表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Strain   作者: Ak!La
27/56

第27話 出会いと再会

 ソニアの登校初日。制服を着て緊張気味のソニアは、ローエンに文字通り張り付いていた。もうすぐ出る時間だ。ローエンは困った顔をして、ソニアに言う。

「…………ソニア、そろそろ行かねェと」

「……うん」

「な。大丈夫だって。心配すんな」

「うん。がんばる」

 ソニアはローエンから離れ、それでも心配そうにローエンを見ていたが、やがてその向かい側に立つヴェローナの方へ行った。

「…………いってきます!」

「おう」

 ローエンは笑って、ソニアにそう答えた。




 国立アザリア学園は、初等部・中等部・高等部からなる大きな学園である。その広大な敷地はアザリアのまさに中心に位置し、街の中は勿論、外からも生徒がやってくる。

「ようこそ諸君、我がアザリア学園へ。途中からだが、大いに歓迎するよ。存分に学び、共に切磋琢磨したまえ」

 学園の中心にある立派なチャペル。人はとても少ない。ソニアとヴェローナの他に編入生とその保護者が合わせて六人、そして壇上には白髪の眼鏡をかけた神父らしい男が立っていた。学長のニコラス・プレイストである。

 アクバール以外の神父というものを見た事が無かったソニアは、これが本当の神父というものなのだと言うことを、子供ながら感じていた。

「ここには数多あまたの施設があり、数多の人間がいる。その環境に来られた事の、神への感謝を日々忘れぬよう。そして、これから君達に訪れる日々に、神の祝福のあらん事を。……さて、挨拶はこれくらいにして、早速君達のクラスへと案内しようかね。初等部の二人は同じA、中等部の君はD、高等部の君はBへ。良いかね。初等部へは私が案内しよう。中等部は先生、高等部へはブラック先生。よろしく頼むよ」

 と、端に控えていた二人の教師が出て来た。一人は女性、もう一人は男性だった。女性の方は眼鏡を掛け、気難しそうな雰囲気だった。一方男性は、気の良さそうな顔をしている。

「さて、行こうか諸君。仲間達が待っている」

 ニコラスはにこやかに笑って、そう言った。




「ねえ、あなた、名前は?」

「!」

  ニコラスに連れられて校内を歩いている途中、一緒にいた少女がソニアに話しかけて来た。ソニアは少し困ったようにヴェローナを見てから、彼女に答えた。

「…………ソニア」

「そっか、ソニアちゃんっていうんだ。私リノ。よろしくね」

 リノはふんわりとした笑顔で、ソニアにそう言った。

「これからおんなじクラスだね。私ね、他のまちから転校して来たんだ。ソニアちゃんは?」

「…………うーん」

「?」

「ソニアはね、スラムで育ったの」

「?………へえ」

「だからね、学校に行けなかったの」

 その様子をヴェローナは内心はらはらしながら見守っていたが、リノもその母親も、特に嫌そうな顔はしなかった。

「そうなんだ。じゃあ、良かったね!」

「?」

「学校、来れるようになったんだ!良かったね」

 少し、間が空いてから、ソニアは笑って頷いた。

「うん!」




 ソニアはクラスに案内され、ヴェローナはする事も無いので適当に校内を散策していた。ヴェローナは中等部から、この学園の出身である。懐かしいな、という気持ちで歩いていた。

「デルファイアさん」

「!」

 そう声を掛けられ、振り向くとニコラスがにこやかな表情で立っていた。彼はヴェローナが在学していた当時もここで学長をしていた。今より随分と若かったが、その面影は今も残っているように感じた。

