第26話 好きという言葉
「………そうかね、まぁよく頑張ったと思うよ」
「…………あぁ」
教会。いつもの部屋で、アクバールとローエンはテーブル越しに相対していた。二人は落ち着いた表情で、向かい合っている。
「ソニアちゃんにも言っておいてくれ、頑張ったねと」
「分かったよ。色々ありがとな」
「何、いつもこちらが助けられているからね。たまには良しとしよう」
ふう、とアクバールはため息を吐き、笑った。
「では、これから本格的に入学準備をせねばな」
試験から三日。ヴェローナの元にはソニアの合格通知が届いていたのだった。
「じゃっじゃーん、これがうちの制服です」
「うちのじゃないだろ、学園のだ」
ヴェローナの家。オフェリアが自慢げに、新品の青のブレザーを見せびらかしていた。
「いいじゃん、うちの会社で作ってんだもん」
「……お前にも色々世話になって」
「いいのいいの、少しサービスしとくよ」
「本当に」
と、ローエンは思わず頭が下がった。やめてよー、とオフェリアは照れ臭そうに茶化す。
「せいふく?」
ソニアが興味津々でオフェリアの持っているものを見る。オフェリアは嬉しそうに、ブレザーをソニアの方へ向けた。
「そう!これを着てね、学校に行くの」
「へえ!かわいい!」
「でしょ?初等部は青、中等部が緑、高等部が赤なんだけど、ソニアちゃんは初等部だから青ね。あとそれと、これがスカート」
と、学生らしいチェックのスカートをオフェリアは見せる。それを見たソニアは、いよいよ目を輝かせて、言う。
「今着てみたい!」
「おっ、そっかあ!いいよー、サイズ合わなかったら大変だもんね!よし、じゃあブラウスも開けてっと………」
紙袋の中からビニールに入ったブラウスを取り出し、それを開封しているオフェリアを見て、ローエンは呟く。
「…………なんか生き生きとしてるな……」
「あの子自分の仕事大好きだからね」
「!」
と、隣にいたヴェローナが言った。
「自分達の作った服を着てもらうのがやっぱり一番嬉しいんだって」
「…………デザイナーの鏡だな」
「まぁ、あの制服にはオフェリアも一枚噛んでるみたいだから」
と、その頃丁度ソニアはオフェリアに制服一式を着せられ、物珍しそうに自分の体を見ていた。その様子を見て、オフェリアはにこにことしている。
「気に入った?」
「うん!」
「似合ってるぞ。……けど少し大きくないか?」
ソニアの手が袖から指先しか出ていないのを見て、ローエンは言う。
「この歳ぐらいの女の子はすぐに大きくなるからいいの。それに、萌え袖可愛いんだから」
「…………うーん、そうか」
「女の子は男の子より成長早いからねー。すぐにぴったりになるよ」
でもこの状態も可愛いの!とオフェリアは目をキラキラとさせてソニアを見ていた。
「………なんかすっごい輝いてるわね」
と、やや引き気味にヴェローナが言う。
「…………仕事大好きなんだろ」
「いや、あれは単にソニアちゃんが可愛いだけだわ」
「…………」
「なんて言うかあの子、どこかリタに似たところがあると思わない?」
「俺に訊いても分からねェよ。……例えばどの辺が?」
「魅力」
「…………」
「そんな顔しないでよ」
「お前…………ソニアにキス教えたろ」
「ほっぺにだけでしょ、可愛いものよ」
「………学校で他の奴にもやったらどうすんだよ」
「好きな人にだけしなさいって言ったわよ」
「……………」
「ソニアちゃん、あなたの事大好きみたいだから」
そう言われ、ぽりぽりとローエンは頰を掻く。
「……なんかさ………お前達に好きって言われるのとソニアに好きって言われるのってなんか違うよな」
「当たり前じゃないの、好きの種類が違うんだもの」
「まぁ、恋とは違うよな……」
「ソニアちゃんの好きはオフェリアが仕事が好きなのと同じよ」
「…………そうなのかなァ…」
