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交差世界の無能力者  作者: 湯豆腐
第一章
4/19

4.前菜

片思い。それには様々な経路がある。例えば一目惚れであったり、例えば徐々に好きになっていったり。勘違いから始まる恋だったりと、枚挙に暇がない。


 俺の場合は一目惚れである。群れず寄らずの孤高、そのミステリアスなところに惹かれ、気付いた時にはオチていたというパターンのやつだ。


 そう、マスクを外しそこに立っていた女は、見間違えるはずもなく俺の好きな氷月零下ひょうつきれいかだった。


 いくらマスクをしていたとは言え、自分の好きなやつの顔も分からないなど愚かしいことだった。それほど恐怖に今まで支配されていたのだ。


 氷月の身じろぎで、切っ先を床に向けた包丁がきらりと揺れる。そのモーションに肩をすくめる。


 結局、なぜ包丁を持っている? やはり台所から駆けて来たからだろうか。それとも何か恨みでも買ったいたのだろうか。俺は氷月に対して、今までしてきたことについて考える。さっきよりも深く厳密に。


 だがどう考えたって思い当たる節はなかった。

まあ一目惚れして三カ月経ったくらいの頃の下校中、何回か偶然を装って同じコンビニに入ったことはあった。


 そこで氷月と同じものを購入したことがある。相手と同じ行動をして好感度を上げるミラー効果というやつだ。最初に買ったのは新作のジュース、ファンタジーアップルだったか。数度繰り返して氷月の好みがリンゴであることまでは分かった。


 人によりけりだが、そんなことで刃物を持ち出す事態には普通、発展しないだろう。そもそもあれは偶然の出来事だ。


 偶然たまたま起こり。

 空前またまた起きた。


 それだけのことだ。まあ、鏡がどうの同調がどうのと言ってる時点で、察せられるものだが。


 何はともあれ、相手がむやみに包丁を振りかざす人物だと思いたくはない。疑いは早々に取り除いていくべきだ。意中の相手となればなおさら。疑いを払拭するためにも、信じるためにも、確固たる情報が欲しいところだ。


 しかしあまり焦りすぎて、行き急いでも良くない。ミイラ取りがミイラになって逆に疑われるのは御免被る。ここは急がば回れの精神で行こう。しかし急いでいるのに回るとはどういう了見なのだろう。回る時間がないから急いでいるというのに、本末転倒も甚だしいものだ。


 だから訂正。路線を変更しつつ直進。

 緩く和やかに。


 とはいえ、相手が相手だけにどうすれば良いのかが定まらない。氷月が柔和なキャラであればユーモアのひとつふたつを披露することができるのだが、彼女のツボというのが分からない。押したつもりでどつぼにはまっていてはたまったものではない。


 あれこれ考えていると開けた扉の向こうからいい匂いが漂ってきた。


「夕食は食べたのか?」


「まだよ。さっき作り終わってこれから食べるつもりよ」


 少々本筋とは逸れた質問であったが、氷月の持っている鋭い刃は無事、鞘に収まった。良かった、その線だったか。俺のストーカーじみた行為がばれて、殺されるわけではなかったのか。


 俺は安堵の気持ちで、いままでの感情をシチューの香りとともに飲み込む。


「そうか。てっきり俺が料理されちゃうのかと思ったぜ」


「どこかの国の部族ではいまだに食人嗜食カニバリズムなんてものがあるけれど、人肉はあまりおいしくなさそうだわ。焼死体を見るとどれも焦げていて火加減が大変そうだし、感電死したものもひどいありさまで。でも、一口ぐらいは食べてみたいわ。味や感触には少し興味があるの」


 そんな顔で言うな。本気に思えるだろ。


「冗談よ。とりあえずこちらにきてくれるかしら? 聞きたいこともあるみたいだし、食事でもしながら話しましょう」


 聞きたいこと? それはあれか。好きな異性のタイプとか……なんてことは今はどうでもいい。俺の聴力を信用するなら『食事でもしながら』と言っていた。そして『作り終わった』とも。これはつまり手作り料理! 好きな人お手製のシチューが我が腹の中に入るということではないか。


 これはコンビニで同じものを買って食べるなんてレベルではない。同じものを同じ場所で同じときに共有する。


 ありがとう、神様。まだ思い残すことはあります。あとは子孫を残すことができれば充分です。


「と言われても俺動けないんだけど……」


 そう。手は動くのだがその他が全く動かない。つまりシチューが食えない。手作りシチューが! 