 …………だが、ヴェローナが覚えていても、ニコラスの方も覚えているとは限らない。

「少しお話しできますかな」

 そう言われ、緊張しながらも、ヴェローナは「はい」と答えた。

 彼は近くのベンチにヴェローナを手招きし、隣に座らせた。顔を見れないでいるヴェローナに、ニコラスの方から話しかけた。

「…………そう緊張せずとも良い、私には何も隠す必要はないからな」

「!」

「オルラント君は私の長い友人でね。………大体の事情は彼から聞いているよ」

 驚きのあまり、言葉が出なかった。そして、安心感というよりも、妙な警戒心が芽生えてしまった。

「………それで……私に何か」

「いいや。特にどうという事もないがね。ただ、知っておいて欲しかったのだよ。私は君達の味方であると」

「…………」

「ローエン君、だったか。彼の事もよく聞いている。悪い人間ではないとオルラント君が言っていたから、それほど心配はしておらんよ。………君は娼婦だそうだが」

「……お恥ずかしながら」

「いやいや、良いのだよ。神の前では皆平等、そこには身分も職業も、何も関係ない。…………そういう風な教育を心掛けているのだが、どうも行き届いていない輩もいるようだ。まぁ皆人間なのだから仕方のない事だとは思うが、君やソニア君が辛い思いをせぬように、精一杯取り組むとしよう。何、そういう事情の子は彼女だけでもない。それに、一緒に入って来たあの子の様に仲間も出来るだろうな」

 これが本当の神父か、と思うような表情でニコラスは言う。そして、彼ならば、任せても良いと感じられた。

 思い返せば、自分が在学していた当時も、彼はこんな感じであった。強面とは裏腹に優しい人柄で、学生であった自分が彼に抱いていたのは好意だった。

 …………今も、この人は変わらない。そう思った。

「警戒は解いて貰えたかね」

「………えっ」

「いやはや、顔に出ていたよ。………まったく、オルラント君は信用されていないのかね?」

「……えぇ、いや………そういう事では」

「まぁ分からんでもない、私自身、彼が本当に何者なのか分からんしな」

「それでも………えっと………協力を?」

「まぁな。同じ神父の仲間としてかね。彼のしている事はいささか違法ではあるが、弱者の味方には変わりない」

「…………」

「少し変な奴ではあるが、悪い奴ではないよ彼は。…ただ、信頼してもいいが信用は駄目だ。実に何を考えているのか分からない」

「………よく分かりません」

「はっはっは、いや、おかしな言い方をしてしまったね。まぁ、彼はともかく私は信用してくれていい。……などと自分で言っても信じて貰えんだろうがね」

「あぁ、いえ、大丈夫です」

 何が大丈夫なんだろう、と思いながらもヴェローナはそう返した。しかしニコラスは、太陽のような柔らかな笑みを浮かべ、言う。

「………そうかい、ありがとう。困った事があったらいつでも言ってくれたまえ。贔屓ひいきに見られる事は出来ないが」

「…………いえ……こちらこそありがとうございます…」

「さて、では私は行くよ。君は今日終わるまでここにいるのかね?」

「………帰りが……心配なので」

「家は街の中だろう?」

「そうですけど…………」

「ならばきっと大丈夫だよ。まぁ、結構時間もある事ですから街で時間を潰して来てはいかがかな。ここでは退屈でしょう」

「…………あぁ、そうですね、そうします」

 ずっとここにいても時間は潰せそうだったが、近頃あまり街にも出歩いていなかったので、その提案に乗ることにした。

「じゃあ………ソニアをよろしくお願いします」

「勿論だとも」

 ぺこり、と頭を下げ、ヴェローナは学園を後にした。




 一方その頃、ローエンは。

 一人で街へ買い物に来ていた。手には既にいくらか紙袋が抱えられている。

「………帰って来たら何作ってやるかな…………」

 と、夕食の献立を考え、そんな事を呟きながら街を歩いていた。ついでと言っては何だが、久し振りにヴェローナへプレゼントでもあげようかとも考えていた。

(………ソニアにも入学祝いに何か買ってやるか)

