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Strain   作者: Ak!La
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第11話 綺麗な花には棘がある

 アザリアの南東、スラム街との壁のすぐ側の通り。もう夜も更けるというのに、満月の下、建物には明々と灯りがついている。

「ローエーン!久し振りぃ!」

「本当だ!ローエンだ!」

「何でしばらく来てくれなかったのよう」

 とある娼館しょうかんを訪れたローエンに、女が数人駆け寄ってくる。彼女達はここで働くホステスだ。

「ゴメンね、色々忙しくて」

 ソニアはグラナートに預けて来た。そろそろ来てやらないと、彼女達の不満が爆発すると思ったのだ。

「来たのね、リタ」

 奥から顔を出したのはヴェローナ。すると彼女に、銀の長い髪の女が言う。

「ヴェローナ!あんた一人だけ抜け駆けしてたでしょ!」

「まぁまぁ、ヴェロニカちゃん、今日は皆んなに会いに来たんだから」

「ローエン………」

「たくさんお話ししたいな、お相手もお望みの子から順番にしてあげるよ、待たせちゃったからね」

「まったく、どっちが客なんだか分かりゃしない」

 ヴェローナがやれやれと額に手を当てる。

「来なさい、今日は新人の子も入ってるの」

「お?そうなんだ」

 ローエンは嬉しそうにニコニコと笑う。

「…………昼間とは大違いじゃない」

「俺はいつも通りだよ」

 ヴェローナの文句に、ローエンは軽く肩を竦めただけだった。

 部屋に入ると、金髪で青い目の女がローエンの左腕を引っ張る。

「今日は私の隣ね!」

「フィーリアちゃん、独り占めは駄目だよ。……もう一人、誰がここ来てくれるの?」

 と、ソファの右側を指差す。

「はーい、私が行く!」

 と、元気よく手を挙げたのは、茶髪をポニーテールにした女だ。

「はーいはい。………ラナちゃん、髪切った?」

「えっ、うん、そう!ちょっとだけね」

 照れ臭そうに笑うラナに、ローエンも笑い返す。

「いいね、似合ってるよ」

「えっ、えへっ、そう?ありがとう」

「もう、リタ、それくらいにしときなさい」

 どこかへ行っていたヴェローナが戻って来て、腰に手を当ててローエンに言った。

「紹介するわ、今日からここで働き始めた子よ」

 と、ヴェローナの後ろから現れたのは、彼女と同じ様な黒髪の、背の高い綺麗な女だった。まつ毛が長いのが、とても印象的だった。

「クローディアといいます。よろしくね、ローエンさん」

 右側に腰あたりまで大きなスリットが入った大胆なドレスを着た彼女は、そう言って微笑んだ。

「……クローディアちゃんか、まぁ座りなよ」

 ローエンが言うと、クローディアとヴェローナが並んでソファに座る。丁度ローエンの正面ぐらいになった。

「聞いてた通りイケメンですね、ローエンさん」

「君もなかなか綺麗だね」

 にこ、とローエンが笑って言うと、隣のラナがその脇腹を小突く。

「もう、ローエンたらすぐそうやって色目使うー」

「君も可愛いよ」

「…………んもう」

 その様子を見て、あからさまにヴェローナがため息を吐くが、ローエンは気にしない。

「ところで………クローディアちゃんはここに来る前はどこかで働いてたの?」

「………あぁ、いえ、娼館はここが初めてです」

「へぇ?…………そりゃまたどうしてこんな所に」

「こんな所って言わないでよ」

 と、ラナの隣に座る短髪の女が言った。

「あっはは、ゴメンね、ナターシャ」

「私達は私達でプライドがあるの!」

「そうだね」

 ナターシャにそう答えると、ローエンはまたクローディアに目を戻す。

「………それで?」

「あ………ええと……うち……貧乏で」

「そりゃ勿体無いね、君みたいな美人が」

