第29話 蛇
ある日の事。ソニアも学校へ行っている昼間。彼女もだいぶ慣れて来たらしいが、まだ共に登校できる友人はおらず、ヴェローナに連れられて登校している。
それはさて置き、ローエンはグラナートと共に、アクバールに呼ばれていた。教会の扉の前で鉢合わせた二人は、中に入らずに話していた。
「グラン、何でその格好してんだ」
「……武装して来いって言われたんだけど」
と、白のロングパーカーをめくり、内側の武器をローエンに見せた。
「僕へも依頼するつもりなんだと思うよ」
「……………まぁ別にいいけどさ」
ふん、とローエンはため息を吐き、教会の扉へ手を掛けた。重い音を立てて、扉は外側へ開く。と、その時二人は目を疑った。
「………?」
「アクバール⁈」
叫んだのはグラナート。壇まで真っ直ぐ伸びた通路の先、何故かアクバールが椅子に縛られ、猿ぐつわをされている。
「……ンー!」
アクバールが何かを伝えようとした。その時、右手側から影が飛び出して来た。金髪の黒ずくめの青年が、ローエンへ襲い掛かる。
「!」
反射的にローエンは応じ、金髪の青年が出したナイフを躱した。ローエンが椅子の上へ登り、距離を取ると、男はナイフを三つ投げた。それをグラナートが間に入り、武器で全て弾く。跳ね返ったナイフが床へ落ちる前に、グラナートが金髪の男へと向かう。その隙にローエンがアクバールの方へと行こうとした時、もう一人、左目に眼帯をした赤毛の男が隣の椅子に立っている事に気付いた。
「………もう一人っ⁈」
「よぉ兄ちゃん、お邪魔してるぜ?」
彼はそう言うと、ローエンのいる椅子へと跳び、上段蹴りを放った。体を逸らして避けたローエンは、後ろの椅子へバク転して移動する。
「…………何なんだお前ら」
「敵だろ?」
「それは見りゃ分かる!」
この感じあいつに似てるな、と長髪の警官を思い浮かべながら、ローエンは右拳を放つ。だがヒラリと避けられる。男が椅子を降りたので、ローエンは椅子を一つ越えて降りる。
「…………いいねェ、状況がよぉく分かってる」
と、男はアクバールの方を指差す。
「俺らを殺さなきゃあいつが死ぬ」
「………何が目的だ」
前を開けた黒のスーツと、中の派手な赤いシャツ。ネクタイはしているが、袖は捲られている。どう見てもビジネスマンとかそういう人間ではない。右耳のすぐ後ろで結ばれた、ものものしい眼帯からしても、カタギの人間では無いように思える。………だとしたら、恐らくは裏社会の人間だろう。
男は不敵にニヤリと笑い、ローエンに言う。
「さぁ?力尽くで聞き出すかい?」
その後ろではグラナートが、金髪の青年と応戦していた。男は一定の距離を取り、投げナイフでの攻撃に徹している。グラナートはずっと、ただそれを弾いている。
「…………あのやろ…………投げ過ぎんなよ」
眼帯の男はその様子を見てそう毒づいた。
「………アレ……アサシンか」
「ん?まァそうだな、そンなトコだ」
眼帯の男はまた同じ様に笑うと、言う。
「まー……最初の奇襲が失敗したところで、あいつに勝機は無いな、今の状態じゃ」
「………?」
「本当は俺があっちの白いのとやりたかったなァ、ま、いーか、お前も手応えあ、り、そ、う、だ、しっ!」
「!」
男が構え、すぐに拳を繰り出して来た。ローエンが避けると、またすぐ次の攻撃が飛んで来る。避けるのに精一杯で、反撃の余地がない。
「………このっ…」
ローエンは避けざま、腕を掴み、男をひっくり返そうと試みた。が、逆にその腕を掴まれ、逃げる隙も無く自分が返された。
「…………⁇」
「残念、俺のが一手上だった」
と、仰向けのローエンに、男が銃を向ける。が、その首筋にグラナートの刃が当てられた。驚いた男がゆっくりと振り向くと、もう一方の刃で青年も制されていた。
「………ラファエルを捉えるたァ、やるねェ兄ちゃん」
「…………余裕ですね、僕が腕を動かしたらあなた死にますよ?」
「俺が指を動かしたらこの兄ちゃんが死ぬ」
「………………それは困る」
グラナートが首をちょい、と傾げて答えた。刃が僅かに眼帯の男の首筋に触れた。と、男は慌てて言う。
「あァちょっとタンマ!待って!」
「………一体何が目的………」
「そこまでにしたまえ、本当に死んでは困る」
「!」
