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Strain   作者: Ak!La
45/56

第45話 忘れ物

 静かな病室。心音を示す穏やかなテンポの電子音と部屋の中にいる人間の呼吸音だけがこだまする。

 ベッドの上で寝ているのはダミヤ。長い髪を解かれ、酸素マスクをつけられて横たわっている。その目はまだ開かない。

 その傍らに、エリオットとアナスタシアは座っていた。自分達の上司が心配で離れられない。なんとか一命は取り留めたものの、この病室に入ってから一度も目覚めていない。麻酔ならばとっくに切れているはずだ。

「………この資料…アニーが持ってた分は無事だったけど」

 と、エリオットは穴が空いて血のついた資料を手に言った。ダミヤの服に入っていたものだ。

「誰に渡すつもりだったんだろう?」

「分からないわ」

 携帯を見れば何か分かるかな、とは思ったが、パスコードのせいで見られなかった。第一、あまり覗き見するのは良い気持ちではない。

 ここはアザリア内の警察病院である。警察署からはすぐ。他にも怪我をした警察官が入院していたりする。

 アナスタシアは、自分が持っていた方の資料を出した。通称“スネーク”。ダミヤを追い込んだ彼は、「惜しい」と言っていた。名前は“スネーク”に近い何かだという事か。…だが、別物だとも言っていた。それが少し気になった。

