5.応酬
才能。
故人曰く、それは1%のひらめきと99%の努力。この言葉はあたかも天才が99%も努力しているかのように感じられるが、実は違う。
そもそも%は100分の1単位だからだ。100%行えば1やったことになる。ではなんだ? 行動に1以上の数があるか? いやない。1か0か、やったかやっていないかだだけだ。
これを当てはめれば、テスト勉強で1時間やった奴と5時間やった奴、当たり前だが後者のほうが勉強しているだろう。がしかし、これは当人たちからすればそれぞれが100%努力したことになる。
分母には『誰かがやった時間』ではなく、『自分がやった総時間』を入れるからだ。
努力には時間も量も関係ない。
分母の数=分子の数、それを割って100を掛ける。そうすれば誰もが1になるのだ。
しかし、先に述べたように天才は違う、99%の努力しかしていない。ひらめくことで1%の努力を免除されている。努力量だけで言えば常人のほうが多いのだ。
総時間≠総時間。
人は、式や枠に捉われない破綻している人間のことを天才と呼ぶ。だからこそ、そういう頭の良い奴らは同時に頭がおかしい。そう、おかしい。
まあ、つまり何が言いたいかと言うと、悔しくてビクンビクンなのです。
だってこの世界にいる奴らの全員が能力持ってるんだろ? 炎の能力者がバトルの初めに炎の矢を連射するけど相手はまったく効いてないとか、水を操る能力者が修行後にタイダルウェーブとか言い出したり、雷の能力者が神経に電気を流して強くなったり、土の能力者はよく分からんけど体が丈夫だったり、風の能力者がスカート揺らして児ポ法に引っかかる奴が続出するんだろ。
その中で何も持たない俺はどうすればいいんだ。誰かから能力を付与された札でも貰えばいいのか、適当にブラフって丸め込めればいいのか。俺だって時間を止めて、電車や風呂やどこででもあんなことやこんなことしたい。
実は無属性で、威力は弱いがすべての魔法を使えるパターンやつだったりしないか。あ、魔法じゃない。
というか、なぜ俺が俺のことを何も知らないのに、氷月は俺が能力を持っていないと分かるんだ。愛の力ですね。強すぎて刺されそう。
そんなことを、氷月の作った飯を食べ終えてから元いた部屋で考えていた。気分は囚人。
妹は今頃どうしているだろうか。あれだけ垢抜けた妹だ、能力なんか持っていなくとも本気を出せば地球を輪切りできるほど強いし、見た目もそこはかとなく可愛い。
だからトラブルに巻き込まれていないか心配だ。ヌルヌルしたラッキースケベな奴に絡まれてないかな大丈夫だよな。ハーレム要員になるのはお兄ちゃんが許しません。
氷月には妹のことは聞けなかった。聞くタイミングを押し計らっていたが失敗した。
我が麗しの妹はまた時間ができたら探しに行くとしよう。少し非情な気もするが、なぜか妹は大丈夫なんだという確信に似たものがあった。
最近は近くの山で遊んではぐれて、なんとか合流できたときなんかは「落とし穴を掘れば引っかかるかと思って」なんて言いながらイノシシ担いでたし。
俺は今まで妹と過ごしてきた十数年間のことを回顧的に、かつ遡及的に考える。小さい時に虫を捕りに行って、蜂から守ってやったこと。遊んだ帰りに、転んでけがをしてしまった妹をおぶってやったこと。
あれ、ほんとに俺の妹かな?
そんなことばかりが思い浮かぶ。
口に入れると最近は少し痛い妹は、勘違いしやすい性分だからな、夢の中だと思い込んで好き勝手やってそうだから、出会ってもそっとしておこう。触らぬ妹に祟りなしだ。
三回くらいの深呼吸を終えて、同時に空を見上げた。今までの空と何ら変わりはなく、星が溢れ、輝いていた。自分の知っている星座を見つけ声に出してみる。俺は指す夏の大三角。そんな声に答えるかのように、彼方のほうで星が隕石よりもキラッと巨大なパワーでキラッと光ったような気がした。
この天井、雨が降ったらどうするのだろう。そう思いつつ、静かに瞼を閉じた。
次の日になった。幸い雨は降らず、太陽の日差しと小鳥のさえずりが目覚めのきっかけとなった。ここは氷月が起こしに来てくれるパターンだとか、横を見ると一緒に寝ているパターンかと思っていたが、全然違うようです。
それにしてもこの天井がないという状況で、結構普通に寝てしまった俺は、適応能力が高すぎだと思いました。しかも案外寝心地が良かったというのもこれまたすごい。
今日からどうしようだの、世界がどうなるだの考えているとふと扉があいた。
彼女は包丁などは持っておらず、薄い青で、ワンポイントが軽くあしらわれたエプロンを身に着けていた。
扉が開かれてふと匂ってくるその香りは、自然と食欲をそそぎたてられた。カムインベット、レッツプレイスポーツ。
「朝ごはんができているから、顔を洗ってきてくれるかしら?」
「おう」
俺はそういうと、氷月に洗面台の場所を聞き、言われたとおりに顔を洗いに行くことにした。
いやしかし、こう女の子が夕飯も朝飯も作ってくれるとなると、どこか夫婦じみていて少し歯がゆい嬉しさがあった。このまま結婚まで持っていけないだろうか。無理ですねごめんなさい。
そのままあまり特徴のない廊下を行く。寝室から洗面所はあまり遠くなく、10秒もかからないうちに見つけた。
まず、顔を洗うためにタオルを探した。二つあった棚を物色するとすぐに見つかった。ここでパンツを偶然見つけてしまうというハプニングを微量ながらも期待してしまっていたのは、我ながらキモイ。
さらに言えば、洗面所を探す過程でお着替えシーンに突入したかった。さらにさらに言えば、そこで足を滑らせて押し倒してしまうところまでやりたかった。
ちょうどいい温度に水とお湯を調節しつつ、それを顔にぶつける。本来ならば、ここで洗顔を使うのだが、人の家に居候している以上贅沢は言えない。そのあとタオルで”しっかり”拭き取る。そうしっかり。っっあああきもちいいぃ。
「っと、次はっと」
そうここまではいい。この次が問題なのだ。朝食の前に起きたら一度、歯磨きをするか、しないかに分かれるとおもう。俺はこの場合前者である。
しかし、当然俺はいきなりの来客なわけで、俺の分の歯ブラシが用意されているわけがない。だが洗面台には2本の歯ブラシが置いてあった。もちろん1本は氷月のだろうが、もう1本は母親か誰かのだろうか?
つまり1本は当たりというわけである。当たりが出ればもう1本! ここで俺の中の天使と悪魔が葛藤する。しないという選択肢は天使が分別して捨ててきた。もちろんどちらに転んでも変態は変態だ。どうせ変態なら完全変態しちゃうぞ。
片一方は青色で氷月っぽい。もう片方も紫色で、これまた氷月っぽい。
洗面台の鏡の自分に質問を投げかける。
ジャイアニズムでいくか?
ここでせっかくの青春を台無しにしていいのか? はたまた、ここでやらなければもう一生チャンスはないかもしれないぞ? と。
両方で磨くという選択肢が浮上する。
仕上げはおかーあさーん(の歯ブラシ)。
そんなこんなで決めあぐねていると、リビングのほうからカチャカチャっと、食器を準備する音が聞こえた。
結局どっちにするか決めれず、リビングに行くチキンな俺でした。