第22話 秘密
「…………あんたの方が子供受けいいとは意外だったよ」
「お前子供嫌いなんやろ」
「……そうだよ」
それ、警察の情報かとローエンが聞くと、ダミヤはちゃうちゃうと首を振る。
「ひしひしと顔に出とったわ」
「俺は昔から子供に懐かれないんだよ」
思い返せばそうである。そして、そう思えば思うほど、何故ソニアが自分に懐いているのかが不思議だった。
彼らは既に地上へ戻って来た。日はすっかり西に傾いている。子供達はまだ、彼らの目の届く範囲で久し振りの太陽の下、皆で戯れていた。ローエンとダミヤは壁際で、微妙な距離を保って隣に立っている。
「まぁ何て言うか、今日お前といて分かった事がいくつかあるわ」
「俺もあんたの事はよーく分かった」
「おや、ホンマかなァ?」
「あんたは鬼の様に強くて、変人だ」
「……何なん、褒めてんの、貶してんの」
「率直な感想」
「…………パクらんといて」
「パクってねェし」
ふん、とローエンはため息を吐いた。
「……そんで、どうするん?この子ら」
「一旦………仲間の所に連れて行って、そこからボランティアに預ける」
「…………仲間?………あぁ、あの神父か?」
「……訊くな」
「心配せんでも、アレには手ェ出さへん」
「そんな事信じられると思うか?」
「………まぁええよ。確かにそりゃ“今のところ”なだけでこの先ずっとかどうかは分からん」
そうしてローエンもダミヤも、今話しているのは本来敵である人間なのだと思うと、妙な気持ちになって来た。
「……ひとつ提案がある」
「……何や」
「今ここで、あんたの事、殺ってもいいか」
「止めときぃな、折角えぇ関係になれてんのに」
「なってねェし」
「じゃあお前呼び止めるわ、ローエン」
「呼ぶな」
「………何や、名前の方がええか?………えーと、リ…」
ゴス、とダミヤの顔のすぐ横に拳が飛んで来た。
「その、ムカ・つく・面、潰していいか?」
「…………やぁなぁ、俺そんな面してへん」
つ、とローエンの拳が掠ったのか、ダミヤの左頬に血が滲んでいた。
「…………俺、野郎に壁ドンされても何も嬉しィ無いねん」
「……お前本気でぶっ殺すぞ…………」
「一瞬で険悪ムードやん」
緊張感の無いダミヤに、ローエンは気が抜けて彼の前から離れ、元の位置に戻った。
「……フルネームくらい分かってんだろうとは思ってたが、口に出されるとムカつく」
「………何なん、この名前嫌いなん、リタちゃん」
「っ…………お前度胸あるな…………」
「伊達に40年も生きてへんで」
ニヤ、と意地悪げに笑うダミヤ。ローエンは一刻も早くこの場から離れたい。
「………じゃーな。俺の事はどうとでも報告すりゃいいさ」
「じゃあ勝手にするわな」
「フン」
遊んでいる子供達に行くぞと促す。数十人余りいる子供達は、ゾロゾロとローエンについて行った。ある程度の信用は得た様である。
「…………一人やったらどうするつもりやったんや?」
と、その後ろ姿を見て、ダミヤはそう思ったのだった。
教会。礼拝堂でうろうろしている子供達の姿を見て、アクバールはニコニコとしていた。
「上出来じゃないか。よし、報酬は割り増しにしよう」
「…………しばらく引き取られるまでの世話大変だろ、そんな貰えねェよ」
「何だね、折角の好意を無駄にして。何、ワタシもそこまで馬鹿ではないさ。先日君がくれた小切手の分があるからね。それに、献金も丁度溜まって来た所だよ」
「………………」
毎度毎度のローエンへの高額な報酬をその程度で賄えるハズが無いと思うが、不思議とアクバールの元にはその多額の金があるので実に謎である。
「……お前、裏で実は何かやってるのか?」
「何がだね、やましい事は何もないよ」
そうは言うが、どう考えても怪しかった。……しかし、アクバールの素性を掴むのは何よりも難しい事だとローエンは感じていた。だから、深く詮索はしない。
「この子達はしばらく預かる。手続きが済むまでは君に仕事は頼めない。まぁ、ゆっくり休みたまえ」
「…………そうするよ」
アクバールが差し出した封筒を受け取り、ひら、とローエンは手を振って、教会を後にした。
「ただいま」
「お帰りなさい。大丈夫だった?」
「まーな。怪我は無い」
と、そうは言うが返り血を浴びたままなので、ヴェローナはリビングの入り口に立つローエンに言う。
「先。シャワー浴びなさい。着替えもあるから」
「…………へーい」
子供の目に毒だわよ、と呟くヴェローナに、ローエンは苦笑を返して浴室に引っ込んだ。
「おとーさんまた真っ赤」
「……あれで街中歩いてくる神経が知れないわね」
とは言えさすがにローエンもそのまま大通りを歩いたりはしない。裏通りなど人気の少ない所を選んでいる。
「…………ソニアちゃんはよく平気ね、私なんか最初見た時は失神したわよ」
「何で?」
「……何でって…………何でかしら」
答えようとしたものの、明確な答えは出て来なかった。なので、仕方なしにヴェローナはこう答える。
「…………そういうものよ」
「どうして?」
「…………うーん」
そんなソニアを見て、ヴェローナは少し不安になった。
明らかに彼女は普通の子とどこか違う。賢いのは確かだが、普通、子供に必要な、何かが欠けている様な気がした。
そんなソニアは、果たして学校で上手くやって行けるのだろうか………?
