帰宅
家に帰る途中、妹の理沙に出会った。
正確に言うと、妹の理沙と、妹の理沙に持ち上げられている男と出会った。
理沙は片手で大柄な男一人を持ち上げていた。
いや、どんな腕力してんだよ…………。
ていうか、一体どんな状況だよ。
さっき死体が消えて一万円が出現するといった、とんでもない状況に立ち会ったわけだけれど、こっちの方がとんでもない状況な気がする。
「あっ、お兄ちゃんおかえり」
「ただいま、じゃなくて、お前は一体何してんだ!」
よくよく見れば、理沙に持ち上げられている男は気を失っている。
何があったのか想像したくもない。
「いやね、この男が歩きスマホをしていたから罰を与えたんだよ」
理沙は自信満々に言った。
歩きスマホでこの罰かよ…………。
どんだけ厳しい刑だよ。
そもそも歩きスマホに刑罰ってあったっけ?
詳しくは知らないけれど。
「やっぱり正義のヒーローとしては、歩きスマホは見逃せないね」
これじゃあどう見ても悪のヒーローだよ。
まあ、所詮こいつは偽物のヒーローだ。
今の俺なら本物のヒーローのなれるだろうけれど。
悪い奴をこの世から肉体ごと消せるのだから。
正義のヒーローとは呼べないにしても、ダークヒーローとは呼べるだろう。
ダークヒーローか、結構かっこいいな。
男なら一度は憧れるものだ。
「ところで、その男はどうするんだ?」
少しながら理沙に持ち上げられている男が心配だ。
「そこら辺に捨ててくるよ」
「捨てるな!」
本当に悪魔みたいなやつだな。
これでよく、自分のことを正義のヒーローと呼べるよ…………。
まあ、今に始まったことじゃないから、別に驚きもしないけれど。
「それじゃあ、捨ててくるね」
理沙はそういうと、走って男を捨てに行った。
男一人を持ち上げた状態で当たり前のように走るんじゃねえよ。
物理法則にしたがってくれ。
ていうか、結局捨ててくるのかよ。
俺は理沙の空っぽの脳みそに呆れながら家に向かった。
家に着き、すぐに自分の部屋に入って、財布の中から例の一万円を取り出した。
「本物…………だよなあ…………」
一万円札を睨むように見ながらつぶやいた。
俺に偽札かどうか判断する技術はないけれど、多分これは本物だ。
根拠はないが。
でも、そんな気がする。
「今度使ってみるか」
自動販売機で試してみようか?
自動販売機なら試すのにもってこいだろう。
あれ、でも待てよ、確か自動販売機は一万円札使えなかった気が…………。
まあ、コンビニとかで試してみればいいか。
もし偽札だったとしても、知らんぷりすれば問題ないだろう。
まさか、こんな平凡な高校生が、こんなリアルな偽札を作ったと思う人はいないだろう。
俺は本物のお金だと信じているけれど。
それにしても——俺は人を殺したんだよな…………。
実感がないな。
まあ、死体が消えてしまったのだから実感がわかないのも無理ないだろう。
案外人って簡単に死ぬものなんだな…………。
脆く、儚く、壊れやすい。
人間なんてその程度のものか…………。
罪悪感に押しつぶされるようなこともない。
それどころか、俺には一切の罪の意識がない。
まさか、俺はこんなに邪悪な心を持っていたのか…………。
どちらかというと、優しい心を持っていると思っていたのだけれど。
そんなの自分の幻想でしかなく、想像でしかなく、妄想でしかなかったのか。
「悩むのはやめよう」
俺は自分に言い聞かせるように言った。
悩むなんて俺らしくない。
常にポジティブに考えるのが俺の生き方だ。
まず、これからどうやって生きていくか考えよう。
この先、この能力を使っていくか…………。
答えはイエスだ。
こんな面白い能力、使わない手はないだろう。
うまく使っていけば、俺の人生が太陽のように輝くにちがいない。
しかし、僕みたいな一般人にこんなすごい能力を使いこなすことができるのだろうか?
まあ、こんな能力を手に入れている時点で一般人とは呼べないだろうけれど。
何か反動的なものはないだろうか?
何か失うものはないだろうか?
それくらいの覚悟は必要か。
何か目標を達成するには自己犠牲が必要だと理沙が言っていたが、その通りだと今思った。
この能力を使うには自己犠牲が必要だ。
この能力を使ってしまえば、もう俺は人間ではない。
人間の形をした何かだ。
それが何かはわからないけれど、やはり、人間とは呼べないだろう。
偽物の人間だ。
理沙が偽物の正義のヒーローであるように、俺は偽物の人間だ。
しかし、自分が偽物の人間に成り下がるとしても、俺はこの能力を使いたいと思う。
好奇心は抑えられない。
正直、今の僕はワクワクしている。
人を殺しておいて、ワクワクしているなんて、頭のいかれたやつだと思うかもしれないけれど、勿論、人を殺したことにワクワクしているのではない。
この能力を手に入れたことに対してワクワクしているのだ。
今までのつまらない日常とはおさらばだ。
毎日が刺激的な非日常が俺を待っている。
そう思うと、ワクワクが止まらない。
きっと僕は、この先、殺人鬼になってしまうのだろうけれど、後悔はない。
それが僕の運命なのだろう。