ローエンはぼけっと、いつの間にやらソニアの写真を撮っているオフェリアを見た。
「……ソニアに言われるとなんかムズッてすんだよ」
「…………私達じゃしないのに?」
「そう」
それを聞いて、ヴェローナはくすりと笑う。
「……なんだよ」
「あなたって本当変な人………というか本物の遊び人っていうか……」
「本物ってなんだ」
「慣れって本当恐ろしいわね。…………ってまぁ、私も人の事言えないけど」
ヴェローナはローエンの方に寄りかかり、言う。
「…………こうしても何も感じないの?」
「……温かいなって」
「もう」
「冗談だよ」
「じゃあ何なのよ」
「…………うーんと」
「はいそこイチャイチャしない‼︎目に毒だから‼︎」
と、突然オフェリアが写真を撮る手を止めて言った。
「……俺は別に」
「言い訳は聞きません」
「えー」
離れたヴェローナは、ローエンに不満げな目を向ける。それを感じてローエンは訊き返す。
「……何か?」
「あなたって本当、モードに切り替わらないと口説き文句の一つも出てこないのね」
「…………えっ」
「結局やっぱり“遊び相手”っていう意識は変わらないんだ?」
「……俺いつもあぁいうキャラだと思われてる訳?」
「多分皆んなそう思ってるんじゃない。少なくともそういう態度を取ってるのは私かオフェリアだけじゃない」
「…………ジークもな」
と、先日彼女に言われたことを思い出してそう付け足した。
「………別に演じてるつもりはないんだけどな」
「今のこういうリタを知ってる私からすれば、演じてるようにも見えるわよ」
「心にもない事は言ってない」
「そう?」
「誓って本当だ。………ほら、俺の体は一つしかないからさ、相手は一人ずつしか出来ないだろ?だから会話だけでもせめて平等にしようと」
「はーいそこまでー、真昼間から何の話してんのよ!」
「…………もしかしてオフェリアちゃん、妬いてる?」
「妬いてない!………っていうか呼び捨てにしてってば…」
「……あれ、つい癖で」
「なんのはなし?」
そこでソニアが割り込んで来たので、皆んなは気まずくなった。そして、全員愛想笑いで誤魔化した。
『なんだ、直接会いに来てくれるんじゃないんだね』
「…………気付いたら夜になっててさ………お前にも報告しといた方がいいんじゃねェかなって」
『まぁ、今日のうちに連絡してくれたのは嬉しいよ』
夜。一日中はしゃいでいたソニアは先に眠り、ローエンはその横に座り、小声でグラナートと電話していた。
『それで?ソニアちゃんはどうなんだい』
「楽しみにしてるみたいだ。今日はオフェリアに制服持って来てもらって、嬉しそうに着てたぞ」
『オフェリア…さんって、あぁ、ヴェローナ嬢の妹さんか。へえ。そりゃ見てみたかったな』
「これから見れるだろ」
『はは、そうだね』
電話の向こうで、グラナートがクスクスと笑う。
「……初日はヴェローナに任せるよ。これからも多分俺は行かないだろうけど」
『その方がいいだろうね。名前までは分からないとは言え、君も全く街で無名なわけじゃない。それに、アクバールからいつ仕事を頼まれるか分からないし』
「…………俺はいいけど、ソニアがな」
『……変にこじれない事を祈るよ。ソニアちゃん自身が口を滑らせたりしないといいんだけど』
「そうなんだよ、ちょっとその辺が心配なんだよな……」
と、ローエンは眠っているソニアの顔をチラッと見る。
「…………いい奴と出会えるといいんだがな」
『アザリア学園は名門だし、坊ちゃんやお嬢様が多いかもね。……金持ちが皆んな性格悪いって言ってるんじゃないよ?』
「…………その言い方だと昔なんかあったみたいだな」
『聞かないでくれ』
「……お前って根に持つタイプだよな…………」
『僕が昔どんな目に遭ったかを知れば、君もそんな事言えなくなるよ』
「…………そうやって言われると何かお前歳上だったんだなって改めて思うよ……」
