8分の1メモリー
僕が明日に持ち越せる記憶は、一日のうちたったの三時間。
だけど僕の隣にいる女の子は、一週間で記憶の全てがリセットされてしまう。
僕は辛うじて未来に歩めるけれど、彼女は一週間でスタート地点に戻される。
僕は今日の景色を覚えているけど、彼女はそれも忘れてしまう。
だから思ったんだ。
僕に許された三時間全てを費やして、彼女の全てを刻み込もうって。
彼女が使っている絵日記。僕は彼女が眠っている間に、こっそりとその中に書いておく。
――例え君が忘れても、僕が全部覚えてる。
*****
「あの兄妹のカルテですか?」
「ん? ああ、そうだよ」
「凄い事故だったそうですね」
「ああ」
主治医の山崎は窓からぼんやりと空を見上げ、とある二人の患者について考えた。
気がかりなのは妹の方だ。
日常生活には支障がないものの、それ以外に関する記憶は全てリセットされてしまう。
彼女は隣にいる少年が自分の兄だとは知らないのだ。
故に、一週間に一度しか目を覚まさない兄のことを恋人か何かだと勘違いしてしまっている。
例えこちらがどれだけ説明しても、一週間後には全てを忘れ、隣の少年に思いを馳せる。
そして兄の方は自分が一週間も寝ていることに気付いていない。
一週間に一度しか目覚めないことに、気が付いていない。
なにせ起きている間の三時間しか覚えていないのだ。それも仕方のないことだった。
そして少年は自分が忘れていることさえ忘れている。
隣にいる少女が自分の妹ということさえ覚えていない。
恐らく、もはや自分が誰なのかさえも覚えていないのだろう。
なぜなら、少年が明日に持ち越せる記憶は一日のうちたった三時間。
そして、忘れていく記憶も三時間。
彼は三時間ずつ未来へ進むたびに、三時間ずつ過去を失っていく。
それでも、許された三時間全てを費やして、必死に少女の記憶を覚えようと努力していた。
*****
わたしは一週間で全ての記憶が消えてしまう。
幸い、文字や言葉は覚えているけど、自分が誰なのかとか、自分が何をして過ごしていたのかとか、そういう大切なことを全て忘れてしまうのだ。
だけど、今は全然怖くない。
だって絵日記にはしょっちゅうこんな言葉書かれているのだ。
――例え君が忘れても、僕が全部覚えてる。
だから私は怖くない。今も眠り続ける、明君が傍にいる限り。
*****
最近、彼女の名前を知る機会があった。
名前は真実と言うらしい。
真実と書いて真実だ。
とてもいい名前だと思う。これはもう、彼女の前では嘘なんて吐けないな。
……だから正直に言うよ。
僕さ。
多分、君のことが好きなんだ。
記憶に無くたって分かる。心で感じるんだ。
この先きっと、僕は何も覚えていられなくなる。だけど、君のことだけは絶対に忘れないから。
――例え君が忘れても、僕が全部覚えてる。