第15話 白の死神
「………君が怪我を負うなんて珍しいじゃないか」
「……はぁ」
翌日。アザリアの中央に位置する、アザリア警察署。その最上階の署長室に、ダミヤは一人、呼び出されていた。
大きな窓をバックに、署長であるフォーリッジ・ヴォルテールが手を組んで座っている。その前で、ダミヤは後ろで手を組み、背筋を伸ばして立っているが、その表情はいつも通りどこか気怠げである。
「君には確かに“ディアボロ”は任せたがね、だからと言って単独で接触する事は無いだろうに」
「………すんません」
「別に怒っている訳ではない。………ただ、勇敢と無謀は違うのだよ」
怒ってない、と言えどもその表情は堅い。普段からこういう人なのは知っているが、いつもよりも険しい表情に思える。
「第一、何故部下達を置いて行った」
「…………危険に晒したく無かったので………」
「馬鹿者、危険に晒されるのがこの仕事だ。君がそんな風に思ってしまえば、彼らが警察官である意義が無くなってしまうだろう」
怒鳴りこそしないが、その言葉はダミヤの心にグサグサと刺さる。まったくその通りだ。叱られるのは当然の事である。
「……以後気を付けます」
そう言ってダミヤが頭を下げると、フォーリッジはため息を吐いた。
「…………まぁ君が無事で何よりだ。署内じゃあ変わり者と言われちゃいるが、私は君の実力を認めている。君に何かあれば私は困るのだ」
「………………」
「スラムという所は治安が街よりも遥かに悪い。………だからこそ、そんな所を根城にしている殺人鬼を君に任せたのだよ」
「……はぁ」
「…………ところで、もう一人いたそうじゃないか」
「………あぁ、はい」
「“白の死神”だったかね、かの連続殺人鬼」
「……署長………奴は殺し屋です、殺人鬼とは違います」
ディアボロも然り、と心の中で付け加えたが、フォーリッジは首を振る。
「何が違うのかね、何にせよ人殺しだ。………ともかく、君はその死神と接触し、交戦した訳だ。既に何処かで野垂れ死んでいるものとばかり思っていたが、まだ生きていたとは」
「…………俺は現役の奴は知りませんけど、随分な手練れでした」
「だろうな。君の脇腹を折った上に、傷まで付けた」
と、彼はダミヤの脇腹と肩辺りを指差した。
「そのままセリンとアーチボルトが来ずに、続けていたら君は勝てたかね?」
そう訊かれて、ダミヤは考える。ズキリと痛んだ傷が、答えを出した。
「…………いえ、恐らくは………」
死んでいたかもしれない、と、言葉に出すのは無理だった。
「………しかし、奴は初めから殺す気は無かった様でした」
「そうか。…………顔は見たのだね?」
「はい。赤縁の眼鏡をした銀髪の、紫の瞳の男でした」
「なるほど。そいつについては調べておこう。皆で警戒すべきだな。しかしなんだ、すると悪魔と死神が手を組んだと?」
「………手を組んだ……と言うよりかは親しそうでしたが」
と、ダミヤはあの二人の様子を思い出した。
「……そういえばディアボロが、奴の事を『グラン』と呼んでいたような…………」
「ほう、それは良い情報だ」
と、サラリとフォーリッジはメモを取ると、言った。
「まぁ、そいつの事は他にも注意するように言っておく。君達は引き続き、ディアボロ一人に集中したまえ」
「…………あの」
「なんだ」
「神父の方は………」
「あぁ…………まぁ、放っておけ。害は無いだろう」
「…はぁ、そうですか」
ダミヤがそう答えると、フォーリッジは言う。
「もういい。下がりたまえ。しっかりとアーチボルトとセリンと話し合う事。いいな」
「………はい」
失礼します、と頭を下げ、ダミヤは署長室を後にした。
廊下に出て、はぁ、とため息を吐いて胸に手を当てた。ズキズキと痛む。その時、脳内にあの死神の顔がフラッシュバックした。と同時に得体の知れない恐怖感に囚われた。
(………落ち着け、今は、大丈夫や)
呼吸を整え、自身にそう言い聞かせる。
