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Strain   作者: Ak!La
34/56

第34話 軋む世界

「…………派手にやって来たものだねグラナート、まぁ、無事で何よりだが」

 教会にて。赤く染まった白の上着を脇に抱えたグラナートを見て、アクバールはため息を吐いた。

「……そんなに溜まってたかね」

「別に。久しぶりに動いたら楽しくなっちゃっただけだよ」

「…………まったく、君は何も変わってないね」

  笑って答えたグラナートに、もう一つアクバールは大きなため息を吐いた。

「…………そんな事はないと思うけどな……」

「まぁ良い。成果を報告したまえ」

 アクバールがそう言うと、ルチアーノが答える。

「俺とラファエルはそれぞれヘテロとミケーレを撃破、ローエンはヴィトを、グランはレオルーカとサルヴァトーレの二人を撃破…………以上、幹部は全員殺しました」

「構成員もおおよそ抹殺しましたが、何人か逃げ出した者もいるかもしれません」

 と、そうラファエルが付け加える。アクバールは大きく頷いた。

「まぁ良いだろう。下っ端が数人逃げたところでもう大きな活動は出来まいよ。ご苦労様。ほら、報酬だ。受け取りたまえ。ルチアーノとラファエルのは一緒にしてあるよ」

 と、アクバールは封筒を三つ差し出した。それぞれローエンとグラナートと、そしてルチアーノが受け取った。

「…………珍しっすね、うちにも報酬出してくれるなンて」

「まぁね。君達だけ出さないという訳にもいかんだろう」

 その会話を聞いて、ローエンは疑問に思う。

「……いつもは貰ってないのか?」

「え?………ンあー…うん、まァ、いつもはボランティアみたいな」

「…………よくやりますね」

 グラナートが少し呆れた様子で言った。

「まァ別に嫌じゃねェし暇潰しに」

「………普段は何を?」

「…………ンー、普通に殺し屋やってるぜ」

「……そうですか」

 チリチリと、グラナートはやはり何か嫌な感じがした。脳のどこかが、告げている。…………彼らと深く関わってはいけないと。

「何を呆けているのだね、グラナート。君は医者なのだから皆の治療をしてあげたまえ」

「…………あ、あぁ、うん」

 ハッと我に帰り、グラナートは皆を見回して言う。

「………じゃあ、ローエンから順番に」

 アクバールに「部屋借りるよ」、と告げ、グラナートはローエンを連れて一室へと向かった。




 アクバールの自室ではないもう一部屋。普段はほとんど使われていないが、きちんと掃除は為されている。そこには治療が出来るように、グラナートの家にあるものとそう変わらないくらいの設備がある。

「そこに座って」

 抱えていた上着を床に放り、ローエンを椅子に座らせた。

「………怪我は切り傷だけ?」

「肋骨折った」

「そっか。じゃあしばらく安静」

「……またしばらく遊びに行けなくなんのヤだなぁ」

「……君もうヴェローナ嬢とちゃんと付き合ってるんじゃ」

「遊びとそれは別」

「……………理解出来ない……」

「お前のジークだって関係があるのはお前一人じゃない。あいつの本命はお前みたいだけど」

「………君ともあるかもしれないって事かい」

「俺はもうあいつとはゴメンだ」

「…………ジークの話はいいや。………ほら、傷見せて」

 丸椅子に座り、ローエンの腕の傷を見る。消毒を始めるグラナートに、ローエンはぼそりと言った。

「……お前、今日一日変だった」

「…………そうかい?」

 グラナートは顔を上げないまま答えた。

「二重人格なのか?」

「………違うけど…………まぁ、近いのかもね」

「俺………”ホワイトリッパー”だった頃のお前の事、全然知らないみたいだ」

「それは、そうかもね。君と僕が出会ったのは僕がそれでなくなってからだから」

 グラナートは淡々として答える。ローエンはしばらく黙って、それから思い切ったように言った。

「………お前、一体何を恐れてるんだ」

「…………!」

 思わず、グラナートは手を止め、顔を上げた。動揺した紫の瞳が、ローエンの闇のような瞳にぶつかる。

「……何の事だい?」

「心当たりがあるって顔してるぞ」

「…………僕は何にも」

「ルチアーノ達に出会ってからだ。それから何か違和感がある」

「…………………」

「……何を隠してんだよ」

 言われて、グラナートは口を噤む。ローエンはただ彼を少しキツい目で見つめていた。

 しばらくの沈黙の後、やがて、グラナートは重々しく口を開く。しかし、それはローエンが求めていた答えではなかった。

「………ごめん。君には言えない」

「…………」

「まだ確証がある訳じゃない。君にあらぬ疑いを持たせるのは嫌だから」

「……そうか」

 ………知らない事だらけだ。と、そうローエンは思った。アクバールばかりじゃない。グラナートの事も、実はほとんど知らないのだ。かつて、アクバールとグラナートの間に何があったのか。………ホワイトリッパーがどんなものだったのか。何故…………グラナートが今、こうして医者として生きているのか。

