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Strain   作者: Ak!La
39/56

第39話 見えざる鎖

 ローエンより依頼を受けて三日が経ち。

 ダミヤは署内を一人で歩いていた。刀を腰に差し、髪を長く伸ばして束ねている彼は、署内でもよく目立つ。新米の警察官は大抵驚いた表情で彼を見、ある程度慣れた者はチラリと見て、また自分の作業なり何なりに戻る。

 そんな風に周りの注目を集めながら、廊下を歩くダミヤが向かうのは情報課、警察のデータベースを管理している課である。

「レニ」

 ダミヤは廊下に面した白い金属製の棚越しに中に呼び掛けた。そのすぐ側で作業をしていた緑がかった白髪の男が顔を上げた。丸眼鏡を掛けたその顔は童顔で、身長もそれ程高くはなかった。

「オルグレンさん、珍しいですね。こんな所に顔を出すなんて」

 ハル・レニ。幼い風貌ではあるが28歳のれっきとした大人で、この情報課のトップである。そんな彼は微笑みを浮かべてダミヤを見る。

「今ちょっとええか」

「あ、はい。えっと、調べ物ならちょっと後になるんですけど………」

 と、ハルはチラリとデスクのパソコンを見た。隣には資料の山が。

「事件の処理が済んでなくて。それでも良ければ」

「かまへん、まぁ、出来れば急いで欲しいけど…」

「何ですか?」

「これや」

 と、ダミヤはローエンから預かったあの紙を見せた。

「この蛇のマークについて調べて欲しいんやけど……ん?どした」

「え?………いえ、何も」

 ハルは笑って答える。だが、今彼は少し驚いた様な顔をした気がする。

「……何か知ってるんか?」

 怪訝に思って、ダミヤはそう訊く。ハルは首を横に振る。

「いいえ………それをどこで?」

「……んー、いや、ちょっと目に付いただけや」

 ローエンの事は話す訳には行かない。だから、そう言ってはぐらかした。

「ただの蛇の落書きじゃないんですか?」

「………ちゃうと思う…けど」

 違和感。ダミヤは何となくそう感じた。何か…何かある。

「そう思う訳は?」

「……何となくや」

「そうですか。……そうですね、僕は忙しいので自分で調べていただけますか」

「………え」

「PCを一台、使用許可を出しますので。お好きに」

 えらい冷たいな、とダミヤは思ったが、既にハルは作業の方に戻ってしまっていた。

 しかし、自分で調べられるならそれはそれで良いかと、ダミヤはため息を吐いてその場を後にした。




 ダミヤが去ってしばらくして。ハルは席を立った。デスクにはまだまだ仕事が残っている。やや真剣な面持ちでオフィスのベランダに出ると、彼は自分の携帯電話を出して、どこかへ掛けた。

