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Strain   作者: Ak!La
17/56

第17話 呪縛

 一週間後夜、アザリアの娼館前。

 ローエンに引きられる様にして、同じ様な格好をしたグラナートが訪れていた。

「…………なんで僕まで」

「可哀想な独身アラフォーさんにそろそろ童貞卒業させてあげようかと思ったんじゃないですか」

「うわー皮肉しかこもってないね。僕は好きな人意外とは性交しません!」

「じゃあその好きな人が出来たらいいな」

 うじうじと言っているグラナートを引っ張って、ローエンは店内に入った。

「ローエン!」

 店に入るなりそんな声がして、近くにいたフィーリアが近付いて来た。

「やぁ、フィーリアちゃん」

「来てくれたんだ!………あれ、その人は?」

「俺の友達」

 ほら、とローエンが自己紹介を促すので、グラナートは渋々と頭を下げて言う。

「………グラナートです。グランと」

「グランさんね。………こういう所に来たことは?」

「いえ初めてです…………」

 グラナートが項垂うなだれながらそう言うと、フィーリアは朗らかに笑った。

「そうよね!だって頭を下げて自己紹介する人なんてここじゃあいないもの」

「…………」

いじめちゃ可哀想だろフィーリアちゃん、初めてなんだから」

「あら、ごめんなさい。………えーっと、お部屋は」

「………んーっと」

「一緒でお願いします」

 ローエンが何か答える前にグラナートが言った。ローエンが何か言いたげな目を向けると、グラナートは口パクで「無理無理」と言いながらブンブンと首を横に振った。

「分かったわ。…………じゃあ、部屋に案内するわね」

「ん。よろしく」

 フィーリアの後をついて行く途中、グラナートがコソコソとローエンに耳打ちした。

「………人気者なんだね」

「当然」

「…………そういう所ムカつくなぁ」

「お前も出会いさえありゃモテるだろ」

「まさか」

 あり得ない、と首を振るグラナートに、ローエンはどうだか、と肩を竦めた。




「珍しいわね、ローエンが他の人連れて来るなんて!」

「さっすが、イケメン」

「あっ、でもローエンが一番だからね!」

「………お世辞はいいから今日はコイツの相手してやって」

 わいわい騒ぐいつもの面々に、ローエンはグラナートを指差した。彼はと言うと、部屋の隅で固まっていた。

「…………え、あの」

「なんか、ローエンの友達なだけあってミステリアスよね」

 そう言うのはヴェロニカだ。

「お仕事は?何を?」

 ラナが訊くと、グラナートは目を泳がせて、口をパクパクさる。

「えっと、あの、や、い」

「そいつ俺と同じ………」

「い、医者です!」

 ローエンが「殺し屋だ」と言ってしまう前に、グラナートは慌ててそう言った。チラリとローエンを見ると、彼はにやりと笑っていた。

(…………後で覚えてろ………)