一度眠って、目を覚ましてからこれだ。その起きる直前に、夢を見たのは覚えている。白い死神が、自分を殺す。死んだところで、目が覚めた。それから目覚めて今まで、彼の事を思い出そうとする度にこうなる。
(………何かしよったんかいな、あいつ………)
まるで術にでもハマったかのようだ。………時折、気配さえ感じる事もある。気が妙に張って、落ち着かない。
(…………ディアボロはまだ分からんけど、リッパーは確実に危険や…………奴との接触は出来るだけ避けるべきやな)
ようやく心が落ち着き、ダミヤは大きくため息を吐いた。
しかし悪魔の方とて、侮れないのは確かである。アナスタシアの銃を恐れず、彼女を抑え込んだ。彼女の腕が確かなのは彼も気付いていたようであるし、ならば彼はそれを上回る自身があって…………それとも、死など恐れていないのか。
(………何にせよ、一筋縄にはいかへんやろなぁ)
はぁ、とため息を吐いて、ダミヤはエリオット達のいる所へ向かった。
「嫌だ」
アクバールの教会。今日は特に何でもないのだが、ローエンとソニアとグラナートは、ここに集まっていた。
早朝の礼拝も済んで、すっかり人のいなくなった礼拝堂に、適当にローエン達は座っている。そして、一列前にいるグラナートに向かって、ローエンは嫌な顔をしていた。
「別にいいじゃないか、少しくらい」
「この前酔って言ってたのは冗談じゃなかったのかよ」
「今後の為にもね、衰えた僕をなんとかしておくれ」
「どこが衰えてんだよ、あの警官相手に手ェ抜いてただろ」
「………君よく見てるね。でも八割くらいだよ」
「本来なら?」
「五割くらいのつもりで叩けたんじゃないかなぁ」
「…………………」
「……無意味な仮定だったな、僕も今そんな気持ちだ」
ローエンのなんとも言えない微妙な表情に、グラナートはそう言った。
「…………でも息切れも早いし、ちょっとは動いておくべきだと思うんだよ」
「だからって何で俺と手合わせなんだよ」
「君以外誰に相手して貰えばいいんだい、アクバールは無理だし、僕は君達の他に親しい友人はいない」
何にローエンが渋っているのかといえば、要するにグラナートがローエンに「自分と戦え」と言っているのだ。だが、ローエンは正直グラナートとはやりたくない。
「知ってるか、真剣で斬られれば痛いし死ぬかもしれないんだぞ」
「僕だって殴られれば痛いし死ぬかもしれないんだよ」
と、グラナートは肩を竦める。
ならやめろよ、とローエンはそう言いたかったが、そうしても無駄だという事は分かり切っている。分かった上でグラナートは今こういう交渉をしている訳だし、何しろグラナートは生粋の“戦闘狂”なのである。
「久し振りにやったら滾っちゃって。君も少しは強くなったろうローエン、直に感じたいんだ」
「………死神とやり合うのは死を意味する」
「殺す訳ないだろ」
「不可抗力って言葉を知ってるか」
「僕はそんなに馬鹿じゃない」
しばらくの沈黙。それを破ったのは、そのやり取りをずっと見ていたソニアだった。
「……おとーさん達、喧嘩?」
「別に喧嘩じゃない」
「心配いらないよ、ちょっと遊ぼうと思って」
「おい、遊びにはならねェだろ」
「木刀ならいいだろ?」
「いや、折れる」
「木刀は折らないよ」
「俺の骨が‼︎」
まだ治ったばかりなのに、とそう言うのでグラナートはうーんと考える。
「…………じゃあ寸止めで?」
「俺は手加減出来ないぞ」
「しなくていいよ、当たらないから」
「この野郎」
ローエンの反応に、グラナートはにやりとする。
「試してみるかい?」
「………そ、その手には乗らない」
「…………そうかい」
つまらないな、とがっかりしてグラナートは乗り出していた身を引く。
「なんだい、面白そうな話をしてるじゃないか」
「!」
と、休憩を終えたアクバールが、奥から出て来た。
「やりたまえ」
「何でだよ」
「ほら、アクバールも乗り気だろう?」
「コイツは怪我しねェからな!」