 すると氷月は中指と親指を合わせ、バチッと音を鳴らした。その瞬間に俺の体は軽くなった。ずっと固まっていたことにより、かなり開放感があった。


 正直言葉にならないくらいに驚いたが、それよりも空腹のほうが大きかった。なぜこんなに腹が減っているのだろうか。一体気を失ってからどのくらいたったのだろうか。


 さらにいえば、落胆のほうがずっと大きかった。あーんして食べさせてくれるフラグが立っていたのに折られてしまった。


「行くわよ」


 俺は彼女に導かれるままに部屋を出た。後ろ手で閉めた扉は軽かった。


 彼女のあとを追って白色の蛍光灯の下を歩き、間もなく開けられたドア。部屋に入る。


 廊下を歩いている時点で気づいたが、この家は簡素だ。俺の家ならば写真や小物が置かれていそうな戸棚には何もなく、何かを紛失してもすぐに見つかりそうだと思った。


 入った部屋はシチューの匂いが充満するリビングだ。そこには四角いテーブルとその二辺に各2つずつ計4つのイスがあるだけで、テレビすらない。あるものとすれば、白いレースと緑のカーテンが窓を隠しているぐらいだ。


「舐め回すように見ないでほしいわね。私の趣味ではないけれど、私生活を見られるのは恥ずかしいものよ」


「ああ、ごめん」


「それよりも席に座っていて」


 彼女の言葉に従って席に座る──座れない。4席もある場合、どこに着けばいいんだ。奥から座るのが普通だとすれば台所側のイスのどちらかか? それともそっちは特等席とかだったりするから窓側の席に座るべきか。子ども用のイスとかあったら新たな辺を使えるのに……。


 いつまでも立っているとあれなので、台所側のイスに座る。後ろには盛り付ける湯気が見える。


 しばらくして皿が運ばれてきた。


「いただきます」


彼女はそう言って白米を小さな口元へ持って行きパクッと食べた。俺は今まで通り、いただきますは言わずにシチューを食べた。


「うまっ!」


 これは素直に旨かった。だがなぜだろう。違和感を感じる。美味しいだけと言うか、機械じみた味というか……。旨いには旨いんだが感動があまりない。いつか食べたお袋の味が妙に懐かしく思えた。

 もちろんそのことには触れずに、食べながら質問をすることにする。


「質問いいか?」


 氷月は何も言わずに首を縦に振った。


「俺が”どこに倒れていた”のかを教えてもらえると助かる」

 

 気になっていたことがあった。なぜ氷月がここに俺を連れて来ることができたのか。こいつに家の場所を教えていない。おそらく家ではないほかの場所に倒れていたのであろう。


「あなたはなぜか私の家の前に倒れていた。そのままにしておくと腐敗し……、面倒ごとになりかねないから家の中に運んだの」


 なるほど。家の中で倒れて、何かしらの理由でここまでとばされていたのか。それにしても男一人を家に運び入れるなんて苦労しただろうな。方法は聞きたくはないな。


「迷惑かけて悪かった。そしてありがとう。つきましては、氷月さん? がさっきから使っている能力みたいなのについて教えてもらっていいか?」


 好きな人であるものの、今まで一度も言葉を交えたことはなかった。心の中では氷月と呼んでいたが、実際なんて呼んでいいか分からず、さん付けで呼んでしまったが、とても違和感があった。


「普通に氷月とかでいいわ。これは時間を操ることができる能力」


「能力って……いつからこの世界はファンタジーになったんだ」


「それは誰にも分からないわ。いつの間にか世界が歪んでいた。言えるのはそれだけなの」


 それから彼女には能力についてかなり詳しく教えてもらった。それについて大まかに説明すると、よくアニメとかで出てくる、ベタな時間停止能力の少し扱いにくい版というところだった。

 

 まず、範囲は畳六畳分。時間を遅めたり早めたりできずある程度の距離を離してしまうと解除されてしまう。ちなみに止めた物体は鋼鉄のようにかたくなる。


 ただの木扉を叩いたときに硬く感じたのは、そういう種があったのか。


 ここまで聞くと、『なんだこの最強の能力』と思うかもしれないが、能力にはデメリットがついているらしい。

 

 彼女の時間停止能力のデメリットとは、”片手で持てる物を持っていないといけない”という効果であり、指輪などの装飾類は不可である。というなんともコメントし難いデメリットだった。

 

 つまり、先ほど持っていた包丁は俺を料理するためでもなく、デメリットを補うためのものだったようだ。でも、何も包丁にしなくても……。


 そして、話の中でこんなことも出てきた。

”今の世界には能力者しかいない”ということ。


 そう。だから俺にも能力がある。能力とか男なら誰しも必ず一回は憧れる。もしここで俺がものすごくかっこいい能力であれこれできたら、氷月も俺の事を見直すかもしれない。


 ほとんどチートみたいな能力を目の当たりにしてしまっているが、ここで俺がもっといい能力を持っていたらとワクワクするもそれを押し止め、できるだけ平然と聞いた。


「ちなみに、おれはなんの能力を持っているんだ?」


 彼女は今までと変わらない無表情で、こう呟いた。


「あなたは能力を持っていない」


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