 と、そう思った時、不意に帽子を目深に被った女がぶつかって来た。

「おっと」

「あら、ゴメンなさい」

「…………あぁ、いや」

 と、過ぎて行こうとする女を、何を思ったかローエンは突然その腕を引き止めた。

「………⁈」

「…………気付かねェとでも思ったかこの女狐」

 女の手には血のついたナイフが握られていた。そして、ローエンのコートの袖が切れ、腕から血が出ていた。

「………腕で………防いだのね」

「通りすがりに脇腹切り裂いて終わりのつもりだったか、クローディア」

 女………クローディアは、忌々しそうな顔をしてローエンを見る。人通りが多いが、事態に気付いているひとはいない様である。

「……お久しぶりね、二度目も失敗するだなんて思わなかったわ」

「殺気立ってんだよ」

「…………あら」

「やるならもっと上手く隠せ」

「…どうしてそんな、敵にアドバイスするの?馬鹿みたい」

「これで成功すると思ってるんだと思うとムカつく」

「………普段ならこんな事する前に色仕掛けで終わるわよ」

「ま、得意技が効かねェんじゃ、しょうがないよな」

 ハハッ、とローエンは意地悪げに笑った。クローディアは不快感を顔で示す。

「……掛かったフリなんかしてくれちゃって」

「俺、女のコと遊ぶのは好きだかんね」

「殺し合いが遊び?」

「いーや、嫌いな女を虐める事」

「最っ低」

「君にそんな事言われる筋合いは無いね。………今の所嫌いなのは君とあと一人だけだよ」

「…………」

「じゃあ、遊ぼうか?」

「!」

 何を仕掛けてくるのか、とクローディアが警戒して身を引いた途端、ローエンは彼女のいる方とは逆方向に走り出した。要するに、逃げたのだ。

「………ちょっ………待ちなさい!」

 片手で荷物を抱えて走るローエンを、クローディアは追う。

 人混みを掻き分け、器用にローエンは走って行くので、クローディアは徐々に距離を離される。

 苛立ったクローディアは、耳につけた小型無線機に向かって言った。

「ミシディア!」

『駄目だよお姉ちゃん、路地に入った。ここからじゃ見えないよ』

 上で待機していたミシディアは、クローディアの呼び掛けに対してそう答えた。

「…………探して!」

『了解。見つけたらどうする?』

「居場所を教えて。私がやるわ」

『はーい、じゃあ足止めしとくね』

 ミシディアが移動を始めた気配を感じ、そしてクローディアは走るのをやめ、歩いてローエンを探す事にした。




 ミシディアは建物の屋上を、身軽に跳んで渡りながらローエンを探していた。背中には狙撃銃を背負っている。

 キョロキョロと人混みを見渡すが、探している姿は見当たらない。完全に見失ってしまったようだ。

「…………どこ行っちゃったんだろ」

 はぁ、と肩を落とし、ミシディアは呟いた。彼女は目は良い方である。遠くからでも人の見分けはつく。本当にそこにいれば、彼女に見つけられないはずはない。ともすれば、本当に煙のように消えてしまったのだ。ローエンは。

「……まさか私に気付いてるとか」

「まぁね」

「‼︎」

 突然耳元で声がして、振り向くより先に背後から口を抑えられ、羽交い締めにされた。思わぬ恐怖に悲鳴が喉に張り付いた。………どの道、声は出なかった。

「…………」

「………初めまして、どうも。俺の事探してた?」

 ローエンは柔らかい声でそう言った。だが、ミシディアは何だか心臓を握られているような気分だった。

「流石の俺も二人一度に相手するのは大変だからさ………先にスナイパー片付けちゃおうって思って」

「…………っ!」

「だぁいじょうぶ、殺しはしないからさ」

 悪魔の囁き。ミシディアはそう思わざるを得なかった。全く気配に気付かなかった。それなのに、彼はこちらに気付いていた。離れた場所の、自分に。

 無線機で姉に助けを求めようにも、声が出せない。自分は一体何をされるのだろう、とそんな恐怖が体を駆け抜けた。

「………俺もさ、無抵抗のコを痛めつけるような趣味は無いんだけどさ。情に流されて自分の身を危なくする程、俺も甘くない訳よ。…………今やらなきゃ俺がやられんだから仕方ないよね」