何よりローエンはグラナートと戦うのが怖い。勝てるわけないとすら思っている。
「本気じゃやらないよ、軽い運動だって」
「………なら走るとかしろよ」
「それじゃあつまらないだろ!」
「結局俺と戦いたいだけなんだろ」
「そうだけど」
悪びれもなく答えるグラナートに、ローエンは何も言い返せない。
「大体、僕が君をぶちのめしたのはもう6年も前の話だ」
「…………『ぶちのめした』っつーなよ」
「あの時はほら、大人になりたてで調子に乗ってる不良少年を懲らしめてやろうと」
「……あん時も木刀で殴られたっけ」
「さすがに切り刻んだりはしない」
「まったく、いつまでも話してばかりでは進まんだろう、ほら」
と、どこから持って来たのか、アクバールが木刀を二本、グラナートへと差し出す。
「おっ」
「何与えてんだお前!」
「ソニアちゃんも興味あるだろう?」
「うん」
「…………ソニア………」
「おとーさん頑張って!」
「…………」
「羨ましいねェ、モテる男は」
ニヤニヤと笑いながら、グラナートが立ち上がる。
「さ、君の訓練も兼ねてやろう。場所は………そうだな、アクバール、屋上借りていいかい」
「構わんよ」
「………落とさねェでくれよ」
「二階くらいなら大丈夫だろう、君なら」
「落とすのかよ」
「万が一の話だろ」
「…………はぁ」
仕方なく、ローエンは立ち上がる。言っても聞かなさそうである。…………折角やるならば、ギャフンと言わせてやろうと思った。
礼拝堂の隅にある階段を登ったところに、三方を三角屋根に囲まれたテラスがある。広さはなかなかのものであり、タイルの床にはベンチの他何も置かれていない。そのベンチを壁側へ避け、そこでアクバールとソニアが座って見ている。
「おとーさん頑張れー!」
「…………ハァ」
白衣を脱いだグラナートの前で、ローエンはため息を吐いた。意外にもソニアが楽しそうにしているので、妙な緊張感が襲って来る。
「どうしたの?」
「…………いや……別に」
首を傾げるグラナートに、ローエンはそう返した。
緊張して力が入っていてはいけないと、彼は軽く2回ほど跳ぶ。いつも通り。殺す気で行かなければグラナートはとれない。と、彼の目を見た時。不意に彼が自分へ襲いかかって来て、ヒヤリとした刃が首筋にかかった………かのような錯覚を覚えた。
「っ!」
「…………どうしたの?まだ僕は動いてないよ」
固まっているローエンに、グラナートが悪戯っ子のように笑った。
「………てめぇ…」
首筋をさすり、睨むローエンにグラナートはただ笑い返す。
「んじゃ、行くよ」
木刀を手に、グラナートが動く。揺らいだ姿。目では捉え切れない。ほぼ無意識的に、体を後ろへ逸らした。ビュ、と鋭い風圧が、目の前を通り過ぎた。
「あっ、避けた」
グラナートは驚いたようにそう言うと、木刀を振り上げ、ローエンへと振り下ろす。ほぼ見えないような速さのそれを、なんとか横へ転がって避け、その勢いで体を起こすとグラナートへと向かう。
「…………おっ」
間合いを詰め、顎を狙って掌底打ちを繰り出す。が、グラナートは首を曲げて避け、そしてローエンの腹へ蹴りを入れた。
「………っ‼︎」
ゴロゴロと後ろへ転がったローエンは、ゆっくりと体を起こして呻く。
「………どうする?もう降参しとく?」
「……………まだ」
「良かった」
と、ホッとしつつもグラナートは容赦なく追撃する。立ち上がったばかりのローエンへ、二刀をそれぞれ反対側の体の横で構え突っ込む。二方から放たれた水平切り、それをローエンは下がって避ける………とばかりグラナートは思っていた。だが、彼は予想に反して器用に斬撃を躱し、懐へと潜り込んできた。
「…………あれっ」
「逃げるばかりは性に合わないんでね」
ローエンの拳がグラナートの腹へ打ち込まれた。間髪入れず、すぐさまローエンの膝蹴りが飛ぶ。ほぼ同じ所に二撃受け、グラナートはよろよろと後ろに下がり、咳き込むが倒れない。
「……ゲホッ……痛て……」
「ほら」
