ストーカー
次の日の学校では、佐藤和哉含め、三人の生徒が行方不明になったことがクラス中でちょっとした騒ぎになった。
しかし、実際はそこまで興味がなかったらしい生徒は、すぐに他の話題に切り替えていた。
いじめられていた生徒は、心なしか笑顔になった気がする。
そして俺は、次のターゲットを探していた。
「誰にしようかな…………」
そう言いながら俺はクラス中を舐め回すように見ていた。
いじめには、いじめられる側も悪いところがあるだろうから、あのいじめられっ子を殺そうか?
それとも、あのさっきから調子に乗って騒いでいる女子生徒を殺そうか?
悩むなあ。
まあ、別にこのクラスの中から無理に選ぶ必要はどこにもない。
地球上には人間なんて腐るほどいるんだ。
ゆっくり丁寧に選んでいけばいい。
まずは、他のクラスの連中を観察するのがいいだろう。
この学校の生徒を選ぶ必要はどこにもないのだけれど、同じ学校の人間を殺したほうが、殺したという実感が湧くし、よりいい興奮を味わえる。
ただでさえ死体が消えて、人を殺したという実感がわかないのだから、少しでも実感を味わいたいのだ。
俺がそんなことを考えていると、不意に声がかけられた。
「汽水くん、ちょっといいかな」
桜井咲だ。
昨日に続いて今日も、俺に声をかけてきた。
もしかして俺に好意を抱いているんじゃないだろうか?
そうだとしたら両想いだぞ。
まさか、ついに俺もリア充か!?
「別にいいけど、どうしたの?」
俺は内心ドキドキしながら聞いた。
「ここでは話づらいから、屋上に行きましょう」
キター!!
これは間違いなく告白されるパターンだよ!
まさか、あの、桜井咲が俺のことを!?
超絶美少女のため、毎日のように男子から告白されているのにもかかわらず、今まで誰とも付き合ってこなかったのは、俺のことが好きだからだったのか!
いやあ、俺もついにリア充の仲間入りなのだけれど、いざリア充ともなると緊張するなあ。
当然のことながら、今まで誰とも付き合ったことがないし、デートも行ったことないし、ていうか、女の子とまともにしゃべったのは咲が初めてだし。
そもそも俺は、男友達すらいないのだから、女友達なんているわけがない。
男友達がいないのに、女の子と付き合うなんて、これは飛び級というやつではないか!?
素晴らしい飛び級だ。
この調子でいくと、俺の将来のお嫁さんは桜井咲かあ、最高だな。
咲の名字は、俺の名字の汽水になるから、汽水咲になるのかあ、案外似合ってるな。
やっぱり俺と咲はこういう運命だったのだろう。
ありがとう神様。
「わかった、いますぐ屋上に行こう」
俺はテンションマックスで行った。
早く屋上に行って告白されたい。
人生初めての告白が俺を待っている!
俺と咲は、他の生徒が騒いでいる教室を抜け出し、駆け足で屋上に向かった。
最近の高校は、屋上がしまっているところが多いらしいけれど、この高校は屋上の出入り自由だ。
まあ、この季節、屋上なんて暑いだけだから誰も行こうとはしないけれど。
だからこそ、絶好のヒソヒソ話ポジション。
愛の告白を受けるには最高の場所だ。
屋上に出ると早速、俺は咲の言葉を待った。
ウェルカム愛の告白。
「実は、頼みたいことがあるの」
頼みたいこと…………?
あれっ?
愛の告白じゃない…………?
嘘だああああ!!!!
俺はてっきり告白されるものだと思っていたのに!!
俺の勘違いかよお!!
超恥ずかしい!!
さっきの俺の思考が超恥ずかしい!!
もう自殺したいよおー!!
てういうか、頼みたいことってなんだよ!
そんなの教室で言えばいいじゃないか!
わざわざこんな勘違いさせるような場所で言おうとするなや!
「それで、頼みたいことって?」
俺は怒りを静めながら聞いた。
まあ、内容によっては許してやろう。
教室で言っては、まずいような内容だったら許してやろう。
さもなくば、その大きなおっぱいを乱暴に揉みしだいてやる!
「殺して欲しい人がいるの」
「え…………?」
何を言っているんだ?
殺して欲しい人がいる?
それじゃあまるで、俺が人殺しだということを知っているようじゃないか。
もしかして知っているのか?