 と、不意にグラナートは真面目な顔をして、こう言った。

「でも安心してよ、僕はどうしたって君の味方でいるから」

「!」

「………何があったって、この身が滅びることがあったって、それでも」

「…………待て、お前…」

 不穏なものを感じて、ローエンは言った。しかしグラナートは首を横に振り、そして笑顔を作って見せる。

「……何でもない。さて、残りの傷もやってしまおう」

「…………」

 ………何かが。何かがおかしくなり始めた。ローエンはそう思った。いや、初めから何もかもおかしかったのかもしれない。アクバールという男に拾われた時点で、全てが………。




「………あいつ、ちょいと勘付いてますぜ」

「…………どっちの事だね」

「白の。……ずっと俺達の事を警戒してる」

 ルチアーノはグラナート達が入って行った扉を見て、そう言った。

「気付かれたら元も子もないンじゃ」

「ワタシの言った事がただの脅しでは無かったと、良く分かるだろうさ」

 ふふ、とアクバールは笑う。

「まぁ、ワタシは彼に一つ嘘を吐いているのだが」

「……………」

「君達は知らないふりをしたまえ。………彼を、ただの“グラナート・カテドラル”という男だと思って」

「……テオドラの奴が会ったらどんな反応すンでしょうね」

「さぁね。まぁ、まだ彼女は近付けないでおきたまえ。ワタシも出来るだけ友は失いたくない」

 そう言って、アクバールは目を細める。ルチアーノは複雑な顔をして、うなじに手を当てた。

「…………あー……何だろうなァ、最初会った時は『何でこんな奴が』って思いましたけど、実際………殺ってンのを見たら…………納得しましたわ」

「……君は彼に勝てるかね?」

「正直言って自信ないですね、オルラントさんの手を借りたら分からないですけど」

「君達が彼に手を出す時は、ワタシはいない前提なのだがね」

「………そうでした」

 はぁ、とルチアーノはため息を吐く。そして、どこか遠い目をして言う。

「……でも驚いたなァ、大人になった姿は今日初めて見ましたけど、本当にそっくりなんですもん」

「そうなのかね?」

「…………えぇ。目元とかそうですけど、何て言うか、性分が」

「……」

「…………おんなじ目ェしてンだもんなァ、本当、あの人の血を引いてンだって思うと、急に何だか恐ろしくなった」

 ルチアーノは腕をさすり、アクバールの方を見た。

「……“白の死神”ってのは一体誰がつけたンすかね?」

「さぁね。知らず知らずのうちについた通り名だろう」

「…………偶々だとしたら………物凄い偶然すね」

「ほう?」

 興味ありげにアクバールが訊き返す。ルチアーノは笑って、何かを思い出しているかの様な顔で、言った。

「…………あの人の通り名、“白の冥王”ってンですよ」

「……!」

「裏の世界じゃ有名なモンでしたよ。………表にゃあ全く出てなかったですけどね」

 ふふ、と笑ってルチアーノは椅子に腰掛けた。

「…………本当に……恐ろしく強くて、カッコいい人だったンですけどねェ…………。まだあいつはそれには及ばなさそうですけど、いずれはきっとあの人の様になる。………雛のうちに狩っといた方が良かったんじゃないですか?」

