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Strain   作者: Ak!La
41/56

第41話 露出

 彼は欄干に腰掛け、その冷たい目をクローディアに向けていた。そしてグラナートは、ため息交じりに言う。

「………まぁ、こっちはもう終わったんだけどね」

「…グラン」

「お待たせローエン。ヴェローナ嬢もソニアちゃんも無事で良かった」

 と、そう言うグラナートは柔らかな笑みを浮かべるが、それはどこか不穏なものだった。

「………おじさん……いつもとちがう…」

 ソニアが怯えた様子でそう呟くのが、ローエンの耳に聞こえた。そして分かった。アクバールと違って、グラナートが子供に好かれる理由。彼はその、内にある恐怖の根源たる凶暴性を隠すのが上手いだけだ。それが、ローエンが時折感じていたグラナートへの違和感の正体だろう。

 普段は隠されていたものが、戦闘中はどうしても滲み出てくるのだ。

「………あんた……ミシッ…妹に何したのよ!」

 クローディアが叫ぶ。グラナートは呆れた様子で下に落ちているものを指差す。

「何って………たまたま裏から入ったら隠れてるのを見つけたから、後ろから一太刀くれてやっただけさ」

 に、と口の端を上げて笑うグラナート。思わずローエンはゾッとした。それはヴェローナもソニアも同じだった。遠くで傍観していたメリンダも……かつて自分が「馬の骨」と言い放った男の真の姿に冷や汗を掻いた。

 だが、ただ一人クローディアは、怒りに我を忘れてかグラナートへと噛み付く。

「許さない……許さないわ!降りて来なさい!その首を私の手で落としてあげるから‼︎」

「…女の力じゃあ、なかなか無理だよ。というか君の相手は僕じゃないだろう。そっちの色男だ。折角僕が傍観に徹するつもりでいるのに、わざわざ自分の首を絞めるつもりかい?」

「ふざけるんじゃないわよ………!」

 グラナートはやれやれとため息を吐いた。

「……ローエン、僕はここで見てるからゆっくり……いや、さっさと片付けてくれ。邪魔がなくなって楽になったろう」

 素直には喜べない。……どの道殺すつもりではあったが、グラナートの酷くあっさりした態度がどこか腑に落ちないと言うか、気に入らなかった。

 だがそんな事を言っている場合ではない。ローエンは一呼吸置いて、グラナートの方を向いているクローディアへと襲い掛かった。早く終わらせられるのなら、その方がいい。

 と、もう少しでクローディアの体を後ろから押し倒せそうな時、不意に彼女が後ろを振り返った。

「うおッ!」

 反射的に体を逸らす。鼻先をナイフが掠めて行った。圧がさっきまでと違う。横へ逃げたローエン。理性が飛び、獣のような目をしたクローディアが彼を睨みつける。

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない…」

「………俺へは八つ当たりじゃねェかよ……」

 しかしグラナートに彼女の相手をする気が無さそうなので仕方ない。

 深く息を吐き出し、ローエンは構える。彼女は完全にキレている。しかし憤っているのはこちらも同じだ。今は、目の前の事に痛みを忘れているらしいヴェローナに、チラ、と目を向けた。殺されていないのがまだ救いである。

 クローディアが襲い掛かって来る。そのナイフを持った手をローエンは左手で上へ逸らし、空いた右掌底で彼女の顎を狙う。だが、クローディアは避けると、ローエンの左脇腹にナイフを突き立てた。

「………っ‼︎」

 ナイフが刺さったまま、ローエンは彼女を突き放した。…さっきよりも反射速度が上がっているように思えた。理性と共にリミッターも外れているのだろうか。だとすれば、彼女はそう持たない。

 ヒールで地面を打ちながら、クローディアは押された勢いで後退する。得物を無くした彼女がまた新しいものをベルトポーチから取り出す前に、ローエンはクローディアの体を押し倒して抑えつけた。

