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Strain   作者: Ak!La
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第44話 朽ち縄の足跡

 カタカタカタカタと、パソコンのキーボードの音だけが広い部屋に響く。

 アザリア警察署内の情報課に属する部屋、データベースにアクセス出来るパソコンが置かれている場所だ。情報課に申請さえすれば、署内の人間なら誰でも使うことが出来る。

 一台のコンピュータの前に、アナスタシアとエリオット、そして二人の後ろからダミヤがその画面を覗いている。他にもたくさんのパソコンが置かれているが、今は他に誰もいない。

「………レニの奴もケチやなぁ、三台分許可出してくれりゃええんに」

「班長が一人でレニさんの所行ったからじゃないんですか」

「……んー、まぁ、それもそうなんかな」

 エリオットの言葉に、ダミヤは首を傾げた。何だかそれだけでは無いような気がする。あの反応、絶対何かある。

「オルグレン班長」

 ずっと画面に向かっていたアナスタシアが伸びをしてそう言った。

「何や」

「“蛇”で検索かけたところ、14件ヒットです」

「14?」

 画面上に並ぶ見出し。大抵は人が野生の蛇に襲われたとか、蛇を飼っていた人が蛇に襲われたとか、そういう事故のファイルだった。

「…………ほとんど関係なさそうやな…ん?」

 と、ダミヤは一番下のファイルを指差した。

「これは?」

「“スネーク事件”?」

 ぽち、とファイルを開くと、その中にはさらに10件以上もの事件が並んでいた。どれも例外なく殺人事件である。

「どれも未解決やんか」

「犯人が見つかってないんですかね?」

エリオットが言う間に、アナスタシアが時系列順に並んだ一番上のファイルを開いた。

「………一番古いのが…30年も前ですか」

「俺もまだ署におらんやん」

 日付の下に、事件の詳細が書かれている。載っている写真は血に塗れた屋敷のもので、白い壁に大きく血であの蛇のシンボルが描かれている。

「酷いモンやなぁ…」

「『マフィアグループ・ベルーノファミリー壊滅、生存者無し。目撃者も無く証拠も残されていない。犯人の究明は不可能。残されているのは蛇のシンボルのみ。我々はこれをプロの殺し屋の犯行と見ている』…と」

「こんだけ派手にやって証拠も無しかいな」

「単独犯か、複数犯かも分からないって事ですかね」

 アナスタシアは言いながら、次のファイルを開く。同じように、壁に蛇のシンボルが残されていた。死体の状態を写したものもあり、その有様に気分が悪くなりかけたアナスタシアは次へ次へと開いて行く。どれも同じように壁や床に血で蛇が描かれていた。

「これが最後ですか……19年前ですね。コリス一家惨殺事件。『富豪一家が何者かにより惨殺。壁に蛇のシンボルが描かれ、一連の事件と同じく“スネーク”による犯行と見られる。コリス夫妻と使用人5人が死亡、息子一人が行方不明』……?」

「そいつが生きてるんやったら、手掛かりになるんやけどな…」

 コリス夫妻の顔写真の横に、幼い少年の顔写真がある。プラチナブロンドの、赤紫色の目をした白い肌の子だ。髪と肌は母親、目は父親譲りのようである。

「……当時5歳ですか。今生きてたら24歳…ですかね。捜索を指示すればすぐに見つかりそうですけど、班長」

「んー、まぁその子についてはおいおい調べるか。その…事件が途切れた辺りで何か事件無いか?」

「え?……あるにはあるでしょうけど」

 と、言われてアナスタシアはその日付から前後半年、合わせて一年の間に起こった事件を検索した。当然ながら、掛かった事件は数百件に登る。

「……これ全部見るのは無理ですよ」

「…とりあえず殺人事件に絞ってみぃ」

「えぇ、はい」

 まだ、何とか見られそうな数に減った。ほとんどが殺人以外の事件だったようだ。上から開いてみ、とダミヤが言うのでアナスタシアは言われた通りにする。

「未解決は?」

「ええと……スネークのとあと何件か…」

 さっき見たもの以外の未解決事件のファイルを開く。まだ犯人の捕まっていない強盗殺人、犯人不明の爆弾事件……その他殺傷事件。

「ちょっ、今の戻れ」

「え?な、何ですか」

 ダミヤが慌てて止めたので、アナスタシアは一つ前のに戻した。とある一家が殺された事件。被害者の写真が載っている。家族写真の切り抜きらしい。良い笑顔で夫婦と息子が一人ずつ載っていた。

