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Strain   作者: Ak!La
31/56

第31話 アルダーノフの柱

「侵入者は?」

「未だ始末出来ていないようですが」

「…………そうか」

 屋敷のとある部屋。奥の壁に掲げられた幕。そこに描かれているのはアルダーノフ・ファミリーの紋章である。

 その手前、立派な椅子に座った二十代くらいの男は、傍らにやって来た四十代くらいの男と会話していた。

 二人とも険しい顔である。四十代くらいの男の左目の横には、厳めしい刺青がある。オールバックにした黒髪と、肩に羽織っただけのスーツが、その強面を強調していた。

 しかし彼よりも年若い男は、物怖じせずにものを言う。それどころか、もう一人の方が敬語を使っている。

「ヴィトは何か手を打ったのか?」

「えぇ、まずはミケーレを行かせました」

「…………そうか」

「……俺は何をすれば?」

「僕の側にいろ、レオ」

「………分かりました」

 レオと呼ばれた男は、頭を下げてそう答えた。

「どんな輩であれ、このレオルーカが若様をお守りいたします」

 レオルーカ・リヴィンスキー、この組織の幹部の一人である。ローエン達が最も警戒する人物、その人だ。

 そして、もう一人の男こそ、ボスであるサルヴァトーレ・アルダーノフだ。静かな水色の瞳と、肩まで伸びた癖毛の金髪。若さにそぐわない冷静さが、そこにあった。

「失礼します」

「………何だ」

 と、入って来たのは眼鏡の男だった。歳はサルヴァトーレよりも少し上だろう。服装はスーツだが、足元はブーツだ。

「ミケーレが戦闘を開始したようです。しかし4人のうち3人はまだこちらへ」

「ヘテロを出せ。それでもダメならお前が行け、ヴィト」

「は。………レオルーカ、しっかりボスをお守りしろ」

「………言われなくとも分かっている」

 ヴィトは一礼して、サルヴァトーレの前から足早に去って行った。

「………さて、誰の差し金かは知らないが、僕の代でファミリーを滅びさせる訳にはいかない。……死ぬ事は絶対に許さない」

「承知しております」

「……お前には感謝してるよ、レオ。お前がいなければ僕は今こうしてここにはいない」

「いいえ、全て若様のお力です」

「そんな事はない。四人が僕について来てくれたからだよ。特にお前はずっと僕の側にいてくれている」

 と、サルヴァトーレは笑う。レオルーカは苦笑を返す。

「…………俺には若様をお守りする事以外は出来ません。だからその出来る限りの事をしているまでです」

「それだけで十分に心強いよ」

 さて、とサルヴァトーレは机の上で手を組んだ。

「………敵の情報は?」

「こちらです」

 と、レオルーカが差し出したのは、防犯カメラの写真。四人の顔がばっちりと映っていた。

「顔も隠さずに正面から堂々と。初めから戦うつもりだったか。腹立たしいな」

「…………この男、“悪魔のローエン”ですね」

「……ん?そうだな。…………しかし四人か?奴はいつも一人のはずだろう」

「いや、しかしコイツは確かに奴です」

「………ふむ。…………ならば他三人は?」

「………分かりません」

「……………。…まぁいい、ミケーレはどいつと応戦中だ」

「この金髪の奴です」

「そうか。………少々情報が足りないな。お前達を失うような事はしたくないのだが…………」

「心配ありませんよ、皆んなそうヤワではありません」

 レオルーカはそう言って笑う。しかしサルヴァトーレは緊張した面持ちを崩さない。

「厄介な事だ。しかし奴ら、ただでは済まさないぞ」

「はい」

「まずはミケーレとヘテロが、無事に仕留めてくれると良いな」

 そう言ってサルヴァトーレは、扉の方を見たのだった。




 ローエン達は屋敷の中を進む。下っ端の姿は見えなくなった。広い二階。どこに他の幹部がいるか分からない。