「………あぅっ!…放して!放せ!この!」

「ここで終わりだ、死ね」

 ローエンは低く言う。腹の傷が痛む。抜けば血が出るので、あえて抜きはしないが気持ち悪い。

(……思ったより深いな)

 ありったけの力と勢いで刺されたに違いない。後でちゃんと治療してもらわなければマズいな、と頭の片隅でそう考えていた。

「……嫌…やめて、死にたくない…」

 クローディアは己の首に伸びて来たローエンの腕を掴み、そう言った。

「仕掛けて来たのはお前だ」

「………こんな所で………嫌…」

 ローエンの殺意に、涙を浮かべるクローディア。いざ死ぬとなると怖いのか、とローエンは嘲笑を浮かべる。

「何人の男を殺して来たんだ、お前。俺も同じ様に出来ると思ったか?…………運が悪かったな、あの“クソババア”に雇われて。同情するよ」

  全く、あの女は。てめェの事はてめェで片付けろよ。

 ローエンはそう、背後でじっと見ているその女に胸中で毒づいた。

「……ここまでしなけりゃ……適当に逃がしてやったのに」

「………」

「残念ながらもう、君に待つのは死だけだ」

 と、少しだけ優しい口調になってローエンは言う。

「気が進まないのは確かさ。だがまぁ、俺の一番大事な女の事を放ってまで、君を生かすつもりは無いね。二度目は無い。俺はそこまで馬鹿じゃないから」

「……………本当悪魔ね、あんたは」

「………俺にだって優先順位があんだよ」

 ぐ、とローエンの腕に力が込められた時。

「やめて!」

「!」

 突然飛んで来たヴェローナの声に、ローエンの力が僅かに緩んだ。彼が見ると、ヴェローナは泣いているようだった。

「……ヴェローナ」

「……分かってる。けど、ごめんなさい、やめて……」

 自分も怖い思いをしただろうに。それよりも、愛する人が人を殺めるのを見る方が怖いのか。

「いいのか?」

 ローエンは笑って、そう言った。

「俺が今コイツを殺さなかった所で、俺が人殺しなのには変わりないんだぞ」

「……えぇ」

 ヴェローナの声は消え入りそうだった。ソニアが心配そうに寄り添う。彼女の方はそれについては平然としている。ただ、ヴェローナの様子に狼狽えているだけの様だった。

「………じゃあどうすればいい、俺は」

「私の目の前で殺さないで……」

「そりゃ無理だろ」

 と、そこでハッとして、ローエンは舌打ちしてクローディアに目を落とした。

「……これが狙いか畜生め………」

 クローディアは笑うだけだった。人質として利用している様には見えなかった。だから自分を怒らせるだけの材料かと、そう思っていたのだが。

 女であるからこそ、また先日のヴェローナの様子に気付いてか………いざという時の為にクローディアは、ローエンの大切な存在の拉致を計画したのか。

「貴方が馬鹿じゃなくても、女は馬鹿なのよ……」

 そう言って、クローディアは笑った。

「……その馬鹿に貴方は逆らえないんでしょ」

「…………」

 ヴェローナを………身の危険のみならず心までも危険に晒していたのかと、そう思って後悔した。グラナートに彼女を連れて先に行けと言った方が良いのか。

 そんな迷い。ローエンは彼女の首から手を放した。と、その隙に。

 突然クローディアはローエンの腹に刺さったままのナイフを手でさらに押し込んだ。

「うぐぁっ!」

「リタ‼︎」

 思わず、ローエンはクローディアの上から離れた。その隙にクローディアは逃げ出し、ヴェローナの折れている腕を引いて立ち上がらせた。

「痛っ‼︎」

「………動かないで」

 クローディアはヴェローナの後ろに回り込み、そのまま腕を抑え、ベルトポーチから出したナイフをヴェローナの首筋に当てた。

「……っ………ヴェローナ…」

 ズキズキと傷が痛む。視界が揺らいだ。

(クソ……最後の最後に……)

