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Strain   作者: Ak!La
35/56

第35話 智の箱庭

 翌朝。ローエンは誰かの息を感じて目を開けた。しばらくしてから自分が座ったまま寝ていた事を思い出す。尻が痺れている。ふ、と視線を動かすと、真上にヴェローナの顔があった。

「うぅおわっ⁈痛っ」

 驚いて横に転び、肋骨に響いた。その様子を見て、ヴェローナはくすくすと笑って言った。

「よく寝てたわね、そんな所で」

「……………お前が俺のベッド使ってたからだろぉ…」

 痛みに呻きつつ、ローエンはそう答えた。彼女はベッドの上に座って、自分の事を覗き込んでいたようだ。

「………お帰りなさい。怪我してるの?」

「…ただいま。…………まぁ数週間で治る」

「数週間って、また随分と大きな怪我ね」

「肋骨にヒビが入った程度だよ」

 と、そう言ってローエンは笑う。そこで、この部屋にソニアがいない事に気付く。

「………ソニアは?」

「もうとっくに私が送って来たわよ。リタったらよく寝てるものだから、そのまま寝かせてたの」

「…………もうそんな時間か………朝飯は?」

「買っておいたパンで済ませたわよ。あとはあんただけ」

「………昼食は」

「お金持たせたわ。購買で買えるって言うから」

「……起こしてくれりゃあ作ったのに」

「でも、疲れてるみたいだったから」

「…………」

 そう言われてしまえば、ローエンも昨夜ヴェローナを同じ理由で起こさなかったのだからおあいこである。

「ちゃんと寝れたの?もう一回寝なおす?」

「……いや、折角お前がいるのに寝るなんて勿体ないだろ」

「あら、最近はいつもいるじゃない」

「お前一人放っておくのも……」

「私は別にいいのよ、だって寝てるリタ見てるだけでも面白いもの」

「…………それは一体どういう反応をすればいいんだ」

「ふふ、まぁ、お好きにどうぞ」

 そう言ってヴェローナはにこにこと笑う。ローエンはため息を吐いた。

「……今日オフェリアちゃんは?」

「仕事よ。妬く暇もないくらい忙しいみたい」

「…………ふーん。そっか」

 と、ローエンは立ち上がり、のそりとベッドの上に上がる。

「あら」

「お前が添い寝してくれるなら早く治る気がするな」

 悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ローエンは言った。面と向かって言われて、ヴェローナは僅かに赤面する。

「………いいわよ、怪我人さん」

 と、彼女がそう答えるなりローエンはヴェローナの腕を引っ張って寝転んだ。いて、と顔をしかめるローエンの横に、ヴェローナも体を横たえる。

「もう、無茶しないの」

「これくらい平気平気。あー……確かにまだ寝れる」

 ふあぁ、と少し痛そうにしながらあくびをして、ローエンは仰向けになって目を閉じる。ヴェローナはその様子を横たわったまましばらく見ていたが、ローエンが寝息を立て始めたのを見計らって、体を起こし、顔を覗いた。