いや、まさか、そんなはずは。
「昨日見ちゃったの、汽水くんが和哉くんたちを殺しているところを」
見られた…………。
一応は、周囲を確認してやったつもりなのだけれど。
あの時は、興奮しすぎて周りがよく見えていなかった…………。
失敗した。
でも、もし仮に、そのことを咲が言いふらしたところで、誰も信用しないだろうから、問題はないだろう。
なんせ、死体はないのだから。
「死体が消えるのもね」
「そこまで見えていたのか」
まるで気づかなかった。
そこまでしっかりと見られていたのなら気づきそうなものだけれど。
興奮しすぎて周囲に注意が全く及ばなかったということだろう。
「一体どういう仕組みなのかしら?」
咲は不思議そうな顔をしながら聞いてきた。
まあ、いくら天才の咲とはいえ、死体がいきなり消える場所に遭遇したら不思議に思うだろう。
当たり前の反応だ。
「俺にもどういった仕組みなのかはわからない」
「突然、不思議な力を手に入れたってことかしら?」
相変わらず勘のいい女だ。
そこまでわかってしまうのか。
勘がいいというよりは、頭がいいのだろう。
それほどまでにこの女は天才なのだ。
「その通りだよ、突然あの力を手に入れた。理由はわからない」
「やっぱりそうだったのね」
咲は頷きながら言った。
そんなに納得できたのだろうか?
「それで、話を戻すけれど、殺して欲しい人がいるの」
咲は真剣な顔をしながら言った。
冗談ではなく、本気で言っているのだろう。
それなら俺も本気で返事を返さなくてはいけない。
「咲がそれほどまでに死んで欲しい人間って一体誰なんだ?」
咲は誰にも優しく、誰とでも仲良くできる人間だと俺は思っていた。
にもかかわらず、死んで欲しいと思うほど嫌いな人間がいるのか。
まあ、誰だって一人くらい死んで欲しいと思う人間はいるだろう。
「ストーカーよ」
「ストーカー?」
ストーカーがいるのか?
確かに咲は可愛いからストーカーがいたとしても何も不思議ではないのだけれど。
なるほど、それなら咲が死んで欲しいと思うのもわかる。
ストーカーなんて誰でも死んで欲しいと思うものだろう。
勿論、俺は誰かをストーカーしたことなんてないし、ましてやストーカーされたことなんてないから、深い気持ちまではわからないけれど。
「分かった、そのストーカーとやらを殺せばいいんだな」
お安い御用さ。
俺なら誰だって殺せるのだから。
「ありがとう、本当に助かるわ」
咲は本当に嬉しそうに言った。
それほどにストーカーに悩まされていたのだろう。
そうだとしたら、そのストーカーは死ぬべき存在だ。
俺が殺さなくてはいけない存在だ。
ダークヒーローとしては見逃せない。
「その代わり、俺が人を殺しているのは秘密にしてくれよ」
「勿論よ、そもそも仮に私が言ったところで誰も信じないでしょう?」
「そりゃそうだ」
死体が消えるなんて、幼稚園児ですら信じてくれないだろう。
「それで、そのストーカーの居場所とかわかっているのか?」
それが分からなくては、さすがの俺でも手に負えない。
逆に言えば、それさえ分かれば十分だ。
派手に殺したところで証拠は消えるのだから。
「居場所はわからないけれど、毎日学校から帰る時に私にストーカーしているから、その時になればすぐにわかるはずよ」
「なるほど」
それなら簡単な話だ。
「咲が俺の彼女役になればいいんだな」
「えっ?」
「だから、咲が俺の彼女役になればいいんだよ」
彼女役だよ、あくまで役だよ。
「どうしてそうなるの?」
「咲が男といちゃついて帰っていれば、そのストーカーは怒りを抑えられずに飛び出てくるはずだよ、その時を狙って俺がそのストーカーを殺す」
「なるほど…………、でもそれよりもっと簡単な方法が…………」
「いや、それが一番だ!」
俺は咲の言葉を遮るように言った。
勿論、俺の考えより有効な方法はいくらでもある。
しかし、この方法が最も俺が楽しめるんだ!
咲といちゃついて下校。
最高だ。
もう死んでもいい。
これはもはやカップルと呼んでもいいだろう。
「わかったは、それでいきましょう…………」
何か納得できないところがあるみたいだが、それでいいらしい。
咲とイチャイチャできて人も殺せる。
これは一石二鳥というものではないだろうか。
「それじゃあ、早速行きましょうか」
俺と咲は一旦教室にカバンを取りにき、その後すぐに学校を出て行った。
咲の家は学校からかなり近いらしく、毎日徒歩で来ているらしい。
俺は自転車で登校しているため、自転車があるのだけれど、今回は邪魔になるので学校に置いてきた。
後で取りに行けばいいだろう。
そして今の状況。
咲は俺の腕に抱きつくようにくっついている。
胸が俺の腕に押し付けられている。
最高の気分だ。
咲の大きなおっぱいが俺の腕と接触している。
こんな幸せは、この先一生ないだろう。
「こんなくっつく必要はないんじゃないかしら?」
「いやいや、もっとくっついた方がいいくらいだよ、そっちの方がストーカーが怒りやすい」
俺がそう言うと、咲はどんどん自分の胸を俺に押し当ててきた。
この感触…………たまらない。
人を殺すよりも最高の気分だ。
「後ろにいる」
咲が小声でそう呟いた。
俺が反射的に後ろを振り向くと、電柱に隠れた男が一人、こっちを睨むように見ていた。
「あいつか…………」
いかにもといった感じの風貌だ。
マスクにサングラス、パーカーもしっかりとかぶっていて、顔は全くわからない。
警察が横を通ったら間違いなく職質されるであろう。
そういえば、
「警察には言わなかったのか?」
まあ、警察より人を殺せる俺の方が頼りにはなるだろうけれど、俺の秘密を知る前からストーカーされていたみたいだし、その時には警察に頼らなかったのだろうか?
