表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Strain   作者: Ak!La
28/56

第28話 恐るるなかれ、愛する人よ

 クローディアは大型のナイフを手に、ローエンへと襲いかかる。だがローエンは余裕げな顔で、それをさばき、顔へ拳を突き出した。彼女は間一髪のところで避けると、下からナイフを突き上げる。ローエンには当たらない。続けて横へ振ったが、またしても避けられた。

「………真っ向の戦闘は向いてないんだ?」

「!」

「奇襲とか不意をつく方が得意なんだろ」

 ローエンの言葉に、クローディアは一層素早く、短剣を突き出した。首を曲げたローエンの横髪を刃が掠め、顔の横を通り過ぎた腕を、ローエンは捕まえる。慌てて振り払おうとするクローディア。しかし、女の力ではローエンの握力から逃れられはしなかった。

「………つーかまーえた」

「……………放しなさい!」

「だーめ。…………お前さぁ、まだ母さんの依頼で動いてんの?」

「………⁈」

「何でそれを、って顔だな。…まぁ、勘だったんだが、たまたま当たってたってだけだ」

 ローエンは暗い笑みを浮かべると、ギリ、と手に力を入れる。痛みにクローディアが顔を顰め、ローエンはその顎に指を添えた。

「………今、動いてるのは半分くらい私情だろ?」

「………………そうね」

「なら情けは要らないよな」

「!」

 メキリ、とクローディアの腕が音を立て、激痛が走った。

「あああぁぁっ‼︎」

「……と言いたい所だが今日はこの辺で勘弁しといてやる」

 腕を離され、クローディアは膝をついて痛む右腕を抑えた。そのまま動けないでいるクローディアに、ローエンは鼻で笑う。

「……………何、折られたこと無かった?」

「………うぅっ……!」

 涙の滲む目を向けられ、ローエンは困ったような笑みを返す。

「何だ、そんな顔すんなよ、俺が悪者みたいだろ………?」

 ローエンはしゃがみ、クローディアと目線の高さを合わせ、言う。

「………俺は街では出来るだけ穏便に暮らしたいんだよ。ここがスラムならお前の命はねェ」

「………………」

「これでもまだ懲りずに来るなら結構だが、ヴェローナや皆んなに手を出そうものなら、俺は絶対どこだろうとお前を殺す」

 初めに会った時と同じような事を言い、そして立ち上がった。クローディアは体が動かなかった。足には何の支障もないはずだが、立てなかった。

 きびすを返して立ち去るローエン。その後ろ姿を、クローディアはただ見ていることしか出来なかった。

 クローディアが動く気配がないのを確認しつつ、ローエンは後ろへ下がっていたヴェローナへ寄って行った。

「………行くぞヴェローナ」

 そう声を掛けても、目が合わなかった。こちらを見ているのだが、視線がローエンを通り抜けてしまっている。

「ヴェローナ?」

「!……あ、えぇ、ごめんなさい、何?」

 ハッと我に返り、ようやくヴェローナと目が会った。しかし穏やかな目ではない。………怯えている目だ。

「…………大丈夫か」

「えぇ、うん!」

「はやくここ離れるぞ」

「………分かった」

 と、そう答えるヴェローナから荷物を受け取り、ローエンは彼女の手を引いて、走り出した。




「……………待って……疲れた」

 少しして、手を引かれたままヴェローナがそう言った。気付けば人通りも多い大通りに出ていた。学園に近い場所である。

「………あぁ、悪い……もうそろそろ大丈夫だな」

 と、ローエンは足を止め、ヴェローナの手を放した。ハァハァと息を切らすヴェローナ。ローエンがその肩に触れると、彼女はビクッとした。ローエンはその反応に驚いて、言う。