「お恥ずかしながら…………夜伽よとぎの経験もありません」

 と、苦笑するクローディア。

「そうか、なら本当にまっさらの新人って事だね」

「はい」

「何よローエン、やけに食い付きいいじゃないの」

 と、ヴェロニカがそう言う。

「いやあ、そりゃ謎の新人ちゃんがこれほど美人なんだもの」

「ローエン酷い」

 フィーリアが頬を膨らませる。「そういう所が可愛いなぁ」、とローエンはその頬を指で優しくつついた。

「ローエンさんは、いつからこちらに?」

 クローディアがそう訊いた。

「…………んー…五年くらいになるかな、一番長いのがヴェローナで、ヴェロニカちゃんが四年、ナターシャとラナちゃんが三年くらいかな」

「……もうそんなになるの」

 ナターシャがぽつりとそう言った。

「ねえヴェローナ、ここに来始めた頃のローエンてどんなだったの?」

 ラナが言うと、ヴェローナはうーん、と考える。

「…………そうねぇ、もう少し可愛らしかったかしら」

「えー」

「でも性格は今の通りよ」

 はぁ、とため息を吐かれ、ローエンは苦笑する。

「当時はヴェローナも簡単に落ちたのに」

「私も働き始めたばかりだったからね」

「………ねえさんにもそんな時期が」

「うぶな姐さん………」

 ひそひそとラナとナターシャが言う。

「クローディア、ローエンにそんな敬語の必要ないわよ。私達初めから普通に話してたんだから」

「ヴェロニカちゃんはここより前にいた所があるんでしょ?初めての子にそんな強要しなくていいよ」

 ローエンは手をヒラヒラとさせて言う。しかし、クローディアは一つ咳払いをすると、言った。

「………分かりました……。えっと、じゃあ普通で」

「…………無理しなくていいよ?」

「大丈夫…よ。…じゃあ、ローエンて呼べば良いのかしら」

「うん」

「……リタ、やっぱり私からすればそっちで呼ばせるのは他人行儀だと思うけれど」

「俺にとっての名前はそっちだからいいの。………ていうか他の人にあまり軽々しく教えないでね?俺のフルネーム」

 ヴェローナとローエンの会話を聞いて、クローディアは首を傾げる。

「ローエンの方は苗字なんですか?」

「…………まぁね。でも気にしないで。苗字で呼ばれてる感覚はないから」

 と、そう言ってからローエンはクローディアを指差す。

「あと、言葉遣い戻ってるよ?」

「えっ、あっ、ゴメンなさい」

「いーよいーよ、仕方ない。少しずつ慣れていけば良いよ」

 と、すくっとローエンは立ち上がる。

「という訳で君さえ良ければ、今夜はお相手してくれるかな?」

「えっ」

「うわ、ローエン大胆」

「初対面で強引ね…………」

「慣れるにはそれが一番かなぁって」

 ローエンはクローディアの手を取る。

「………あの」

「まぁ実質、君に拒否権は無いのだけれど」

 にこ、と笑うローエンに、クローディアの隣のヴェローナがため息を吐く。

「………諦めなさい、こうなったらこの人止まらないから」

「…………大丈夫です。……行きましょう」

「そう来なくちゃ」

 ローエンはクローディアを立たせ、部屋を出て行こうとする。

「あっ、そーだ。気になるからって覗きに来ちゃ駄目だからね?」

「分かってるわよ!」

「誰も覗きになんか行きませんー!」

「そう?良かった」

 そう言い残し、ローエンはクローディアと消えて行った。

「…………あの子なかなかのやり手ね」

ナターシャが腕を組んでそう言った。

「またローエンに処女を奪われる子が一人……」

「……初めての子にはローエンはちょっとキツくない?」

 ラナがため息を吐き、ヴェロニカが心配する。

「…………手加減だけはしてくれないからね」

 と、ヴェローナはそう言って、一番大きなため息を吐いた。




「本当に初めて?」

「え?」

 ダブルベッドの置かれた個室で、ローエンはいきなりクローディアにそう言った。

「そうは見えなくって」

