第24話 境遇と友情
少し時間は遡り、ソニアが教会に預けられて少しの事。
ソニアは独り、遊んでいる同年代の子供達を遠巻きに見ていた。男女共半々くらいの人数だが、皆入り交じって遊んでいる。…………ソニアも加わりたい気持ちがあったが、声のかけ方が分からなかった。
皆はどうやら鬼ごっこをしているらしい。鬼らしき少年が少女を追いかけ、追いつけないと分かると他の少年を追っていた。
ソニアはそんな風に遊んだ事がなかったので、彼らの行動に興味津々だった。
そこでじっとしているのに我慢出来なくなり、ソニアは彼らの元へ駆けて行った。だが、横の椅子と椅子の通路から来ていた少年に、彼女は気付かなかった。
「うわっ!」
「きゃ!」
どて、と転んだ二人。ソニアよりさらに遠目に見ていたアクバールが駆け寄ろうとするが、二人が起き上がったのを見て、そしてある事を思い付いて様子を見る事にした。
「ごめんなさ………」
「…………ごめん、大丈夫?」
「!」
てっきり怒られるのだとばかり思っていたソニアは、謝って来た少年に驚いた。
「……怒らないの?」
「何でだよ、どこも怪我ない?」
「…………大丈夫」
その様子を見て、アクバールはこっそり笑っていた。トラブルもまた、良いきっかけなのである。
「……お前、さっき来たやつだよな」
「うん」
「捨てられたのか?」
「ちがう、おとーさんお仕事だからその間来てるだけ」
「…………そうなのか、大変だな」
と、彼は立ち上がってソニアに手を差し伸べた。
「名前は?」
「……ソニア」
「そっか。おれ、アントニオ。トニーって呼んでくれていいぜ!」
アントニオはどうやら彼らの中でも年長の方らしく、立ち上がって見るとソニアよりも少し背が高かった。
「お前歳いくつ?」
「……8つ」
「じゃあおれの方が二つ上だな!よし、ソニア、お前もこっちで遊ぼう!」
「…………うん!」
誘われたのが嬉しくて、ソニアは元気にそう返事した。
「そう言えばさ、さっきお前連れて来た大人って、おれらのこと助けてくれた人だよな」
遊び疲れた皆が、礼拝堂の椅子に座って休んでいた時、隣に座るアントニオがソニアに言った。
「…………そうなの?」
「あぁ、すげく強かったんだぜ。……まぁ、怖かったけど」
「おとーさんは怖くないよ!」
ソニアが慌ててそう言うので、アントニオは怪訝そうな顔をする。
「……お前、お父さんの仕事って何なのか知らないのか?」
「ううん、おとーさんはね、悪い人をやっつけてるの」
…………今現在、ソニアがここへ預けられているのはまたそれとは別の理由なのだが、彼女には知る由もなかった。
「……たしかにさ、おれたちを捕まえてた悪いやつらを一人残らず倒しちまったけどさ………でもあれって、殺し屋って言うんだぜ?人の命を、簡単にうばっちまうんだぜ?」
「知ってる。…………ソニアも見たことあるもん。でも、おとーさんはソニアを守るためにやってくれたんだもん」
「…………」
「だからおとーさんは怖い人じゃないよ……」
しゅんとしてソニアが言うので、アントニオは無理に笑った。
「ま、そうだよな!おれらはあのままじゃ死んでたかもしれないし。…………これからもどうなるか分からないけど…あのクソ野郎共に比べたら数倍マシだよな!」
「………トニーのお父さんとお母さんは?」
「おれ?おれの両親は………おれがあいつらに捕まった時に殺されちまったんだ」
「……!」
「でも大丈夫、今はみんながいる。寂しくなんかねえさ!」
笑うアントニオに、ソニアは少し悲しそうな顔をして言う。
「…………ソニアもね、つかまってたの」
「え?」
「お母さんといっしょに。………でも、おとーさんが来て、ソニア達をつかまえてた人たちは死んじゃったけど、ソニアのお母さんも死んじゃった」
「……でもお父さんがいて良かったじゃねえか」
「お父さんはいないの」
「…………え?」
「おとーさんは本当のお父さんじゃないの」
ソニアも何だか、自分が何を言っているのか分からなくなって来た。離れたところでその言葉が聞こえて来たアクバールは、少しどきりとした。…………彼女は聡い。いつも無邪気に振舞っていても、心の底では痛いほど解っているのだ。
「お父さんはね、ソニアが生まれてすぐにいなくなっちゃったんだって」
「…………死んだの?」
「分かんない」
顔も見た事のない父親が、いようがいなかろうがソニアは何とも思わなかった。だが、母親は違う。
「……お母さんは、ソニアに優しくなかったけど、さいごはね、守ってくれたの」
「…………」
「怖い人達が大きな声をあげて、ナイフを持ってソニア達のところに来たの。それでみんな死んじゃったけど………ソニアはね、奥に隠れてたの」
淡々としたソニアの言葉を、アントニオは神妙な顔で聞いていた。やがて、ぼそりと小さな声を発する。
「……自分だけ助かって、どんな気持ちだった?」