「……呼び出し覚悟ね」
「?」
「あーさっぱりした」
「!」
と、再びリビングに白シャツのボタンを留めながら、肩にタオルをかけているローエンが顔を出した。
「ヴェローナ、部屋ちゃんと片付けろよ」
「あんたが来ないと散らかるのよ」
「………俺来てるだろ」
「そうじゃなくて…………あぁもう」
「人のせいにしねェでちゃんと片付けろ。汚い」
わしわしと自分の頭を拭きながら、ローエンはソニアの隣に座った。そして、向かい側にいるヴェローナに言う。
「それで………アクバールからのアレは読んだか?」
「まぁね。…………本当にいいの?リタ。私の方がソニアちゃんと親子で」
「…………いいんだよ」
「おとーさんはおとーさんだもん!」
ソニアがローエンの隣でそう言った。
「おねえさんはおかーさん」
と、そんな事を言うのでローエンとヴェローナは少女を見、そして二人で顔を見合わせて笑う。
「じゃあ私達皆んな家族なのね」
「じゃあオフェリアちゃんは俺の義妹だな」
「あら、妹まで巻き込むの?」
「一人だけ仲間外れは可哀想だろ」
当のオフェリアは、相変わらず今は仕事でいない。
「…………何だか、ソニアちゃんを見てたら深く考えるのが馬鹿馬鹿しくなって来たわ」
「そうだな。………血も何も関係ない」
そう言って、ローエンはソニアの頭の上にまだ湯の温かさの残る手を置いた。
「お前が全部の繋がりだ」
「?」
ソニアには意味が良く分かっていない様だが、ローエンの内の良い感情を感じ取ったのか、微笑んだ。
「…………ねぇ、こんなタイミングで言うのはどうかと思うけど」
「ん?」
「今夜来てくれる?」
「………………あぁ、いいよ。俺も丁度そういう気分」
「良かった。………あ、今日はジーク姐さんもいるわね…」
「………グランはグランでまた行くだろ」
ヴェローナの思考を読み取り、ローエンはそう返した。その声に何か険が混じっている事に気付いたヴェローナは、首を傾げる。
「…………なぁに?」
「……何が」
「何かジーク姐さんと会いたくないみたい」
「……………あぁ」
ローエンは頬杖をついて答える。
「まぁ、正直あいつとは関わりたくない」
「どうして?」
「…………グイグイ来る女は苦手」
「あら、私もどちらかというとそうなのに」
「あいつに比べたらお前なんかまだマシ」
「……何だかその言い方ムカつくわね」
「ジークが難易度星5つならお前は3」
「…………分かりにくい例えね」
「俺は4…………」
はぁ、とローエンは机に突っ伏した。
「…………でも、少々グランについて問い詰めたいところはある」
「あまり口出ししなさんな」
「だって心配だろ………」
だがどの道今夜娼館へ行くなら顔を合わせる事になるかもしれない。その時は、ちゃんと聞き出す。
「グランの方は本気っぽいし、もし遊ばれてるだけだと知ったら絶対傷つく」
「そうとも限らないじゃない」
「だからハッキリさせておくんだ」
むく、とローエンは体を起こし、言う。
「…………あいつも本気なら、俺はもう何も口出ししない」
「………そう。まぁ、気が済むようにすれば良いわ」
ただ、もし本気のつもりの相手を弄んでいるだけなら、それが許せないだけだった。
その時、ソニアがよいしょと椅子から降りた。
「?……どこ行くんだ」
「おトイレ!」
「………………あぁそうか」
と、ぴゃっと引っ込んでいたソニアを尻目に、ローエンはヴェローナに言う。
「…………何か心配か?ソニアについて」
「………え?」
「そんな顔してた」
頬杖をつき、得意げな顔をしてローエンが言うと、ヴェローナは少し表情を暗くした。
「……正直ね、色々あるわよ。他の子と馴染めるのかしら」
「…………まぁそれは俺も思う」
「でしょ?」
「今日久しぶりに他のガキ見て、ソニアが異常なのが分かったっていうか、思い出したっていうか…………」
「恐怖心が無いのかしら、あの子」
「いや、それは無い。…………場合によっちゃあいつはちゃんと状況を判断して、恐怖を感じてる」
他にも色々と変わった子だ。何を考えているのかもあまり読めない。学校へ行って、何かしでかしそうな予感しかしない。
「………理解力が無いのか、或いはあり過ぎるのか、どっちかしらね」
「…………少なくとも普通じゃ無い」
だからこそ自分達と居られているのだろうが、とローエンは思った。
「…まぁ悩んでてもしょうがないか」
「………そうね」
不安はあれど、先へ進まねばどうにもなるまい。
そう思い、二人はもう一度顔を見合わせ、はぁ、とため息を吐くのだった。
#22 END