「!」

「とりあえず寝てて貰おうかな」

 と、ミシディアは頸を強く打たれ、がくりと崩れ落ちた。だがローエンは彼女の体を支えると、そっと下ろした。そしてしゃがんで口に人さし指を当てると、ミシディアへ囁く。

「…………今回はサービスね」

 よいしょ、と彼は立ち上がると、後ろへ置いていた荷物を抱えなおした。それから屋上の欄干へ足を掛けると、何の躊躇いもなく飛び降りた。

 三階程の高さを一回転を挟み、ダン、と膝のクッションを最大限に使って着地した。

「ひゃっ⁈」

「うぉ⁈」

 唐突に聞き慣れた声がしたので、ローエンは驚いて振り向いた。と、そこには驚いた顔をしたヴェローナが立っていた。表通りからは離れているので、彼女の他には誰もいないようである。

「………な、何やってんのよ!」

「それはこっちの台詞だろ…………ソニアはどうした」

「ソニアちゃんなら学校だから!終わるまで時間潰して来たらどうだって学長さんに言われて………」

「そうか。…………まぁ丁度良かった。これ持っててくれ」

 と、ローエンは持っていた荷物をヴェローナへ手渡した。

「えっ⁈」

「今追われてるからさ。出来れば今、俺と一緒にいない方がいいんだけど………」

「追われてるって…………誰に」

 と、そう訊かれて答えようと、ローエンが口を開きかけた時だった。

「見つけたわよ悪魔」

「………あらら、なんとも間の悪いこって」

 ローエンの背後側から、クローディアが姿を現した。

「…………えっ、クローディア⁈」

「前話しただろ。あいつはただの殺し屋なの」

 驚いているヴェローナに、ローエンは落ち着いてそう言う。

「………それは…………分かってるけど」

「……誰かと思えばヴェローナさんじゃないの。ま、元から正体がバレてるのなら取り繕う必要もないってね」

 ばさ、とクローディアは手で後ろ髪を跳ねた。

「…………ところで、妹と連絡が取れなくなったんだけど」

「………あぁ、あの子?名前なんていうの?」

「………教える必要ないでしょ」

 微笑んでいるローエンに、クローディアは眉間にしわを寄せて答えた。

「あの子に何したの」

「彼女ならこの上だ、君と二人になるには少し邪魔だから寝てて貰った」

「…………ちょっと、リタ」

「………お前がいると調子が狂うな」

 はぁ、とローエンは苦笑してヴェローナにそう言った。

「何よ」

「お前はそれ持って逃げろ」

「嫌よ!」

「何でだよ」

「………は、離れたくない」

「…………」

「怖いから」

「………そうだな、もう一人が復活してお前の事狙ったら大変だしな」

 じゃあ下がってろ、とローエンは言うと、切れたコートの袖を指差してクローディアに言う。

「……これお気に入りだったんだけどどうしてくれんだよ」

「…………命より服の事?余裕ね」

「お前如きにやられたりしない。………少し気は進まないけど」

「女だからって手を抜いてると痛い目見るわよ?」

「お前だって俺の事、ただの女たらしとか思わない方がいい」

「…………思ってないわよ」

「あ、そう?」

 タッ、と唐突に、ローエンはコンクリートの地面を蹴った。一瞬にして間合いを詰め、クローディアの腹へ蹴りを叩き込んだ。

「………っ!」

 咄嗟に腕で防ぐも、クローディアは後ろへ飛んだ。地面に落ちる前に受け身を取ったが、それでも背が痛かった。

「俺手加減は出来ないからさ?………可哀想じゃん、今逃げるなら見逃してあげるけど」

「………ナメないで!」

「……威勢の良いコは嫌いじゃない」

 ローエンはそう言うと笑って肩を竦める。その表情は後ろのヴェローナからは見えなかったが、どうしてか腕に鳥肌が立っていた。

「………リタ………」

 不安げに呟いたヴェローナの声は、ローエンには届いていなかった。


#27 END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