「…………怖かった」
「でも、あの殺し屋が助けてくれたんだな?」
「うん、だからね、今は寂しくないの」
と、にこりと笑う彼女に、アントニオは思わず息を詰まらせた。が、自分の顔が火照っているのに気付き、彼はパッと顔を逸らした。
「…………もう休憩はいいよな!遊ぼうぜ!」
「うん!」
「おれが鬼!ほら、皆んな逃げろ!」
アントニオがそう言うと、そこら辺で休んでいた子供達はあっという間にわーきゃーと騒ぎながら散った。
アントニオが数えている横で、ソニアも椅子から降り、彼から離れて行った。
(……おんなじだ。おれたちも、ソニアも)
数えながら、アントニオはそんな事を思った。つかまっている間、彼は一緒にいた子供達と色々と話していた。皆一様に、捕まる時に両親は殺されている。天涯孤独。だからこそ、彼らは団結して行った。
(…………このくそったれな所を、なんとか出来ればいいな)
アントニオは密かに、そんな思いを馳せていた。
翌朝。教会にローエンが顔を出した。ついでにグラナートも一緒だった。
「…………何故君達が一緒にいるのだね」
「……同じ所から来たから」
そうアクバールに答えるローエンの隣で、グラナートはどこかげっそりとしていた。
「………グラナート、二日酔いかね」
「……そうみたい」
「無理をしてはいけないよ。………まったく、まさか君もローエンと共に夜遊びにふけっていたというわけかい」
「…言っていいのか?」
「だめ」
「………だめ」
「まぁいいが、グラナートはワタシに何か用かね?」
「いや別に………暇だからローエンについて来ただけ」
それにソニアちゃんにも会いたかったから、と言うグラナートの脇腹を、ローエンは肘で突いた。何か言いたげなグラナートを無視し、ローエンはアクバールに言う。
「…その、昨日は大丈夫だったか?」
「ソニアちゃんかね?あぁ、何、心配いらんよ」
「?」
「たくさん友人が出来たようでね。随分と楽しかったようで、なかなか皆揃って寝付かんかった」
その答えを聞いて、ローエンは安堵と共に、驚いた。
「………そうか、良かった。それなら学校へ行っても大丈夫そうか」
「いや、分からんよ。何しろ彼女と一晩共にいたのは、同じような境遇の子達ばかりだったからねえ」
「!」
「まぁともかく、昨晩はとても賑やかだったよ」
折角だローエン、朝食を作ってくれ、とアクバールが言った時、彼の横をソニアが走って来て、ローエンに抱きついた。
「おかえり!」
「…ただいま。随分と嬉しそうだな」
「うん!ソニアね、お友達出来たんだよ!」
と、ソニアが振り向いた先を見ると、アントニオがムッとした顔で立っていた。
「…………名前は?」
ローエンは微笑んでソニアに訊いた。
「トニー!」
「アントニオだよ」
と、少年が直接ローエンへ言った。
「………そうかい、トニー、ありがとな」
「…礼を言われる筋合いはねー」
「おや、可愛くない子だな」
可笑しそうに笑うローエンに、アントニオは戸惑った。自分が思っていた人間とは違う、そう感じたのだ。
「…………ありがとう」
「ん?」
「助けてくれて」
「……あぁ、何、俺のはただの仕事だよ」
「あと、怖がってごめん」
「…………別に謝る事じゃねェだろ」
「!」
「だって、おれらの事助けてくれたのに」
「あれが普通の反応だよ、大丈夫、慣れてるから」
「………!」
「こいつがちょっと特殊なだけ」
と、そう言ってローエンはソニアの頭に手を置いた。
「トニー、また会える?」
そのソニアの問いに答えたのはアクバールだった。
「どうかな、しばらくこの子達はボランティア団体に任せる事にしたからね。頻繁に会う事は出来ないだろうね」
「…………おい」
「学校も、団体内である程度の事は教えてしまうから、行く事は無いだろう」
「………もう会えないの…………?」
「ソニア」
「会えるよ」
アントニオがそう言った。
「生きてたら、また会えるよ。おれ、絶対大きくなったら会いに行くから」
「…………」
「絶対だからな!お前も生きてなきゃダメだぞ!」
そう声を張り上げるアントニオに、アクバールはクスクスと笑う。
「……なんだよ!」
「頑張りたまえよ未来の王子様」
「あ⁈」
「囚われた姫を悪魔から救うのだ」
と、そう茶化して言うと、彼はソニアに言う。
「だそうだソニアちゃん、またいつか会えるさ」
「…………うん!」
頷くソニアに、ローエンは言う。
「ほら、ソニア、お別れの時はこうするんだぞ」
「?」
と、右手を振って見せる。
「言葉は『またね』、だ」
「………『またね』?」
「また会おう、って意味」
ソニアはハッとして、アントニオの方を振り向いた。そして大きく手を振って、言った。
「…………トニー!またね!」
そして、アントニオもまた、笑って振り返す。
「あぁ!」