「………なんだかモヤモヤするね」

 エリオットが言った。アナスタシアは頷く。

「何が何だか分からないもの」

「“スネーク”がハル・レニなのか、ハル・レニが“スネーク”なのか……」

「?」

 エリオットの呟きに、アナスタシアは首を傾げる。何を言っているのだろうと怪訝な顔をしていると、エリオットは答える。

「ええっと…“スネーク”は人なのか組織なのかって事…」

「あぁ、そういう事」

 一人ならばどうしてスパイなどしていたのか。とすれば、組織だと考えた方が自然だ。

「もっと上がいるわね。………あの人、誰かに警察の情報流してたんじゃないかしら。情報課のトップだなんて……」

「あり得るかも」

 彼はあの後、警察から姿を消した。訳は既に署長にも話してある。“スネーク”の事は、瞬く間に署内に広がった。今日中にも、指名手配が出されるだろう。

「………とにかく、班長が目覚めてくれないと僕達は…」

「……まだまだ未熟よね、私達」

 新米だから仕方ない、そう言ってしまえば終わりだ。だが、そんな言葉には甘えたくなかった。それではいつまで経ってもきっと………ダミヤは自分達を信頼してはくれない。

 と、その時、カツカツとヒールの音が近付いて来た。足音は病室の前で止まると、静かにドアを開けた。

「!」

 立っていたのは女性と、15か16くらいの少女だった。二人は彼女達に見覚えはなかった。

「………あの?」

 アナスタシアが立ち上がり、声を掛けると、女性はぺこりと頭を下げた。

「……いつもうちのがお世話になってます」

 少し変わったイントネーションだった。だが、聞いた事がある、そう……ダミヤの口調と同じような。

「あなたは?」

 エリオットが訊くと、女性は顔を上げ、答えた。

「レーニャ・エイマーズと申します。ダミヤの…元妻です」

 それを聞いた二人は顔を見合わせ、そしてほぼ同時に大きく息を吸った。

「「……………ええぇぇぇ⁈」」

 ここが病室である事も忘れ、二人は腹の底から驚く。しかしすぐにハッとして、目の前の女性にも失礼だという事に気付いて口を抑えた。

「………す、すみません、そんな話一度も聞いた事が無かったので」

「班長結婚されてたんですか⁈」

 アナスタシアとエリオットは頭が混乱していた。元、と彼女は言った。つまり、今は違うという事だ。

「10年前に別れました。………でも、署長さんから連絡を頂いて」

 と、レーニャは眠るダミヤの顔を見た。

「もう忘れようと思っていたのだけど……」

 その顔はどこか懐かしそうで、悲しそうだった。

「ごめんなさいね。突然やって来て」

「いえ!こ、こちらこそ驚いたりして…」

 アナスタシアが赤面してそう答えると、レーニャはくすりと笑う。

「あなた達は?」

「あ、えっとオルグレン班長の部下のアナスタシア・セリンです」

「同じくエリオット・アーチボルトです。お世話になってるのはこっちの方で…」

「……そう。部下を貰うくらいになってたのね、この人」

 その言葉に潜む、何か複雑なものを二人は否応なく感じ取った。そして確信する。この二人が別れたのは、仕事が原因だったのだと。

「こんな危険な仕事、辞めてしまえば良いのにと思ってました。私と娘を置いて、なかなか帰って来ないものだから」

「……」

「あなた達は?怖くないの?」

 優しい声で、レーニャはそう二人に問うた。私は間違ってない、という確証を求めるように。

アナスタシアは手を握りしめ、答えた。

「……怖くないわけではありません。……でも、やりがいのある仕事だとは思ってます。辞めたいとは思いません」

「僕もです」

 エリオットも、立ち上がって答えた。すると、レーニャはまた悲しそうに笑って、言った。

「……少し、私達だけにして下さる?」




「お母ちゃん」

 傍らに立っていた娘が、二人と寝ているダミヤだけになってようやく口を開いた。

「あたし、お父ちゃんの顔忘れてた」

「……あんたが最後に会ったん6歳の時やもの」

 レーニャはそう言う。年頃の娘は、不思議そうな顔でダミヤを見る。

「でも、何か懐かしい感じがする」

 父らしき男と共にいた記憶は朧げにある。だが、今までその、記憶の中の顔は高い位置にあって、様相も思い出す事は出来なかった。

「………何でおるん」

「!」

 唐突に聞こえた男の声。見れば、ダミヤが目を薄っすらと開けていた。しかし目線は、彼女達の方には向いていない。

「………目覚めて一言目がそれ?」

「誰が呼んだん」

 ダミヤの声は不服そうだった。酸素マスクのせいで、声がやや篭っている。

「署長さん。………ロジーが、会いたいって言うから」

「………」

 ゆっくりとダミヤは娘、ロジーの方へと目を向けた。そして、マスクを外して体を起こす。

「無理したらあかんよ」

「今さら心配せんでえぇねん、もう赤の他人やろ」

「あなた」

「指輪も壊した。……なんも繋ぐもん無いやん」

 まだ、じんわりと体が痺れているようだった。解毒剤は打たれているので、もう死ぬような事はないだろうが。

「……ロジーなんか俺の事覚えてへんやろ」

 と、ダミヤは皮肉げに笑う。成長した娘の顔。もはや忘れかけていた面影が、その中にはあった。ロジーは頷く事は出来なかった。それでは、あまりにも……………。

「どうせ俺の今の姿を笑いに来たんちゃうんか。『ほれ見ぃ、言わんこっちゃないっ』て」

「ちゃうわ」

「帰ってくれんか。正直言って迷惑やわ」

「そんな言い方せんでええやん!」

 思わずレーニャは大きな声を出した。

「………捨ててったんはお前の方やろ。さっさと俺の事なんか忘れて、新しく男見つけた方がええやろうに。阿保みたいに一人で頑張っとったんか。被害者面したいんか?」

「なっ……」

 ショックを受けたレーニャ。ダミヤも少し言い過ぎたと感じ、彼女から視線を外して、自身の足元へと目線を向ける。

「……喧嘩しに来たんやないの。何でそんな風に言うん」

「今さらどの面提げて来とんねん」

 気怠さに耐えつつ、ダミヤはそう悪態を吐く。

「………帰ってくれ」

「私はええから娘と少しは話そうと思わんの」

「……………」

「ダミヤさん」

「……頼むから帰ってくれ」

「!」

 小さなその声は、泣き出しそうだった。レーニャは思わずロジーの手を引き、病室を出ようとする。

「………お父ちゃん」

「…!」

 ロジーの声に、ダミヤはびくりと反応した。だが、そちらを向こうとはしなかった。

「また、会いにきていい?」

「………勝手にしぃ」

 来るな、とは言われずロジーは少し安心した。今度は一人で来よう、と密かにそう考えていた。

 ガラガラと病室の引き戸の音を立て、二人は出て行った。残されたダミヤは、再びベッドに横たわった。気怠さは抜けない。まだしばらくは安静にしていた方が良いのだろう。

「班長!」

 ガラガラガラ‼︎と勢いよく扉が開いた。言わずもがなエリオットとアナスタシアである。

「………やかましなぁ」

「目覚めたって奥さんから聞いて。あっ、奥さん…じゃなかったですね」

 エリオットがしまった、と言うような顔をして口を抑えた。

「……話したんか?」

「オルグレン班長が目覚める前に、少し」

 と、そう言うのはアナスタシアである。ダミヤはハァとため息を吐く。

「………まぁええわ。…すまんな、心配かけて」

「まだ、起き上がれませんか?」

「いんや……でもちっとまだ怠うて」

「そうですか……無理はしないでくださいね」

 アナスタシアは心配そうに言った。ダミヤは苦笑し、ヘッドボードに寄りかかるようにして座った。

「レニはどうなったん?」

「あぁ…ええと、あのまま行方不明で。指名手配されるみたいですよ」

 エリオットが答えると、ダミヤは頷いた。

「そぉか。……また来んのかな」

「どうでしょう……それにしても班長、どうしてあの情報が必要だったんですか?」

「………んー、やっぱ気になるわなぁ」

 困ったように頭を掻き、ダミヤは少し考える。言うべきか言わざるべきか。出来るだけ部下の二人は巻き込まないでいたかったが、どうもそんな悠長な事は言ってられないようだ。

