表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Strain   作者: Ak!La
33/56

第33話 虚無の光、虚像の天使

 派手な音を立てて、ヴィトが部屋の机に激突した。背中を縁で打ったのと、ローエンの蹴りによる腹のダメージに、彼は表情を歪める。しかし倒れる事は無く、追い討ちをかけて来るローエンを迎え撃つ。

「!」

 ローエンの首筋をナイフが掠める。血が滲んだ程度だ。気にする事なく、ローエンは拳でその頰を打った。

「っ!」

 ガタ、と床に倒れたヴィト。ハァハァと肩で息をしている。ローエンはゆっくりと彼に近付いた。疲れて来ているのは彼も同じである。受けたダメージも、決して少なくは無い。

 と、ローエンは唐突に近くにあった椅子を掴むと、そのままヴィトに投げた。

「‼︎」

 ヴィトは辛うじて避け、立ち上がる。床にそのままぶつかった椅子は派手に壊れた。その様子を見て、僅かにヴィトは青ざめる。

「…………乱暴ですねあなた…」

「不良出身なもんで」

 と、ローエンはニヤ、と笑う。

「殺しは好きでもないが、喧嘩ならまァ好きだ」

「………ふざけた事を」

「その果てに殺しちまった事も何度かあるけどな」

 ローエンは笑みを消し、床を蹴った。重い拳がヴィトを襲う。受けた手が痛んだ。さっき倒れた時に痛めたのかもしれない。反撃に、蹴りを繰り出した。ローエンは姿勢を低くして避け、その反動を利用して跳ね上がり、左掌底でヴィトの顎を狙った。それを避けたヴィトの重心が後ろへ傾いた時、すかさずローエンが足払いをかける。

「っ⁈」

 後ろへ転んだ彼の右手首を、ローエンは踏みつけた。開いた手から、ナイフを拾い上げる。

「…………っ、返せ………!」

「悪いね、これが俺のスタイルなんだ」

 キザに笑ったローエンは、踏んでいる足をぐり、と捻った。

「うあっ!」

「………あんた、あまり戦闘は得意じゃないだろ」

「………………っ」

「戦えない訳じゃないが…………あんたの役目は戦闘員じゃなくて参謀だろ?」

「……そう、ですね」

「ならきっと、大人しく隠れてた方が得策だったな」

 ローエンの手の上で宙返りを繰り返すナイフを見、ヴィトは唸るように言った。

「…………ナメないで頂きたい………!我らはアルダーノフに置ける柱!若様の牙である!…………一人隠れていようなど言語道断、臆病者にこのファミリーにいる資格など…!」

「隠れていると決断するのも、時には英断だろうよ」

「!」

「……それが出来ずにおめおめと出て来て、殺されるのは果たして得策と言えるのか?」

 答えないヴィト。ローエンは苦笑して続ける。

「………まぁ、俺は楽で助かるが」

「………………我々はこの身を若様に捧げると決めているのです、先代を打ち倒したあの日から、ずっと。その誓いを果たせるのなら………例えここで散ろうとも」

「………そうかい、まぁ、悔いがないならそれでいい」

「…………!」

 悔いがない?そんな訳がない。自分達は、自分は、主君を護る為にここにいる。生きて、護る為に………!

 しかし、その無念を叫ぶ前にローエンが手にしたナイフがその喉を斬り裂いた。ローエンの顔や服に返り血がかかる。散らかった床に流れて行く血。ローエンはナイフを捨てると、ヘタリとそのまま座り込んだ。

「…………疲れた……」

 気付けば色んなところが痛い。いつもの事だ。戦闘中はハイになって忘れているが、こうして落ち着くと受けた痛みが襲い掛かってくる。

「……帰ったらヴェローナにはっ倒されねェかな…」

 ハハハと笑う脇腹が痛い。いくらか肋骨が折れているようだ。

「…………もっと強くなんねェと」

 ズキズキとした痛み。先日、ルチアーノに呆気なくひっくり返された事を思い出す。彼が本当に敵だったなら、あの日自分の人生は終わっていたかもしれない。………アクバールの手駒でなければ…………。

(………何で俺達の他に手駒が要るんだ?)

彼らは“私兵”だと言っていたが。あの様子………恐らくは、自分達より前に…。

(………何であいつらの他に俺らが必要だったんだ?)