「……ビアンキ一家殺傷事件。犯人は当時16歳の長男…?」

 載っていたのは同じように家族写真から切り取られたと思われる幼い少年である。恐らく16歳より以前に撮った写真なのだろう。……しかし、ダミヤはその風貌にはどこか見覚えがあった。

「…と見られているが、その行方は未だ掴めていない」

 ダミヤに続いてアナスタシアはそう言った後、彼女は彼が何やら神妙な顔つきをしているのに気付いた。

「………オルグレン班長?どうしたんですか?」

「…セリン、アーチボルト、この顔なんか見覚えないか」

「え?この少年ですか?」

 白に近い銀髪と、笑顔で細められた紫色の瞳。無邪気な子供の顔である。しかしふと、アナスタシアとエリオットの脳裏にある顔が浮かんだ。

「!………“ホワイトリッパー”!」

 エリオットが思わず小声でそう叫んだ。特徴が一致している。アナスタシアも頷きつつ、しかしその写真の下に書かれた名前に首を傾げる。

「………でも彼の名前、こんなでしたか?」

「…いや、グランってロー…ディアボロは呼んでたで」

「まぁそれは通称だとしても………この名前は違うんじゃないですか」

 アナスタシアが指差す先。少年の写真の下に書かれた名前。

「だってこの子、ウィリアム・ビアンキって名前ですよ?」

「……この事件20年前やろ。今生きてたら36歳や」

 ぼうっと三人はグラナートの顔を思い浮かべる。…しかし、記憶の中にある彼は、30代半ばの様には思えない。

「………正確な年齢は分からんけど、可能性は無くは無いやろ」

「班長、よく覚えてましたね」

 エリオットが言うと、ダミヤはふん、とため息を吐く。

「一度剣交えた奴は忘れへん」

「僕は怖くてあまり顔見てなかったので…」

 えへへ、と言うエリオットの横で、アナスタシアも私もです、と正直に言った。

「よし。じゃあさっきのんとコレ、プリントアウトしとこか」

「これも“スネーク”と関係あるんですか?」

「………さぁ。でも一応な」

 ローエンなら何か知っているかも、という少しの期待があった。付き合いは深そうに見えたし、聞き出すにも既にそういう交換条件を出している。あの神父の情報の他にも、この事件の情報と交換に聞き出そうという訳だ。

「予備で2枚ずつな。とりあえず1セットは俺が持っとくし」

「じゃあもう1セットは私が」

「ん」

 と、ポチポチとアナスタシアはクリックして無線経由で部屋のプリンターへとデータを送信した。間も無くして資料がプリントされて来る。

「そんじゃ。俺ちょっと出掛けるわ」

 資料を1セット手にしたダミヤは、ひらりと手を振って部屋を出て行った。

 アナスタシアがパソコンをシャットダウンしていると、去って行く班長の背中を見送るエリオットが呟く。

「……班長、何でこんな事調べてたんだろう」

「さぁ。オルグレン班長って時々何考えてるか分からないのよね」

「一人でどこか行ってしまうし」

「…………あの人、私達の事邪魔なんじゃないかしら」

 アナスタシアがそう言うと、エリオットは首を振る。

「それは違うと思うよ、だって僕がいくらヘタレでも……班長は応援してくれるし。大体、班長はそんな事思う様な人じゃないし」

「でもすぐに単騎で出掛けるわよ?」

「……それは……僕らの事を心配してるんじゃ」

「………私達だって警察官なのに」

 パソコンのファンが静かになった。画面も真っ暗だ。シャットダウンが終わったようだ。

「ねえアニー」

 エリオットは、立ち上がるとアナスタシアの肩に手を置いた。

「班長を追いかけない?」

 アナスタシアはエリオットの顔を見て、それから立ち上がって頷いた。

「そうね。………黙って見てるなんておかしいもの」

 エリオットも頷いて、二人はダミヤの後を追って部屋を出て行った。




 ダミヤは一人、外に出ていた。警察署のすぐ裏である。そこはさほど広くは無い。ゴミ置場があるだけで、あとは敷地の区切りであるフェンスがあるだけだ。その向こうは細い道である。資料は折り畳み、茶封筒に入れて上着の内ポケットに入れてある。煙草を出し、火をつけて咥えた。ひと気の無い空間に煙を吐き出し、そして携帯を出した。ローエンに連絡する為である。