「………お、おう…?悪い、びっくりさせたか」

「……………ごめんなさい………ちょっと、うん、びっくりした、って言うか…」

「?」

「……分かってるんだけど……リタは怖い人じゃないって」

「………………!……あっ」

「いいの。逃げなかった私も悪いし、ね」

 と、よろけたヴェローナを、慌ててローエンは支える。と、その時彼は、ヴェローナの体が震えている事にようやく気付いた。

「………ヴェローナ」

「……ちょっと、力入んなくって………あはは」

 そう頼りなく笑うヴェローナに、ローエンはとても申し訳ない気持ちになった。

「………気が利かなくて悪い、そりゃあ、怖えか」

「ううん。………腕、大丈夫なの?」

「ん?………あぁこれは別に、そんな深くないからもう止まってるよ」

 ちょっと痛ェけど、と、切れた袖を上げて見せた。

「…………分かってたつもりなんだけどなぁ、いざ目の前にすると駄目ね」

「それが普通の反応だよ」

「でもソニアちゃんは平気じゃない」

「うーん、あいつは特殊なんだよ。色々と」

 と、そこでローエンはふと思い出して、言う。

「……そうだ、時間潰すんだよな………?」

「え、えぇ。そう」

「じゃあ一度俺ん家来て、昼飯食べてから、その後二人で街ぶらぶらするってのは…………?いや、お前さえ良ければなんだが」

「…………いいわよ、どうせする事も無かったし。デートも久し振りだものね」

「頑張ってエスコートさせて頂きますよ」

 茶化すように、ローエンは首を傾げて笑った。そして彼は腰を下り、ヴェローナへ手を差し出す。

「さて。ではお嬢さんお手を」

「もう、すぐそうやって調子に乗るんだから」

「…………少しぐらいいいだろー、今日はめでたい日だ」

「………そうね」

 コホン、とヴェローナは咳払いすると、自然な笑顔を作り、ローエンの手を取る。

「…………よろしく頼むわよ騎士様」

「………いいね、悪くない」

「何よ」

「まぁ俺は騎士ってガラじゃあ無いけど」

「うるさいわね、さっさと行きましょほら」

「仰せのままに、お姫様」

「もう」

 ため息を吐きながらも、ヴェローナはローエンに今度は優しく手を引かれて行った。




「お姉ちゃん!」

 意識を取り戻したミシディアが、先程のローエンと同じように飛び降り、下でうずくまっていたクローディアへと駆け寄った。

「どうしたの⁈大丈夫?」

「…………ミシディア………無事で良かった」

「………腕………」

「………片手で折られたわ、私ももう少し鍛えなきゃね…」

「お姉ちゃんはそのままでいいよ。…………立てる?」

「………えぇ、足はどうもないから…」

「じゃあどうして追わなかったの?」

「…………何だか力が入らなくて………」

「あぁ、分かる、なんか体が動かなくなるのね」

 うんうん、とミシディアは頷いてそう言った。

「………どうする?なんか、思った以上なんだけど」

「…………あんたがいるのも早々にバレてたみたいね」

「何、超能力者なの、あれ」

「………ただの女たらしよ」

「えぇ、キモい」

 クローディアは立ち上がり、腕の痛みに顔を顰める。

「……どんな握力してんのよまったく……」

「ただの女たらしは嘘だね」

「ふん。………いいわ、こうなったらこっちも出るとこ出るわよ」

「と言いますと?」

 ミシディアの問いに、クローディアは不敵に笑う。

「…………あの女を、利用してやるわ」

「えー、でも手ぇ出したら怒られるんでしょ?」

「どの道同じよ、それに、いざ人質を取られたら普段通りには動けなくなるわよ」

「そーかなぁ」

「………もう頭来たわ、あの男、タダ殺してやるんじゃ済まさないんだから」

 ふふふふと笑うクローディアに、ミシディアは言う。

「ねぇお姉ちゃん、そろそろ一回依頼主と合流しない?」

「……そうね、それに、手を貸してくれるかもしれないわ」

 クローディアはそう言って、笑う。高まる復讐心に、もう痛みなど、どうでも良くなっていた。




 その日の夕方。何だかんだでローエンも、ヴェローナと共に学園の前に来ていた。ぞろぞろと、初等部から高等部までの学生が門から出て来る。その脇で、ローエンとヴェローナは立っている。じっ、と影のように佇んでいるローエンに、ヴェローナは言う。

