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Strain   作者: Ak!La
29/56

第29話 蛇

 ある日の事。ソニアも学校へ行っている昼間。彼女もだいぶ慣れて来たらしいが、まだ共に登校できる友人はおらず、ヴェローナに連れられて登校している。

 それはさて置き、ローエンはグラナートと共に、アクバールに呼ばれていた。教会の扉の前で鉢合わせた二人は、中に入らずに話していた。

「グラン、何でその格好してんだ」

「……武装して来いって言われたんだけど」

 と、白のロングパーカーをめくり、内側の武器をローエンに見せた。

「僕へも依頼するつもりなんだと思うよ」

「……………まぁ別にいいけどさ」

 ふん、とローエンはため息を吐き、教会の扉へ手を掛けた。重い音を立てて、扉は外側へ開く。と、その時二人は目を疑った。

「………?」

「アクバール⁈」

 叫んだのはグラナート。壇まで真っ直ぐ伸びた通路の先、何故かアクバールが椅子に縛られ、猿ぐつわをされている。

「……ンー!」

 アクバールが何かを伝えようとした。その時、右手側から影が飛び出して来た。金髪の黒ずくめの青年が、ローエンへ襲い掛かる。

「!」

 反射的にローエンは応じ、金髪の青年が出したナイフを躱した。ローエンが椅子の上へ登り、距離を取ると、男はナイフを三つ投げた。それをグラナートが間に入り、武器で全て弾く。跳ね返ったナイフが床へ落ちる前に、グラナートが金髪の男へと向かう。その隙にローエンがアクバールの方へと行こうとした時、もう一人、左目に眼帯をした赤毛の男が隣の椅子に立っている事に気付いた。

「………もう一人っ⁈」

「よぉ兄ちゃん、お邪魔してるぜ?」

 彼はそう言うと、ローエンのいる椅子へと跳び、上段蹴りを放った。体を逸らして避けたローエンは、後ろの椅子へバク転して移動する。

「…………何なんだお前ら」

「敵だろ?」

「それは見りゃ分かる!」

 この感じあいつに似てるな、と長髪の警官を思い浮かべながら、ローエンは右拳を放つ。だがヒラリと避けられる。男が椅子を降りたので、ローエンは椅子を一つ越えて降りる。

「…………いいねェ、状況がよぉく分かってる」

 と、男はアクバールの方を指差す。

「俺らを殺さなきゃあいつが死ぬ」

「………何が目的だ」

 前を開けた黒のスーツと、中の派手な赤いシャツ。ネクタイはしているが、袖は捲られている。どう見てもビジネスマンとかそういう人間ではない。右耳のすぐ後ろで結ばれた、ものものしい眼帯からしても、カタギの人間では無いように思える。………だとしたら、恐らくは裏社会の人間だろう。