(………今出れるんかなあいつ)

 そんな事を思いながら、電話帳を開く。彼の携帯にはそれほど番号は登録されていない。Lの欄を開くと、そこにあるのはたった一つ、Lita・Lohenという名前しかない。

 と、その名前を押そうとした時、不意に気配を感じたダミヤは腰に差していた刀を抜いた。

「!」

 ギィン、と刃が何かを弾く。音からして金属製のものだ。くるくると、ダミヤの目の前に何かが、否、誰かが着地する。

「……何かそんな気はしてたわ」

 ダミヤは刀を振り払い、携帯をポケットにしまった。その目は鋭く細められている。

「………流石と言うか何と言うか。その剣さばきと勘の良さには感服せざるを得ませんね」

「やっぱりあの蛇のマークと関係あるんやな、レニ」

「ふふ」

 ダミヤの目の前に立つのは小柄な男、警察の制服を着たハルであった。その手に握られているのは大きめのナイフである。

「思ってたより辿り着くのが早かったので焦りました。残念です。何も知らないままでいればこんな事もしなくて良かったのに」

「………お前…よう喋るんやな」

「元からそんな無口じゃないですよ。まぁ、でも余計な事を喋らない様にと気を付けてたから、いつもよりは喋らなくなってたかも」

 ハルは眼鏡を外して胸ポケットに差した。茶色い瞳が、残忍な光を浮かべる。

「…すみません、僕達の為に消えて貰います」

「そんな事したってすぐバレんで、そしたらお前はもうココにはいられへん」

「あなたがさっきの一撃で死んでいれば問題は無かったんです。僕がやったとは誰も思わない様には出来ますから」

「…………ほぉ?」

「警察はそこまで優秀では無いので」

 ニタ、とハルは笑う。それは、今までの彼と本当に同一人物かと疑う様な、暗い笑みだった。

 ざ、とハルの姿が消えた。ダミヤは勘を頼りに刀を振るう。すると刀はハルを捉え、そのナイフと共に小さな体を吹き飛ばした。高い剣戟が響く。ハルは空中で体勢を立て直して身軽に着地する。

「………お前…意外と動けんな」

「今の立場はただの隠れ蓑だよ。警察の情報も手に入るし、ある程度情報もいじれるし。便利だったよ」

「!」

「でも流石に資料消すのはバレるからさぁ」

 明らかに、彼は今、別人だ。二重人格か、とダミヤはそう思った。

「面倒なやっちゃな」

「出て来るのは久し振りだから。うずうずしちゃうね。君の事はずっと見てた。強いんだとは聞いてたよ?表の僕はそこまで好戦的じゃないけど、僕は違う」

 ハルが思い切り地面を蹴り、ダミヤへと跳ぶ。全体重を乗せた一撃、受けた刀ごと、今度はダミヤが吹っ飛んだ。

「うっ!あでっ」

 ゴロゴロと転がり、フェンスにぶつかった。頭を抑え、起き上がるダミヤへとハルが飛び掛かって来る。

「うぉっと!」

 慌てて飛び退く。フェンスの網に勢いよくナイフが突き刺さり、ガシャン‼︎と大きな音を立てる。

「………体ちっこいのにえらい力やのぉ」

「えへへ」

 隙の出来た彼に斬りかかるダミヤ。ナイフはまだ網の間、とった、と思ったがハルは素早くもう一つ同じ型のナイフを出してその刀を受け止める。

「んのっ…!」

「こんな事で隙作る程馬鹿じゃないですよぉ」

 表人格の口調。一瞬だけ、ハルの表情が明るくなった。が、次の瞬間ダミヤは腹を蹴られ、倒れた。

「‼︎………ガハッ…!」

「あれれぇ、思ってたより強くなぁい……きったいハズレだなぁ」

「……っ」

 何とか起き上がるダミヤ。だが、思った以上にダメージは大きい。

(…アカンわ、コイツはあれやな、生まれながらの殺人鬼や)