「ワタシが見つけた時にはもう雛などでは無かったよ」

 と、アクバールは苦笑する。そして、グラナートに出会った日を思い返して、おかしそうに笑う。

「…………雛なものか、あれはもう成っていた」

「それだのにオルラントさんはあいつを捕まえたんでしょ?どうやったンすか」

「獣なだけに、罠には容易くかかるのだよ」

「……なんか酷い言いようじゃないですか?一応友人なんでしょ?」

「上辺はね。………油断すれば手を噛まれかねない」

「はは、困ったお友達ですな」

「全くだよ」

 再び苦笑して、アクバールはさて、とルチアーノ達に言う。

「グラナートはどうやら時間がかかっている様だからね、どれ、軽い傷ならワタシがしよう。こっちに来たまえ」

 そして手招きして、アクバールはルチアーノとラファエルを自室へと連れて行った。




 ローエンが自宅へ戻った時には既に日は沈みかけていた。家に入ると、玄関の音を聞きつけてかソニアが走って来た。

「おとーさん!お帰りなさい!」

「うおっと、待て、痛い痛い!」

 抱きつかれてそう悲鳴を上げると、ソニアが心配そうな顔をして離れる。

「………おとーさん、どこかケガしたの?」

「…………肋骨何本か折っちまったからしばらく安静…」

「大丈夫?」

「まぁ、一週間くらいで治る。それより、ヴェローナは?」

 家の中にソニアの他に気配が無いのを察して、ローエンはそう聞いた。

「おかーさん、疲れて先に寝てるの」

「………お前だけ起きて待ってたのか」

「だってソニアまだ眠くないもん」

「そうか」

 ローエンは苦笑して、ソニアと共にリビングへと向かった。何だか物凄く安心感があった。そして、堰を切ったように疲れがどっと押し寄せて来た。

「……俺も眠いわ」

「えー!ソニアお腹空いた!」

「…………分かった。俺もまだ晩飯食ってない」

 あー、平和だなぁ、としみじみ思った。今日の事が嘘の様に感じる。………確かに肋の痛みはあるが。

 冷蔵庫を開け、ローエンは何が出来るか考える。野菜は一通りあるが肉の類はほとんどない。あるとしたらベーコンくらいだ。

「…………野菜スープにするか」

「やった!」

「……すぐに作るから待ってろ」

「うん!」

 そしてローエンはせっせと料理の支度を始めるのだった。




 夕食が済んだ頃には外はすっかり暗くなっていた。ソニアもうとうとと眠そうにしている。

「………そういやお前…学校はどうなんだ」

「うん?楽しいよ!」

「友達出来たか?」

「出来たよ!あのね、リノちゃんって言うの」

「へぇ。そうか、良かったな」

 と、ローエンは笑う。上手く行っている様で安心した。

「勉強は?」

「面白い!」

「………偉いな、まぁ、行きたいって言ったのお前だしな」

「今日はね、この町のお話聞いたの」

「……………へぇ」

 アザリアの話。…………かつてこの街は今のスラムの部分しか無かった事を、ローエンは知っている。実際に見た訳ではない。聞いた話だ。今のこの市街は昔ただの森であり、今スラムである所には、かつてここと同じ風景が広がっていたのだ。………今は、見る影もないが。

「…どう思った?」

 ローエンはただそれだけ聞いた。粗悪な環境で育って来たソニアは、どんな風に聞いていたのだろう。……そもそも、教師は一体どんな風に教えたのだろう。

「…………ソニアが生まれる前はここは森だったって」

「………」

「どうして前の所からこっちに移動して来たのかなって」

「…………………何でだろうな」

 その疑問には答えられない。そもそも考えた事などなかった。既成の事実として受け入れていた。“どうして”、などと、そんな理由…………ある事すら意識していなかった。

答えられないままでいると、ソニアはまた呟く。

「……どうして、ソニアはあっちに生まれたのかなって」

 それはもっと難しい問題だ。誰にも答えられない。そういう運命だなどと、軽率に答えてはいけない。今までどんなに辛い思いをして生きて来たか…………不自由ない暮らしをして来たローエンには、理解しようにもしきれない。……でも。

「…………俺もまぁ、それと似た様な事は。どうしてこの家に生まれたんだ、どうしてこの親の下に生まれたんだろう…………って」

「………おとーさんも?」

「俺はまぁ、裕福な家だったけどさ。…………親は嫌悪の対象……大嫌いだったし、他の普通の家族を見てたら、自分の運命を疎ましく思った」

「………?」

「こんな話しても分かんねェか。ハハ、悪いな」

 忘れたい過去。忌々しい母。どれだけ逃げだしたくても、それらは己の名前と共に纏わりついてくる。なんて呪いだろう。一生、自分はあの過去を切り離せない。

「さて、もう眠いだろ。寝るか」

 と、ソニアの皿を自分が使っていたものに重ね、それを持って立ち上がる。

「ベッド、おかーさんが使ってるよ」

「………あぁいいよ別に、お前がヴェローナと一緒に寝ろ」

「おとーさんは?」

「……………適当にその辺で寝る」

 正直折れている肋が心配ではあったが、疲れて寝ているヴェローナを起こすのも悪い。

「………いいの?」

 心配そうにソニアが訊くので、ローエンは頷く。まさかソニアを床に寝させる訳にもいかない。三人で寝るには少々狭い。二人が限界だ。(別にローエンは自分がヴェローナとくっ付いて寝るのが問題だとは思っていない)。

「ほら早く寝ろ。明日もあるだろ学校」

「…………おとーさんしばらくお家にいる?」

「………多分な。しばらく派手には動けねェから」

 アクバールもそれは分かっているだろうから、治るまでしばらくは仕事も来ないだろう。………ルチアーノ達について調べるのも、一応怪我がある程度治ってからの方がいいと、そう考えた。

 ローエンはソニアと共に二階へ上がる。部屋に入るとヴェローナの微かな寝息が聞こえて来た。すっかり熟睡している彼女を見て、ローエンはため息を吐く。

「…………まったく、どんだけ疲れてたんだよ」

「おかーさん、今日やっと仕事お休み」

「……あぁそれでか」

「…………おかーさん何のお仕事してるの?」

「………お前にはまだ早い」

 安らかな寝顔。それは起きている時とはまた違う風に見えた。ヴェローナはやっぱり綺麗なだけじゃなく可愛いな、とローエンはそんな事を考えていた。

 その隣にソニアがごそごそと潜り込む。ヴェローナが起きてしまわない様に気を遣っているようだ。顔の半分まで布団に潜って、小声でローエンに言う。

「…………おやすみなさい」

「おやすみ」

 目を閉じたソニア。ローエンは部屋を見回して、椅子の背もたれに掛けてあったブランケットを取った。そしてそのまま、ベッドの足元の方で、座り込んだ。体を起こしている方が痛みもマシだ。ブランケットを被り、ローエンはそのまま目を閉じた。するとあっという間に、睡魔が意識を連れ去って行ってしまった。


#34 END

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