声に、皆が壇の方を向いた。そこでは、縛られていたはずのアクバールが、普通に立っていた。
「おまっ…………何で!」
銃を突きつけられているのも忘れ、ローエンは叫ぶ。アクバールは笑って、ヒラヒラと手を振った。
「ほらルチアーノ、銃をしまいたまえ。万が一教会に傷がついたら困る」
「………元から弾入れてませんて……」
「⁈」
と、ルチアーノと呼ばれた眼帯の男はため息交じりに銃を下ろした。と、そして彼はにへら、と笑うとローエンを見下ろして言った。
「………すまんのぉ兄ちゃん、怖がらせて」
「こっ…………怖がってねえ‼︎」
「冗談だよ…………」
「………どういう事だアクバール」
グラナートはルチアーノの首筋に当てていた刃を下ろした。少し痛むのか、ルチアーノは首筋に手を当てた。
「…………あの」
「?」
後方から声がし、グラナートが振り向くと、金髪の青年が不満げな顔でグラナートの刃を指差した。
「………これ、退けてくれませんか」
「…………」
グラナートは無言で、そちらの刃も引っ込めた。謝るにはこの状況への不満が多過ぎた。グラナートは冷たい目でアクバールへ言う。
「………説明しろ」
「…………地が出ているぞグラナート、殺人鬼の目になっている」
「アクバール」
「分かったよ‼︎………ほんの悪戯のつもりだったのだが」
「…………悪戯で首が落ちたら洒落になりませんぜ…」
ルチアーノがそう言った。グラナートの後ろでは、青年が立ち上がっていた。
「遊びだからと気を抜いていただろう、君ならばグラナートすら抑えると踏んでいたんだが」
「話を逸らすなアクバール‼︎」
「……おっ、グラン………」
立ち上がったローエンは、グラナートのその迫力に驚いた。怒ったグラナートを見るのは初めてだった。
「…………紹介がてらにね。彼らに君らの実力を見て貰おうと思って………」
「危うく僕は殺されるところでした」
と、青年が言う。よく見ると睫毛が長く、瞳の色も美しい赤紫色で綺麗な顔立ちをしているが、その表情はずっと不満げである。一言で言えば、愛想がない。
「大丈夫だよラファエル、その前にワタシが止める」
「………俺が死にそうだったから止めたンすね……」
ルチアーノは苦笑を浮かべ、アクバールを見た。ラファエルと呼ばれた金髪の青年は、グラナートに言う。
「勘違いしないで下さいね、ルチアーノさんは貴方達より遥かに強いんですから。…………僕だって『ナイフ以外使うな』と言われていなければ貴方くらい」
「ラファエル」
ルチアーノにそう止められ、ラファエルは黙った。
「…………えーと、それで結局何なんだ」
ローエンが言うと、ルチアーノが答えた。
「うん、まぁ俺らはオルラントさんの……協力者?」
「何で疑問形だ」
「私兵の様なものです。………貴方達とは別の」
と、ラファエルがそう付け加えた。うんうん、とアクバールが頷く。
「まぁ、そんな所だよ。彼らには少し貸しがあってね」
「…………貸し?」
「それはいいがアクバール」
と、グラナートは未だ怒った様子で言う。
「どうしてこんなマネをしたんだ」
「………その口調やめてくれたまえよ、怖い」
「答えろ」
「…………尋問かね、ヤダヤダ」
「アクバール」
「分かったよ!」
先程と全く同じようなやり取りをし、アクバールは少し萎縮した様子で答える。
「………実力を見て貰うにも、普通の紹介じゃ面白くないと思ってね…………ワタシもルチアーノも、なかなか迫真の演技だったろう?」
「…………呆れてものも言えない。君が止める間も無く僕が………えーと、ラファエルを殺してたらどうするつもりだったんだ」
「そうはならないと踏んでいた。君は冷静な、賢い男だと思っているからね」
「………買い被りすぎだ」
「実際そうだったんだから良いだろう!………今の目を見ていると前言撤回したくもなるが」
「…君を先に殺そうか…………?」
「あー分かるぜ、この人たまにそう思いたくなるよな」
「ルチアーノ!」
「………すンません」
てへ、と首の後ろを掻くルチアーノの左手の甲に、黒い刺青がある事にローエンは気付いた。
「……………それ、蛇?」
「ン?あァ、まァ、蛇だな」
「3のようにも見えるけど」
「……厳密にゃ3じゃねェ」
ニ、と笑うルチアーノ。それ以上は言わなかった。
「…………それで?僕らを呼び出したのはまさかこれだけの為とは言わないよね?」