 ぎゅ、と拳を握り締めるグラナートをよそに、彼女達は余計騒ぎ立てる。

「お医者さん⁈かっこいい!」

「国立病院?」

「あ、いや、うちでやってる小さな病院で………」

「へぇ!そうなんですね!」

「あ、お歳はいくつなんですか?」

 矢継ぎ早に言葉が飛んで来るので、グラナートが目を回していると、ずっと黙っていたヴェローナが手を叩いた。

「ほら、グラナートさん困ってるじゃない。一度に話さない」

「………はぁい」

「…………ありがとうヴェローナ嬢」

 ホッとした様にグラナートが言うので、ナターシャが首を傾げる。

「あれ、姐さん知り合いだったの?」

「…えぇ、まぁ、何度かね」

 まともに話した事はあまりないが、グラナートにとっては見知った顔で少し安心だった。

「リ………ローエンもほら、面白そうに見てないで」

「………俺は今日ヴェローナに用があったの。グランを連れて来たのはついで」

「あら、そうなの?」

「僕ついでだったの⁈」

「そんな事より、グランさんおいくつなんですか⁈」

 フィーリアがそう言った。ヴェローナのお陰で少し緊張のほぐれたグラナートは、落ち着いて答える。

「………お恥ずかしながら、もう36で」

「えぇ⁈見えない!」

「もっと若いかと思ってた………」

「良かったな、若く見られてるぞお前」

 ローエンが冷やかして言うと、ラナが言う。

「グラナートさんローエンと同じくらいに見えてた!」

「……10歳も離れてたのね………」

 と、そう言うのはヴェローナである。

「それで、何なの私に用って」

「…………あぁ……ここじゃあちょっと」

「何よ」

「重要な話で」

 ローエンがそう言うと、ラナ達がざわつく。

「………なになに」

「もしかしてついにゴールイン?」

「嫌だそんなのー」

「何でよフィーリア、祝福してあげなきゃ」

「……そんなんじゃないし」

 ローエンは言ってから、少し考えて首を傾げる。

「…………あー……でも近い話か」

「えー!」

「んじゃあ部屋借りるぞ」

 と、ローエンが立ち上がろうとした時。不意に部屋のドアが開いた。

「失礼するわよ、ローエンさんはこちらかしら」

 顔を出したのは黒髪の………丁度、ローエンと同じ色の髪の、女性だった。歳は30代くらいに見える。

「あっ、リンダさん!」

そう声を上げたのは、ナターシャ。

「…………どちら様?」

 グラナートが言うと、その腕をラナが取って言う。

「最近ここで働き始めた人よ、新入りさんだけど、凄いんだから」

「へ、へぇ」

 と、その時グラナートはローエンが静かな事に気付いた。そして彼を見た時、反射的に身構えた。

 …………殺気だ。………でも、どうして。

「……どうしたの?」

 異変に気付いたヴェローナが、彼の顔を覗き込む。そしてハッとした。………見た事のない表情だ。自然と身を引いていた。気付けば全身に鳥肌が立っている。

 が、ただ一人彼女は呆れたような顔をして言った。

「…………なんていう顔をしているの、リタ」

「……!………どうしてリタの名前を」

 ヴェローナが驚いて言った。グラナートが「リタ?」と首を傾げるが、誰も気には留めなかった。

と、すくっとローエンが立ち上がった。

「…………何であんたがここにいるんだ」

「どうしても何も、あなたを探しに来たに決まっているでしょう」

 睨み合う二人以外には、まったく状況が飲めない。ただ、二人の間にただならぬ因縁がある事だけは分かった。

「………若作りは相変わらずだな」

「60代には見えないでしょう?」

「えぇ!嘘!」

 と、思わずフィーリアが叫び、そしてハッとして口を塞ぐが、気にせずふふ、とメリンダは笑う。

「何年ぶりかしら、すっかり男になっちゃって。忌々しいわ」

「俺はあんたの人形じゃない」

「人形だなんて。そんな風には思ってないわよ。大事な大事なむす」

「黙れクソババア」

「!」

「今すぐ帰れ!二度と来るな‼︎」

「……失礼しちゃうわね。母親になんて口の利き方するの」

「!………お母さん………⁈」

 ヴェローナが呟くと、あら、とメリンダは髪をかきあげる。その仕草はローエンそっくりだった。

「メリンダ・ローエンよ。正真正銘、そこの馬鹿息子の母親」

「……本名を隠してここに近付いて。……何が目的なんだ」

 ローエンが言うと、メリンダははぁ、とため息を吐く。

「目的も何も、ただあなたを連れ戻したいだけよ」

「そんな訳あるか」

「…………」

「それなら初めから名乗ればいい」

「…………………」

 すると、メリンダは困った様に肩を竦めた。

「可愛くない子ね。………昔はあんなに可愛かったのに」

「………うるせェ」

「可愛い服を着て、まるで女の子の様だったのに」

「うるせェ‼︎」

 ぐわん、とローエンの声が部屋に響いた。メリンダはただ、肩を竦める。

「…………そんな声を荒らげなさんな、女の子たちが怯えてるでしょう」