「……ふふ、可愛いんだから」

 寝顔を見て、ヴェローナは微笑んでそう呟く。そして彼女もまた寝転んで、ローエンの温もりを感じながら再び眠りについたのだった。




 その日のアザリア学園。今は昼休みである。初等部から高等部の生徒達が、広い校庭に出て昼食を食べたりしている。

「ソニアちゃん今日はお弁当じゃないんだ」

「うん、おとーさん今日ねぼうしちゃったの」

 ソニアとリノは並んで、噴水の側のベンチに座って昼食を広げていた。

「いつもお父さんが作ってくれてるんだね」

「うん」

「いつも美味しそうだよねー、いいなぁ」

 リノはそう言って笑った。ソニアも笑う。

「今度おとーさんにリノちゃんの分もお願いしてみるね!」

「えー!そんなの悪いよ」

「デザートとか!」

「あ、それは食べてみたい……」

 ぐうぅ、とお腹が鳴ったので、二人は一度話をやめて食べ始める。今日は良い天気で、晩秋の寒さも少しは和らいでいる。過ごしやすい気候だ。

「ねぇ、ソニアちゃんのお父さんって料理人さんなの?」

「………ううん、ちがうよ」

 リノの問いに、ソニアはどぎまぎしながら答えた。しかし、そんな心配をよそに、リノは頷いた。

「へぇ、そうなんだ!ちがうのにお料理上手なんだね!」

「…………うん」

「?……どうしたの?」

「ううん、なんでもない」

 リノはあまり、ソニアの事を聞いて来ない。彼女は良い家の育ちの様だが、気にならないのだろうか、とソニアは不思議に思っていた。

「そう言えば…………昨日の授業で“すらむがい”っていうのやったけど、ソニアちゃんはそこで育ったんだっけ?」

「……!…………う、うん」

 そう言ったのは自分だ。その時は彼女はよく分かっていなかった様だが、昨日の授業でその事をされてしまった。

「どんな所なの?」

「…………ひどい所」

 ソニアはそう答えた。色んな怖い思いをした。母と二人、毎日を怯えて暮らしていた。………そしてある日人攫いに捕まり、母は殺され、自分はローエンと出会った。

「……ソニアちゃん?」

 固まってしまったソニアの顔を覗き込み、リノは心配そうに声を掛ける。

「………あっ」

「大丈夫?顔まっさおだよ」

「…………う、ううん、大丈夫」

「……ごめん、いやな事きいちゃった?」

「…リノちゃんは悪くないよ……」

 彼女に悪気がないのは分かっていた。興味で訊いて来たのだと、ちゃんと理解していた。だが、トラウマはトラウマである。思い出すと、やはり恐ろしい。

「………悪いのはこのまちを作った人たち」

「………?」

 どうしてだろう。昨日からそんな事ばかり考える。誰も答えてはくれない。このモヤモヤした気持ちが何なのか、ソニアには分からなかった。

「……あっちには、ぜったい行かない方がいいよ」

「え、うん。お母さんにもそう言われてる」

「死んじゃうよ、あっちには怖いものがたくさんあるの」

「…………ソニアちゃん?」

「ぜったいダメだからね!」

 思わず叫んで、あっ、と口を抑えた。……何を必死になっているのだろうと、冷静になって赤面した。

「…た、大丈夫だよ、私行かないよ」

「…………うん、ごめんね」

「あやまらなくていいよ、心配してくれたんだね」

 リノは笑ってそう言う。

「でも、じゃあよくソニアちゃんは生きてたね」

「………うん、おとーさんが助けてくれたから」

「へえ」

 お母さんは死んじゃったけど、とは言わなかった。今自分の母はヴェローナという事になっている。ややこしい事にはしたくない。

「ソニアちゃーん、リノちゃーん、食べ終わったら遊ぼー!」

「!」

 遠くから声が飛んで来た。見ると、少女が一人、手を振ってこちらを呼んでいる。その後ろでは五人の少年少女が彼女を待っていた。

「分かったー!ありがとうルーシー‼︎」

 リノがそう返す。ルーシーと呼ばれた少女は頷いて、輪の中へ戻って行った。リノはソニアの方を向いて、笑う。

「さ、早く行こっか」

「うん」

 昼休みはそう長くはない。早く遊びたいな、とソニアとリノは残りの昼食を急いで食べた。




 放課後。授業も終わり、生徒達は皆帰り始めているが、まだ教室内はガヤガヤとしていた。ソニアも早く帰ろうと支度をしていた時。

「ソニアちゃん」

「!」

 話しかけて来たのはルーシーだった。隣には似た顔の少年がいた。

「………なぁに?」

「ソニアちゃんってスラムに住んでたって本当?」

「!」

 ソニアは思わず固まる。………何か嫌な感じがした。

「………どうして?」

 ついて出たのはそんな疑問だった。彼女達の表情から、どんな意図で訊ねて来ているのかは読み取れない。……だからこそ不安だった。

「お昼の時聞こえちゃって」

 そう言うのは隣の少年。けろっとしているルーシーとは裏腹に、申し訳なさそうな顔をしている。

「昨日の授業でスラムのことやったでしょ、そこで暮らしてる人ってどんななのかなぁーって」

「ルーシー」

 少年はそう言ってルーシーを睨む。彼の顔に見覚えの無いソニアは、恐る恐る言った。

「………あなただれ?」

「あ、ぼくはライリー・ミシェル。ルーシーとは双子。となりのクラスなんだ」

 年齢の割には落ち着いた口調で、ライリーはそう答えた。

「ふたご……」

「そんなのどうでもいいから、ね、本当なの?」

 迫って来るルーシー。目は興味で輝いていた。……ソニアは怖くなって、荷物を掴んで逃げようとした、その時。

「ソニアちゃん!帰ろう!」

 横からリノがソニアの手を掴んだ。ソニアはハッとして、手を引かれるままに教室を出た。

「あっ」

 ルーシーは教室を出て行く背中を見送って、頰を膨らませた。