 ローエンはなんとか立ち続ける。痛みを頭の隅に無理矢理追いやって、クローディアを睨む。

「………そのナイフを抜いて」

「……」

「抜いて」

 ローエンは言われた通りにした。血が流れる。服があっという間に紅く染まって行く。

「………リタ……」

 ヴェローナが蒼白な顔をして呟いた。リタは抜いたナイフを手に、感情のない目でただクローディアを見た。それを彼女は可笑しそうな目で返す。

「うふふ………お馬鹿さんね」

「……お前………俺以外にもいるの忘れてねェか」

「……え?」

 ローエンは、ただそこに立っていた。次の瞬間、クローディアは体を横に刺し抜かれた。空いた左脇から向こう側へ。…彼女達の横にいたのは、音も無く降り立っていたグラナートだった。

「………あ…」

 糸の切れた人形の様に、クローディアは倒れた。バランスを崩したヴェローナを支えるのはグラナート。………その横顔を見て、ヴェローナはゾクリとする。冷徹な目をした死神が、そこにいた。

「君がやれないなら、僕がやるしか無いって事かな」

「……悪い」

「いいよ、汚れ役ならいくらでも僕が負う」

 言いつつ、グラナートはその刃でヴェローナとソニアの拘束を解いた。足が自由になり、自力で立ったヴェローナは思わずグラナートから距離を取ってしまう。それに気付いて、グラナートは笑う。

「すみません」

「え、えっと、あ、ごめんなさい…」

 失礼な反応を、と思う横で、ソニアが、ぎゅっとヴェローナにしがみついた。

「………おじさん…?」

「おおっと、その反応はちょっと傷付くなぁ…」

 苦笑を浮かべるグラナート。ソニアは彼の顔をじっと見て呟く。

「消えた?」

「何が?」

「分かんない」

 曖昧な答えを返すソニア。グラナートがハテナを浮かべていると、ヴェローナがおずおずと言った。

「あの、グラナートさん、助けてくれて…」

「僕はついでですけどね。…と、そうだ、ローエン、大丈夫かい…」

 と、グラナートが気付くと、ローエンは既にこちらに背を向けて反対方向を向いていた。その向こうからメリンダが、ローエンの方へ歩いて来る。

 ローエンは傷口を手で抑え、母と相対する。コツコツというヒールの音だけが響く、緊張した空間。それ以外の時間が止まっているようだった。メリンダはローエンのすぐ側まで来て立ち止まった。メリンダは息子を見上げる。母を見下ろし、ローエンは呟く。

