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交差世界の無能力者  作者: 湯豆腐
第一章
8/19

8.改革

 今回は、テスト週間というものが始まりますので、少し長めです。次投稿できるのは、2週間後くらいになるかもしれませんので、ご了承ください。

 ではでは、引き続きお楽しみください。

 

 勿論のこと虚勢だ。

 こういう場合、初エンカウントは雑魚キャラと相場が決まっているものだが、仮にも能力者。能力なしの俺には分が悪い。

 

 速水、こいつはボディーガードの座を狙っている奴だ。前任者が逃げ腰ならば間違いなく強気に出るだろう。それを理解したうえでの決闘。逃走経路は見当たらない。


 かといって、逃げられない勝負を受け入れた俺には勝つ算段はない。

 だからこそ、俺が弱いことを相手に悟られてはならず、意気勇んで快く同意する。


 何をどうすれば勝てるのか?


 分からない。そもそも勝つとはなんだ?

 条件は?

 どこからが勝利で、どこまでが敗北だ。


 倒す? 膝をつかせれば倒れたことになるのか? 仰向けで満身創痍といった顔をさせればいいのか。うつ伏せに倒して頭を踏みにじれば勝ちか。


 殺す? 頭を鈍器で殴りつけて脳を損傷させれば勝ちか? 首をはねれば勝ったことになるのか。心臓を貫けば。多量失血で。


 何も殺す必要はないんじゃないか。能力なんて非現実的なものが絡まっているだけで、これは誰が氷月の隣のポジションを陣取るかじゃないか。


 ならばこそ、倒す必要はない。

 相手の戦意を喪失させればいいだけだ。

 

 その根源には、さっきの言葉があるはずだ。

 強力な能力を得たから勝気になっていて、俺が弱そうだから自信を持っているのだ。

 俺はそれをへし折ってやればいいだけだ。


 それは、俺の力ではできない。

 力のない俺にはできないことだ。


 たとえ策を練ろうとそれは変わらない。

 氷月に横槍を入れてもらわなければ勝てない。


 力がないとはこんなにも悔しいことなのか。

 もし、氷月が求める人材が俺のようなイレギュラーでなければ、氷月は屈強な人物を隣に置くだろう。

 俺が俺に必要ないと言える。それだけ俺は弱い。


 悔しかった。

 初期から何もできない自分の矮小さ。あれだけ調子に乗って、何もできず指をくわえて見ているだけなんて、胸が痛む。

 船を出て外を歩いていたら雑魚と鉢合わせ、幼い主人公には倒せなくて応援に駆け付けた父親に助けてもらう。主人公の気持ちがこのときばかりは理解できた。


 ひそかに氷月にバックアップを頼もうとしたとき。


 そんな時だ。

 横のコンクリート製の塀が破壊され、家屋のガラスが割れる音がつんざいた。インターホンから伸びる線は千切れ、バチバチと数回放電して排水溝に落ちる。レンズが落ちて嫌な音を立てた。


 衝撃でガラスの破片が飛び散り、残った塀を超えて右腕を掠めた。切れた腕からは血が流出し、重力になぞらえて滑り、指先から垂れる。


「なんで君は敵の前でそんなボーっとしていられるんだ?」


 何が起きたのか分からなかった。

 速水は電柱の横に変わらず立っているだけで、それらしい動きはしていない。


 強力だと自称していた能力はこれか。

 塀を易々とぶち壊す高火力の力。一度でも当たればひとたまりもない。


「さっきまでの威勢のよさはどうしたんだ?腰でも抜けたか?」


 落ち着け。取り乱すな。隣には氷月がいる。

 深く息を吸い、ため息で吐く。

 落ち着け。


「最強と言っていたから、どんなものかと思ってたけど、想像したよりかは大したことないなってな」


「まあ、氷月さんが近くにいるからね。巻き込まないためにもわざとさ」


 どういう能力だ?高速移動からの物理攻撃か。一歩も動いていないように見えるのは、早すぎて見えないからだろうか。あのコートの下には衝撃を吸収する物が編み込んであるのだろう。