 死すら覚悟した。まだ動けはするが、一人では長くは持たない。

 ふらつきながら立ち上がり、刀を構える。ハルを見据え、鋭く息を吐き出した。ここでたおれる訳には。落ち着け。自分は幾度となく窮地を乗り越えて来た。

「………調子乗んなや」

「僕に一撃当ててから言って?」

 ハルの手には二本のナイフ。実質二刀使いである。

(……苦手やなぁ、やっぱ)

 心の中でため息を、しかし表にはその弱気な気持ちを出さない。ダミヤの先制。痛みを堪え、横薙ぎに刀を振る。ハルは避けるが、間髪入れず斜め上に刀を返す。その一振りが、ハルの前髪を掠めた。

「わ」

 最後に縦に振り下ろした。後ろに下がったハルは、少し切れた前髪を摘んだ。

「………やーんなっちゃうなぁ」

「ちょこまかと動き回るからや」

「……辛そうだね?早く終わらせてあげるよ」

 息を切らしたダミヤを見て、ハルは笑う。彼の手でキラリとナイフが光った。カチャ、とダミヤは刀を構え直す。

(情けないわ、ほんま)

 刀がいつもより重く感じる。こんな、こんな若造に敗れるほど自分は弱くないはずだ。そう己に言い聞かせ、奮い立たせる。

 気合いと共に再び踏み出す。二度打ち合った後、足払いをかけられた。後ろに転んだその隙に、ハルのナイフがダミヤの左肩を貫く。

「ああぁぁッ‼︎」

 防刃服を貫く一撃、深々と突き刺さった刃にダミヤは思わず叫んだ。

「立ってるのもしんどそうなのに、頑張るねぇ」

 刀を握っていた手首を踏まれ、刀が落ちる。そのまま蹴飛ばされて、刀は手の届かない所へ滑って行った。

「………っ!」

「でももう終わりだよね?これじゃあさ」

 ハルのナイフを持つ手を握り、ニッ、とダミヤは笑う。

「嫌やわ、こんなトコで終わりとうない」

「……どうして笑ってるの…?」

「諦めは悪いねん、死なへん決めたら俺は死なへん」

 ハルがピクリと眉を動かした。気に食わない、というようにハルは歯を軋ませる。

「……ムカつくなぁ…現実見えてないの?絶体絶命じゃん」

「分からへんで」

「!」

 不意に、何かを感じたハルはそこから飛び退いた。直後、銃声が。

「……オルグレン班長から離れてください」

 銃を構えたアナスタシア。その後ろには、エリオットの姿が。

「………ほらな」

 ダミヤは笑う。しかし、安心するにはまだ早い。

「班長!ご無事ですか!」

 エリオットがそう叫ぶ。だが、その足は竦んでいるように見える。

「………阿保。まぁ、でもよう来てくれた」

「わざわざそっちから出向いてくれるとはね。手間が省けて助かる」

 やれやれと、ハルは首を横に振る。人が増えた所で、彼は微塵も危機感を感じていない。

「セリン、アーチボルト、しっかりしぃや」

「それはこっちのセリフです!」

 アナスタシアは銃を構えたまま叫ぶ。エリオットは思わず動けないままだ。しかし、彼はハルを見据えて言う。

「………レニさん、スパイだったんですか」

「スパイ?まぁ、そういうものかな。そういうものだね」

「どうして!」

「スパイにどうしてもこうしてもあるもんか、僕は元から警察の味方じゃないもの」

「……っ!」

 エリオットがその言葉にショックを受けていると、ダミヤがナイフが刺さったまま立ち上がる。そこでようやくアナスタシアがダミヤの様子に気付いた。

「………ぶっ、無事じゃないじゃないですかぁっ‼︎」

「…大した事あらへん」

「強がっちゃって。叫んでたくせに」

 ハルがはぁ、とため息を吐く。

「その傷じゃあ大して動けないんじゃないの」

「カッコ悪いトコ見せられへんやん」

 ………しかし。そこに転がっている刀を手に取るより、ハルが自分を刺しに来る方が早いだろう。今、この状況で頼れるのは。

「セリン、怖がらんと撃ちぃ」

「………っはい‼︎」

