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Strain   作者: Ak!La
14/56

第14話 名前

「おや、戻ったかい。………なんだ、随分と疲れているようじゃ無いか」

 アクバールの教会。ローエンとグラナートは、入ってすぐの長椅子に座った。

「…………警察に見つかったんだ」

 ローエンが言うと、アクバールは目を見開く。

「おや、そりゃ偶然」

「偶然じゃねェ、ハメられたんだ。…俺達全員」

「僕は巻き添えを食っただけだよ………」

 グラナートは疲れ切った様子でそう付け加えた。

「……何でそんなしんどそうなんだ」

「久し振りに動いたから体力が無くって……」

「…………そんなタマかお前が」

「いやぁ………鈍るものだね」

 ははは、と笑うグラナートと、ため息を吐くローエンを見比べ、アクバールは首を傾げる。

「…………なんだグラナート、やはりそんな格好をしていると思ったらそういう事かね」

「動きやすいのはこれだから」

「…何故そんな重い金属の棒を提げておいて、あれほど疾く動けるのか謎だね」

「そんなに重くない」

「重くない訳がない、ワタシには到底振れんよ」

 やれやれ、とアクバールは首を振って彼らの隣に座った。

「おとーさん!おじさん!」

「!」

 奥のアクバールの部屋から、ソニアが走って来た。あっという間にローエンの前に来て、ぴょん、と彼に飛びついた。

「あいてっ、やめろ、汚れるぞ……」

 服に血がついているのでローエンはそう言うが、ソニアは大きな笑顔で言った。

「おかえり!」

 言われてローエンは少しの間逡巡し、そして笑って答える。

「…………ただいま」

「くすっ」

 と、アクバールが笑ったのを聞いて、ローエンは振り向く。

「………何だよ」

「いやはや、君も成長するものだねぇ」

「……………あ?」

「睨まない睨まない」

 グラナートはそう言ってローエンをなだめると、足を手で擦った。

「……はぁ、明日は筋肉痛になりそうだ」

「そんなにか」

 ローエンが訊くと、彼は頷いた。

「もう既に足が痛いよ。………あの警官、かなりの手練れだった」

「…………えーと、ダミヤ…オル…なんとか」

「オルグレン。…特徴があるから、調べやすくはあるかな」

「知らない名前か?」

「僕だって何でも知ってる訳じゃない。同業者なら別だけど、警察の情報は余程の人間しか」

 グラナートは今でこそ闇医者であるが、昔………数年前までは違った。かつては“白の死神”と云われていた、もはや都市伝説に近い殺し屋である。音も無く、殺気すら感じさせずに相手を狩る。その正体は誰も知らない………はずだったのだが、どういう訳かその当時、唯一アクバールだけが正体を突き止め、ローエンよりも前から親交がある。

 何故なのか気になったローエンが過去、一度だけグラナートに理由を訊ねてみたのだが、彼曰くどうも何か弱みを握られているらしかった。

 …………真に恐ろしいのは、白の死神よりも、この胡散臭い神父の方だとローエンは思っている。

「……こういうのはアクバールの方が詳しいと思うけど」

 同じ様な考えの“白の死神”は、そう言ってその“胡散臭い神父”に話を振った。

「ワタシだって何でも知ってると思ったら大間違いだよ?」

「君はいくらか僕らに隠してることがあるだろう」

「プライベートな事まで君らに話すつもりはないね!」

「………そういう事じゃない」

「やめとけグラン、無駄だ」

「なんだい、ローエンまで。なんならまだグラナートに黙っている君の本名を今ここで晒そうか?」

「おい」

「…………あぁ、そういや僕君のフルネーム知らないな」

 グラナートが笑ってそう言った。

「……“同業者”なら知ってるんじゃないのか」

「…………んー、調べないと情報は基本入って来ない。聞くのは噂くらいかな。こうして知り合う前は、そうだな、君の通り名に“悪魔”がついてることくらいしか知らなかった」