 速度向上の能力ならば対処法はある。

 高速で迫る相手に、物を投げればいい。そうすれば相手は高速でぶつかるだろう。


 俺は腰を折って転がるコンクリート片を拾いあげる。

 頭上を切る風の音に肩をすくめた。


「今のを避けるんだね、いい動体視力だ。それとも予測していたとか? さしずめ偶然だろう」


 その声に顔を上げると速水は同じ位置にいた。

 瞬後、後方で破壊音が鳴り響き、爆発。通ってきた道に駐車された車だろう。熱気が立ち込めた。


 予想は違う! こいつの能力は……投げる能力だ。


「この能力の唯一の欠点は、今みたいに相手に隠せないことだよな。これがもし、自身の速度を上げれるならば、殴って元に戻れば、騙せるのにさ」


 コンクリート片を持って、腕は投げるモーションを行う。


 まずい。今までの回避はあいつが言うようにたんなる偶然だ。次、弾道を読み間違えれば一撃でお陀仏だ。


 どこだ、どこに投げる。

 さっきは伏せて対処した。伏せはドッヂボールでも回避率の高い避け方だ。上半身を丸ごと縮めることで、範囲を狭める。だからこそ、それを見越して次は下を狙ってくる?


 ならば飛ぶか?

 いや、下を狙ってきたとしても必ずしも足元とは限らない。むしろ足元であった場合は、四散する欠片で重傷を負う可能性が高い。そうなれば足は使い物にならず良い的になるだろう。


 だから──、


 元いた場所は足元がごっそり削られている。

 黒いコンクリートと白いコンクリートが粉々に飛び散り、陥没し、地面がむき出しになっている。


 危ない。ここで右側へ、つまり崩れた塀側に飛び込まなければやばかった。


「さっきから逃げ回っているようだけど、君は能力を使わないのかい? 僕の能力より弱いんだろうけど、臆していたらいつの間にか死んでしまうよ?」


 こいつは俺を殺す気で戦っている。

 なんだ? なぜそこまでする必要がある。

 こいつの目的は氷月の隣に立つことじゃないのか?


「氷月さんはここで待っててね」


 まだ来るか。

 近づく足音を聞いて、俺は割れた窓から室内に侵入する。塀や窓の壊れる音を聞いても声ひとつあがらない家は、夜逃げした家庭のように、リビングのテーブルにはコップが並べてあった。


 室内は逃げ場が少なく、また投げるものも多い。

 それでも速水はやたらめったらに投げることはしないだろう。あれだけの威力をぶちまけたら家が倒壊する。


 俺はあいつには勝てない。

 絶対にだ。

 だからこそ、氷月の力を借りなければならない。そのためには、氷月の元に行く必要があり、あいつと氷月を引き離す必要がある。


 ドアを開けて廊下へ出る。

 廊下は左右に分かれていた。先ほどは左手から侵入した。だから左は玄関に続いているはずだ。だから俺は右側へ進んだ。


「いつまで逃げるんだ?」


 聞こえる声を無視して、階段を上がる。


 階段には写真が飾られており、そこには楽しそうな家族の写真がある。


 下から地響きが鳴る。

 何かを破壊したのだろう。その振動で写真立てが倒れて階段を落ちていく。


 階段を上がるとドアが3つほど見えた。

 くそっ。家の間取りが分からない。

 寝室はどこだ。

 手近にあったドアを開く、トイレだ、外れ。


 さらに開く、おもちゃやゲームがたくさん並んでいる。

 外れだ。ドアを閉じようとすると使えそうなものを発見する。子供部屋だろう。ここには、ゲームをするための延長コードがあった。縛るときはこれを使うか。プラグを抜き、他端の白いコンセントと黒いコンセントも抜いて回収する。