「警察じゃあ、殺してくれないでしょ?」
咲は当たり前でしょといった感じで言葉を発した。
そこまであのストーカーに恨みを持っているのだろうか?
確かに捕まるより、死んでもらった方が安心できるだろうけれど。
まあ、ストーカーってなかなか捕まらなかったりするしな。
こういう人間に限って小賢しいんだよな。
「あっちの路地裏の方に行こう」
俺はそう言いながら咲の腕を引っ張り、路地裏に向かった。
勿論、ストーカーを誘き寄せるためだ。
いくら変質者といえ、人が多いところでは大胆な行動にはでないだろうからな。
路地裏なら大胆に来るだろう。
「ちゃんと殺せるの?」
咲は心配そうに俺の方を見た。
「心配いらないよ」
俺はそういいながらバックから包丁を取り出した。
なんだかんだ言って、俺は殺しのプロだ。
プロというのは少し大げさかもしれないけれど、まあ、なかなかの腕前だ。
人を一人殺すなんて朝飯前だ。
包丁をストーカーに見られないように、お腹のあたりで持ち構える。
すると、
「うぁぁぁあああああああ!!!!!!!」
我慢に耐えきれなかったらしいストーカーが絶叫しながら襲いかかってきた。
俺はすぐに咲の腕を解き、バックを地面に置いた。
そして、包丁をしっかり握り、ストーカーを見据える。
距離は10メートル、5メートル、1メートル!
包丁を走ってきたストーカーの心臓めがけて勢い良く刺した。
大量の血が飛びててくる。
「ふっ…………」
俺は笑いをこらえるように声を漏らした。
あの快感が身体を巡ったが、咲がそばにいるため大声で笑うのは自重した。
まあ、昨日のことを見られているのだから、もう遅いといえば遅いのだけれど。
「死んだのかしら?」
咲は倒れたストーカーを見ながら呟いた。
死体を目の前にしている割には冷静だな。
勿論、俺も人のことは言えないのだけれど。
女の子だから、少しくらい悲鳴をあげるものだと思っていたけれど、それは俺の勘違いだったらしい。
「そのうち死体は消えるよ」
俺が言ったちょうどその時、死体は何事もなかったかのように消えた。
ストーカーの顔を見とけばよかったなと、ふと思った。
そして、死体がなくなったその場所には、一円も出てこなかった。
お金が出てこないだと…………?
これは初めてのパターンだ。
ストーカーには一円の価値もなかったと言うことだろうか?
そうだとしたら納得がいくのだけれど。
「本当に消えた…………」
咲は死体が消えた場所を眺めながら言った。
普通にはありえないことだから、不思議に思うのは当然のことだろう。
俺だって初めて人を殺した時は、驚いたものだ。
あの時も案外、冷静だった気もするけれど。
まあ、それが俺の性格だろう。
「ありがとう、殺してくれて」
咲は俺の方を向きながら礼を言った。
「礼には及ばないよ」
少しカッコつけて言ってみた。
全然カッコ良くはないのだけれど。
それに、あのストーカーは死んで当然の存在だ。
あんな人間は殺される方が世のためなんだ。
また一つ、正義のために働いた。
これがいいことなのか、悪いことなのかは、俺にはわからないことだけれど、何も行動を起こさないよりはいいことだろう。
悪を倒すのは正義だけではない。
悪を倒すためには自分が悪にならなくてはいけない時だってある。
何か目標を達成するためには、自己犠牲が必要不可欠なんだ。
俺は正義のために悪になる。
俺は正義のために自分を犠牲にする。
所詮これは自己満足なのかもしれないけれど、少しでも人を救えるならば、俺は自分を犠牲にする。
まあ、自分の欲求を満たすためでもあるのだけれど。
自分のためでもあり、人のためでもある。
こんなにいいことはないだろう。
「これで安心して、学校生活が送れるわ」
咲は本当に感謝しているらしく、少し泣きそうになっている。
こんなに人から感謝されたのは始めてだ。
人に感謝されるのは、いいものだ。
これからもこの活動を行っていこうと思える。
「それじゃあ、帰ろうか」
俺はそう言い、咲を家まで送った。