『人を歳寄りみたいに言わないでくれるかな⁈……まぁ君とは十歳離れてるし………』
「敬語使おうとは思わないからな」
『それは結構。君にそんな喋り方されたら気が狂う』
「どういう意味だよ」
『要するに、気持ち悪い』
「……」
『そんな顔するなって』
「顔見えねェだろ…………」
『君の微妙な表情が電話越しにでも見える』
「適当な事言うな」
はぁ、とローエンはため息を吐き、グラナートに言う。
「………そう言うお前は………何か疲れてるな?」
『おやおや、バレたかい、いや、昼間忙しくてね…』
「またジークかよ」
『君は女の事となると、嫌になる程鋭いね。その通りだよ。今日は街を連れ回されてね。…………主にショッピングだったけれど』
「お前は何か買ったのかよ」
『…………ランチ奢ってもらっただけだよ』
「また高級レストラン連れてかれたのか」
『また…………って、僕この前その事まで話したかな』
「俺も連れて行かれたから」
『……あぁ』
「あいつら金遣い荒いとこあるからな。流されるなよ」
『…………気をつけるよ』
「あと一つ言っとくとな、グラン。普通は男が奢る」
『………僕にそんなお金はないよ………』
苦笑交じりに言うグラナートに、ローエンは笑う。
「まぁ、上手くは行ってんだな?」
『そうだね。疲れはしたけれど、嫌じゃない』
「……そうか。良かった」
『そんなに心配してくれなくてもいいのに』
「…………そうか。そうだよな」
『………えっと、ソニアちゃんはいつから学校?』
「一週間後」
『意外と早いんだね』
「編入だからな。………他にも何人か一緒に入るみたいだ」
『へぇ。…………仲良くなれるといいね』
「まぁ、心配なのは心配だが大丈夫だろ」
ローエンがそう言うと、グラナートが電話越しに笑う。
「………何だよ」
『いやぁ、君も何だか大人になったなぁって』
「…………俺もう26だぞ」
『うん、まぁ、そうだね。………けどね、思い返せば6年前、君は今と比べると随分と子供っぽかった』
「………」
『僕との力量差も測れず、無謀にも掛かってきて、君はコテンパンにやられた。それまでは自分が最強だと思い込んでたんだろうね』
「…………井の中の蛙ってヤツ」
ローエンは苦笑して、そう言った。
『君は謙遜という事を覚えた。………それに、他人への配慮もね。………改めて思うけど、君はやっぱり変わったよ』
「……やめろよ、恥ずかしい。……………変わったのはお前も一緒だろ」
『おや、アクバールに言われるのなら分かるのだけど、君にまで言われるとは』
「今は大分丸くなったと思うぞ?」
『そうかな。………僕が覚えたのは取り繕う事だけだよ』
「……なんか笑えねェ」
『ふふ。大丈夫、君には何もしない』
愉快そうに笑うグラナート。ローエンは引き攣った笑みしか出ない。
「…………それだからお前は何か怖いんだよ…」
『怖いだなんて思ってたのかい?』
「見た目は医者でも、中身は殺し屋だ」
『……僕はもう殺し屋じゃないよ』
「………そうだな。まぁ、藪医者じゃあないしな」
『君もたまには怪我をしてくれ、僕の収入が無くなる』
「困ったら俺が飯作ってやるからさ。……ってあぁ、飯はジークが連れてってくれんのか」
『君の手料理の方が美味しいよ………、気が楽だし』
「ハハッ、そりゃあ光栄だな」
と、ローエンは笑うと、静かに言う。
「…………じゃあ、もうそろそろ寝るわ」
『………そうかい。じゃあ、おやすみ』
「あぁ」
そう答え、ローエンは電話を切る。そしてポケットにそれをしまい、ソニアの隣に寝転んだ。
その翌朝。アザリア警察の地下射撃場。まだ日も登らぬうちから、銃声が響いていた。
一番真ん中のスペースに、アナスタシアが一人、目の前の動く的を狙って黙々と撃っていた。彼女のほかには誰もいない。静かな空間に、一人分の銃声が淡々と響く。
(…………次に会ったら絶対捕まえる………!)