と、グラナートがいつもの口調に戻って言う。
「勿論。今回は君達四人で仕事をして貰う」
「四人⁈」
「そうだよ」
ローエンにそう、アクバールは笑って答え、皆の元へ歩いて来る。
「誰も怪我がなくて良かったね。これで支障なく仕事をこなせる」
「仕事の前にわざと危ない事させるな」
ローエンがそう文句を言うが、アクバールは肩を竦めただけで答えなかった。
「いつもの様にローエン一人にやらせるには少々相手が大きくてね」
「………………五十人くらいなら一人でやるぞ」
「おや兄ちゃん、簡単に言ってくれるねェ」
「ローエンだ」
「そうか。俺はルチアーノ・イラーリオ。ルチアーノでいい。よろしくな、ローエン。こっちは俺の部下のラファエル・コリスだ。ラファエルって呼んでやってくれ」
「………勝手に言わないで下さい」
「部下?」
「うん、まァ、そうだ。弟子みたいな」
「……ルチアーノさんは師匠じゃありません」
ラファエルが小さな声でブツブツと文句を言うが、ルチアーノは聞こえないフリをしていた。
「ローエンて、名前?苗字は?」
「…………無い」
「ふーん、そう」
ルチアーノはそれ以上追及しては来なかった。
「……自己紹介は済んだかね」
「おっと、そこの兄ちゃんの方は聞いてない」
と、ルチアーノはグラナートの方へ向いた。グラナートはラファエルと同じ様に不機嫌そうなまま、答えた。
「………グラナート・カテドラル。……グランでいい」
「機嫌直せよ…………」
「どうしてローエンはそんな早く馴染めてるんだ、危うく殺されかけたのは君だろう」
「いやでも、弾入ってなかったって」
「……………分かった。大人気ないのは僕の方か」
「そうか、まぁ噂は聞いてるよ、グラン」
「!」
ルチアーノの言葉に、グラナートは思わず目を見開いた。何か、不穏なものを感じたのだ。
「オルラントさんの友達なンだってな。強いって聞いてたから、本当は楽しみにしてたンだけどな。…………今度俺と闘ってくれるかい?」
「…………時間があれば」
「?…………何か俺、気に障るような事言ったかい?」
「…いや。別に何でも」
ふい、とグラナートはルチアーノから目を逸らした。不穏なものの正体は分からないままだ。会話のうちに消えてしまった。
「……そろそろいいかね。じゃあ本題に入ろう」
様子を見計らって、アクバールがそう切り出した。まぁ座りたまえ、と彼が言うので皆は適当に、近くの椅子に座った。
「今回頼みたいのは、ここいらで動き回っているマフィアグループだよ。最近このスラムへ拠点を移して来たようだ。これがまたタチが悪くてね。人身売買に臓器売買、麻薬の密売、武器の密輸。…………実に目障りだ。スラムの住人も既にいくらか被害に遭っている」
「………あァ、まー話にゃ聞いてますよ、えーと、名前はなンだったっけか……」
「“アルダーノフ・ファミリー”」
ルチアーノの言葉にアクバールはそう答えた。
「組織自体は数年前からある。だが今のアルダーノフは先代の息子だ。先代を殺して、頭領の座に着いた…………それからすぐ、こちらへ移って来たというが」
「規模は?」
ローエンが前の背もたれに頬杖をついて訊いた。
「五十くらいだね。そのうち幹部が四人、あとは普通の構成員」
「………五十なら俺一人でも…」
「幹部全員相手にするつもりかね」
「この前だって俺、幹部三人一人で相手したぞ……。いっぺんにゃ来なかったけど」
「ファイトクラブの件かね、あれと一緒にしてはいけないよ、全くの別物だ。殺しに関しては彼らはプロだからね」
「俺もプロだ」
「………年季の入り方が違うのさ。君はまだ若いのだよ。ルチアーノやグラナートならともかく」
「おや、俺ン事結構高く買ってくれてンすね?」
「当たり前さ、勿論ラファエルもね」
「………」
褒められてもなお、ラファエルはムスッとしたままだった。
「さて、まぁそういう訳だが、目的は殲滅ではなく弱体化だ。無理をすればこちらがやられかねないからな」
「じゃあターゲットは」
グラナートがそう訊いた。
「勿論、まず第一は頂点だ。サルヴァトーレ・アルダーノフ。彼と、幹部四人全員……は、無理だったとしても、そのうちのヴィト・ジャルコフは必ず殺してくれ」
「何故?」
グラナートの問いに答えたのは、ルチアーノだった。