 ドアを閉じると、立て付けが悪いようで思いのほか大きな音が出た。


「上か!」


 バレた。

 さらにドアを開けようとする。しかし鍵がかかっている。

 仮眠中に消えたパターンか? めんどくせー。助走をつけてドアを3回蹴り、金具ごと破壊する。


 余裕だな。能力者めが。

 俺はありったけの布団を持って、窓からベランダに出る。下には氷月がいる。


「人様の家でかくれんぼはもうやめないかい。さすがにこれには氷月さんも怒り心頭なんじゃないかい?」


 どこからか聞こえる声に迷ってる時間はなかった。

 ろくに考えもなしに、俺は布団を抱えて飛び降りた。


 布団は無事、クッションの役目を果たし、庭に着地する。

崩れたコンクリート片を下敷きにしていたため、少し痛む。


「わざわざ上から降ってこなくても、玄関から出ればいいのに。いったいあなたは何を考えているのかしら?」


「ただの時間稼ぎだ。それも長くは持たないだろうな」


「それで、ここで尻尾を巻いて逃げるのかしら。それとも迎え撃つの?」


「あいつが諦めると思うか? 落とした尻尾の毛を追って地獄まで来そうな執念深い奴だぞ」


「……それで、何か勝算はあるの?」


「ない」


 だからこそ、おまえの力を借りたいと旨を伝え、作戦を話す。こんな状況で考えたものだから作戦と呼べるほどのものではないが。


「…了解。これは借りということでいいのかしら?」


「なんか、借りばっかできそうだな。まあ頼んだよ」



 玄関が開かれた。

 思ったよりも時間を取れたようで、話も終わり、だいぶ落ち着いてきた。


「いつの間に下にいたんだい?本当に逃げ足だけは早いよね」


「まあ、逃げてばっかの人生だったんでな」


「おもしろいね、君。もしかしてその手に持っている毛布が関係してるとか?」


 家から出てきた速水と俺は道で相対する。

 さっきと同じような構図だ。

 氷月には動きやすいように隠れてもらった。


「まあ、覚悟ができたんならさっさと死んでもらうとするよ」


 速水は手にハサミを持っていた。

 手に持ってちょきちょきと鋭利な音を立てている。


「そんな小細工でよく僕の能力を攻略する気になったものだよ」


「目には目を、歯には歯をってもんだろ」


「…君の能力は毛布を持っていないと使えないつくづく不便なものなんだね。だから今まで逃げていたと、そういうことかな」


 俺は何も返さずに速水の手に集中する。

 大丈夫だ。打ち合わせ通りにやるだけだ。


「んじゃ、さよな」


 投げる瞬間に速水は止まる。

 その隙に俺は十数歩後退して、毛布を広げる。


「──ら?」


 距離感のズレに若干驚きつつも、そんなものは気にせずにハサミが宙を走る。


 そして、再度俺以外の時が止まる。

 ハサミは、“俺がもともといた位置付近”に固定されている。


 俺は歩いてその位置に向かい、ハサミを毛布で包む。

 そしてハサミ以外の時間が動き出す。


「──?」


 相手にしてみれば投げる瞬間に、敵の位置が後退したかと思えば、次の瞬間には元の位置に戻っていると見えるだろう。

 そして、その瞬間の出来事を脳は理解できずに、錯覚だと結論づけるだろう。


「三種の寝具。その一種、相手の視覚を妨害」


 3つ指を立ててから、1つを下ろして2つに。


「その二種、エネルギーの全消滅」


 さらに1つを下ろして1つに。


「使い勝手は悪いけど、けっこう強いだろ」


 最後の1つは教えない。そうすることで深みは増して、相手は畏怖するだろう。


「…くっ」


 今まで、逃げ続けてきた自分より弱い人間に牙を剥かれる気分はどうなんだろうな。ウサギを追って穴に入ったら蛇がいたようなものか?


 その能力への信頼が過信だと知った気分はどうなんだろうな。


 相手に反撃の隙を与えてしまった自分への怒りはどこに向くんだろうな。


「くそ…。こんなはずが。こんなはずがないんだ!」


 狂乱した速水は子どものように、辺りのものを投げ散らかす。

 四方八方に飛んだ欠片は、塀を破壊して、家を破壊して、道路を破壊して、車に穴を開け、木を倒すはずだった。


 しかし、氷月の能力によって、速水の投げた”それ”は動力を失い空間にとどまる。


 しばらくすると、速水は自分の意思で動きを止めた。


 その目にはもう闘志は宿っておらず、軽く恐怖の目に変わる。ずっと見下していた敵からの下克上。窮鼠に猫は噛まれ、行き場をなくした者は撤退の他ない。ミッションクリアだ。


 速水は去る。次なる弱き者を求めて。


 その背中に、どこかで見たことがあるような紋章を見た気がした。

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