 言われてすぐ、アナスタシアは狙いを定めて撃つ。照準は正確だったが、ハルには当たらなかった。

「面倒だから君達を先に片付けた方がいいかな」

「!」

 気付けばハルは跳んで、アナスタシア達の上にいた。彼女が構え直して撃つより早く、なんとその後ろにいたエリオットが上空のハル目掛けて撃つ。

「エリオット!」

 驚くアナスタシア。エリオットは目をちゃんと瞑らないでいた。だが、照準がややブレている。

 弾がハルの右耳を掠めて行った。ニッと笑ったハルは、また新しく一本のナイフを取り出した。

「………へったくそ」

 それを、それぞれの首筋目掛けて投げる。だが、不意にその間に人影が飛び込んで来た。

「十分や」

「!」

 刀を手にしたダミヤ。両手で構えたその得物を、袈裟懸けに振った。刃はハルの制服を斬り裂き、胸を斬り裂いた。返り血がダミヤに降りかかる。その背中を、アナスタシアとエリオットは見るばかり。

 片膝をついて着地するダミヤと、前屈みになりつつも体勢を立て直して着地するハル。彼は胸から流れる血を抑え、呟く。

「………思いっきり斬られた気がしたけど、あんまり深く無いんだ…」

「……服に…助けられたな」

 対して、立ち上がったダミヤは息も切れ切れだ。何か様子がおかしいと、アナスタシアはそう感じながらダミヤの後ろ姿を見る。…そういえば、投げられたナイフはどこへ行ったのだろうと。

「そう言うあなたは助かってない様だけど?」

「!」

 アナスタシアはハッとして、ダミヤの横へ立った。と同時に彼の手から刀が落ち、がくりと膝から崩れた。その肩をアナスタシアは支え、エリオットも遅れて支える。

「………班長!」

「……おっかしぃな、浅く刺さっただけやで…」

 手が痺れていた。体も重く、息が苦しい。さっきから刺さっているナイフに加え、二人の間に入った時に受けたものが二本、右腕と左下腹部に刺さっていた。

「な、何で弾かなかったんですか!」

「弾いとったら、当たらへん」

「僕に?………捨て身かぁ、まぁ、確かにこのまま続けるのはちょっとキツいかも」

 ハルは痛がる様子も無く、冷静な表情で言った。そして、彼は面白そうに笑う。

「でも、そっちはそれだけ刺さってたら無理。だって、ただのナイフじゃないし」

「!」

「暗殺者ってのは、小さな傷でも相手を殺せる様にしておくものだよ」

「毒………!」

「神経毒。そこそこ強力なんだけど。一本目のにも塗ってあったのに全然効いてないんだもの、おかしいんじゃない」

 流石に三本も食らったらダメだったねぇ、とハルはクツクツと笑う。

「オルグレン班長!………エリオット、早く救援を」

「わ、分かった!」

 アナスタシアの指示で、エリオットは携帯を手にどこかへ飛んで行く。ハルは追おうとはせず、ただただ衰弱するダミヤを見て笑う。

「助かるかなぁ、助からないかなぁ。助からないかもね?その人が死んじゃえばもういいや。どの道もう一人逃しちゃったし」

「………!」

「一人で向かって来る?別にいいけど、君も死ぬよ?」

「……あなたは………何者なんですか」

「君達が調べてたやつだよ?………まぁ、警察はずっと僕らの事掴めなかったようだけどさ」

「“スネーク”…?」

「惜しいな。惜しいところまで行ってるんだ。…けど、まぁ今はそもそも別物なのだけど」

 やれやれ、と彼は首を振る。

「…ちょっと喋り過ぎたかな?まぁいい。どうして調べてたのかは知らないけど、深入りはしない事をオススメするよ」

 アナスタシアの後方から、バタバタと足音が聞こえて来た。それに気付いて、彼女が振り向くと、ハルが言う。

「……それじゃあ。助かるといいね」

「!………待……!」

 アナスタシアが再び振り向くと、そこには既に誰もいなかった。


#44 END

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