「…………あの、本当に経験無くて」

「そう?」

 と、ローエンはベッドの端に座った。

「じゃあ、どうぞ」

「え?」

「俺が虐めちゃ可哀想だからねぇ」

 手招きして、クローディアを自分の前に招き寄せた。

「好きなようにしていいよ」

「…………」

ローエンが手を広げると、クローディアはおもむろにローエンの横へ片膝をついた。

「………好きなように?」

「そう」

 ローエンが答えた途端、クローディアがキスをして、ローエンを押し倒した。

 離れると、クローディアの真っ黒な瞳がローエンを捉える。

「…………やっぱり初めてって嘘でしょ?」

「…………………どうかしら」

 彼女の手が、ローエンの胸元に滑らされる。彼が眉を動かすと、クローディアは微笑を浮かべた。

 そのうちその手がローエンのワイシャツのボタンを外し始めた。ローエンはまだ、されるがままでいる。

「………とっても魅力的だね」

「貴方もね」

「やっぱり襲いたくなっちゃうなぁ」

「好きなようにして、って言ったのはそっちでしょ」

 と、甘い声で彼女はそう言う。ローエンの引き締まった体に指をわせ、クローディアは呟く。

「…………いい体してるのね」

「………君、俺の事知ってる?」

「何を?」

「職業」

 ローエンは試すような目をしてそう言った。

「………………勿論よ」

 ピタリ。…………突然、二人は止まった。クローディアの笑みが消え、その顔は驚きに満ちた。

「…………やっと牙を見せてくれた」

 対してローエンは、にこりとそう笑う。その左手の人差し指と中指の間に、ナイフの刃が挟まれていた。それを持っているのは、クローディア。

「………最初から分かってたの?」

「まぁね…………」

「それなのに二人きりの部屋に誘い込んだの?」

「…………だからこそ、だよ。彼女達を危険にさらすほど、俺も馬鹿じゃあない。………ましてや同業者が分からないなんて事は、ね」

 ローエンは寝転んだまま、左手の指に力を入れた。その途端、パキン、と音を立ててナイフが折れる。

「………どうして気付いたの?」

「…………匂いだよ、血生臭い匂いがするんだ。香水なんかじゃ掻き消せない」

「……貴方からはしない」

「それはまだ君が未熟なのさ」

 ローエンは勢いよく体を起こした。クローディアが床へと落ち、その上からローエンは彼女の体を抑えつける。

「きゃっ」

「…………誰の依頼だい?」

「……なんで依頼だと思うの?」

「男はともかく、女の子から個人的な恨みを買う覚えはないからね…………それに、君は殺し屋だ」

「…………」

「潜入するならもう少し演技をどうにかした方がいいよ」

「………アドバイスありがと」

「俺も潜入は苦手でね」

 ふう、とローエンはため息を吐くと、困ったように首をかしげる。

「…………まぁいいや。誰の依頼かは知らないけれど、女を送れば俺が手出し出来ないとでも思ったのかねェ」

「!」

「確かに俺は女の子を傷付けるのは気が進まないのだけど、まぁ、何にも出来ない訳じゃない」

 肩を竦め、ローエンは左手でクローディアの頬を撫でる。さっきのナイフで傷付いたのか、血が出ていた。

「…………私をどうする気」

「……どうしようっかなぁ…………今までにも何度か女の子の刺客しかくは送られて来たけど……その時々の気分によって決めてる」

 ローエンは特に怒った顔をしているわけでもない。ただ、その顔には相変わらず笑みが張り付いていた。だがしかし、今まで見せていたものとは、また別物である。

「………君はどうしてあげようか」

 その声が、クローディアの耳を撫でるように伝わって来て、彼女は背筋が凍った。………彼は悪魔だ、と、本能的に彼女はそう感じた。

「…………お願い、見逃して」

「命乞いかい…………?」

「何でも言うことを聞くから」

 ふうん、とローエンは一層笑みを深くした。