 ますます分からない。…………人手が多い方がいいから?でも、きっと自分なんかよりルチアーノ達の方が腕が立つし、彼らだけでも十分に仕事は………。

「…………或いは、気まぐれ、か」

 アクバールならありそうな事だ。出会った時の事を思い出した。当時自分は随分と荒れていた。……そんな所へ、ひょっこりあのムカつく様な笑みを浮かべて現れた。

『その力を、人助けに使ってみないかい?』…………

 特にする事も無かったから、その誘いに乗った。軽い気持ちで、彼の下についた。…………考えてみればますます不思議ではあるが、彼はそういう男なのだと言ってしまえばそれまでだ。疑問は霧の様に消え……いや、霧の様にモヤモヤとして残るばかり。やはり彼の事はさっぱり分からない。

(どんだけ考えても無駄か)

 ………ともかく…………ルチアーノ達を信用するかどうかはまだ保留だ。まずは彼らの事を調べてみるか。手掛かりは、名と、あのルチアーノの手の甲にあった蛇の刺青…………。

(…………って)

 と、そこでローエンは重要なことに気が付いた。

(情報網ゼロじゃねェかっ…………!)

 彼らがアクバールの下の人間である以上、アクバールは使えない。しかし自分が今まで情報収集を頼んでいたのはアクバールのみだ。他に情報網などない。自力で調べる力もない。そもそもローエンの人脈と言えば、いつも遊んでいるような女達だけだった。彼女達が頼りになるとも思えない。そもそもこんな事に巻き込めない。

(…………いや、待てよ…………一つだけ)

 ふと思い浮かんだ顔。何度か合わせた顔。………とても信頼し切れるとは言い切れないが、下手に他の人間に頼むよりは。

「……一か八か…………だな」

 痛たた、と、呟きながらローエンは立ち上がった。……少々不安ではあるが、とりあえずはルチアーノがいるはずの所へ向かう事にした。




「…………うっ………ぐぁ…」

「……もう終わりかい、呆気ないものだね、僕はまだ遊び足りないというのに」

 グラナートは酷く冷たい目をして、レオルーカの左肩に刃を突き立てていた。グラナートが手を動かす度、レオルーカは痛みに呻く。

「…………で?頭領さんは動かないの?」

 ニヤ、と笑ってグラナートはサルヴァトーレを見た。彼は机の向こう側で、動けずにいた。まだ傷は受けていない。だが、体が動かない。まるで石にでもなったかの様に、四肢は全くいう事を聞かない。重い重圧がのし掛かると言うよりかは、全身に刃を突きつけられている様な感覚だった。

「……動けないんだ。可哀想に、これなら睨むだけでも死んでしまいそうだね」

「…………若………若!」

「!」

 レオルーカの声に、サルヴァトーレはビクリとして我に帰った。焦点の合わなかった目を、ゆっくりとレオルーカへ向け、その視線を捉えてレオルーカは言う。

「…早く……お逃げ下さい、このままではっ……ぐあっ!」

「…………逃すとでも思ってるの?……馬鹿だな、この僕が一度殺すと決めたんだから死ぬに決まってるだろ」

 グラナートは大きなため息を吐いて、レオルーカから刃を引き抜いた。傷口から血が溢れる。彼の顔は徐々に蒼白になって行く。

「……もう放っておいても死ぬか。じゃあ次。……おいで」

「…………レオ……何をしてる……!早く立て!」

 サルヴァトーレは縋る様に叫んだ。それに応えようとして、レオルーカが重い身を動かす。しかし、次の瞬間グラナートに蹴り飛ばされた。

「………………っ‼︎」

「……叫ぶ気力も無いか。もう戦うのは無理だろ」

「…………レオ……!」

 レオルーカは動かない。息があるのかどうか、サルヴァトーレには分からなかった。ただ、恐怖心に入り混じって怒りが込み上げてきた。…………それは、目の前の白き死神へのものか、それとも。

「…………許さん……殺す!僕の名にかけて殺してやる!」

 銃がグラナートに向けられる。だが、グラナートはその手が震えているのを見逃さなかった。

「………僕を殺した所で、君は今後しばらく悪夢に魘される事になる。死んだとしても僕は君の心を蝕む。…………心が壊れるまで、居座って、内側から殺してやろう」

 おかしそうに笑って、そう言う。引き金が引かれた。弾はグラナートの左肩を掠めた。しかし、グラナートは微動だにしない。当たるはずがないと、確信しているようだった。

「……そうやってじわじわ苦しめられて死ぬのと、いまここで楽に死ぬのとどっちがいい?…………僕がここで見逃してやった所で結果は同じだ」

「…………戯事を………!」

「……そうだね、戯事だ。………ここで今、君は死ぬんだから」

「っ!」

 白い影が迫る。首が落ちた。サルヴァトーレはそう感じた。だが、まだ自分の首は繋がっていた。刃が首筋に当てられている。グラナートの顔がすぐそこにある。人情の欠片もない様な、人でなしの笑みがそこにあった。銃を持つ手は力無く下がる。ついにはそれを取り落とした。