「…………手分けして探すか?」

「いや、それだと面倒だ。いっぺんに二人出て来られても困る」

 ローエンの提案にルチアーノが言う。ローエンも頷く。

「………まぁそうか、俺がヴィトじゃない奴に出会っても困るもんな………」

「そもそも僕ら、顔知らないけどね」

 と、グラナートが言ったその時、前方に人が立っているのを見つけた。

「………あれは…」

「止まれ」

 と、男がそう声を発した。道を塞がれているので、3人は彼の数メートル前で立ち止まる。

 ローエンはそこでコソッと、ルチアーノに問う。

「…………誰だ?」

「………あいつは…」

「他人に勝手に名を明かされるのは不愉快極まりない。どうせ知られているのなら自分で名乗ろう」

 言葉を遮り、男が言った。髪型は七三分けで、硬いイメージを与えている。

「私はこのアルダーノフ・ファミリーの幹部の一角、ヘテロ・ラドゥロフだ。ボスの命によりお前達を排除する」

「…………ハズレか」

「ハズレとはなんだ!」

 ローエンの呟きにヘテロは叫び、そしてハッとして咳払いをした。

「………ここで皆消えて貰おうか。我らがファミリーに手を出した事、後悔させてくれる」

「よし、ここは俺が出る」

 と、ルチアーノが言った。

「お前らは残るヴィトとレオルーカを探してくれ。あとボスもな。終わったら追う」

「………分かった」

「そう簡単に行かせると思うか?」

 ヘテロがしかめっ面で言った。ルチアーノはそれに対して答える。

「お前こそ、一人で三人も相手する気か?」

「ボスの元へ行かせる訳にはいかんからな。必要とあらば私一人でも」

「…………大層なこったな。でもそんなにのんびりしてる暇はねェんだ」

「時間は取らせんよ、すぐに片付ける」

「グラン、走るぞ」

「分かった」

「!」

 ローエンとグラナートが、ヘテロに向かって走り出す。ヘテロは一瞬驚いたようだったが、すぐに銃を構えた。

「行かせるものかっ!」

 と、しかし放った銃弾はグラナートの刃に跳ね返された。

「何っ⁈」

 そのまま走って来る彼ら。その時グラナートがヘテロへと刃を動かした。反射的にヘテロは避ける。するとその横を、ローエン達が駆け抜けて行った。

「しまっ……」

「おっとォ、お前の相手は、オーレ」

「!」

 すぐ後ろで、ルチアーノの囁き声がした。振り向き、自分に向けられた銃口を見た瞬間、ヘテロは動いた。直後銃弾が床を穿つ。硝煙の上がる銃を手に、ルチアーノは笑う。

「お前反射神経いいなァ、避けるとは思わなかった」

「…………仕方ないな」

 チッ、と舌打ちして、ヘテロは言う。それに対してルチアーノはヘラッとして肩を竦めた。

「まァなんだ、運が良かったと思え。三人で掛かっちゃ可哀想だもンなァ?」

「ナメて貰っては困る。私もファミリーを束ねる幹部だ。そう易々とやられやしない」

「そうかィ、ま、せいぜい楽しませてくンな」

 そう言ってルチアーノはニタッと笑った。その細められた隻眼を、ヘテロはギリッと睨みつけた。




 ローエンとグラナートはただひたすら屋敷内を進む。差し掛かった廊下には、ずらりと扉が並んでいる。

「………扉全部壊していい?」

 そこでグラナートが立ち止まり、そう言った。ローエンも足を止め、首を傾げる。

「…………何でだよ、時間かかるだろ」

「どこにサルヴァトーレが潜んでいるか、僕らには分からない。一つずつ開けていったほうが早い」

「……いや、開けるにしても」

「君に手間は取らせない。すぐに終わるよ、君は下がってて」

「えっ」

 と、ローエンが何か答える前に、グラナートが刃を手に、力強く床を蹴った。

 何が何だかよく見えない内に、グラナートが廊下の向こうまで駆け抜けていた。少しして、何か音がした。ピシ、とヒビが入るような音。直後、ローエンとグラナートの間にある全ての扉が、音を立てて崩れた。