「………!」

 ふつふつと煮え立っていたローエンの気持ちが、その言葉でしゅんと萎んだ。ハッと我に返って、周りを見る。そこにいる五人の女達は皆、怯えた様な目でローエンを見ていた。

 が、ローエンはチッと舌打ちすると言った。

「………俺は、あんたのもとには帰らない」

「そう。まぁ、私も息子などいらないわ」

「じゃあ今すぐ俺の前から消えろ」

「落ち着けローエン、何がどうなってるんだ」

 と、横からグラナートがローエンの腕を掴むが、彼はその手を払い除ける。

「お前には関係ない!」

「…………かっ、関係なく……!」

「ちょっとやめなさい二人とも」

 と、ヴェローナが間に仲裁に入った。

「……あなた正気?ちょっと頭冷やしなさい」

「…………せに…………な」

「え?」

「何にも知らねェ癖に勝手な事言うな‼︎」

「………っ!」

 怯んだヴェローナをよそに、ローエンはメリンダを強引に引っ張って出て行ってしまった。

「…………姐さん、大丈夫?」

「!」

 ナターシャの声で、ヴェローナはハッと我に返った。

「……ごめんなさい」

「謝る事はないわよ、仕方ないわ」

 ナターシャがそう言って、ため息を吐いた。

「…………あんな怖いローエン、初めて見た」

 フィーリアがぽつりとそう言った。すると、皆んなしんとしてしまう。

「……普段も、あんな怒る事はなかなか無いんだけど……」

 と、グラナートがそう切り出した。

「僕は今までローエンの名前を知らなかったんだけど……彼、リタっていうの?」

「………あの人本当に誰にも教えてないのね、名前」

「私達はヴェローナが呼んでたから知ってるけど」

 と、ヴェロニカが言った。周りの皆もコクコクと頷く。

「…………女みたいだとは聞いていたけど、まぁ確かにそうだね……」

 さっきのメリンダとローエンの言い合いを思い出し、そして以前彼自身が言っていた、『俺の名前じゃない』という言葉を思い出した。

「………そうか、やっぱり………」

「…………私様子見てくる。皆んなはここで待ってて」

 ヴェローナがそう言うので、グラナートも慌てて立ち上がって言った。

「あっ、僕も行きます」

「えっ」

「………気になる………ので」

 戦闘時でさえも、あの気迫は出ない。何か、特別な理由があるに違いない。…………ただ、単純に友として彼の事が知りたかった。

「………分かったわ。行きましょう」

「はい」

 そして二人は部屋を出て、ローエン達の後を追った。



 娼館と隣の建物の間の路地。メリンダはそれまで黙って連れられて来ていたが、そこで彼の腕を振り払った。

「放しなさい、どこへ連れて行くつもり?」

「…………あんたか」

「………何?」

「この前の殺し屋」

「…………」

「俺が“息子”ならもういらねェってか」

 ローエンの目が、暗がりの中でもギラリと光って見えた。それでもメリンダは怖気付く事なく、息子に向かって言った。

「………これだから男は嫌なのよ。そうやって威圧すれば女なんて支配出来ると思ってる」

「答えろ」

「……………勘が良すぎるのも考えものね」

 はぁ、と彼女はため息を吐いた。

「そうよ。………あなたの大好きな女に殺されるなら本望かと思って。…………どうやら失敗したみたいだけど」

「………ふざけるな」

「私は至って真面目よ、リタ。………あなたが目を覚ませばいいだけ」

「現実が見えてないのはあんたの方だ」

「……さっきからあんたあんたと。お母様って呼びなさい」

「…………誰が呼ぶか」

 チッ、と舌打ちするローエンに、メリンダはそっと歩み寄る。

「………ほら、私によく似た綺麗な髪。……顔立ちも綺麗なんだから、伸ばせば女の子に見えない事もないわ」

「…………………っ」

 ゾワ、とローエンの身の毛がよだった。……体が動かない。その間も、メリンダはローエンの体を眺め回す。

「…………でもそうね、少し筋肉がつき過ぎかしら。……早く取ってしまうべきだったわ」

「………………黙れ」

「私はね、リタ、女の子が欲しかったの」

 じく、と言葉がローエンの心に突き刺さって来る。……幼い頃から何度も、何度も聞かされて来た呪いのような言葉だ。

「でも生まれたのは男の子、あの人はもう一人作る前に逃げてしまったし………だから、仕方がないのよ」

「うるさい‼︎消えろ!」

 どん、とローエンは母を突き飛ばした。フーッフーッと荒い息を吐きながら、彼はメリンダを睨み付ける。

「いますぐ俺の前からいなくなれ。そして二度と来るな。次に現れたらその時はあんたを殺す」

「…………やぁね、野蛮で。折角リタなんていう可愛らしい名前をつけてあげたのに」

「それは俺の名前じゃない‼あんたの思い描く幻想の女の名前だ‼︎︎」

 過去のトラウマと、憎しみと、色々な感情が混ざって言葉の制御が効かなかった。目の前の悪魔のようなイカれた女を、本当なら今すぐ消してやりたかった。………だが、それは。

