローナは徐ろにローエンと目線の高さを合わせると、その額を細やかな人差し指で小突いた。

「あんたが特別に決まってるじゃないの」

「!」

「ね、リタ。私は裏切らないわ」

「………俺、そんな事心配してない」

「嘘ばっかり」

「本当だよ」

 しかし、ローエンは少し考えてから、同じ目線の高さのまま笑った。

「……ありがとな」

「礼を言われる程の事じゃないわよ」

 ふふ、とヴェローナは笑い返し、しばらく二人はそのままでいた。


#47 END

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