「…………えー……」

 その光景に、ローエンは何も言えずに「え」の口のまま固まった。先でグラナートが振り向いて、ローエンに言った。

「早く。…………ここはハズレみたいだから」

「………どうやったらこうなるんだよ」

「木の扉くらいすぐに斬れるだろ」

「問題はそこじゃあねェんだよ」

 ハァ、とため息を吐いて、ローエンは軽く走ってグラナートに追いつく。

(グランって中々のチート人間だよな……)

 と、内心そう呆れつつ、元いた方を見た。人が出て来る気配はない。部屋は全て無人だったようだ。

「…さ、この調子で探して行こうか」

「…………無駄な労力な気もする」

「そうかい?」

「無駄、と言うより迷惑です」

「!」

 と、新たな声が前方からした。見れば、眼鏡の男が立っている。スーツに編み上げブーツ、何だかちぐはぐだ。

「……幹部かな?」

「そうだろ」

「ヘテロはしくじりましたか。………まぁいいでしょう、一人減っただけでも十分です」

「…………お前、誰だ」

 ローエンが訊いた。彼はハッ、と笑って答える。

「人に名を問う時は、自分が先に名乗るのが道理でしょう」

「……ローエン」

「グラナートだ」

「…………まぁ、ディアボロの方は知っていましたが」

「何なんだよ」

 ローエンはムカッとしてそう言った。すると、グラナートが首を傾げ、言う。

「………僕の事は知らない、と」

「えぇ。今ミケーレとヘテロが相手をしている者達もね。あなた達の今までの行動は全てカメラで見ていました。……特にそっちの、白い方。…………何なんですか」

「………そんな聞かれ方されたの初めてだなー」

 アッハハハとグラナートは笑う。そして、下ろしていたフードを、被る。

「……………これ」

「……おや、まさか“死神”ですか」

「………フード被らないと分かんないの?今眼鏡も掛けてないのに」

 呆れた様に言うグラナート。その様子に、ローエンは確信を持つと共に、少し引いた。

(…………グランの奴、変なスイッチ入ってやがる)

 いつもの温厚な様子はどこへやら、戦闘になるといつもこうだ。しかし、敵に対してキツい言い方をしていると言うよりかは、別人格が取り憑いている様な、そんな感覚になるのだ。今目の前にいるのは、いつものグラナートではない、とそうローエンは感じてしまう。