「……僕です。……はい。ちょっと厄介な事になりました」

 街を見下ろして、ハルは眼鏡の奥の目を細めた。

「………ある警察官が僕達の事を調べ始めたみたいです。…えぇ、何も話してはいません。ただ、時間稼ぎにしかならないかと」

 チラリと後ろを見た。部下の何人かがこちらを見てはいるが、来る様子は無い。彼は街の方を再び向いて、小声で言った。

「………どうします?始末しますか、オルラントさん」

 電話の向こうから聞こえた声は、余裕そうな声で答える。

『……君に任せるよ、ただ、あまり事を荒立てんようにね』

「まぁ、下手をすれば僕はここにいられなくなりますが」

『目を付けられた時点でもう終わりに等しいのだよ。全く、ここ最近良くない事がたくさん起こる』

「……どういう事です?」

 ハルが眉を潜めると、電話の向こうの声………アクバールは苦笑する。

『飼い慣らしたはずの“忠犬”が、急に牙を剥き始めた。一匹は元から危うかったが、遂にはもう一匹もね』

「………“危うかった方の一匹”は初めに始末しておけば良かったんですよ」

 冷たい声で、ハルは言う。

『君達がどれだけ彼を憎んでいるかは知っているとも。だが、使えるものは使わねば。………ワタシが死ねば好きにすれば良い』

「なら簡単ですね、僕が貴方を殺せば良い」

『そんな怖い事を言わないでおくれよ、ルチアーノが怒るぞ』

「冗談です。……あの人達は元気なんですか?」

『元気だとも。この前少し働いて貰った時に、負傷はしたがね。大した事は無い』

「そうですか。………近々戻ります。隠れているのにも飽きて来ました」

『警察に情報網が無くなるのは少々困るのだがね……お疲れ様と言っておこう。まずはその、警官とやらをどうにかしてくれたまえ』

「……御意に」

 そう言って、ハルは電話を切った。

 風に吹かれて、ハルは大きなため息を一つ吐いた。

「……………正義の味方ごっこは終わり、か」

 自分の着ている上官の制服を見て、ふっ、と笑う。

 そしてうんと伸びをすると、彼は再びデスクへ戻った。




 スラム街某所。狭く湿った路地で、女が一人立っていた。彼女は癖のない黒髪を長く伸ばし、肩を出した服と薄黄色のロングスカートを履いていた。どう見ても、スラム街の住人ではない。黄色い瞳は反対側の壁の上方を見つめている。口には煙草が咥えられていて、ぼうっとしている様だった。

「テーオっちゃん」

「………」

 掛けられた声に、彼女はゆっくりとそちらを向く。自身の吸う煙草の臭いの中に、血の臭いが混じる。

「こんなトコに一人でいちゃ危ないよ」

「あんたに心配される義理はないわよ。………それ何」

 と、暗がりの中の男に、テオと呼ばれた女はそう言った。男は、苦笑して後ろに隠していた手を挙げる。血のついた指。よく見れば、彼の着る上着にも点々と紅いしみが出来ていた。

「………あー、これ。テオちゃんの事つけ狙ってる野郎が居たから、ちょいと痛い目見せてやっただけ」

「臭いから寄んないで」

「…………俺にはいっつも辛辣だよね…ほんと」

「あんたの事嫌いだから、どっか行ってリアン」

 男……リアンは困った様な顔をして手を下げる。そっぽを向いてしまった彼女に、彼はぼそりと言う。

「……俺、煙草吸うコ嫌いよ」

「………あの人の真似なんかしないで」

 彼女はそっぽを向いたまま、怒った様子で言った。

「やめたんじゃないの、煙草」

「たまには良いじゃない。……私の勝手でしょ」

「…テオドラ」

 あだ名でなく本名で呼ばれ、彼女は振り向く。

「………あいつから聞いたから?彼の事」

 テオドラの眉間にシワが寄った。煙草を手に持ち、初めの様に壁の上方を見た。

「…………“本当に生きてたんだ”って、そう思っただけよ」

「………」

「どうして、普通に生きてるの?もっと……苦しい思いをしてれば良かったのに」

 唇を噛み、彼女は手にした煙草をその細い指で折った。本気で憎んでいるのだと、リアンはその様子から改めて思った。テオドラが、“彼”をどれだけ憎く思っているのか、リアンは知っている。