 そんなローエンの心情を読み取ったかのように、メリンダはふふ、と笑う。

「……あなた、私を殺すのが怖いのね」

「!」

「でなければ、今すぐにでも私の首をへし折りそう。そんな目をしてるわ」

「…………!」

 一歩、二歩とメリンダが歩み寄ってくる。それに伴ってローエンは後ろへ下がって行く。

「………そう。怖いの。ずっとあなたは生きてる限り私に怯えているのね。可哀想に」

「……やめろ、来るな」

 ふ、と見るとメリンダの手には小型のナイフがあった。いつもなら大した事は無いのに、それがとても恐ろしく思えた。

「………今楽にしてあげるわ……私の失敗作。さようなら」

 息が苦しい。何も考えられない。……彼女の言葉が呪縛の様に、自分に絡みついて来る。逃げられない。一生、死ぬまで。…………一層ここで死ねるなら、その方が楽だろうか。そんな事を考えた。

 だがその時、誰かが間に割って入った。メリンダが小さく悲鳴を上げて倒れた。ナイフが地面に落ちてカラカラと音を立てて滑った。

「痛っ………」

「……すみません手荒で」

「………ハァ……ハァ…………グラ…ン」

 グラナートがメリンダの腕を後ろで捻じ上げて抑えていた。うつ伏せになった彼女は、鬱陶しそうに彼を見る。

「…放しな……さいっ!礼儀のなって無い殿方ね!」

「………謝ったじゃないですか。……それに、僕にあまり優しさは期待しない方がいい」

 と、その紫色の瞳に睨まれて、メリンダは息を呑んだ。そして本能的に危険と感じたのか、大人しくなった。

「リタ!大丈夫⁈」

 ヴェローナが駆け寄って来ると、ローエンは力なく膝をついた。その体を支え、ヴェローナは彼を揺する。

「しっかりして!リタったら!」

「………ヴェ……ローナ…」

 虚ろな目をしたローエンは、何とかヴェローナの方を見た。そして彼女の方へ倒れこんで来たので、ヴェローナは慌てて受け止めた。その顔を見て、ハッとする。

「……グラナートさん!リタの様子が変だわ!」

「えっ」

「苦しそうなの!何か……呼吸が速すぎるような」

「!……大変だ、過呼吸になってるんだ」

 と、グラナートはメリンダを放してローエンへと駆け寄る。

「…………部屋を用意して。後は僕に任せてくれ。少し休ませれば大丈夫だから」

「は、はいっ」

 と、ヴェローナはローエンをグラナートに預け、娼館の入り口へと走って行った。

「……ローエンしっかり、落ち着いて。もう大丈夫だから」

 グラナートが言うと、ローエンは苦しそうな荒い息のまま、何か言う。

「……………ろして……くれ」

「…………何?」

「あの…女を……こ…ろして……くれ…」

「!」

 ハッとして、グラナートはメリンダの方を見た。彼女は立ち上がって、哀れむような目でこっちを見ていた。

「………あの娘には名前で呼ばれても怒らないのね」

「………………僕はあなたを許さない」

 グラナートが睨むが、メリンダはどこ吹く風といった様子で答えた。

「…そう、別にどこの馬の骨とも知れないあなたに許されなかった所で、痛くも痒くも無いわ」

「………グラン!」

「!」

 突然、ローエンがガシッと、グラナートの肩を掴んだ。

「は………やく………!」

「……駄目だよローエン。僕はもう殺し屋じゃない」

 グラナートがそう言うが、ローエンは必死な表情で懇願する。

「………頼むよ……!」

 と、しかしふと気付くとメリンダの姿は消えていた。

 グラナートはローエンに視線を戻すと、優しく言い聞かせる。

「大丈夫。もういない。ほら、ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて。そう。その調子。落ち着いて。大丈夫」

 徐々に呼吸が落ち着いて行くローエンの頰を、涙が伝った。それにはグラナートは少し驚いたが、見なかった事にして、また語りかける。

「………吸って……吐いて…………吸って………いいよ、そのまま続けて……」


#17 END

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