アントニオとソニアが再会するのは、まだ未来の話。
「………君、金はあるんだから自分で団体立ち上げたりすればいいのに」
「ワタシがするには少々面倒だ。人を雇わねばならないし、さらに金がかかってはローエンに支払う分が足りなくなる」
「そもそもその大金がどこから出ているのか気になるものだね」
「金のなる木だよ」
「…………聞かないでおくよ」
頭痛薬を飲んで落ち着いたグラナートは、個室で二人、アクバールと話していた。
「大体、既にいくつかそういう団体があるというのに、ワタシが立ち上げるメリットはあるのかね」
「………許容人数が増えるんじゃない」
「それを世話する人間がいなければ意味が無いよ」
「…………いないのかい?」
「ワタシは人脈はあるが、誰も彼も手が離せない。あまり無駄に増やしても、ワタシやローエンの首を絞める事になりかねない」
「……そうかい」
「信頼出来る人間、それが然るべき場所に然るべき人数がいれば十分なのだよ」
無論君達二人もその一人だ、とアクバールは言った。
「…………僕は友人じゃないのかい?」
「友人であり、君は医者としてワタシの役に立つ」
「……必要とあらば殺し屋としても動きましょう」
「それはとりあえずはローエンで事足りているよ」
「………君、友達って僕ぐらいしかいないんじゃないの?」
「そうだな、仕事仲間は多くいれど、友人と呼べる人間は君一人だけだ」
「そろそろローエンだって友人にしてやればいいのに」
「彼を友人にしては、危険なところに送り込めなくなる」
「!」
「悪い言い方だが、言わばローエンはワタシの駒だ。このスラムに蔓延る害悪を掃除する為のね」
「…………ローエンなら死なないよ。僕が保証する」
「君くらいならば、自分は死なないと言われれば信頼出来るのだけれどね。何しろまだ彼は若い。君に比べれば経験もない。それに人は生きている限り、死なぬという保証はないのだ」
「………僕を追い詰めた人が何を言っているんだか。それじゃあ僕だって死なないという保証はない」
「伝説の死神を、誰が殺せるのだね?」
「君とか」
「ワタシは君を殺しやしない」
「その気になればの話だよ」
ふう、とグラナートはため息を吐く。目の前の男は実に侮れない。
「君自身は力は無いのに、何故か人を殺す力は持ってるんだ」
「同時に救う力も持っているよ」
「君のしている事は偽善だ。反吐が出る程にね」
「おや、そんなふうに思われているとは思っていなかったよグラナート」
「僕はね、人の中に潜む闇が好きだ。世界に密かに存在している闇が好きだ。…………君はそれを体現したような人間だよ」
「心外だね」
「君は神を信じてはいないだろう」
「それはない。ワタシが今まで生きて来られたのも、神の加護があってこそだ」
「…………それは君がズル賢いからだと思うけどね」
「それは否定せんよ」
にこ、とアクバールは笑う。グラナートは肘掛けに、頰杖をついて言った。
「…やっぱりね、アクバール。君は神父なんかじゃないよ」
「…………ワタシは神父だよ」
「いいや。君はね、死神と悪魔を従えた魔王だよ」
「………」
「僕らは君から逃げられない。君は最も敵に回したくない人間だ。裏切りの先は破滅さ」
「その気になれば、すぐにでも君はワタシの首を刎ねそうだがね」
「毒を持っていると知って手を出すのはただの馬鹿だ」
「……まぁ、そうだな。ワタシを殺せばそこで君は終わる」
「ほら」
「罪無き神父を殺したのだ、それくらいの報いは当然だろう」
「…………魔王に罪がないとでも?」
「ワタシは魔王ではない」
「僕達は皆んな悪人だ。一人だけ善人でいられるだなんて思うなよ」
「………君は実に扱いにくいよ。ローエンの方が素直で助かる」
「僕は元々人に従うような性分じゃ無いんだ」
「…………今、君の前に鏡を置きたいね。まるで狂犬だ」
「友人にその言い草は無いんじゃないかい」
「ならばその恐ろしい気配を引っ込めておくれ」
「………おや、そのつもりは無かったんだけど」
ふふ、とグラナートは笑って、背もたれに体を預けた。
「…………でもねアクバール、これだけは覚えておくがいいよ。僕の本質は殺し屋だ。もし、もしもだよ。もしも君が僕に害を為す存在だと認識したら、その時は今度こそ君の事を消そう」
「…………飼い犬に手を噛まれるとはこの事かね」
「僕はあの日の事を、ずっと根に持ってるんだ。………今は、とりあえず良い友達でいるけどね。………あと、そう。僕だけじゃない、ローエンの事も」
「?」
「あの子、僕は気に入ってるんだ。だから悪いようにはさせないよ」
「………久し振りに、本性を見せたなグラナート」
「どの僕も本当の僕だよ」
「…………ワタシも面倒な友を持ったものだな」
「同感」
そう言って、二人は笑った。だが、互いにその笑みはどこか純粋な笑いではないように見えた。
#24 END