「あっ、ちょっ」
ローエンが攻める。頭を狙ったハイキック。グラナートは屈んで避ける。…………と、その足が振り切られずに、落ちて来る。
「えっ、踵落とっわっ‼︎」
完全にペースをローエンに取られ、グラナートは慌てる。何とか避けきり、ガスッ、と空ぶって床を叩いたローエンの蹴りを見て、グラナートは冷や汗をかく。
「…………当たったら死ぬって」
「当たらねェんだろ」
「……もう当たってるんだけど」
痛みが引かず、グラナートはまた咳き込む。………骨には当たっていないので、骨折の心配は無さそうだが。
「…………じゃあ本気でいい?」
「………えっ」
「君は手加減してないみたいだからね」
まずい、と思った矢先、気付いた時にはローエンは吹っ飛んでいた。遅れて背中と腹に痛みを感じ、呻く。
「はい、今ので死んだから終わり」
と、真上にグラナートの顔が見えた。
仰向けに倒れたまま、ローエンは言う。
「………今のでも加減したな」
「流石に本気の攻撃は当てれない」
差し伸べられた手を取り、咳き込みながらローエンは立ち上がる。
「……いってェ………」
「受け身は取ったんだろう、まぁなかなかの成長ぶりじゃないか」
「………全身に青アザ作ってゲロ吐いてた頃よりはマシか」
「あー、ゴメン、後で氷で冷やそう、腫れるといけない」
「……今度からグラナートには木刀じゃなくて竹光でも持たせた方が良いかね」
アクバールがこちらへやって来ながらそう言った。ローエンは首を横に振る。
「…軽くなった分、速くなるからダメだ」
「…………ふむ、そうか。しかし、グラナートは相変わらずだな」
「優しそうな顔して、優しくねェの」
「手加減しない君よりは優しいだろう」
「最終的にほぼ手加減無しだったろうが」
「………君がつけあがっちゃいけないと思って…………」
「最後は何が起こったのかワタシにもほとんど分からなかったな」
アクバールが肩を竦めてそう言った。
「君に見えてたらローエンにも見えてる」
「まあ、綺麗にローエンが飛んだのは見えたよ」
「うっせ」
肋骨の下あたりがジンジンと痛んでいる。恐らく木刀がそこにヒットして、器用にグラナートが吹っ飛ばしたんだろう。
「ま、まだ僕の威圧が効くなら僕よりも格下って事になる」
「…………分かってるよ」
「一瞬だけだし夢に出たりはしないから安心して」
「別に普段は恐れてねェから大丈夫」
それはグラナートが死神と呼ばれる由縁である。過度な威圧により、相手に死の錯覚を見せる。それはさっきローエンがされたように一瞬だったり、あるいはじわじわと戦いの最中に印象を植え込み、後々まで苦しめたりする。
効く効かないは個人差があるが、大抵同格以下ならば効くようである。
…………ちなみに、アクバールにはどういう訳か効かない。
「グランおじさんすごい!カッコよかった!」
ソニアがアクバールの後ろから、目をキラキラさせて言った。グラナートはにこりと笑い返す。
「ありがとう」
「俺の立場がねェ……」
「おとーさんもカッコよかった!」
「………」
「何を照れているんだね、ほら、君もグラナートも打ち身を冷やせ。仕事に支障が出てはいかんからな」
「なら止めさせろよ」
「こんな面白いイベントを中止になど出来るかね」
「自己中かよ」
自由奔放なアクバールに、ハァ、とローエンはため息を吐く。彼に付き合っていては体が持たない。
「………ローエン、良かったら僕が剣術を教えようか?」
グラナートが言うが、ローエンは否と首を振る。
「俺には向いてないし、お前のは邪道だ」
「はは、そうかい」
「さてさて、腹も減った事だしローエン君に振る舞って貰おうかね」
「んなっ」
「あ、僕も賛成」
「おとーさんいつもの作って!」
「…………材料見て考える」
はーあ、とローエンはため息を吐いて、そしてアクバールたちに続いて階段を降りて行った。
#15 END
読んでいただきありがとうございます。宜しければ感想・評価などお願いします。