「………実は……ディアボロのんに頼まれて」

「……えっ」

「リタ・ローエンですか⁈」

「それ本人に言うたら殺されんで。ほんま」

 驚く二人に、ダミヤはため息混じりにそう言った。

「い、いつの間に」

「ついこないだや。急に電話で呼び出されて。……あれ、もしかするとアイツの言ってたスパイてレニの事なんかな」

「……彼、何か知ってたんですか?」

「警察内部にスパイがいるかもしれんとしか。本人も確証は無かったみたいやし……待てよ、となるとレニは例の神父と何か関係あるいう事か………?」

「?……どういうことです?」

 首を傾げるアナスタシア。エリオットも何だかよく分からない。ダミヤが勝手に一人で話を進めてしまっている。

「んー……変に話拗れさせたぁないしな。今はちょっと置いとこか、その話は」

「だから何なんですか…」

「まぁええ。つまりやな……その……セリン、もう片方のは無事やんな?」

「あ、資料ですか?えぇ」

「それを……ローエンに届けたらなあかんねん」

「えっ、あ、会うんですか⁈」

「……やから俺一人で行くつもりやったんや」

「あ、危なくないですか………⁇」

「それは心配いらん、サシでやりゃ俺が勝つし」

 しかしそれは万全の状態で、だ。今すぐでは少々不利ではある。……まぁ、そもそも戦う気など無いのだが。

「んで引き換えに、神父の情報をくれる言うて。……でもそうやな、他にも訊きたい事は出来た」

 急ぎでは無いだろうから、一日二日は休んでも構わないだろう。弱った状態でスラムに行って、襲われたりしては元も子もない。

「俺はちょいと休むわ。元気になるまで、お前らはしっかり訓練しとき」

「………はい」

「あの、オルグレン班長」

「なんや、セリン」

 アナスタシアは少し躊躇ってから、思い切って言った。

「私達も、一緒に行きます」

 ダミヤは少し驚き、そして笑う。

「………しゃあないな。なら、なおさら頑張り」

「はい!…行くわよエリオット、こうしちゃいられないわ」

「えっ、今から⁈」

「当たり前よ」

「えっ、えぇぇ…」

 アナスタシアに引きずられるようにして、エリオットは病院を出て行った。

「無理はせんときやー」

 静かに閉まったドアの向こうへ、ダミヤはそう声を掛けた。

「……張り切ってもうた。ま、当たり前か……」

 二人を信頼していない訳ではない。だが、心配なのは事実だった。そもそも班員を持つことが今回初めてなのだ。今までは部下側であったり、あるいは単騎での行動が当たり前だった。未熟な二人を……どう育てていいものか、ダミヤはまだよく分かっていない。

(……えぇ大人なんやし、放っといてもある程度は育つんやろうけど)

 後輩の育成は先輩の務め。変わり者と言われる自分について来てくれる存在、そんな彼らを、現状自分は突き放してしまっている。

(………やっぱり信頼出来てへんねや。俺は)

 信頼するには………やはり、彼らに強くなって貰うしかない。しかし、それには一体どうすればいいのだろう?

「…俺、剣の稽古ぐらいしかつけてやれへんで………」

 銃の扱いならアナスタシアの方が上だろう。なら、自分には一体、何が出来るのだろう。

 病室で一人、ダミヤは思案する。己への課題。今回の事で分かった。やはり、仲間は大事なのだと。一人では、あのまま死んでいたに違いないのだ。

(俺ももっと、強うならな)

 上には上がいる事を思い知らされる。遊びではない。命のやり取りをしているのだ。敗北は死を意味する。負ける訳にはいかない。

(……寝よ)

 とにかく、今は体を治す事が先決だ。焦ってはいけない。ズキリズキリと、傷が痛み始めていた。

 体を横たえ、目を瞑る。疲れがどっと押し寄せて、彼はそのまま夢の中へと落ちて行った。


#45 END

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