 それでもなお、彼女がその復讐の手を止まらせているのは。

「あのクソ神父さえいなければ………すぐに」

「………復讐に走っちゃやーよ、俺ちゃんそういうテオちゃん見るのヤだなー」

「うるさい。あんたがどう思おうが私には関係ないわ」

 と、彼女は煙草を地面に捨てると、ヒールのあるブーツで踏み消した。

「女のコがそう、“クソ”とかいう言葉使わないの。あの人が聞いてたら嫌われちゃうよ」

「………あんたはそうやって……ここぞとばかりにあの人をダシに私に近付かないで」

「慕ってたのはお前だけじゃねェのよ」

「……………!」

「俺も、お前も、あいつらも、みーんなあの人に憧れてた。救われたんだ。何の価値も無かった俺達は」

 リアンは真剣な顔をして言う。テオドラはじっと、その目を見つめ返す。

「気持ちはおんなじだ。重さは違うだろうけどな。だが皆、違わず耐えてる。ナイフ片手に飛び出したいのは何もテオちゃんだけじゃない」

「………」

「あいつは、好きでやってんだろうけどな。……結局俺達は上手く丸め込まれただけだ。裏切りの先に待つものが破滅なのは、俺達だって相違ない」

「ふん………私達への対抗措置って訳。裏切った方が滅びるって事ね」

「それだけアクバールさんの力は大きいって事さ」

 リアンがそう言うと、テオドラは皮肉な笑いを浮かべる。

「………呪縛ね。私達は、“あの日”からずっと縛られてるんだわ」

「…………いいや。それよりもずっと前さ」

 リアンは目を伏せる。己が運命を、振り返る様に。

「いつからかなんて、分かりゃしねェよ」

 生まれも、生活も、あの出来事も、あの事件も。全てが今を縛り付けている。そうに違いない。自分達の足首にはずっと枷があって、その鎖に気付かぬうちに引き摺られていただけなのだ。

「……ルチアーノも、ラファエルも、ハルも、テオちゃんも俺も、みーんなそうだ」

 彼は、その運命を共にする仲間の名を口にする。

「………アルヴァーロさんだって、別に例外じゃない」

「………………」

 テオドラの口が固く真一文字に結ばれる。

「……くそったれ」

 彼女は吐き捨てる様に、そう言った。

「………女のコがそういう言葉使わないの」

 リアンの悲しそうな声は、狭い路地に吸い込まれて消えて行った。




 それからまた五日。今日は休日である。ローエンはグラナートに誘われ、街に出ていた。要件は簡単である。グラナートがジークリンデに渡すクリスマスプレゼントを一緒に選んで欲しいということだった。

