先生とⅡ
今年で最後の文化祭。
お祭り大好きなうちのクラスは、受験そっちのけで盛り上がっています。
私一人が、場違いな感じが否めませんが…。
「未奈里は、給事係に決定だからね」
仲の良い涼子の有無を言わせぬ勢いで言う。
「ハイハイ。わかりました」
半ば諦めモードの私。本当は、裏方をやりたかったんだけど、涼子には逆らえないので、仕方がなく承諾する。
「衣装は、私が作るから、期待してて良いよ」
ニッコリ笑顔が、ホントに綺麗です涼子さん。バックにどす黒い何かが浮かんでなければだけど…。
何か、企んでるよね。その笑顔は…。
何て思いながら、まぁ良いかなんて思っている自分も居たりする。
涼子に任せておけば、余程の事がない限り、大丈夫だろうと思ってた。
文化祭前日。
「未奈里。衣装出来たから、合わせてみて」
涼子が満面な笑みを向けてきた。
今日は、文化祭前日とあって、午後の授業は無しで、準備が行われていた。
私もジャージに着替え看板作り(っても、指定されてる色を塗ってただけ)をしていたところに涼子が勢いよく入って来て言うから、私は、他の人に頼んで代わってもらい、涼子と連れだって教室を出た。
「力作なんだよ」
涼子が嬉しそうに言う。
「そうなんだ」
何て返しながら、どんなんだろうと不安に思った。
更衣室で着替える。
濃紺のエプロンドレスなんだけど、スカート丈がミニって…。
こんなので接客しないといけないの?
「あ、後、これも着けて」
と涼子が取り出したのは、モフモフの耳。
これは、何でしょうか?
って言うか、もう頭に着けられてる。
逃げられなかったんだもの。
身長157センチの私と168センチの涼子。
身長差10センチの差では、到底敵いません。
「キャー、やっぱり似合う、未奈里」
って、一人ハシャグ涼子 。
「ちょっ、これ、皆に見せよ」
えー。
ちょっと、涼子。この格好で廊下を歩くんですか?
って、もう腕をロックされてるので拒否権無いみたいですね。
ハァ。
涼子に引っ張られるまま教室に戻る。
「えっ、未奈里ちゃん。可愛い」
女子がわらわらと集まり、その声で男子が。
「何、馬子にも衣装だな安藤」
「普通に可愛いじゃん」
と口々に声が上がる。
わかってるよ。
容姿がそんなに良いなんて、自分じゃ思ってない。
愛想もないしね。
そんな私に涼子が何時も言ってるのが。
「未奈里ってホント可愛いのに男っ気がないよね。もう少し愛想良くしたらいいのに…」
だ。
人の事なんて、ホッといてくれって感じなんだが…。
「明日の売り上げは、未奈里にかかってるからね」
何て、後ろから涼子が両肩を叩く。
そんな事を言われて、ゲッて思ったのは、致し方無いと思う。
嫌々、涼子さん。
私よりも可愛い娘、たくさんたくさん居るではないですか。何故、私の役目なのですか?
と聞きたいところだが、黙っておいた。
「さて、明日が楽しみだ」
涼子のニタニタ笑いが、怖かった。
今日は、文化祭だ。
教師の俺等もある程度破目を外せる。
取り敢えず、自分の受け持つクラスに顔を出す。
「あっ、高柳先生」
生徒が俺に気付き声をかけてきた。
「出だしはどうですか?」
俺の言葉に。
「良いとも悪いとも言えませんね」
と返してきた。
教室を見れば、程々の入りだ。
「まだ始まったばかりです。頑張りましょう」
俺は、そう言葉をかけて後にした。
他のクラスを覗いては、生徒にせがまれ時には売り上げに協力したりして、見回りと称して回っていた。
さて、愛しの彼女は今どうしてるんだろう?
そう思い彼女のクラスに足を向けた。
クラスの入り口から長蛇の列。しかも男ばかり…。
一体、何が起きてるんだ?
「あっ、高柳先生。割り込みはダメですよ」
受付の娘が言う。
「大盛況じゃないですか?」
俺が声をかけると。
「未奈里のお陰ですよ」
と意味深な言葉が返ってきた。
未奈里のお陰って…。
中を覗くと皆同じエプロンドレスなのに未奈里だけが、ミニのエプロンドレスを着て、頭にモフモフの耳を着け、男共と写真を撮ってる。
何だこれは、俺は何も聞いてないぞ!