「堂々としてなさい、大丈夫だから」

「………だけどよ…………」

「おかーさん!」

「!」

 校門から、ソニアが駆けて来た。まっすぐにヴェローナへ駆け寄り、抱きついた。と、そしてその後ろにいるローエンに気付く。

「あれ、おとー……さん」

 語尾が小さくなった。恐らく周りの事を気にしているのだろう。ローエンは苦笑し、応える。

「よ。楽しかったか」

「うん!」

 晴れ晴れとした表情で、ソニアは答えた。

「あのね、お友達出来たんだよ」

「あのリノっていう子?」

 ヴェローナが聞くと、ソニアは大きく頷いた。

「うん!他にもね、たくさん」

「そう、良かったわね」

「………思ったより馴染めてて良かった」

 ほっ、とローエンがため息を吐いた時、前方にニコラスが現れた。あっ、と表情を緩めるヴェローナ。

「学長さん」

「おやおや、旦那さんも一緒かね」

「!」

 その言葉に、ローエンは彼を警戒したが、ニコラスはヒラヒラと手を振る。

「冗談だよ。肩の力を抜きたまえ。私は敵ではないよ、ローエン君」

「………何で俺の名前」

「話は聞いているからね。………悪魔の噂も知らん訳では無いが」

「……………話って」

「アクバールさんとお知り合いなんですって」

 ヴェローナがそう言うと、ローエンはさらに眉根を寄せる。

「アクバールぅ?」

「ますます信用ならんというような顔だね」

 やれやれ、とニコラスは肩を竦める。

「私はニコラス・プレイスト。この学園の学長だ。よろしく頼むよ」

「………あんた学園のトップだろ?」

「さよう、だからまぁ、安心してここへは来たまえ。多少の事はなんとかなる」

「……………なんとか…って……」

 アクバールの知り合いらしいな、とローエンは思った。アクバールよりかは幾分かマシだが、ローエンにしてみれば十分に怪しいと感じられた。

「………アクバール君についてよく分からないのは私も同じだよ。だが深くは詮索せんようにはしている。根は悪い人間では無いのだよ、彼は」

「………逆だよ、根が悪い奴なんだ」

「ほう」

「善人っぽく振舞ってはいるけど」

 ローエンがそう言うと、ニコラスは愉快そうに笑う。

「はっはっは、なるほど、一理あるかもしれんな」

「………何が可笑しいんだよ」

「いや、その方がしっくり来ると思ってね。彼は信頼してもいいが」

「信用してはいけない」

「………おやおや、これは」

「俺もそう思ってる」

 ニ、とローエンはそう言って笑った。

「どうちがうの?」

 ソニアが訊いた。

「………んー、頼ってもいいけど裏切られる覚悟はしとけって事」

「………そうなの?」

「……多分」

 そう、曖昧に答えるローエン。ニコラスは柔らかな笑みを浮かべている。

「さて、ではそろそろ私は仕事に戻るよ。また明日。気をつけて帰りたまえよ」

「さよならせんせー!」

 ソニアが元気にそう言った。ニコラスに見送られ、ローエン達は帰路へついた。




 三日後、仕事の為にローエンはアクバールに教会へ呼ばれていた。

 いつもの部屋、仕事の話に入る前に、アクバールは目の前に座るローエンに言った。

「そう言えば君、ニコラス神父に会ったのかね」

「……本人に聞いたのか?」

「質問に質問で返さないでくれたまえよ。先に答えるのは君だ」

「………なんか責められてるみたいだな」

 会ったよ、と答えると、アクバールはふむ、と足を組み、言う。

「君はてっきりあの学園へは行かないものだと思っていたが………どうだった?」

「どうって………」

「ニコラス。彼にどういう印象を受けた」

「………別に……いい人そうに見えたけど」

「ワタシとは違う?」

「違う」

 きっぱりと、ローエンが即答するとアクバールは少し落ち込む。

「………神父=胡散臭いというイメージという訳でもないのだな」

「アクバール=胡散臭いだ」

「ワタシが何かしたかね?」

「あの人も同じように思ってるみたいだった」

「………それは心外だね」

「でもいい人だって」

「神父に悪い人間はおらんよ」

「それはどうかな」

 肘掛で頬杖をつくローエン。真顔で見られ、アクバールは僅かばかり身を引く。

「………どういう意味だね?」

「お前は底なし沼。…うっかり踏み込んだらもう戻れない」

「……分かるように言いたまえ」

「そういう………何にも物怖じしない態度とか。お前が誰かに「さん」付けしてるのとか聞いた事ない。……女性はともかく」

「何が言いたい?」

「お前は悪い人間だ」

「………」

「俺を“殺し屋”として見て付き合ってるし……普通神父はそんな事しない。俺が知る限り、お前が怖がったのは警察だけ。………でも警察にも内通者が」

「ワタシは一言もそんな事は言ってないがね」

「………」

「……踏み込めば戻れないと言ったのは君だよ、ローエン。ワタシは別に止めはしないが、自分でそう思うのならそれに従う方が身の為だと思うがね?」

 少々威圧的に言われ、ローエンは口を閉ざす。アクバールは小さく笑い、両手を肩の横で広げた。

「さて、まぁ“冗談”はさて置き、仕事の話に移ろうか」

 と、しれっとしてアクバールは本題へ移った。ローエンもそれ以上追及しようとは思わなかった。

(……やれやれ、牙を剥くのは死神ばかりと思っていたが)

 話しながら、アクバールはそんなことを思う。

(グラナートの言葉を借りれば、悪魔も時には魔王へ牙剥く、というところか……)

 内心、アクバールは可笑しそうに笑ったが、顔には出さない。表ではごく普通に、仕事の話をしている。

「さて、では、よろしく頼むよ」

(ずっと隠しているのも面倒だ、少しくらいネタばらしした方が、彼も落ち着くかね………?)

 ローエンが立ち上がり、いつもの様に出て行く。それを見送りながら、アクバールはそんな事を考えていた。


#28 END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