的にローエンの顔を重ね、アナスタシアは撃つ。弾は寸分違わず的の中心を射抜いた。
ふう、とため息を吐いてもう一度射撃態勢に入った時、不意に背後から声を掛けられた。
「朝から熱心やのぉ…………」
「ひゃっ!」
思わず銃を取り落としそうになり、慌てて持ち直すと恐る恐る振り向いた。すると、いつの間にやら背後のベンチにダミヤが頬杖をついて座っていた。
「………すまん、驚かせてしもたか」
「お、オルグレン班長、い、いつからそこに」
バクバクと波打っている心臓を抑え、アナスタシアは彼に訊く。
「ほんのちょっと前やで。邪魔したらあかんなー思てここで見てたんやけど」
「………全く気付きませんでした…………」
「それしてたらまぁ、俺の足音じゃあ分からへんやろ」
「あっ」
と、アナスタシアは今さらながら気付いて、ヘッドホンを外した。
「…………ようそれで俺の声聞こえたな」
「……私耳は良い方なので……」
「……まぁええわ。……しっかしま、やっぱり腕はええな」
「あ、ありがとうございます…」
「でも何や、何でじゃああの時すぐ撃たんかったん」
「…………あの時……って」
「脅しやぁ無くて、気付かれる前にさっさと撃ってまえば…逃げられる事も無かった思うねんけどな。その様子やと、動いてても外さんねやろ?」
と、そう言われてアナスタシアは、初めてディアボロと接触した時の事を言っているのだと気付いた。
彼女はしゅん、と、俯く。
「……私は……警察官だった父に小さい頃から銃を教えられてました。時々猟銃で動物を狩ったり。…………動くものを撃つ事には、その頃慣れました」
「…………警察官の親父さん……って、ここに勤めてはった人か?」
「いいえ。………でも、立派な警察官でした」
「……でした、って」
「父は亡くなりました。その頃に」
淡々と、感情を押し殺した声でアナスタシアは言う。
「…………殉職しはったん?」
「いいえ。……私が…」
その時、はらりと彼女の目から涙が零れた。一瞬遅れて、ダミヤは慌てる。
「ちょっ、ちょう待ちぃ」
「わっ………私が殺したんです…っ!」
「セリン!」
「獣と間違えてっ………!私が見た時には既に事切れてたんですっ……多分………即死で……」
「も、もうえぇて、話さんでええって」
な?な?とダミヤが宥めるが、アナスタシアはふるふると首を振る。
「………私は……父への償いの為に、警察官になりました。射撃の成績は良いからって期待されてますけど、でも、人に向けると…………駄目で……」
「………思い出してまうんやな?」
「……はい。……初めは銃を見るだけでも駄目だったんですけど、それは克服して……。あとは、撃てるようになれば」
「えぇんや」
「!」
ダミヤの言葉に、アナスタシアは目をあげた。優しい目と、彼女の目がぶつかる。
「…………別に人を殺せるようにならんでもえぇねんで」
「……オルグレン班長…」
「俺は…………まぁ、アレやけど、俺みたいにならんでもえぇねん。人が救えればそれでいい。警察は殺戮機関ちゃうねん。要るのは人を助ける力。人を殺める力やない」
「…………」
「言うなれば、オプションやろ。ついでにどうしようもない悪も滅ぼせーって。まぁ、普通は捕まえて更生させるんが一番やけどな」
なはは、と笑うダミヤ。アナスタシアは困ったような顔をする。
「……じゃあ私は……どうすれば」
「あんなぁ、セリン。何も撃たれれば100%死ぬとも限らんにゃで?俺かていくら斬っても死なん奴もたまにおる。…まぁそんなん人間ちゃうと思うけど。いや、そうじゃなくて、撃たれても死なん位置があるやろ」
「…………!」
「……まァ正直言うてアレが足やら腕やら撃ち抜かれたところで動けんようになるとは思われへんけどな。けど普通の人間なら、痛うて動かれへんなる」
「………そう…ですね」
「それでも躊躇うんやったら無理は言わへん。お前はお前の出来ることをしたらええ」
ぽん、とダミヤは、俯くアナスタシアの肩に手を置いた。
「それよかセリン、なんやったらアーチボルトに教えたってえな。頼むわ。俺じゃ出来へんし」
「………はい」
「…嫌な事思い出させてしもたな。すまん。…………けど、聞いておきたかったんや」
「……オルグレン班長は悪くないです。なんでも話しますよ。上司に隠し事はしません」
「お、えぇ心掛けやな、って、そんな事は言わへんで。俺かて隠し事の一つや二つある。…………やから」
「ま、待って下さい、あるんですか⁈」
「…………そら人間やからなぁ。ま、やし何でもかんでも話す必要は無いねんでー」
と、ダミヤは「ほな」と、手を振って去って行った。
後にぽつんと残されたアナスタシアは、しばらくぽかんとして立っていた。が、その時他の足音が聞こえて来て、射撃場に人が二人入って来た。見知った警察官の仲間である。彼らはにこやかにアナスタシアに挨拶をすると、自分達のスペースへそれぞれ入った。
はっ、とアナスタシアは我に帰り、そしてまた、同じように射撃練習へと戻るのだった。
#26 END