「組織の参謀だから。………要するに頭だ」
「その通り。………彼らと、後は構成員を適当に蹴散らしてくれれば良い」
「………分担するのか?」
ローエンが訊くと、アクバールは肩を竦める。
「その辺りは君達に任せるよ。現場にいる人間が、臨機応変に対応した方が良いだろう?」
「……そうだな」
「まぁ、君達一人一人の戦力は大したものだ、単騎行動でも無理をしなければどうと言う事も無いとは思うがね」
「報酬は」
「仕事だからね。勿論出すよ、皆に等しくね」
と、アクバールは指を三本立て、すぐにその手を下ろした。
「さて、ではワタシは休むよ。一芝居打って疲れた。後は君達で何とかしてくれたまえ」
と、言うだけ言ってアクバールは自室へと引っ込んでしまった。
「………疲れるならやらなければいいのに」
「大変だなァ、いつもあの人に振り回されて」
ため息を吐くグラナートに、ルチアーノがそう言う。
「………あなた達もね」
「俺らはいいンだ、別に。好きでやってる」
「…………変わってる」
「変わってなきゃあ、非常識の塊のようなあの人とは一緒にはやってけねェよ」
「非常識の塊……」
「そうさ」
面白そうに笑うルチアーノ。笑みで細められた隻眼を見、グラナートは問う。
「…………その目は?」
「ン?あァ、これか。これは………まァ、そうだな」
ルチアーノはニヤ、と笑う。
「……解放すると力が出る」
「…………良かったですね」
「なっはは!そうか。ま、秘密だ」
楽しそうなルチアーノと、つまらなさそうなグラナート。ラファエルは一人、静かに床に落ちたナイフを拾い上げていた。
「………ナイフ投げ、独学?」
ローエンはふと、そう訊いた。ラファエルはゆっくりと顔をそちらに向けると、面倒臭そうに口を開いた。
「……………小さい頃に、教えられました」
「誰に?」
「ルチアーノさんです」
「……お前、孤児なの?」
「…………そんなものです。……でも別に親は恋しくありません」
「虐待?」
「いいえ、僕に天使の名前をくれたくらいです、十分に愛してくれてたでしょうね。…………けど僕は、それ以上にこの世界に魅入られた。………それだけです」
淡々としたその言葉を聞いて、ローエンは眉を顰めた。
「…………お前ってさ………戦闘狂なの?」
「戦闘は嫌いです」
「……じゃあ」
「好きなのは、殺す事です」
「!」
「…………あなたは?」
そう訊き返され、ローエンは少し困る。
「……別に、俺はどうも……。楽しいって思った事はない」
「じゃあどうして殺し屋を?」
「なりたくてなったんじゃない、やらされてるだけ」
「……………オルラントさんですか?」
「………まぁ、そういう事。でも、別に悪いとも思わない。お陰で強くなれたのは強くなれたし………他に行く所も無かったし」
「君くらいの顔なら、ホストクラブにでも行けば良かったのに」
グラナートがそう言った。しかしローエンは首を横に振る。
「俺は貢ぐ方が好きなの」
「あぁそうですか」
「センスの無い女に貰いたくもないものを貰いたくない」
「………君はちゃんと欲しいものをあげるわけ?」
「勿論」
君のそういうトコ分かんないなー、と、グラナートは呆れた風に言った。ローエンはただ、肩を竦める。
「ま、でも今こうしてなけりゃグランとも出会わなかっただろうし……それに」
ソニアとも、というのは口には出さなかった。まだ信用し切った訳ではない。不用意に身の回りの話はすべきでない。
「…………ま、今こうじゃなかったらどうこう、ってのは無意味な話だよな…」
「そうですね」
「………なんだラファエル、今日はよく喋るな」
ルチアーノが少し驚いた様子で言った。ラファエルはふい、とそっぽを向く。
「…………話し掛けられたら応えないと、失礼でしょう」
と、またナイフ拾いを始めた。
「……めっずらしいなァ、あいつなかなか他人に心開かないンだぜ?」
ルチアーノが感心した様子で、ローエンに言った。
「…………そう…なのか?」
「ああ。こりゃ上手く行きそうだな」
ニカッ、とルチアーノは笑う。
「んじゃよろしく頼むぜ、ローエンよ」
差し出されたその手を、ローエンはおずおずと取った。ぎゅ、と握られ、半ば反射的にローエンも握り返した。
「………よろしく」
#29 END