 て事は調べずにいてくれてるのか、と内心ローエンは彼に感謝した。

「昔一度訊いたけど、君は『俺には名前はない』って答えた」

「………そうだっけ」

「そうだよ」

 少し考え、ローエンは思い出す。………グラナートと出会ったばかりの頃の話である。

「……ただのローエン、それ以外はナシ」

「そう、それ」

 グラナートが嬉しそうにそう言うと、アクバールが横から口を出す。

「単に女みたいだから嫌だと言うのなら、そんな風に言う必要もなかろうに」

「…………色々あるんだよ、俺にも」

「女みたい?なんだ」

 グラナートが目をパチクリとさせた。そして、心底面白そうに笑う。

「君は十分男らしいのに、おかしな話だ」

「……どう答えていいのやら」

 ローエンは苦笑する。と、ソニアがぴょん、と彼の膝の上に乗って言った。

「ソニア知ってる、おとーさんの名前」

「おや、そうなのかい」

「えーっと」

「こら、言うな」

 と、ローエンはソニアの口を塞いだ。

「…………なんで?」

「……それは…………」

「名前の話になると君はいつもそうやって口籠る」

 アクバールが腕組みをしてそう言った。

「長い付き合いなのだから、教えてくれても良いだろうに」

「………グランはともかく、友達でもねェお前に話す義理はねェよ」

「おやっ、この前の事根に持ってるのかい」

「……友達じゃなけりゃ君達は一体なんなんだい」

 グラナートが呆れた様にそう言う。

「仕事仲間」

「………ワタシが悪かった!ローエン!」

「興味の為だけに簡単に前言撤回すんな」

 はぁ、とローエンはため息を吐き、少しの沈黙の後答えた。

「……俺の名前じゃねェんだ」

「?…………君、姉か妹がいたかね」

「俺一人っ子だし」

「なら昔の彼女とか」

「ちーがーう」

 アクバールの言葉を全て否定し、ローエンはため息混じりに言う。

「……そういうんじゃねー…」

 ローエンがそう言うと、グラナートはくすりと笑う。

「…………ははぁ、もしかしてそういう事かい」

「?……何だね」

 アクバールが首を傾げるが、グラナートは無視して続ける。

「その名前は、女の子の名前なんだね」

「………?」

 グラナートの言葉に、アクバールは一層首をかしげるばかりである。だが、ローエンの表情が曇る。

「…………それ以上言うな」

「分かったよ。僕の仮説は仮説のままで置いておこう」

 やれやれ、と肩を竦めてグラナートはローエンを指差す。

「今、ここにいるのは、女たらしの殺し屋で、父親やってる“名無しのローエン”だ」

「………そのフレーズ前も聞いたな」

「君が『ただのローエン』と言った後に、僕がそう返した」

 懐かしそうに、彼は目を細めた。

「…さて、何の話だっけ」

「…………警察の話?」

「あぁそうだそうだ」

 ローエンに言われて、グラナートはアクバールに言う。

「というわけで、君のツテでダミヤ・オルグレンについて探っておいてくれないかな」

「嫌だよ、そんなわざわざ危ないところに首を突っ込むつもりはない」

「僕の事を調べるにしても、下手をすれば君は死んでいたかもしれないのに?」

「君は抑えきれる確証があったんだよ」

「…………」

 当たり前だろう、とばかりに言うアクバールに、ローエンは訊く。

「………お前、実は強いの?」

「いや?彼と本気でやれば1秒と経たずワタシの首は胴から離れる」

 君ならば脊髄が折れるかな、と至極真面目な顔をしてアクバールは言った。

「そういうんじゃないんだ、ローエン」

「?」

 グラナートの言葉に、ローエンは首を傾げる。

「アクバールは計算高い。逃げ回っているだけだったのに、いつの間にか追い詰められていたのは僕の方だ」

「…………逃げ足は速いんだな」

「それは本当に。一体どんな生き方をして来たんだか」

「ワタシには神がついているのだよ」

 アクバールはフフン、と笑うが、グラナートは肩を竦める。

「思ってもいない事を。君の本質は神父じゃない。君こそ悪魔のようだ」

「失敬な。ワタシは神父だよ?」

「神父は殺し屋をハメたりしない」

 そんな二人の会話を聞いて、ローエンはくすりと笑う。

「そんなだからソニアも懐かないんじゃねェか?」

「……何故人を殺した事すらないワタシが君達よりも」

「子供は得体の知れない何かを敏感に感じ取る」

 グラナートが、そう言う。

「この中で一番謎なのは君だよ、アクバール」

「…………そうかね」

「…まぁ、警察にはもう顔も名前も割れてるらしいけどね」

「何っ⁈」

「君にあの麻薬の密売グループの事を教えたのは、警察に仕込まれた人間だった。………オルグレンは君の名前を忘れていたようだけど、既にデータベースには載ってるんじゃないかな?」

「んな…………」

 愕然として、アクバールは固まる。

「ならばワタシもいずれ………」

「加担してるのは事実だから仕方ないんじゃない?」

「……まぁ俺らよりかはマシだろ」

「…………」

「そもそもまぁ、殺してるのが犯罪者だからグレーな感じなんじゃねェの」

 善人を殺し回っている“殺人鬼”ならともかく、ローエンはアクバールの言うところの弱者の為にその生活を脅かす者達を消す、“殺し屋”なのである。………だが、そうは言ったところで、人殺しは罪、正義にはならない。

「アクバールはまぁ、そこまで心配する必要はないと思うぞ」

「……そうかな、僕が警察ならまずアクバールを捕まえる」

 グラナートが言うので、アクバールは青ざめる。何も言えない彼の代わりに、ローエンが言った。

「何でだよ、そんな危険人物じゃねェだろ」

「危険人物じゃないからこそ………アクバールは捕らえれば餌になる」

「餌って…………」

「僕にとっては大切な友人だし、君にとっては大切な収入源、いなくなったら困る。…………それにアクバールの方は誰よりも僕らの事を知ってる」

「………警察に利用されるってか」

「本気になれば彼らは拷問だってする」

 その時アクバールが一層青ざめたのを見て、グラナートは言う。

「だからねアクバール、もしもその時は訊かれた事全てに正直に答えるといい。君が傷付くのが一番困る」

「…………グラナート」

「僕らは僕らでなんとかするさ。………ね?」

 と、ローエンはそう言われ、頷こうとして、止まる。

「……俺はいいとして」

「ソニアちゃんは君が守ればいい。…………まぁ、その子に危害が及ぶ事は無いだろうけど」

 警察は悪人じゃないからね、とそうグラナートが言うが安心は出来なかった。………そもそも、この立場が悪いのだ。

「………いっそ警察に保護される方がいいのかもな」

 と、ソニアを見る。が、彼女は話の内容はほとんど理解出来ていないようだった。ただ、ローエンの視線に首を傾げている。

「…………ソニアはおとーさんと一緒にいる」

「………そうか」

 したいようにさせてやろう。とりあえずはそう考えている。色々考えたところで、行動しなければ何も変わらない。

「ま、つまり何もしなくてもいずれオルグレンとはまた遭う事になるだろうね。僕もローエンも、君も。その前に情報を掴んでいた方が賢明じゃないかい?」

「……組織相手は楽ではないのだよ」

はぁ、とアクバールはため息をついた。

「……仕方ないね、いつも頼みを聞いて貰っている訳だし…たまには返さねばなるまい」

「助かるよ」

 にこ、とグラナートは笑う。彼もなかなかの策士だと、ローエンは思ったのだった。


#14 END

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