「もう、なんなのよ」

「………ルーシーは“でりかしー”がない」

「…でりかしー?なにそれ」

「母さんが言ってた」

 しれっとして言うライリーに、ルーシーはむっとする。

「………意味もわからないでむずかしい言葉使わないでよ」

「あの子いやがってただろ」

「えー、でも」

「“こうきしん”があるのはいいけど、傷つけたらダメだよ」

「…………でもソニアちゃんはスラ」

「ルーシー」

「……なによー」

「そういうのはダメだって父さんも母さんもいっつも言ってるじゃないか」

「お兄ちゃんってばいつもパパとママの言ってることマネしてるだけじゃん!」

「うっ………」

 痛い所を突かれ、ライリーは言葉を詰まらせる。

「………でもいけないことはいけないんだ」

「そうね。いつもパパもママもスラムには行っちゃダメだって言ってるものね。だから知りたいんじゃない」

「…………」

 腰に手を当てて、そう言うルーシー。ライリーは困る。

「………でも」

「あたしはあたしの知らないことを知れるチャンスがあるのに知らないままでいるのはいやなの!」

 ルーシーは何の悪びれもなくそう言った。……そう、彼女に悪気は何もない。ただ好奇心によって、ソニアから話を聞きたがっているだけだ。だが、それがソニアを傷つける事だとは、ルーシーは分かっていない。いや、傷つけようがなんだろうが、彼女は自分の知りたい事を知れればそれで良かった。…………ルーシーの両親は決してそういう育て方をして来た訳ではない。ライリーはちゃんと、気配りの出来る少年に育っている。

「………分かった。じゃあ、もっと仲よくなってから聞くべきだよ。ソニアちゃんこわがってただろ」

「こわがってた?あたしのどこがこわいって言うのよ」

「……そういうところだよ……」

 何を言っても無駄だと思い、ライリーはため息を吐いた。昔からこんな調子なのである。…………ある種の人間はそんなルーシーと仲良くなれるのだが、一方で怖れる人間も少なからずいた。要するに、女王様キャラなのだ。

「……パパとママはいくら聞いたって答えてくれないんだもの。教えない方が知りたくなっちゃうって知らないんだわ」

「…………そうだけど」

「今日はダメね。また明日話してみましょ」

 諦めるつもりはないルーシー。そんな妹に、ライリーは大きなため息を吐いた。




「大丈夫?」

夕焼けの校庭。リノはソニアにそう訊いた。ソニアは頷いて、答えた。

「うん、ありがとう…」

「…………ごめん……わたしのせいかな」

「ううん、ちがうと思う」

「でも話が聞こえたって…」

「たまたまだから、しょうがないの」

 昼間、気が付かなかったがライリーが近くを通ったのだろうか。…………だがライリーは止めていたからそこまで非難する気にはならない。

「……わたしもルーシーはちょっと苦手。……でも悪い子じゃないと思うの」

 リノは俯きながらそう言う。ソニアは黙って聞いている。

「あの人、ちょっと自分勝手なところはあるけれど、編入したばかりのわたしたちも遊びにさそってくれたし」

「…………うん」

 それには同感だった。悪気が無いのは明らかである。だが、だからこそ厄介なのだ。………何をどう言っても、聞くまで訊いてくるだろうなという事はソニアには分かっていた。あの少女の言葉から滲み出てくる好奇心。それが、ソニアを逃げ出させたのだ。

「……帰ろっか。あ、ソニアちゃんお母さん来てる?」

「うん、多分」

「そっか。とちゅうまで一緒に行っていい?方向同じだから」

「いいよ」

 リノの提案に、ソニアは笑う。そして二人は仲良く校門へと向かった。




 校門を出ると、待っていたのはローエンだった。ローエンはソニアの姿を見つけると、小さく手を振った。ソニアは彼へと駆け寄り、訊いた。

「あれ、おかーさんは?」

「…………あいつ夕方から仕事入っちまって………代わりに俺が」

「……大丈夫なの?」

「………一応目立たないようには気を付けてる」

 そういうローエンは、いつもの様なワイシャツ姿ではなく、Tシャツにコートという服装だった。加えて伊達眼鏡をかけている。

 そんな珍しい姿にぼけっとしているソニアをよそに、ローエンは隣のリノを見る。

「……こんにちは。ソニアの友達?」

「えっ、えっと、その、はじめまして、リノです」

 リノは顔を赤くしてそう答えた。

「…………あぁ、君がソニアの言ってた」

「ソニアと同じなの」

 と、そんなソニアの言葉に一瞬ローエンは首を傾げ、そしてあぁ、と頷いた。

「編入生って事か」

「うん」

 その時、リノがソニアにコソッと耳打ちして来た。

「……お父さん、イケメンだね」

「うん、カッコいいんだよ」

 自慢気に、小声で答えるソニア。ローエンは何を話しているのか分からず、首を傾げていた。

「いいなぁ、ソニアちゃんのお父さん」

「!」

 その言葉だけ聞こえ、ローエンは目を逸らして口を抑えた。何だか照れてしまったのだ。……どうも子供に対しては慣れない。…………大抵は嫌われてしまうのだが、この子は大丈夫のようだ。街中でただ会っただけ、というのもあるかもしれないが、どこかリノにはソニアと同じものを感じた。

「……さ、帰ろうか。リノちゃんの家は?」

「ソニアちゃんと、とちゅうまで一緒です」

「そうか。じゃ、途中まで行くか」

「はい」

 ソニアがローエンの大きな手を握る。リノはその隣を歩いて、少しばかりウキウキとして家路に着いた。


#35 END

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