「“白の死神”の噂は………昔はよく聞きましたが今は聞きませんね。てっきり死んだものかと。……容姿についてはおおよそしか聞いてませんので。顔までは知りませんよ」

「………武器とかだいぶ特徴的だけどな」

 と、ローエンはボソリとそう呟いたが、誰にも聞こえていない様だった。

「…………っていうかこっちが名乗ったんだから名乗れ」

 ローエンがハッとしてそう言うと、彼は右手を腰に当て、答える。

「アルダーノフ・ファミリーが一角、参謀ヴィト・ジャルコフです。あなた達を排除します」

「………あ、お前か」

「何です?」

「うん、そうだね、じゃあ後は任せたよローエン」

「なっ⁈」

 フードを取り、一人駆け出すグラナート。ヴィトは驚き、通り過ぎるグラナートの横で動けなかった。

「…………なっ、どっ」

「すまねェな、俺始めっからお前探してたんだわ」

 ローエンはニッ、と笑って言う。しかし、すぐにフッと表情を消した。

「……まー俺はお前に何っの恨みもねェけど、仕事だから死んでくれ」

「…………ハナから狙いは僕ですか」

「……ていうか何でお前丁寧語なの?」

「目上の人間と赤の他人にはこう喋る事にしています」

「………ふーん、まぁいいや」

 律儀に答えてくれんのかよ、とローエンは心の中でツッコんだ。

「…………しかし、ターゲットの顔も知らなかったとは」

「お前らの事名前しか知らなかった。実を言えばお前らのボスの顔も知らねェ」

「………」

「けどお前が参謀で、ナイフ使いだって事は知ってる」

「…………そうですか」

 と、ヴィトは腰につけていたベルトポーチからコンバットナイフを取り出した。それを手の上でもてあそび、言う。

「………元から知られていては、隠す意味もありませんね」

「…………ナイフってそれかよ……」

「あなたは素手だと聞いていますが」

「…………」

 と、周りに何か使えそうなものもない。何もない廊下だ。

「……手加減はしませんよ?」

「してたら死ぬぞ」

「そうですね」

 先に動いたのはヴィトの方だった。あっという間に間合いを詰め、いきなりローエンの心臓を狙って来る。冷静に、彼はそれを躱す。引いた左手で、そのまま拳をヴィトの顔へ打ち込む。が、そう簡単には当たらない。ざっ、と下がったヴィト。ローエンは伸ばした左腕を戻し、首を鳴らす。

「…………いきなりは急ぎ過ぎだろ」

「……左利きでしたか?」

「いや?」

「……………そうですか」

「別にどっちの手だっていい」

 ローエンは構える。ヴィトも腰を低くして、ナイフを構えた。

「…僕に甚振る趣味はありませんので」

「俺もない」

「ならお互いさっさと決着はつけたいでしょう?」

「長引くかどうかはお前の力量による」

 ふん、とローエンはため息を吐いてそう答えた。そして、今度はローエンから仕掛ける。

 頭を狙った蹴り、ヴィトはしゃがんで避け、下からナイフを突き上げる。それを躱したローエンは、姿勢を屈め、足払いをかけた。

「!」

 ぐるっ、とヴィトの体が回る。背中から床に落ち、息を詰まらせた彼に間髪入れずローエンが拳を繰り出す。ヴィトは辛うじて横に転がり、避け切ったかと思われたが反撃に出ようとしたところでローエンの腕に首を捉えられ、壁へぶつかった。

「…………かはっ………!」

「……このまま締めてもお前は死ぬが、さっき言ったように苦しめんのは趣味じゃねェんだ」

「………ふっ……このまま…やられるわけな…」

 と、ヴィトがナイフを持った手を動かそうとした時、ローエンの膝蹴りが腹にめり込んだ。

「ゴハッ!」

「俺も長引くのは好きじゃない、疲れるからな」

 ヴィトが吐いた血が、ローエンの腕にかかった。白いシャツの袖に点々と赤いシミが出来る。

「……ハハッ、気が合いそうですねぇ…」

「なら、お互い利害が一致するよな?お前がさっさと死ねば」

「…………あなたはマトモな方だと思ってたんですが、十分イかれてますね」

「……仕事にゃ情は持ち込まない」

「なるほど、ターゲットに敬意を払う気持ちも、軽蔑する気持ちも…………どちらも無いという事ですか」

「誰も自分がマトモだなんて思っちゃいねえよ」

「…………そうですか、そうですね、この界隈にマトモな人間などいない」

 と、ヴィトが不意に前蹴りを繰り出した。狭い空間で器用に、ローエンを後ろへ吹っ飛ばす。

「!……がっ…」

 二、三歩後ろへよろめくも、持ち堪える。

「ンのやろっ…………」

 ヴィトは一歩大きく踏み出し、ナイフをローエンの首筋目掛けて突き出した。間一髪、ローエンは避け、連続して回し蹴りを繰り出す。ヴィトもそれを避けつつ、ナイフを何度も繰り出す。その一つが、ローエンの肩を掠めた。しかし傷は浅く、眉ひとつ動かさない。そして、ローエンの拳がヴィトの頬を打ち、倒れさせた。手放しかけたナイフを握りしめ、すぐ体を起こした彼は、目の前に立つローエンの顔を見上げる。次の瞬間、彼の足がヴィトの顎を打ち、彼は後ろへ吹っ飛んだ。


#31 END

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