「………母さん」

「……可哀想に。辛いでしょう」

 慈愛の籠った表情で言うメリンダ。ローエンは不快そうに答える。

「何で心配なんかすんだよ」

「あの殺し屋達がしくじったからよ」

「俺を殺したいんなら………次はもっと腕のいい奴を雇え。金だけは腐る程あるだろ」

「その必要はないわ」

 メリンダは笑う。対してローエンは無表情でいる。

「私が作った失敗作は、自分で処分しなくてはね」

 吐き気がする程の愛憎の篭った会話を、普通に交わす親子。そしてメリンダは、首を傾げてローエンの顔を覗き込む。

「それで、どうするの?私を殺すの?その野蛮な手で」

「俺の目の前から消えろ」

「貴方がこの世に存在する事自体が、許せない事なの」

「俺はあんたの言いなりにはならない」

「……昔はあんなに素直だったのにね。本当に人形のように可愛らしい少女だったのに」

「違う」

 ローエンは眉根を寄せて、強く言い放った。

「俺は女じゃない。現実を見ろ」

「目の前にいるのはあの時の可憐な少女ではなくて、屈強な男だわ。………ならあなたは誰なのかしら」

「………なら、あんたは俺の何だ」

 沈黙の末、メリンダは可笑しそうに笑う。

「さぁ、何なのかしら。何でもないのかしら」

 母の手は息子の頬へと伸びる。

「……もうとっくに壊れちゃったのよ、14年も前に。私が籠に鍵をかけておかなかったから」

「かけてたって無駄だ」

 スルスルと、メリンダの手は肩から腕へと降りて来た。そしてその細い指はローエンの腕を捕らえた。

「今のあなたを見てるとね………あの人を思い出すのよ。私を置いて逃げて行った人。でも、そこにいたのね」

 縋るような目でメリンダは言う。不穏な気配を感じ、ローエンの後ろでグラナートが身構えた。

「ね、あなた」

「俺は父さんじゃない」

 ローエンは父親の顔を知らない。どんな声で、どんな人だったのかも。直接は知らない。だが、度々幾度も母から聞かされて来た。彼女が彼を愛し、そしてそれ故に憎んでいる事は幼かった当時にも感じていた。

「だから一緒に、“三人で”逝きましょう、きっと楽しく出来るわ」

 と、その時ローエンはメリンダのコートの内側に大量の爆弾を見た。そしてその左手に握られているのは。

「ローエン‼︎」

 グラナートが叫んだ。次の瞬間、爆発が起こった。爆風がヴェローナ達を襲う。咄嗟に彼女はソニアを庇った。

「熱っ」

 爆風で壁に打ち付けられたが、そこまでの被害は受けなかった。目を開けたヴェローナが見たのは、煙の中の血に塗れた地面だった。誰もいない。メリンダも、ローエンも……。

「………リタ………嫌よ………そんな」

「おとーさん…」

 はら、とヴェローナの涙が落ちかけた時、不意に上から声がした。

「ほらしっかりしろ、ローエン」

「!」

 二階の欄干の上に、脇にローエンを抱えたグラナートが立っていた。彼は乱暴にローエンを二階に転がした。

「痛っ!」

「リタ!」

 ヴェローナとソニアは二階へと駆け上がった。起き上がったローエンは、何が起こったのかまだ分からない様子でいた。

「………何で俺」

「間一髪だったよ、僕の上着が少し焦げてしまったけど」

 と、グラナートは焦げた上着の裾を持ち上げて見せる。と、ハッとしてローエンは一階を見た。

「……母さんは」

「木っ端微塵だね、初めから死ぬつもりだったのかな、あの人」

 と、その横でヴェローナとソニアが息を呑む。

「……………リタ……それ」

「……え?」

 言われて、ローエンは自分の左腕に何かがくっ付いているのき気付いた。そして一瞬、息が止まった。ドクドクと激しく心臓が波打った。

「ごめんね、こうした方が君を助けるには早かったから」

 ただ一人、グラナートだけが冷静に答えた。

「でも正直驚いたかな、斬り落としてなお君にしがみついているなんて」

「………あ」

 それは腕だった。消え去った母の腕だ。あの首と同じように綺麗な切り口。グラナートの仕業であるのは明確だった。

 何も言えないでいるローエン。グラナートは屈んで、そっとメリンダの腕をローエンの腕から離した。その時、彼の膝に水滴が垂れたのに気付く。

「………ローエン?」

「……母さん………」

 震えた声で、ローエンは呟いた。顔を覗き込み、グラナートは問う。

「泣いてるの?」

 一体彼がどんな気持ちで涙を流しているのか、グラナートには分からなかった。悲しみなのか、それとも。

「………僕には分からない」

 グラナートは目を伏せ、小さな声でそう呟いた。そして顔を上げると、皆に言った。

「さぁ、帰ろう。ローエンもヴェローナさんも手当をしなきゃ」

 伸ばした手。それを取ったローエンは、赤くなった目で笑った。

「……ありがとう、グラン」

「………君に死なれるのは嫌だからね」

 微笑みながらも、グラナートは己の心が冷えかけているのを感じていた。斬れば斬るほど……今まで築き上げた大切なものが、ポロポロと崩れ落ちているようだった。

(……ソニアちゃんは本当に鋭いな)

 駄目だ。僕はもうあの頃の自分ではない。変わったんだ。

 そう、自分に言い聞かせる。

 フードを取り、グラナートは言った。

「急ごうか」

 立ち上がり、フラついたローエンを支え、グラナート達は帰路に着いた。


#41 END

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