未奈里から何も報告されてない事に腹を立てながら。
「頑張ってくださいね」
と笑みを浮かべて、立ち去った。
あんなに色んな男に触らせやがって…。
フツフツと怒りが込み上げてくる。
今日は、どんなお仕置きをしようか…。
まぁ、言い訳ぐらいは、聞いてあげますけど…。
始まってから、どれぐらいたったのか…。
気付けば、お昼はとうに過ぎていた。
「未奈里、お疲れ。休憩したら、また宜しく」
涼しい顔をして言う涼子。
それって、私、他を回る時間無いの?
「あっ、そうそう。さっき、高柳先生が見に来てたよ」
涼子が何気に爆弾を投下した。
やばい。
愁夜は、嫉妬深いんだよ。
さっきの見られていたのなら…。
今日の文化祭での役割、何て愁夜に言ったっけ…。
えっと、“ただのウエートレスだよ”。
それが、蓋を開けたらミニのエプロンドレスで、客と写真を撮ってる(私もこれは今日知った)姿だったら…。
イヤイヤ、これ私、悪くないよね。
クラスの皆に私は騙されて…。
そこで、断れとか言う出しそうだし…。
あー、もう怖いよ。
これ終わったら、さっさと着替えて、さっさと帰るしかない。
愁夜に見つからないように…。
一日目が漸く終わり、急いで制服に着替えると。
「お先に」
と更衣室を出た。
焦ってて、一人で出たのが不味かった。
更衣室の前で、愁夜が待ち伏せしていたのだ。
「えっと、先生、サヨナラ…」
私がそう言って、逃げようとしてたのを見計らったように私の腕を取り、無言で歩き出した。
掴まれてる腕が痛い。
無言の圧力が、迫力を増す。
怖い、怖い……。
もう、それしかなかった。
誰も居ない図書室に連れ込まれた。
勿論入り口の鍵は閉められて…。
怖くて、ポロポロ涙が溢れてて…。
「先…生…」
それしか言えなくて、もう、何を言っても無理な気がして…。
「ごめん、未奈里。泣かすつもり無かった。怖かったよな、ごめん」
って、抱き締めてきた愁夜。
「俺が言いたい事、わかるか?」
愁夜の優しい声に頷いた。
「ごめん…なさい…。友達…に言われたら…、断れ…なかった…。彼女…なりに…私の事を…心配…してくれてたの…知って…たから…」
私のつっかえつっかえの言葉にも、遮らずに黙って聞いてくれる愁夜。
「写真の事は、未奈里は知ってたのか?」
愁夜の言葉に首を横に振った。
それを見て、愁夜が溜め息をついた。
飽きられちゃった。
もう、怖くて顔を上げられない。
これで、お別れなのかなぁ。
それなら、それで仕方がない。
所詮、教師と生徒だもの。
それに私は、受験生だ。
先生と離れて、勉強に専念すればいいし…。
「未奈里。また、俺を無視して考え事か?」
愁夜が、顔を覗き込んできた。
「ほら、言ってみろよ。何を考えてる」
愁夜に促され。
「これで、お別れなのかなって…」
ポツリと呟くと呆れた顔で私を見て。
「俺が告白した時の言葉、覚えてるか?」
そう口にした。
私は、コクりと頷いた。
「だったら、わかるだろ?」
「…でも、愁夜。さっき、溜め息ついてた。もう、私の事、どうでもいいんだって…」
その先は、愁夜の唇で塞がれた。
「違う。自分の行動に呆れたんだよ。未奈里に触った男達に嫉妬して、こんな行動を起こして、未奈里を怖がらせるって、大人の男がすることじゃないなって…」
愁夜が、顔を赤らめて情けなさを見せる。
「明日、一日俺もつかなぁ…」
って、口許を歪める。
そんな愁夜の唇を奪った。
「未奈里」
動揺する愁夜。
「愁夜。ごめんね。それから、ありがとう」
って、笑顔で言えば。
「…うん。俺も、怖い思いさせて、ごめん」
って、謝られて、唇を塞がれた。