 男は不敵にニヤリと笑い、ローエンに言う。

「さぁ?力尽くで聞き出すかい?」

 その後ろではグラナートが、金髪の青年と応戦していた。男は一定の距離を取り、投げナイフでの攻撃に徹している。グラナートはずっと、ただそれを弾いている。

「…………あのやろ…………投げ過ぎんなよ」

 眼帯の男はその様子を見てそう毒づいた。

「………アレ……アサシンか」

「ん?まァそうだな、そンなトコだ」

 眼帯の男はまた同じ様に笑うと、言う。

「まー……最初の奇襲が失敗したところで、あいつに勝機は無いな、今の状態じゃ」

「………?」

「本当は俺があっちの白いのとやりたかったなァ、ま、いーか、お前も手応えあ、り、そ、う、だ、しっ!」

「!」

 男が構え、すぐに拳を繰り出して来た。ローエンが避けると、またすぐ次の攻撃が飛んで来る。避けるのに精一杯で、反撃の余地がない。

「………このっ…」

 ローエンは避けざま、腕を掴み、男をひっくり返そうと試みた。が、逆にその腕を掴まれ、逃げる隙も無く自分が返された。

「…………⁇」

「残念、俺のが一手上だった」

 と、仰向けのローエンに、男が銃を向ける。が、その首筋にグラナートの刃が当てられた。驚いた男がゆっくりと振り向くと、もう一方の刃で青年も制されていた。

「………ラファエルを捉えるたァ、やるねェ兄ちゃん」

「…………余裕ですね、僕が腕を動かしたらあなた死にますよ?」

「俺が指を動かしたらこの兄ちゃんが死ぬ」

「………………それは困る」

 グラナートが首をちょい、と傾げて答えた。刃が僅かに眼帯の男の首筋に触れた。と、男は慌てて言う。

「あァちょっとタンマ!待って!」

「………一体何が目的………」

「そこまでにしたまえ、本当に死んでは困る」

「!」

 声に、皆が壇の方を向いた。そこでは、縛られていたはずのアクバールが、普通に立っていた。

「おまっ…………何で!」

 銃を突きつけられているのも忘れ、ローエンは叫ぶ。アクバールは笑って、ヒラヒラと手を振った。

「ほらルチアーノ、銃をしまいたまえ。万が一教会に傷がついたら困る」

「………元から弾入れてませんて……」

「⁈」

 と、ルチアーノと呼ばれた眼帯の男はため息交じりに銃を下ろした。と、そして彼はにへら、と笑うとローエンを見下ろして言った。

「………すまんのぉ兄ちゃん、怖がらせて」

「こっ…………怖がってねえ‼︎」

「冗談だよ…………」

「………どういう事だアクバール」

 グラナートはルチアーノの首筋に当てていた刃を下ろした。少し痛むのか、ルチアーノは首筋に手を当てた。

「…………あの」

「?」

 後方から声がし、グラナートが振り向くと、金髪の青年が不満げな顔でグラナートの刃を指差した。

「………これ、退けてくれませんか」

「…………」

 グラナートは無言で、そちらの刃も引っ込めた。謝るにはこの状況への不満が多過ぎた。グラナートは冷たい目でアクバールへ言う。

「………説明しろ」

「…………地が出ているぞグラナート、殺人鬼の目になっている」

「アクバール」

「分かったよ‼︎………ほんの悪戯いたずらのつもりだったのだが」

「…………悪戯で首が落ちたら洒落になりませんぜ…」

 ルチアーノがそう言った。グラナートの後ろでは、青年が立ち上がっていた。

「遊びだからと気を抜いていただろう、君ならばグラナートすら抑えると踏んでいたんだが」

「話を逸らすなアクバール‼︎」

「……おっ、グラン………」

 立ち上がったローエンは、グラナートのその迫力に驚いた。怒ったグラナートを見るのは初めてだった。

「…………紹介がてらにね。彼らに君らの実力を見て貰おうと思って………」

「危うく僕は殺されるところでした」

 と、青年が言う。よく見ると睫毛が長く、瞳の色も美しい赤紫色で綺麗な顔立ちをしているが、その表情はずっと不満げである。一言で言えば、愛想がない。

「大丈夫だよラファエル、その前にワタシが止める」

「………俺が死にそうだったから止めたンすね……」

 ルチアーノは苦笑を浮かべ、アクバールを見た。ラファエルと呼ばれた金髪の青年は、グラナートに言う。

「勘違いしないで下さいね、ルチアーノさんは貴方達より遥かに強いんですから。…………僕だって『ナイフ以外使うな』と言われていなければ貴方くらい」

「ラファエル」

 ルチアーノにそう止められ、ラファエルは黙った。

「…………えーと、それで結局何なんだ」

 ローエンが言うと、ルチアーノが答えた。