「そう?じゃあ一つだけ」

「…………!」

「俺には何してもいいよ、何度でも来るといい。大歓迎だ。………でも、俺の大事な人達に手を出したら、その時は容赦はしない」

「!」

「それ以外なら、俺からは干渉しない。俺もそんな暇じゃ無いし………邪魔なだけで殺すには勿体無い」

 と、不意にローエンの笑みから邪が消える。

「それともどう?このまま俺の彼女にしてあげてもいいよ。君とならいい夜が過ごせそうなんだけど………」

「…………そうやって他の女も口説いてるんでしょ?」

「まぁね」

 クローディアの指摘に、何の悪びれもなく彼はそう答えた。そして、よいしょ、と立ち上がって彼女を放した。と、その時ローエンの目が鋭くなる。

「………さっさと出て行け。もうヴェローナ達には干渉するな」

「……………とんだ道化ね」

 そう言われて、ローエンはくすりと笑う。

「……何とでも言え」




「あれ?リタ、早かったわね」

 元の部屋に戻って来て、ローエンはまずヴェローナにそう言われた。

「…………冷めた」

「……冷めたって」

「あの子はちょっと、俺には合わない」

 やれやれ、と肩を竦めるローエンにラナ達がひそひそと言う。

「うわー可哀想」

「珍しくフッたのね…………」

「あのローエンが………」

「………クローディアはどうしたのよ」

 ヴェローナがそう訊くと、ローエンは呆気あっけらかんとして答える。

「帰った」

「え⁈」

「あとめるってよ」

「………え⁈」

「そんじゃあ俺も帰るわ、ソニアも待たせてるしな……」

「…………そう」

「ソニア?誰?」

「新しい彼女?」

「まさか同棲どうせいしてる…………」

「ちーがうって」

 口々に言う彼女達に、ローエンは頭を掻く。

「…………あぁー………もう、ヴェローナ、説明任せた」

「えっ?私?」

「あまり遅いとグランに怒られる」

 んじゃ、と手を挙げ、ローエンは娼館を後にした。

「…………ヴェローナ、あなた何か知ってるの?」

 と、ヴェロニカがそう訊いた。

「………えーと、まぁ……何て言うか」

 どう言う風に説明すればいいのよ、とヴェローナは大きなため息を吐いた。




 暗がりのとある路地。そこには、黒いロングコートに着替えたクローディアは、その先にいる女に向かって歩いていた。

 彼女は腹の出た短い黒のタンクトップの上に短い迷彩の上着、下は黒いタイツの上に迷彩の短パンとブーツという出で立ちだった。

「どうだった?お姉ちゃん」

 先で待っている女が、そう言った。

「…………どうもこうもないわよ」

 クローディアは髪を掻き分け、不満そうに言った。

「……失敗?」

「危うくこっちがやられる所よ、しかも最初から気付いてたって言うし………」

「外におびき寄せてくれたら、私が撃ったのに」

「あぁいうタイプは色仕掛けの方が効くかと思ったのよ」

 ふん、と彼女はそっぽを向いた。

「……ほんっと気に食わない、私逆に遊ばれてたんだわ」

 思い出すだけで腹が立つ、と憤慨していると、もう一人の女は苦笑する。

「まぁまぁ、お姉ちゃん、落ち着いて」

「………あんたは気楽で良いわね、えーっと」

「ミシディア。………しばらくはこれで行くって決めたでしょ?もう。お姉ちゃんはクローディア」

「そうだったわね。………ちゃんとしなきゃ」

「で、どうなの?リベンジするの?」

 ミシディアは金のポニーテールを揺らしてそう訊いた。

「………当たり前じゃない」

 クローディアはふつふつと、その目に怒りをたぎらせる。

「このままじゃ終わらせないんだから」

「じゃあ次は私もサポートするね」

 と、無邪気にミシディアが笑った。

 真っ暗な路地、その闇の中に、二人は静かに消えて行った。


#11 END

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