 机の上に乗っていたグラナートはそれを見て、笑みを深める。

「動けないだろう?…………ハッハハ、綺麗にハマるものだね、彼の方がまだ腕は立つ様だ」

「………!」

 サルヴァトーレはグラナートの肩越しに、その奥で伏しているレオルーカに目を向けた。無惨。もう、本当に死んでしまっただろうか。そう思うと、恐怖心に覆い被さるように、強い悲しみと、憤りが湧いて来た。しかし、もう一歩のところでそれを行動に移せない。何かが、その感情を抑えつけている。

「…………いい部下がいたもんだね。そんじょこらの奴らにはやられやしなかっただろう。………けど、運が悪かった。僕らが来てしまったから」

「……お前は………何故僕達を」

「言っただろう?依頼人がいる。誰とは言わないけどね。…そうだな、君の来世の為に一つ教えておいてあげるよ」

 サルヴァトーレの耳元で死神は囁く。

「…………世の中には、絶対に敵に回しちゃいけない人間がいるんだよ」

 そこで、サルヴァトーレの意識は途切れた。




 白い服にベッタリと返り血を浴び、グラナートは片頬で笑う。そして、自分の手を見、呟く。

「………いけない……やり過ぎたかな………ははっ、まぁ、いいや。愉しかったし…………偶には悪くない」

 腹の満ちた獣の様な顔をして、グラナートは部屋を後にしようとした。が、途中、不意に足を掴まれた。

「…………あれ」

 見れば、倒れているレオルーカの手が自分の足首を捕らえていた。だが、俯せの顔が動く様子はない。

「……もう死んでるでしょ君、凄い執念だね」

 感心した様に笑い、グラナートはその手を振り払い、部屋を出て行った。後に残ったのは、惨劇の後だった。




「あれ、思ったより早かったなグラ………うぇっ⁈」

 既に合流していた三人の元に、グラナートがやって来た。しかしローエンはその姿に驚く。

「…………な、どうしたらそうなるんだよ」

「殺したら血は出るでしょ」

いつもの口調、だがどこか暗い。

「……汚れてるのは皆同じさ」

 と、グラナートは三人を見て言う。皆違わず返り血は浴びている。だが、グラナートが一番酷かった。

 と、見慣れないグラナートに唖然としていたローエンは、ふと彼が足を怪我している事に気付いた。

「………グラン、足」

「え?あ、あぁ、忘れてた。大した事ないよ」

「いや…………貫通してるだろそれ」

「……抜けてるだけ良いだろ、俺なンか中に残ってたから」

 と、そのルチアーノの言葉にグラナートは反応する。

「えっ⁈そりゃ大変だ、すぐ抜かないと…………」

「あれっ」

 いつものグラナートだ、と思うローエンの横を通り過ぎ、グラナートはルチアーノに近付く。

「…………あー、もう何とか抜いた。痛かったけど」

「………自力でなんて無茶しますね、消毒くらいしないと」

 と、小さめのポーチから消毒薬を出すグラナートを見て、ローエンは「持って来てんのかよ」と小声でツッコむ。

「…………あったたたたっ…」

「……帰ったら僕が治療しますから。それまでの応急処置はします」

「………血塗れの医者に言われても、何か信用出来ねェな…なっははは」

 と、しゃがんで作業をしているグラナートに、ルチアーノは笑って、グラナートだけに聞こえる様な声で言った。

「…………そういうとこ本当そっくりだな……」

「……………………⁈」

 ぞわり。グラナートの身の毛がよだった。……あの時、感じたのと同じ様に。…………だが、やはりまだ、はっきりとは分からない。…………そっくり?誰に…………。

 記憶の中をまさぐろうとした丁度その時、ローエンから声が掛かった。

「…………どうしたんだグラン、手が止まってるぞ」

「えっ、あっ」

 また、掴みかけたものはどこかへ行ってしまった。……彼は何かを知っている。自分に関する、何かを…………。

 一つ、ある事が過った。……だが、そんなはずはない、とそう思った。…………だって、彼はまだ。

 …………確証はない。だから、まだ穏便に過ごしておこう。

 グラナートはそう心に決め、今はただルチアーノの手当てに集中した。


#33 END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