「悪いね、付き合ってもらって」

 歩きながら、グラナートは申し訳なさそうに言った。

「いいよ、俺もそろそろ探さなきゃなと思ってたところだし」

「………やっぱり早い方がいいのかな」

「まぁ余裕を持って用意しといた方がいいな。直前にバタバタするのは格好悪い」

「一緒に買いに行くってのは無し?」

「ノンノン、サプライズこそ至高だっての」

 と、ローエンは人差し指を振りつつ、首も振る。

「でも僕、ジークの好みって良く分からないんだよな…」

「ふうん?お前から買いに行こうと誘って来た割にはそうなのか」

「え、いや、まぁ、うん。ローエンが居たら大丈夫かなって…」

「………まぁ正解っちゃ正解だな」

 と、ローエンはふらりと目の前の店に立ち寄った。金属のアクセサリーの店だった。

「ジークは宝石よりこういう方が好みなんだ。金とか銀とか。勿論金の方が喜ぶ」

「……君、彼女の事苦手そうな割には詳しいね」

「あいつ外見は良い女だから」

「………それはどう受け取ればいいのかよく分からないな」

「見ないではいられないって事」

 と、ローエンは肩を竦めて、ディスプレイされているネックレスを指差した。

「ま、指輪もいいけどそれはまたの機会に。こんな感じのネックレスとかどうよ」

 どれどれ、とグラナートは覗き込み、そしてその下に掲示されている金額にぎょっとした。

「……お、思ってたより高いね」

「普通の相場はこれくらいだぞ。どんなもんだと思ってたんだよ」

「………いやぁ…その辺にはどうも疎くて」

「……本当に今まで女付き合い無かったんだな」

「えへへ」

 そんな暇は無かったんだよ、とグラナートは心の中で呟いた。だがなんだか今はそんな事は口にしたくなくて、何となくフワフワしたこの気持ちを大切にしたかった。

「あっ、これとかいいな…」

 グラナートが目を付けたのは、一対の天使の羽が重なっているものだった。それを見て、ローエンも頷く。

「いいんじゃねェか。お前が選んだものならジークの奴も喜ぶだろうさ」

「あぁ。………君はいいのかい?」

 ローエンが自分が買う分を探す様子が無いのに気付いて、彼は問う。

「ヴェローナは宝石とかのが好きだから」

「……あぁ、なるほど」

「んー、でもそうだな、たまには違う趣向のもプレゼントしてやってもいいかな」

「君らしくないって言われない?」

「多分言われる」

 それだけ徹底してるって事か、とグラナートは何だか感心していた。

「んじゃそれ買って、次行こう」

「そうだね」

 グラナートは頷き、店員を呼んだ。そんな様子を、ローエンは少し微笑ましく思って見ていた。




 ローエンはヴェローナへは翡翠の腕輪を買った。丸く加工され、綺麗な緑色をした翡翠が数珠繋ぎになっているものだ。それに雑貨屋で買ったタオルハンカチを、二人共添えた。

 ついでにと、ローエンはグラナートを家に呼ぶ事にした。知り合ってすぐくらいに呼んだきりで、とても久し振りだ。

「今日は家には二人共いるのかい?」

「あぁ。最近は結構ヴェローナもうちにいるよ」

「彼女、家には帰ってないの?」

「いや?オフェリアちゃんもいるし、ちょこちょこ帰ってるよ」

「ふぅん」

「ま、俺が出掛ける度にアクバールに預ける手間が省けて助かってる」

「たまには僕も頼ってね」

「あぁ、そうだな。ソニアの奴、お前にもなかなか懐いてるみたいだし」

 そういえば、どうしてアクバールは駄目でグラナートは良いのだろうとローエンは思った。アクバールは子供には優しいし、彼と接する子供達を見ていても嫌う子はなかなかいないのだが………。一方でグラナートはどうかと言えば。…どうなのだろう。ローエンはあまり彼が子供と接しているのは見た事がない。

「………お前ってさ、子供に嫌われる方?」

「え?………あぁ、どうだろう。昔はよく子供達を診察してたけど、まぁ………あまり嫌われた覚えはないかな」

「ふーん……」

 反転してる訳でもないんだな、と一人頷くローエンの横でグラナートはハテナを浮かべていた。

「ソニアは何でアクバールを苦手に思ってんのかな」

 ローエンはグラナートにそう訊いてみた。彼は少し考えてから、答えた。

「………アクバールは……悪い人じゃないけど根が悪人で、ちょっと正義感が曲がってる。………僕の事を友人だと言っておきながら、僕の手綱を握ってる。君は友人ですらない。利用してるだけ。………そういう事を何となく感じてるんじゃない?」

「…………お前もなかなかに辛辣だな」

「そうかな?まぁ、僕だって彼の事を心の底からは好きになれないから」

「……それは俺もだな」

 特にここ最近は………色々あって信用しきれない。彼が一体何者なのか。詮索しない方が身の為だというのは分かっている。だが、このままにはしておいてはいけない様な気がするのだ。それは……恐らくはグラナートの為。

 だが、そうだ。グラナートもまた、自分に何かを隠している。それも、いずれ分かるのだろうか。

 そんな事を考えている間に、家に着いた。ローエンは率先して玄関を開ける。

「ただいまー」

「お邪魔しまーす」

 二人は中に入る。と、同時に違和感を感じた。

「………ローエン」

「……あぁ」

 気配がない。しんとしている。リビングに入ると、中は整然としたまま、しかし誰もいなかった。電気は点きっぱなし。

「………出掛けた……とかそういう感じじゃないね」

 グラナートが冷静にそう言った。二階にも気配はない。そして、ローエンは見つけた。身の毛がよだった。あの時と、同じだ。違うのは、家が荒らされていないのと、机の上に置かれた置き紙の文字が、女性らしいこと。それがヴェローナの字でない事は容易に分かった。

「…あの女狐………」

「鮮やかとしか言いようがないね。プロの犯行だ。で、どうするんだい、当然助けに行くんだろう」

 書かれていたのは。『貴方の大切な命は二つとも預かった。奪い返しに来なさい。でなければ両方とも失われるわよ』

 最後にB-8と記されている。文面だけで誰からかは分かった。

「……」

「……俺はすぐに行く。お前は…」

「僕も行くよ。少し準備して行くから君は先に行ってて」

「………分かった」

 ローエンは頷くと、バタバタと家を出て行く。グラナートも一つため息を吐いてから、少し早足で家を出て行った。


#39 END

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