「うん、まぁ俺らはオルラントさんの……協力者?」

「何で疑問形だ」

「私兵の様なものです。………貴方達とは別の」

 と、ラファエルがそう付け加えた。うんうん、とアクバールが頷く。

「まぁ、そんな所だよ。彼らには少し貸しがあってね」

「…………貸し?」

「それはいいがアクバール」

 と、グラナートは未だ怒った様子で言う。

「どうしてこんなマネをしたんだ」

「………その口調やめてくれたまえよ、怖い」

「答えろ」

「…………尋問かね、ヤダヤダ」

「アクバール」

「分かったよ!」

 先程と全く同じようなやり取りをし、アクバールは少し萎縮した様子で答える。

「………実力を見て貰うにも、普通の紹介じゃ面白くないと思ってね…………ワタシもルチアーノも、なかなか迫真の演技だったろう?」

「…………呆れてものも言えない。君が止める間も無く僕が………えーと、ラファエルを殺してたらどうするつもりだったんだ」

「そうはならないと踏んでいた。君は冷静な、賢い男だと思っているからね」

「………買い被りすぎだ」

「実際そうだったんだから良いだろう!………今の目を見ていると前言撤回したくもなるが」

「…君を先に殺そうか…………?」

「あー分かるぜ、この人たまにそう思いたくなるよな」

「ルチアーノ!」

「………すンません」

 てへ、と首の後ろを掻くルチアーノの左手の甲に、黒い刺青がある事にローエンは気付いた。

「……………それ、蛇?」

「ン?あァ、まァ、蛇だな」

「3のようにも見えるけど」

「……厳密にゃ3じゃねェ」

 ニ、と笑うルチアーノ。それ以上は言わなかった。

「…………それで?僕らを呼び出したのはまさかこれだけの為とは言わないよね?」

 と、グラナートがいつもの口調に戻って言う。

「勿論。今回は君達四人で仕事をして貰う」

「四人⁈」

「そうだよ」

 ローエンにそう、アクバールは笑って答え、皆の元へ歩いて来る。

「誰も怪我がなくて良かったね。これで支障なく仕事をこなせる」

「仕事の前にわざと危ない事させるな」

 ローエンがそう文句を言うが、アクバールは肩を竦めただけで答えなかった。

「いつもの様にローエン一人にやらせるには少々相手が大きくてね」

「………………五十人くらいなら一人でやるぞ」

「おや兄ちゃん、簡単に言ってくれるねェ」

「ローエンだ」

「そうか。俺はルチアーノ・イラーリオ。ルチアーノでいい。よろしくな、ローエン。こっちは俺の部下のラファエル・コリスだ。ラファエルって呼んでやってくれ」

「………勝手に言わないで下さい」

「部下?」

「うん、まァ、そうだ。弟子みたいな」

「……ルチアーノさんは師匠じゃありません」

 ラファエルが小さな声でブツブツと文句を言うが、ルチアーノは聞こえないフリをしていた。

「ローエンて、名前?苗字は?」

「…………無い」

「ふーん、そう」

 ルチアーノはそれ以上追及しては来なかった。

「……自己紹介は済んだかね」

「おっと、そこの兄ちゃんの方は聞いてない」

 と、ルチアーノはグラナートの方へ向いた。グラナートはラファエルと同じ様に不機嫌そうなまま、答えた。

「………グラナート・カテドラル。……グランでいい」

「機嫌直せよ…………」

「どうしてローエンはそんな早く馴染めてるんだ、危うく殺されかけたのは君だろう」

「いやでも、弾入ってなかったって」

「……………分かった。大人気ないのは僕の方か」

「そうか、まぁ噂は聞いてるよ、グラン」

「!」

 ルチアーノの言葉に、グラナートは思わず目を見開いた。何か、不穏なものを感じたのだ。

「オルラントさんの友達なンだってな。強いって聞いてたから、本当は楽しみにしてたンだけどな。…………今度俺とってくれるかい?」

「…………時間があれば」

「?…………何か俺、気に障るような事言ったかい?」

「…いや。別に何でも」

 ふい、とグラナートはルチアーノから目を逸らした。不穏なものの正体は分からないままだ。会話のうちに消えてしまった。

「……そろそろいいかね。じゃあ本題に入ろう」

 様子を見計らって、アクバールがそう切り出した。まぁ座りたまえ、と彼が言うので皆は適当に、近くの椅子に座った。

「今回頼みたいのは、ここいらで動き回っているマフィアグループだよ。最近このスラムへ拠点を移して来たようだ。これがまたタチが悪くてね。人身売買に臓器売買、麻薬の密売、武器の密輸。…………実に目障りだ。スラムの住人も既にいくらか被害に遭っている」

「………あァ、まー話にゃ聞いてますよ、えーと、名前はなンだったっけか……」

「“アルダーノフ・ファミリー”」

 ルチアーノの言葉にアクバールはそう答えた。

「組織自体は数年前からある。だが今のアルダーノフは先代の息子だ。先代を殺して、頭領の座に着いた…………それからすぐ、こちらへ移って来たというが」

「規模は?」

 ローエンが前の背もたれに頬杖をついて訊いた。

「五十くらいだね。そのうち幹部が四人、あとは普通の構成員」

「………五十なら俺一人でも…」

「幹部全員相手にするつもりかね」

「この前だって俺、幹部三人一人で相手したぞ……。いっぺんにゃ来なかったけど」

「ファイトクラブの件かね、あれと一緒にしてはいけないよ、全くの別物だ。殺しに関しては彼らはプロだからね」

「俺もプロだ」

「………年季の入り方が違うのさ。君はまだ若いのだよ。ルチアーノやグラナートならともかく」

「おや、俺ン事結構高く買ってくれてンすね?」

「当たり前さ、勿論ラファエルもね」

「………」

 褒められてもなお、ラファエルはムスッとしたままだった。

「さて、まぁそういう訳だが、目的は殲滅ではなく弱体化だ。無理をすればこちらがやられかねないからな」

「じゃあターゲットは」

グラナートがそう訊いた。

「勿論、まず第一は頂点だ。サルヴァトーレ・アルダーノフ。彼と、幹部四人全員……は、無理だったとしても、そのうちのヴィト・ジャルコフは必ず殺してくれ」

「何故?」

 グラナートの問いに答えたのは、ルチアーノだった。

「組織の参謀だから。………要するに頭だ」

「その通り。………彼らと、後は構成員を適当に蹴散らしてくれれば良い」

「………分担するのか?」

 ローエンが訊くと、アクバールは肩を竦める。

「その辺りは君達に任せるよ。現場にいる人間が、臨機応変に対応した方が良いだろう?」

「……そうだな」

「まぁ、君達一人一人の戦力は大したものだ、単騎行動でも無理をしなければどうと言う事も無いとは思うがね」

「報酬は」

「仕事だからね。勿論出すよ、皆に等しくね」

 と、アクバールは指を三本立て、すぐにその手を下ろした。

「さて、ではワタシは休むよ。一芝居打って疲れた。後は君達で何とかしてくれたまえ」

 と、言うだけ言ってアクバールは自室へと引っ込んでしまった。

「………疲れるならやらなければいいのに」

「大変だなァ、いつもあの人に振り回されて」

 ため息を吐くグラナートに、ルチアーノがそう言う。

「………あなた達もね」

「俺らはいいンだ、別に。好きでやってる」

「…………変わってる」

「変わってなきゃあ、非常識の塊のようなあの人とは一緒にはやってけねェよ」

「非常識の塊……」

「そうさ」

 面白そうに笑うルチアーノ。笑みで細められた隻眼を見、グラナートは問う。

「…………その目は?」

「ン?あァ、これか。これは………まァ、そうだな」

 ルチアーノはニヤ、と笑う。

「……解放すると力が出る」

「…………良かったですね」

「なっはは!そうか。ま、秘密だ」

 楽しそうなルチアーノと、つまらなさそうなグラナート。ラファエルは一人、静かに床に落ちたナイフを拾い上げていた。

「………ナイフ投げ、独学?」

 ローエンはふと、そう訊いた。ラファエルはゆっくりと顔をそちらに向けると、面倒臭そうに口を開いた。

「……………小さい頃に、教えられました」

「誰に?」

「ルチアーノさんです」

「……お前、孤児なの?」

「…………そんなものです。……でも別に親は恋しくありません」

「虐待?」

「いいえ、僕に天使の名前をくれたくらいです、十分に愛してくれてたでしょうね。…………けど僕は、それ以上にこの世界に魅入られた。………それだけです」

 淡々としたその言葉を聞いて、ローエンは眉を顰めた。

「…………お前ってさ………戦闘狂なの?」

「戦闘は嫌いです」

「……じゃあ」

「好きなのは、殺す事です」

「!」

「…………あなたは?」

 そう訊き返され、ローエンは少し困る。

「……別に、俺はどうも……。楽しいって思った事はない」

「じゃあどうして殺し屋を?」

「なりたくてなったんじゃない、やらされてるだけ」

「……………オルラントさんですか?」

「………まぁ、そういう事。でも、別に悪いとも思わない。お陰で強くなれたのは強くなれたし………他に行く所も無かったし」

「君くらいの顔なら、ホストクラブにでも行けば良かったのに」

 グラナートがそう言った。しかしローエンは首を横に振る。

「俺は貢ぐ方が好きなの」

「あぁそうですか」

「センスの無い女に貰いたくもないものを貰いたくない」

「………君はちゃんと欲しいものをあげるわけ?」

「勿論」

 君のそういうトコ分かんないなー、と、グラナートは呆れた風に言った。ローエンはただ、肩を竦める。

「ま、でも今こうしてなけりゃグランとも出会わなかっただろうし……それに」

 ソニアとも、というのは口には出さなかった。まだ信用し切った訳ではない。不用意に身の回りの話はすべきでない。

「…………ま、今こうじゃなかったらどうこう、ってのは無意味な話だよな…」

「そうですね」

「………なんだラファエル、今日はよく喋るな」

 ルチアーノが少し驚いた様子で言った。ラファエルはふい、とそっぽを向く。

「…………話し掛けられたら応えないと、失礼でしょう」

 と、またナイフ拾いを始めた。

「……めっずらしいなァ、あいつなかなか他人に心開かないンだぜ?」

 ルチアーノが感心した様子で、ローエンに言った。

「…………そう…なのか?」

「ああ。こりゃ上手く行きそうだな」

 ニカッ、とルチアーノは笑う。

「んじゃよろしく頼むぜ、ローエンよ」

 差し出されたその手を、ローエンはおずおずと取った。ぎゅ、と握られ、半ば反射的にローエンも握り返した。

「………よろしく」


#29 END

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